第65話
美しき華よ。正しく美しき4枚の花弁は、今咲き誇らん。
神々しくも儚げな花たちは、ただ一人の男の後ろで並び立つ。
純白のドレスに身を包み、何色にも染まらずに、自己を顕示していた。
男は4人を前に恭しく跪き、一人一人の手の甲にキスをして行った。
淡く透き通るベールの奥の顔は皆幸せそうに微笑んで・・・。一人だけ怒ってる?
聞いてねぇぜ4人目は。勿論尋ねてもいねぇけどな!素直に答えても貰えないから。
一人目は、美の化身の娘。ベールに包まれて居なければ、男女問わず涎でも垂らす。実は賢人種の娘。何気に俺もファンだったりする。まぁ俺だけじゃないだろうが。
二人目は、儚げで可憐な美女。普通の人間のはずなのに。我らが勇者様に並び立つ程の逸材だ。元侍女の経験を持つ奥床しい佇まいに隠れる、芯の強さが透けて見える。
三人目は、燃えるような情熱を抱えた少女のような女性。既に6人の子を持つ母親だとは、誰も夢にも思うまい。中身の竜族の気性なのか、夫が外でどれだけ遊んでいても気にもしていない何て・・・。ふざけんな!羨ましい。
四人目は、新顔のはずだが何処かで会っているような気もする不思議な美女。珍しい褐色の肌を持ち、切れ長キツめの目尻の奥には深い優しさが窺える。晴れの席で一人だけ不満顔なのは何故だろう。
参列者の顔ぶれも豪華だ。俺たち勇者嬢一行は置いておこう。
シュレネー商団団長、シュレイズ・ネイカーズ。西の大陸屈指の大商人。彼が一人で表に出て来るとは大変珍しい。職業柄、命を狙われ易い立場に居ると言うのに。
大貴族グラハム家の三男坊。ウォート・グラハム。初めて目にする彼の顔は精悍で、高い誇りに胸を張る風貌。そのくせ貴族の立場なぞ鼻にも掛けてもいない懐の深さが見える。素性を知らないご婦人方から見れば、落ちてしまうのも無理はない。各所から溜息が聞こえてくる。
アッテネートの商人ギルドと冒険者ギルドの長を勤める凄腕。プラン・ノノラ。見た目は普通のおっさんなので、面識が無ければ彼の正体に気付ける者は少ない。俺も勇者一行の一人として会っていなければ、誰だよこいつ状態だっただろうな。
他は俺の知らない一般人。もとい上流階級の貴族の皆様。この国の底辺出身の俺では会うことすら叶わない人々だ。
流石に王族の顔までは見えないが、グラハム家の貴賓館で執り行われた挙式は豪華絢爛そのもの。今日は参列だけなので食事もワインも無しなのが残念だ。
神官の前で永久の愛を誓い合い、それぞれの指にプラチナの指輪を嵌めて行く。
一昨日の酒の席で、俺が一言言ってなければ今頃どうなっていたことか。
「なぁスケカンさんよぉ。お幸せなのは結構だが、ちゃんと準備してるのか?」
「何を?呼ぶ人には声は掛けてるし、ドレスは準備済み。おれのタキシードなんて既製品で充分だろ?」
「指輪?」
「あぎゃぁぁぁ」あの夜、奴は飛ぶように締め掛けていた鍛冶ギルドに突入して行った。
俺も相当なお人好しだな。きっと嬢の影響だろう。
その嬢は俺の後ろでガレーの手を握り締めて鼻息が荒い。手が痛そう・・・。
挙式の終わりを告げる、神官のハンドベルの音が鳴り響いた。ここが教会だったら鐘が響いていただろうが、一応この挙式自体が秘匿である為の苦肉の策だってよ。
聖院歴699年、1の月。6つ目の魔王を打ち倒してから1ヶ月以上が経った。未だ7つ目は現れていない。
俺たちはあらゆる準備をしていた。しかしそれでも、あれは彼にも想定外だっただろう。
「南・・・だと・・・」
ベルが鳴くのを止めた瞬間。南の大陸ムールトランドのペルディア王国王城跡地に、7つ目が出現した。
彼の隣で、元侍女のウィートちゃんが泣き崩れた。それを支えたクレネさんが四人目のお后さんを睨んでいた。
「だから、私の式はいいって言ったのに」
「それはそれ、これはこれ。何れはやらなきゃいけないんだ。それが今ってだけだろ」
「解っておっても、けじめは大事じゃ。男としてのぉ。じゃろ?」
ゴライアイスの声を皮切りに、俺たちも控え室へと駆け込んだ。男女に分かれ装備品と身支度を整えた後、簡単に打ち合わせを行った。とは言えやる事は決まってるがな。
「移動時間が惜しい。全員纏めて南へ飛ぶが、おれは一晩戦力外になる。持ち堪えてくれ」
「私が殿を勤めます。安らかに死んだ者の魂を使うだ何て、許せません!兄様が、魔王だなんて・・・嘘に決まってます」ウィートに叩かれた、高そうな円卓に皹が入った。弁償代は彼に押し付けよう。そうしよう。だって俺らは座ってただけだし。
スケカン殿がそれぞれに3つずつ薬を配布し終え。
「これは万能薬じゃない。死んだら終わりだ」今更何を言ってんだか。
「スケカン殿。魔王の止めは、私ですか?」
「状況次第だが。出来るなら、ウィートに譲ってやってくれ。無理ならおれがやる」
嬢とウィートが互いを見て頷き合った。
「心の準備はいいか?飛ぶのは敵陣のど真ん中だ」
皆席を立ち上がって頷いた。隣席同士で手を強く繋いで一つの輪を作った。
今日の俺はツイてるぜ。偶然にもクレネさんの右手に居たので、初めて手を握ってしまった。あぁグローブ越しでも幸せだ。ん?これ・・・俺死ぬやつか?
「行くぞ!フル・テレポート!!」
10人纏めての長距離跳躍は初だが問題はないだろう。飛んだ先のほうが非常に不安だ。
こうして俺たちは、ペルディア王都一つ手前の町へと飛んだ。
後の歴史にも記される、デッドマンズ・パレード(死者たちの葬列)の幕が静かに開かれた。
名乗ってはいませんが誰の目線か解ります?
解らなかったらすみません。
いよいよ終盤戦に突入しますが、
その前にある商人さんの過去を挟みます。
7つ目の魔王戦は時間を掛けます。
気長にお待ち頂ければ幸い。
テーマは、魔王が魔剣を持ったなら・・・です。