第70話
在りし日に、決意した。この世界で生きて行こうと。
支え合える、愛するクレネが居たから。
いつも優しく微笑むウィートが居たから。
こんな戦争しかない世界まで来てくれた茜が居たから。
こんなどうしようもないおれの子を望んで産んでくれたゴラちゃんが居たから。
ブライン師匠だって、故郷やこの世界を大切に思っていたに違いないし。
お世話になりっぱなしのシュレネーさんにも何の恩も返していない。
深い繋がりはまだ無いけれど、勇者や仲間たちは良い友人になれそうだ。
それ以外にもたくさんの人たちとの関係。
色々な物を築いてしまった。もう逃げ出す選択肢さえ捨て去れるだけの物を。
「術も無く、剣も無い」今のおれの状況そのもの。師匠はこれを予見していたのだろうか。
想定以上に盡力は削られ、底を着いた。こんな状況では魔剣は取り出せない。
アイテムBOXだけは発動している。マップは出ていない。余力は微塵もない証拠。
仲間の気配を探ろうにも、これまでにマップに頼り切っていた弊害か、何かを感じる感覚が頗る鈍い。
10人で飛んだ計算は悪くはなかった。この年末年始で何度も単発で試していたし、子供たちを呼び寄せる為に西の大陸から東の端まで、複数人での長距離テレポートも成功した。
「楽しかったなぁ」非常に忙しくも充実した年末年始だった。
グリエールの故郷から玄米と、運良く栽培していた餅米を分けて貰って。簡易精米機造って白米炊いて、石臼削ってお餅をついて塩雑煮にしてみたり。
おれと茜だけ泣いてたっけ。他の面々は美味しいって言ってくれたけど、涙まで流すおれらを見て呆然とする表情が妙に面白くって。
「冷たいなぁ」BOXから、余らせて保存しておいた御握りを取り出して頬張った。電子レンジも無ければ盡力も無いので温めさえ難しい。
「はぁ」完全に一人ぼっちになるのは、果たしてどれ位振りだろう。寂しいなぁ。
こうなる事を望んでいたはずだったのに。
いつ頃からだろう。おれは妹の事を完全に思い出していた。「茜・・・」
他愛もない出来心で突き飛ばした挙げ句に、あっさりと死に至らしめてしまった妹。
きっとたぶん、過去の自分と合流したからだと思う。己の心の奧底に閉じ込めていた記憶まで表に出て来てしまった。壊れるなよとアダントが言っていたのは、きっと間違いなく。
完全に思い出しても、おれは壊れなかった。支えてくれる人たちがいっぱい居たから。
こんな事を言ってしまったら、元の世界で自傷を繰り返すおれの面倒を懸命に見ていてくれた両親や茜には申し訳ないが。こんな、人の死が当然のように横たわる世界だからこそ。こんな、殺伐としながらも多くの輝きが在る世界だったからこそ。支えとなってくれる人が傍に居たから。過去の自分を受け入れられた。
だけど乗り越えられた訳じゃない。おれの犯した罪を忘れた訳じゃない。
元の世界が輝いていなかった訳でもない。どれもこれも、おれの身勝手。おれはただ逃げただけ。面倒だと思い込んでしまった全ての物事から。妹の死を言い訳にして。
指に付いた米粒を丁寧に舐め取り、膝を払って立ち上がった。
おれたちが飛んだのは14時過ぎ。今は体感で15時くらい。日付が変わるまでの後約9時間を盡力無しの状態で逃げ切ればおれの勝ち。日を跨げば最低でも盡力は半分は戻る。
おれが取れる道は幾つかある。この残された拳のみで戦い抜く。兎に角走り回って仲間の誰かと合流する。只管逃げ回って隠れ続けて見つけて貰うのもありっちゃありだ。
逃げるのは、得意中の得意だし。しかし今はそれは正解じゃない。
今この大陸には、おれのテレポートを阻害して妨げた存在が居る。強大な魔王と成り下がったゲップスではないと思う。この術を知る者でなければカウンターは張れないだろう。
犯人は身内というのはよくある話だが、今回は仲間内に利点は感じない。
簡単に整理してみよう。
クレネがおれと離れる選択はしない。惚気じゃないぞ。事実だから。除外。
筆頭で怪しい茜だが、彼女は魔神を討伐しないと帰れない。除外。
ウィートが単身で魔王の居城に乗り込む為、と言うのも無理がある。誰よりも討伐権が優先されるのは彼女自身。全員の前で宣言までしたのだから。除外。
ゴラちゃんや勇者一行にも同じく利点らしい物は皆無。除外。
残る可能性は、やはりゲップス以外に魔王級の敵が居る線。おれの力をある程度は知っている者というオマケ付き。それは誰か?思い浮かばない。
「誰だろうねぇ、お兄ちゃん・・・」ノイズ混じりの、女の子の声が耳に響いた。
「え・・・」
空耳かと振り返ってみても、そこには誰も居なかった。静かな廊下が続くのみ。
ここは居住者の居なくなった廃屋。逃げたのか殺されたのかは解らない。たまたま見つけた民家に逃げ込んで、落ち着くまで居座っていただけ。
今現在の自分の位置は把握出来てない。南の大陸には居るのだろうと感覚的に持っている程度で。
窓の外は曇り模様で薄暗い。徘徊して回る敵影もチラチラと見えたり見えなかったり。
一呼吸置いてから、意を決して玄関ドアから外へ出た。
「うっ」おれは言葉を失った。単純に驚いたからだ。
家屋の窓からは見えていなかった景色を塗り潰す人、人、何かの頭、何かの角、何かの触手、毛深い獣の手足・・・。それぞれが個で動き蠢きながらも、しっかりとこちらを凝視していた。
軽く目眩を覚えたおれは、もう一度家の中に入り直して胸を撫でた。
きっと、そうきっとこれは夢。だと思いたい。
「カッコ悪いぞ。お兄ちゃん・・・」また同じ女の子の声がした。屋内にはやはり誰も居ない。
「お、お前・・・まさか、茜なのか?」
「鈍いなぁ。剛お兄ちゃんをお兄ちゃんって呼ぶ人、私以外居ないじゃない」
段々と言葉がハッキリと。
「茜。姿を見せてくれ。おれ、謝りたいんだ。あの日の事を」
「今は無理だよ。私も会いたいのは山々だけど、まだダメだって言われてるの」
ハッキリとした意志を持ち、あの頃よりは妙に大人びて。姿だけが見えない。
「外に居るのは、前にお兄ちゃんが殺しちゃった人たちなんだって」
「・・・だから、茜もなのか?」
「ん?私は違うよ。何を言ってのかよく解んないや。でも、全部救えって言えって言われた」
「だ、誰にだよ」
「そんなの一人しかいないじゃん」そりゃそうだよな。それ以外居ないよな。性悪女神様。
まさか妹まで引っ張り出して来るとは想像もしてなかったけど。
外のあの大群の中に居るのか。あの手記を書いた人が。これもおれの撒いた種。盛大なツケとでも呼ぶか。しかし、救えと言われてもおれに出来る事なんて、一つしかないわな。
「じょ、上等だクソ女神。やってやる」
もう名前すら忘れてしまった女神様。
「クソは余計だよ。頑張ってね、もう一人の、お兄ちゃん」最後に変な事を言われた気がしたがその時は、すでに大挙する群れの中に飛び込んでいた。
数十万。正確な数なんて解らない。本当のパレードは、こうして幕を開けた。
PHASE.1 全ての者に救済を。
第4のコース。主人公。
分割しますので、中盤に入れ込み。
そして突然の来訪者?
PHASE.2は他の人の後になります。
身勝手ながら祝70話。
細切れにしておいて何をヌカすかと怒られそう・・・陳謝