第67話
私は生かされた。死を覚悟した、あの日。
後の話で、それは大きな賭けであった事を知った。
諦めていた子供たちとの未来。それを許された。勇者の一撃によって。
私は元魔竜王。彼女の迷い無き一撃は、私を支配していた魔石だけを粉砕した。
魔石が消滅した性か、あれから魔神の声は聞こえなくなった。純粋な竜族に戻れたのだから聞く必要もない。
子は男の子が3人。女の子が3人。竜族の成長は人間種と比べて早い。成人させたら集落を降りて人と交わらせようと考えているが、それは本人たち次第。我らの望みは子孫繁栄。竜族としての種を失った今では、降りる以外は選択肢がないと思う。
ツヨシと合流してからも、何度となく交わってみたものの実りはない。恐らくあの子らが最初で最後なのかも知れない。
もう絶望は無い。後は子供らに未来を託そう。竜族の血など薄まって消えてしまえばいい。私の役目は半分以上終えた。集落の老いぼれ共ともに子を育て切れば、遠くの天寿を全うするだけだと思いながら、今日は戦場に立っている。私はここで死ぬ気はさらさら無い。
ツヨシが転移魔術を唱えた次の瞬間。私たちはバラバラに散らばった。10人一度の転移には僅かに盡力が足りなかったのだろう。他の者では援助も補助も出来なかった。神にも等しい業故に。誰にも理解が出来ないのでは仕方がない。各自の着地が散った大きな要因は、間違いなくアカネが居た性だ。ツヨシの判断にケチを付ける訳ではないが。
アカネを鞘に戻す事を頑なに拒んだ。大丈夫だからと言い切って。気持ちは解らなくはないのだが。「大丈夫、ではないのぉ」
10人は現在の所、南の大陸内には居る。ツヨシは東端。クレネは西端。ウィートは北部。グリエールは南端。勇者の仲間は彼女を挟むように東西に散っている。アカネと私は中央寄りの山岳地帯。詰まる所、ツヨシの周囲に誰も居ない状況である。
気配を消して敵影の動きを探っていたが、皆一様に東を目指して動いている。盡力を使い果たして思うように動けないツヨシを狙っているのが見て取れる。魔王に導かれているのだろう。
敵を倒しながら誰かと合流しつつ、一刻も早くツヨシを救わねばならない。全くもってこれでは逆ではないか。私とてたまには守って貰いたいものなのに。
「ふぅ」溜息しか出て来ない。
状況は芳しくない。敵が元人間を含めて、強く死に辛い死霊系一色だからだ。倒す方法はあるにはあるが、雑魚にそれを使っていたのではツヨシに辿り着く前に魔力が持たない。
翼で空を飛べば良い?それが出来ぬから溜息を吐いている。
上空を旋回している20匹の存在がそれを許さない。ツヨシに屠られた嘗ての私の眷属たち。私の上から離れないのを見ると、彼らは私の存在に気付いている。
死霊として蘇り、私の敵となって塞がる彼ら。7つ目の魔王の眷属に堕ちたにしては、尋常ではない強さだ。遠目でも解る。1人1人が私と同格以上。
「ここの魔王は、魔剣を持っておるのじゃな」
そうとしか理解出来ないが、解った所でどうしようもないのも事実。
己の武具は何か。魔石を失ってから竜の姿には戻れなくなった。空を舞う翼は出せる。鋭い爪も無ければ、鞭打つ尾も無い。持てるのは、人としての柔らかな手足だけ。辛うじてブレスは数回吐けるが、今の元眷属たちに通ずるかは疑問だ。再生能力にも陰りはある。
重大な欠損は戻せないと見ておくべきだろう。地を歩いて逃げる訳には行かない。やり過ごしたとしても彼らが向かう場所は一つしかないのだから。
左手の薬指に嵌ったリングを見た。人間式の婚姻の証らしい。正式な后と認められた証。誇らしく思う。簡単には失いたくない物だ。
「何時まで隠れているお積りですか?王姫ゴライアイス様」
「記憶は残っておるようじゃな」
驚きはしない。私は深い岩場から表に躍り出た。隠れていても彼らには解るなら。
「我らは貴女様を倒せと遣わされた者故に、加減など出来ませぬ。お許しを」
「ほうほう。言うようになったものじゃ。私を倒せるとでも?」
「力量差は歴然。貴女様を倒し、憎きあの小僧を殺します」
「聞き捨てならんな。私よりも強い?お前たちが?」
強いと聞けば、血が沸き立ち踊るのが竜族。私は素直に喜んだ。
薬指のリングを外して、キスをした。夫に出来て、妻に出来ないはずはない。婚姻と言うものはそう言うものだ。
「堅牢なる盾、時として武、我が血肉と同化せよ。クリエイション・グローブ」
プラチナのリングが広がり、分裂を繰り返し、やがて両腕に連なり重なった。
「そのようなか弱き籠手で何が出来ると」
「いやはや、馬鹿には出来ぬよ。エンチャント・レッドブレス」
対のグローブに吹き掛けて纏わせた、高温のブレス。勇者には通じぬとも、彼女以外には有効な攻撃手段。元同族たちを葬り直す程度には。
背中が大きく開いたドレスから黒い翼を叩めかせ、一息で上昇した。
「我らが風を操れる事をお忘れか!」それには答えず、一匹目の胸を貫いた。迷わず心の臓を掴み取り、引き抜いた。生ある脈を失って落下して行く一人を見送りながら、臓物に付着した竜血を舐め取った。
ドレスの一部は酸で焼かれたが、同種であれば多少なら舐めても大きな異常は無い。分裂再生する前に心臓を燃やし尽くせば、虫も発生させずに終われる。血を舐めて、少しだけ魔力が戻るのを感じた。
「怯むな!円陣で囲め。一気に行くぞ!ジェットストリーム」19枚の激流の風が合流し、一つのうねりとなって上昇気流へと転じた。このまま外海へと飛ばし、投げ込む気だろうか。
よくぞ覚えていたものだと関心する。ツヨシとの初対面した時の事を私にやろうと言うのだ。あの時は、魔王であった私以外は海の藻屑と化した。魔王の力を失った今なら、私も同じく消え去るに違いない。なるほどと。
「甘いのぉ。それでは後一枚足りぬよ。タクティカル・ガード」鋭利な盾を向かい来る気流に差し向けた。どれ程強い風だろうとも。逆に強ければ強い程。流れる方向が一方ならば、針の先端を押し捉えるのは難しい。乱気流だったなら危ない所だった。
主に大切な深紅のドレスを守る為だったが。防御は出来る。後は互いの魔力の根比べ。
死霊であっても急所は変わらない。頭か心の臓か。魔力が尽きた者から地に落ちる。最後に残った者を葬れば良い。純粋な我慢比べの様相。
持つべき力量は互角でも、保有する魔力量には個体差がある。そして私は特別だ。人間種に近い状態で再生された私には、元来の魔力だけでなく人が持つ盡力が備わっている。ツヨシの真似事をしている限り、魔力の消費は激しいが尽きたとしてもまだ盡力が残っている。
敵対する彼らの魔力も、魔剣の効果で上昇はしているだろうが、大陸全土を覆い尽くすような大規模な効果など底が知れている。それが魔王としての限界。
防御に徹して待っていると、風がピタリと止んだ。
「消耗戦では、分が悪い。各自総力で展開せよ」
「ほう。気付きおったか」
名も無き首領の判断に間違いは無い。間違いは無いが、その指示は一拍だけ遅かった。最も魔力を消費していた二匹目の胸を貫き、隣の三匹目の頭を叩き潰した後だったから。
四匹目と五匹目を同様に霧散させた。残り15体となった途端、首領が隣接した仲間たちの首に噛み付いた。強制的な魔竜化。吸血吸収。一族の禁じ手であると共に、魔王でなければ戻れぬ事を意味する。彼らはもう、戻る積もりも戻れる手段も無い。
「悲しいのぉ。種も無ければ、醜き魔に堕ちるとは」
「この世に戻された時、我らは誓いました。魔王の手駒となる事を。我らの望みは魔王の望みを成就させる事のみ」
他の者も甘んじて受け入れ、その首を差し出していた。
生ある私が吸血したとて効果は薄い。それは先程一舐めして解った。だからと言って大量に飲み干せば、私とて魔に堕ちる。
死霊同士が吸収すれば力は遜色無く委譲される。阻害しようにも残りの竜のブレスに阻まれて近付けない。首領が他を喰い終わるまで待つしかなかった。
「あの憎い小僧の技で、貴女様を葬りましょう。グラヴィティ・ギルティア」
「ぐっ」翼が折れもがれ、強烈な重力波が全身を抜けて行く。
高い上空から、直後に地表に叩き付けられた。伸し掛かる重圧と硬い地面に挟まれて。
「がはっ」血反吐が漏れ飛び、全身の骨が砕かれたのを感じ、意識を失いそうになった。痛みを感じるなら、私はまだ生きている。
「やはり、しぶとい」空の上から追い打ちを掛けようとしていた。
言い返したいが、顎が上手く動かせなかった。グローブだった物が解除されて左手の中に収まっていた。目を閉じてしまえば、意識を手放し死を迎えられる。そうでなくとも首領の爪で貫かれれば終わりだ。
だから私は目を見開く。遙か彼方の集落に残した子供の泣き声の幻を聞きながら。
もう一度抱き締めたい。左手でリングを握り、右手を空へ伸ばそうと動かした。その時、手の甲に硬い物が当たった。太腿のガーターベルトに括り付けた、ポーションの小瓶。残っていたのは真透明の小瓶のみ。この衝撃の中で無事だったのは、奇跡か運命か。
全身に残った気力と盡力を注ぎ込んで右手で瓶を掴み取った。
迫る首領を見据え、左手で蓋を外して口へと運んだ。多少零れてしまったのは諦める。一滴でも口に入れば、私の勝ち。
首領の爪は誰も居ない岩肌を穿った。力が強大であるが故に、爪が深層まで抉り込み、抜き戻すまでの隙が出来上がった。
「ただ穿つ物。クリエイション・クロー!」嘗て自らが持っていた物よりも大きな爪が、首領の後頭部を刺し貫いた。
「王姫様・・・。我らの悲願は・・・」
「あの者が叶えてくれたよ。あとは子供らに託すのみじゃ。だから、もう眠れ」
「そう、でしたか。あぁ、神様はいつも、うそ、つき・・・」続く言葉は無く、首領であった者は塵となって空に消えた。
「そうじゃな。本当にのぉ」
本来、竜族には名前は無い。私の名は魔王に成った時に、魔神がくれた物。
神様は嘘つき、との皮肉を込めてだそうだ。大切な何かが抜けている気もするが、今は不要な妄想だ。
気を戻してマップを確認した。9人それぞれに大きな動きは無い。何らかの足止めを食っているに違いない。大陸全土で敵が跋扈しているのだから、不可避な遭遇戦も私だけではないはずだ。南北の聖剣持ちも苦戦しているだろうが、死霊系相手なら問題ない。
次の私が取るべき行動は、近場のアカネか西端のクレネか。特にクレネは翼を持つ私が、先にツヨシの元へ行ったら怒り狂いそうだ。一応序列最下位なので、正妻の怒りは買いたくはないからな。
「さてと」自分の服装を確認したが、するまでもなくボロボロでドロドロ。元々年中全裸で過ごしていた種族なので、裸でも羞恥心は殆ど無いがツヨシが嫌がるので着ているような物。裾の部分がほぼ残っていないので、下着が全開で出てしまっている。
これで空を飛ぼうものなら、人間で言う所の痴女になってしまう。「それは不味い」
一旦南に降りて、女の死霊から服だけ奪おうか。ん?この場合は倒してしまっても、問題ないのでは・・・。
第1のコース。竜の人。
次、色欲さんを出そうと書き始めましたが
官能化したので全カットで作り直し中。
順番入れ替えるかな・・・