第69話
おれはユード・ビクトル。自己紹介はもういいだろ?
ん?しろって?はぁ、おれに興味ある奴がどんだけ居るんだか。
たった5年前までは普通の盗賊だった。
聖神教に所属する前までは、単なる悪いほうの盗賊で、鍵開けやら窃盗を専門としていた。
下っ端の頃からおれは態度がでかく、上の言う事を聞かず、殺しだけはせず。勿論強姦なんて論外だ。そんなものに付き合っていたらカルマが幾つあっても足りはしない。
10年くらい前には、オディルオの王城の国庫破りに成功し、貯蔵されていた小麦を根刮ぎ奪った事もある。それなりに腕には自信が持てた。若気の至りだ。
健全に悪徳業を熟していたある日。所属していた賊団の一員が幼児や幼女を攫って来た。
抵抗をした親まで殺して。そいつの首は痣で黒く塗り潰されていた。言わんこっちゃない。裕福な貴族様たちから、お零れだけを掠めていればいいものを。欲を掻いて、本当の犯罪に手を染めたのだから、当然の結果。
悪辣な道を進みだした団を勝手に抜けて、元仲間や追手を返り討ちにしながら、攫われて来ていた子供たちを聖教会に引き渡す為に聖都に渡った。
おれなんかが聖都には入れないのは解っていたので、子供たちだけ置いて立ち去ろうとした時に、師匠と呼ぶ事となる人に出会い、一戦交えてスカウトされた。そして罠破りの経験を買われた形で、教団の暗部へと入団した。
仕事の主な内容は、教皇様の護衛と敵対者の監視やら排除。真に暗部だった。が、実際には教皇に楯突くような愚か者は存在すら怪しいくらいに極少数で。聖神教以外の神教の動向を監視して伝えるだけの、とても気楽な仕事ばかり。それも表立って動き回る馬鹿は居なかった。
「なぁ、師匠よ。ぶっちゃけて聞くけど、おれ必要だったのか?」
「必要になるから雇い入れた。ちゃんと給料だって貰える立派な仕事じゃないか。いったい何が不満なんだ?」
「いやぁ、不満は全く無いけどな。こんな楽な仕事で、こんなに貰っていいもんなのか?」
給料自体は教団所属の正規兵の上官クラスと遜色ない。教会支部に預けてきた子供たちの支援も出来たり、会って話をするのも自由。至れり尽くせりで、不満を感じる隙がなかった。
程度の良い娯楽もあり、風俗店だって多数ある。
「後2、3年くらいしたら、もっと大きくて重要な仕事を任せる。その為の準備期間と人材確保。腕がある程度立ち、西の大陸の内情に強い。お前は打って付けの適任者だ。自信は持ってもいいが自慢はするなよ」
本気寄りの冗談なのか、全部が本気なのかは、その時にはまだ解らなかった。
ザッハム師匠の言う通りに、数年後に見つかった勇者様の案内役に抜擢された。言わずもがな監視役の色のほうが強かった。当初は西の大陸内だけの契約だったが、以降は勇者の彼女に惹かれるように長い旅を共にした。
内心教会の連中と師匠を上手く騙せたものだと思う。預けた孤児たちを人質に取るような教会側の妙な動きを逆手に、契約の延長を申し入れ、まんまと受理された。
正しく成長してくれた孤児たちは、聖都でのクーデターの時に上手く動いてくれた。あれは本当に助かった。彼らが居なければ、被害は多岐に及んだだろう。たまには人助けもいいもんだと熟々思った。
突然だがおれには大きな夢がある。その大きさに、話せば大概の人間に笑われる夢。ブライン殿に叱咤されたあの夜にも、仲間たちにも笑われた。でもそれは、決して嘲笑の笑いではなく希望的な落胆が伴った、自笑。
「出来ますかね?私たちに」グリエール嬢の言葉が忘れられない。
「だから、夢の話だって」
全世界の奴隷解放と、制度の廃止。人間社会に深く根付き、経済と密接に絡み合い、例え勇者の名があろうと変えられない。各国の王様でも変えられない。
「だからこそ、挑戦してみるのもいいですね」ガレストイは真顔で瞑想していた。
「だから、それはおれの夢だって」
学の弱いおれでは何も出来ずに終わるだろうさ。本当だったら彼の頭も借りたいのは山々。
「おれには政治の話はするなよ。本気でギルドぶっ潰す時は声掛けてくれ。それ以外は全部兄貴のほうだぞ」メデスが豪快に笑いながら、おれの肩を叩いてたっけ。
「だからさぁ、痛いっていつも」
おれだけの夢の話だったのに。
「私も僧職故に、悪しきギルドを潰すのには手を貸そう。孫が成人するくらいまでには奴隷が居ない世の中になるとよいな。しかし、ただ潰すだけでは足りない。その後の対処も重要だ」
アーレンの眉間の皺が更に掘りを深くしていた。
「みんな、勝手にやる気みたいだが。これはおれの単なる夢物語だぞ。下手すりゃ世界を敵にする事にも成り兼ねん」
「良い行いをしようと言うのに、協力しない訳がないじゃないですか」
「どうして、そこまで」
「だって、私たちは仲間ですから」今では家族だと言ってくれたっけ。
あの夜は笑ったなぁ。生まれて初めてじゃないかってくらいに。少し前の話なのに懐かしい。
家族かぁ。とっくに諦めた物だと思っていたのにな。
取り敢えず、この場を切り抜け、仲間たちと合流し、7つ目の魔王を倒し、果ての魔神を倒す。言葉だけなら簡単だった。しかしたった今、目の前に広がる光景はそれらが簡単ではないと物語っていた。
状況は一人。近場に仲間が居る気配は感じない。昼間だと言うのに、薄く霧掛かった曇天の空模様。今にも泣き出しそうな暗黒の空が広がっていた。
跋扈するアンデットの間を擦り抜けながら、高台から景色を眺めてみても、町の影さえ見当たらない。
敵の数も質も、これまでの比ではなかった。手持ちの武器はメインの双短剣。投擲用の礫。何にでも使えるロープ。仲間の誰かと合流するまでは大技が幾つかある。出来れば温存しておきたい所だ。
おれの身体的なレベルは嬢とメデスの次くらい。もちあの人たちを除いての話だが。
高々アンデットたちが、個体で多少劣る程度。そんなのが常に集団で襲い掛かって来る。冗談キツいぜ。ったく。本当に誰かと合流しないとジリ貧で死ぬね。
地図は無い。頭の中にある情報と直感だけを信じて、大きな街道に躍り出た。
周囲に遮る物は無い。左か右か。何処か分岐まで辿り着けば、立て札や看板があるはず。現状ではそれを探すしかない。右に進むことにした。
静かだ。静か過ぎる。高くなる胸騒ぎを抑えながら進むと、運良く三叉路に出会した。
隠密を駆使しながら進んで来たからだけではない。これは、明らかな異常。
三叉路の脇には折れ掛かった看板があった。左の街道がペテル。飛び立つ前に決めていた王都の一つ前の町の名。右の街道の方は完全に折られていて文字も読めない。
だが定石で言えば、これは罠だと考える。根っからの盗賊のおれに対して子供騙しもいいとこだ。それより何より、右からは僅かだが気配を感じた。これは、仲間ではないな。
「おれにそれが通じるとでも?」
「初手がお前だとはな。神も中々にして悪戯が好きなのだな。希望を言えば、彼の方と会いたかったが」
「無駄な事はしないんじゃなかったのかよ、師匠」
「そうでもないのだろ?今現在の彼ならば」
スケカン殿の盡力が空なのが、知られている。だとすると少々不味い状況になる。
自分一人で逃げるだけなら簡単だが、彼らの狙いがスケカン殿なら話は変わる。
両サイドから地面を這う気配を感じて、後退しながら双剣をそれぞれの地面に打ち込んだ。
短い悲鳴が聞こえ、絶命した?元裏家業時代の仲間の顔が現れて消え去った。
「死霊と化し、魔剣の影響も受けていると言うのに。しかも普通の武器で」
「知るわけないわな。誰にも言ってねぇから」心許せる仲間以外には。
だからこその隠しスキル。死霊系特化。通常の武器でもアンデット系と戦えるようになる、大変便利なスキル。今の今までこんなに役に立つ日が来るとは・・・、思ってたり思ってなかったり。
躊躇う隙だらけの師匠に向けての一歩を、踏み込むのを止めた。
「刹那の間、影の陰、五芒星・真影」
投擲用に隠し持つ5つのナイフを頭上に振り撒いた。意のままに操られたナイフは5方へと別れて正しく散り舞う。
「くっ、忌々しい」
自分とザッハムだけを捉える正五角形の檻が出来上がった。境目付近で切断された伏兵の何体かが見えた。
「本気で来い!ザッハム!」後手を取り続ける相手に苛立ちを覚えた。
ザッハムからの気配が消え去った。目の前に居るはずなのに。見えているはずなのに。
師匠の型も同じく2刀。おれの師匠なんだから当然。しかしその太刀筋は、これまでに見た事もない形。軌道、早さ、緻密さ、冷酷さ。全てが過去の比ではなく。
「色は殊より、異色なれど彩、アタッチメント・デス」
ザッハムが放つ技は、あの有名な色恋師の技に似ていた。そうかい、あんたが色欲を。
「気色悪いぜ、あんた」
一撃目を寸前で躱した。二撃目が頬の薄皮を掠めて抜けた。
次の瞬間、その場で身体が崩れて膝から折れて、前のめりに倒れた。返す刃も、翻すだけの動きも全てを投げ出して。おれの身体は、動くのを止めてしまった。
「かすっただけで、即死かよ」やべぇ、意識が。
「言ってくれるな。私も気にしている。出来れば、色欲以外が良かったとな。だがここで一番面倒なお前を葬れるなら。これも僥倖なのだろう」
あれは本当にヤバかった。あれをおれの本体が喰らっていたらと思うとゾッとするぜ。
「葬るって?誰をだよ」
「なっ・・・」ザッハムだけが星の檻の中で震えていた。中に居たおれは今は砂の塊へと変化して散り積もっている。
「一つ助言してやると。勇者側の5人に対して奇襲や伏兵なんて幼稚な技は通じない。そんな子供騙しよりエグいのは火山ダンジョンで修練済だっての。あれに比べりゃ、温い温い」
火山では、掠っただけで全身が業火に包まれてしまう奇襲戦がてんこ盛りだった。比べるまでもなく、こんなぬるま湯に足を取られる訳もない。
防火耐熱装備様様で、突入前に邪魔だなぁとコッソリ脱ごうとしていた自分をぶち殺したい。
「おい待て、私を殺さなくてもいいのか?」安い挑発だなぁ。
「何で?色欲なんて要らんもん」一応乗っかるか。
おれは檻の外から、ザッハムは中からの押し問答。
「ここで私を殺さなかった事を、必ず後悔するぞユード」
「ふーん。だけどさぁ。それ、中からは空かないぜ。おれが生きてる限り」
「ふざけるな!こんな物で」猛反発したザッハムが怒り任せに檻の端に触れた。しかし触れた途端に腕の先から爆散する始末。
「ぎゃーーー」
「昔の誼で生かしてやるんだから、のんびり待ってろよ。7つ目が倒されるまで」
どの道、魔王の消失と共に消え行く死霊系。それは呼び戻された故の宿命のような代物。
「待て、待ってくれ。家名を与えてやった恩義はないのか!」
「はぁ・・・」そんな戯れ言だけは、あんたから聞きたくはなかったな。
溜息だけを吐き捨てて、おれは背を向けてその場を立ち去った。
「じゃあな。我が師匠」
ビクトル家の名は、あの教皇一族の影に伏していた家系の末端の一つ。勇者という目映い太陽の陰となっていなければ、或いは今でもその場所に居たのかもしれない。
かなりの距離を取った後、五星を収束させて一点へと閉じた。ああは言っても仕掛けたのは形ある檻に過ぎない。魔王級以上の力を持つ者が本気になれば、中からでも打ち破れる。ザッハムの力量ではないとは思うが、念には念をだ。
でもやっぱ色欲スキルだけは要らん。性的なものだけでなく、他人の意識や精神、生や死までも操れる。そんな野蛮なスキルは使いたくないし、存在自体が不快極まりない。
人は人。他の動物も皆同じ。異なる意志や自由な志向があるからこそ面白いんだろ。
遠い空に打ち上がる、輝く塵の軌跡を眺めながら。
「安らかにな。恨み言なら、あの世でたっぷり聞いてやるよ」
右手の街道を慎重に進みながら、貰ったポーションの一つを飲み干した。
「ちょい、急ぐか」
街道を抜けた先にあると思われるペテルの町の方角から、仲間の気配を僅かに感じた。しかし感じたのは、普段なら有り得ない程の怒り。感覚的にはガレストイのような気がする。
あの冷静な彼が怒りに染まる事象など、たったの一つしか思い浮かばない。
嫌な予感しか浮かばないが、嬢に限って・・・。色欲?
振り返ってザッハムが居た方向を仰ぎ見た。「チッ、オリジナルまで来てるってのかよ!」
おれは全速全開でペテルへと向かった。
第3のコース。元盗賊の人。
うむ。10人分書き切るのはめんど・・・
難しくなってきましたので
幾つかは複合戦に持ち込みますですハイ!