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第66話

 商人としての本分は、売り買いでしかない。安く買い、上乗せをして高く売る。

 作物は水物。時期を外せば底値で叩く。当てれば倍以上で飛ぶ。

 武具は泡物。戦時でもなければ在庫は水泡に帰す。手堅く行けば国、冒険者が買ってはくれるが、競合多しで大半は在庫を抱えて倉庫からも溢れ出す。

 美術品は時物。上流貴族以上との伝手が無ければ、収集も競売も難しい。長期で保存も盗賊などに荒らされればお終い。保管の場所も賃料、預かり料も時と共に嵩む。

 人身売買は奇物。正直に卸すなら奴隷ギルドの一択以外ない。国の許可しない闇でも取引はあるが、カルマと共にモラルにも反する。通常の商人が手を出すべきものではない。

 趣向品は乾物。主に精神状態を向上させる薬が大半。闇裏では強力な幻覚作用を促す危険な薬物まで流通している。大概は取り仕切る元締めが居て、末端の利益は希薄。こちらもカルマとモラルに関わるので素人が手を出せる物ではない。

 それらの効果が薄い葉物を燻し吸引する紙煙草があるが、葉も紙も庶民には手が届かない。

 工芸品は薄物。上質な糸は国が直接管理し、直営店でのみ製造販売を担う。下流の貧民は丈夫な麻を折り合わせた服を着る。粗末な下着や肌着で肌が痛むのを我慢する毎日。

 世界のほぼ全ての王国では似たり寄ったり。例外は北大陸の共和国連合と聖都くらいなもので、商人で成功を収める者は少ない。

 若者の多くは冒険者を目指し、低級ダンジョンで生計を立てる。商人になろうとする者は、ほんの一握り。馬鹿にされているのではなく、非常に困難だと考えられているから。

 実際にその道は険しく、元手となる物が無くては初手の売買さえ打てない。だからこそ露天を開き、金を貯め、店を持ち、軌道に乗れば支店を広げる。希望で溢れる反面で、半数以上が途中で挫折して終わり。忍耐だけでなく、運も多分に必要。

 運は誰にでも平等なようで、決して平等ではない。能力値で表わされることのない運。己の運を信じた冒険者が落馬で死ぬのは日常。運が向いて来たと躍り、ドブ沼に財を投げる商人が廃業するのも日常。冒険者の武勇と同様に、商人は持続性のある安定した利益を何処で得るか。これに尽きると考える。

 私は考えていた。自分が持つべき商人としての武器は何なのかを。

 まだ情報が金で売れない時代。扱う物を決めるのに躊躇する。

 15年前に隣国が魔王に潰されてからと言うもの、対外的な侵攻は嘘のように収まり東側の流通路は以前の活気を取り戻していた。

 5年前に商会としての名乗りを上げた。妻の死を乗り越え、大切な2人の従者を得た。彼から貰った瓶を大貴族に売り捌き、巨大な後ろ盾に押されて軌道に乗った。主に先物取引で。

 魔王が大人しい分、武具は売れない。備蓄に適した小麦やオリーブ油などが主だった。当然そこにも競合相手は居て、規模の大きな商団の潰し合いに巻き込まれそうになった事もある。

 私の商会は何度となく危機に陥った。大手の商団の傘下への勧誘も何度も。その全てを奇跡的に回避して見せては周囲を驚かせたものだ。

 思えば5年前の小麦の一件からして奇跡の連続だった。私が自殺しようとした翌日から始まった神からの奇跡。と思うしかないような出来事の数々。

 端から私を見る者は、皆羨んでいた。

 「何で、あいつだけ」突き付けられる言葉はどれも冷たい。

 小麦を売った金で、一度手放した故郷の村を買い戻し、村で育てた唐黍が当たった。

 大陸東側の3国の中央に位置するアッテネートを軸に陸上流通を確保しつつ、誰も見向きもしなかった漁業にも事業を広げた。稀少な魔石を利用した輸送方法を開発し、鮮度を保ったまま内陸の都市部へ送られた魚介類は、飛ぶように売れて真に莫大な利益を生んだ。

 直ぐに模倣され、3番手の商団が乗り込んで来た。

 続いて農作物価値の変動。水産業で使える方法なら簡単に転用出来た。それが長距離輸送を可能とし、価値変動は加速した。

 私は一旦先物から身を引き、値上がり前に買い叩いておいた魔石を一気に放出した。

 順調過ぎた。故に反発も大きく、襲撃を受ける頻度も増した。

 批判の緩和の為に漁業を独立させてみたが。そこは思惑通りには行かなかった。

 私を直接害する事はせず、幼いウィートが攫われそうになった事もしばしば。その度に兄ゲップスが乗り出し、ウォート卿やプランの助力も手伝い難を逃れていた。

 急激な成長と拡大は不要な軋轢を生み易い。だから私は農地の生産以外の事業を休止した。

 「シュレネー君。正気かね?規模も資金も潤沢となった今、晴れて商団に上がり、私の存在を明らかにも出来ように」

 休止の本当の理由を明かせず、卿に怒られた。商団の看板として卿が立つなら、もう王国内の不穏の種は消し去れる。公爵家の看板は伊達ではない。それは解っている。それでも。

 「今は、時期ではないのです。私を信じてください」

 「君の機を見る目は疑いようもない。自信を持って時期ではないと断言するならそうなのだろうが、責めてその理由だけでも教えてはくれまいか」

 彼からの年表は既に炭にした。あれが与える影響の危険性を危惧したから。一番の危険は勘の良いゲップスの目に触れる事。だから二度と忘れられない位に頭に刷り込んだ。毎晩寝る前に正確に思い起こすのを日課としている。

 あの年表に出来た空白期間。それが今なのだと、どうして恩人に言えようか。

 「言えません。説明が、とても難しいのです」根拠はあるとだけ伝えた。

 「それは、いつか聞かせて貰えるのかね?」

 「はい。時が来れば必ず」5年後、彼が再び現れるその時が来たならば。

 「今は置いておこう。それはそうと、どれ位休みにする積もりだ」

 「少なくとも3年は。と言いたい所ですが、ただ休んでいたのでは他の商屋に抜かれましょう。ですので、現状を維持為得るだけの物は掴みたい。それが現在の悩みでもあります」

 「えらく長いな。長期で食い繋げられる物か・・・」卿が不味そうに冷めた紅茶を啜っていた。

 「・・・」紅茶?茶葉か。

 それならば間違いなく競合は少ない。現在の主流の殆どは、中央からの低級な茶葉。一般的に香りは強いが、美味しくはない物だとの印象を持つ。苦労して上質茶葉を運んでも、買ってくれるのは中流以上の貴族のみ。劣化を防ぐ魔石を使用すれば尚のこと。

 商売の上で、市場は余りに狭過ぎた。猫の額だと比喩され敬遠されたりもする。

 茶葉は無くとも生きては行ける。詰りは趣向品に該当する。そんな物で商売をしようとは誰も思わない。扱っているのは各地を練り歩く行商くらいだ。専ら薬草扱い。

 この大陸にも上等品種はある。醜き魔城を挟んで南側の山嶺付近。距離的には我が故郷からが最も近い。

 15年前に廃国となり、流れでた魔物によって村は襲われた。嫌な思い出が蘇った。

 当時の村人や従者が数名死亡し、若い娘も何人か連れ去られた。農地の被害よりもそちらのほうが甚大と言えた。妻は深手を負ったものの、運良く攫われずに済んだ。後に彼の薬で復活出来たのだから、幸運以外の何物でもない。

 私は運が良い。私情でも商売に置いても。だからこそ私は首を捻る。私は彼に導かれている。これまでの成功は、どれを取っても私の功績と呼べるのだろうかと。

 彼の手紙には指示らしい文言は無い。だがしかし。

 燻り続けた己の心に、小さな火が灯った。挑戦するなら、今しかない。

 「休止と見せる3年の間に、南の廃国の一部を再開拓しようと思います。狙うは茶葉、です」

 「・・・あれか?熟々面白い。だが眠れる豚の尾を踏み倒すなよ」

 「ご存じだとは思いますが、豚の尻尾は短いのですよ。愚かな私でも揚々には踏めません」

 「魔窟から焙れた魔物も多いと聞く。私兵から何名か貸してやろう」

 「いえ、それには及びません。これを機に、私も護衛の兵を増強します」

 筆頭はゲップスで間違いない。妹と共に鍛え直せば充分に使える。武に関しては素人ではあるが、師は卿の伝手を頼れば問題はない。あの兄妹は南大陸の直系なのだ。脚が悪い兄だが素材は良いはず。

 足りない人員は冒険者崩れか、奴隷ギルドから雇い入れるも良し。数人を雇う位の蓄えはあるのだから。

 「楽しそうな顔だな」

 「はい、とても。勇者が魔王を討伐後、先手を打てるのは私だけ。ですから」

 「いや、待て。シュレネー君。君が言っている3年後とは・・・」

 「正解、です」

 「それは、冗談が過ぎるぞ」

 「私は何も言ってはおりません。卿が何かを勘違い、されただけですよ」

 「・・・そうか。勘違いか。ならば仕方なかろう」

 青い顔で驚く卿を落ち着かせ、私は邸を後にした。

 休養と見せ掛けて、思いの外仕事は多い。この空白期間は準備期間であり、私自身の挑戦期間でもある。少なくとも彼はそう言っている気がした。

 「楽しそうですね」ウィートにも卿と同じ事を言われた。

 「勿論さ。これ以上の楽しみはない」

 王都で過ごす夜も久々。今夜は前席に控える2人と外で食事でもしよう。出会いの日とは違い気持ちの良い風が抜ける秋口に。どんな話をしてやろうか。

 などと思い耽りながら、馬車から見える街路端。私は我が目を疑った。客引きをしている娘に目を奪われた。こんなにも、こんなにも似ている人が居るなんて。

 引率に馬車を止めさせて、急いで馬車を飛び降りた。

 「あら、お金持ちそうな・・・商人さん?」

 「か、金ならある。人一人くらいなら一生遊んでやらせる位にはな」

 「・・・妾が欲しいなら、他当たってくださいな」

 「いや、違う。すまない。数日間だけ私の相手だけをして欲しい」

 「解った。解ったから、離して」

 気が付くと彼女の両肩を掴んで揺さぶっていた。鼻息まで荒くしては、最早言い逃れは出来ない。背後の兄妹の冷たい視線を感じ、やっと我に返った。

 「痛くしてすまない。君の余りの美しさに我を失ってしまったようだ」

 「お上手ですこと。でも、ご子息さんの目の前で娼婦を口説くのは、ちょっと節操ないかも」

 娼婦の誤解を解いて、仲介人に金を幾らか握らせた。確実に宿まで来て貰うために。

 最上級の宿部屋に驚きながらも、彼女は約束どおりに来てくれた。

 「お客さんなら、もっといい子たくさん呼べるんじゃ?」

 「いやいや、君以外は欲しくないよ」そう伝えると彼女は頬を赤くして黙ってしまった。

 若干緊張気味の彼女に赤いドレスを渡して椅子に座らせた。ますます似ている。今度はこちらが緊張してきた。若いあの日を思い出す。

 一人の絵師を呼び入れ、本当の依頼を話すと不機嫌そうに口を尖らせたが、依頼の間は微笑んで座っていた。ただ座っているだけで法外な金が貰えるなら文句はないはずだ。

 途中途中でドレスを脱ぎかけ。「裸婦画は?」と言って来るので、丁寧にお断りした。

 欲しいのは肖像画であって裸婦画ではない。いくら芸術だと言っても、彼に見せるのには抵抗があった。

 まだ見ぬ彼がどんな反応を示すのか。それが後5年間の楽しみとなった。彼に投げる問いも考えておかなくては。知らぬのは当然。知っていても不思議はない。

 そのどちらであっても、彼は私にとっての聖者なのだから。

商人さんって難しい。

5年ズラしの真相です、って割には薄いです。

別シナリオも練りましたが、

話が暴走しそうになったので簡略化しました。


残された謎はあと一つ・・・だけのはず。

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