第62話
パタン、パタン。機織り機材が織りなす木製の音は、規則正しく心地良い。足をペダルに置いて、吊り下げ歯車を動かして。糸を結んだ駒を流し通す。その作業の繰り返し。
小気味よい音に乗せ、ここ数十日間の出来事を列挙してみよう。一々細かい説明は無いので、是非付いて来て欲しい。投げ遣りですまないとは思っている。
元教皇、魔王ロメイルをグリエールちゃんが撃破して、解放された聖都は朝が明け切ると同時に大混乱に陥った。勇者を手に掛けようとした罪で弾劾されようとして、クーデターが勃発したのは知っていても、心酔していた教皇様が何と魔王だとは夢にも思うまい。信徒住民の大半が信じて祈りを捧げていた者が、実は人違いでしたと言われて、はいそうですかと直ぐに納得出来る人は少ない。居なかったに等しい。それでも勇者様自身が罪に問われなかったのだから、流石のカリスマだと言おう。そんなステ値あったっけ?きっとカルマ値の仕業なのさ。
次期教皇様は誰やねんと言う流れにだって当然なる訳で。クーデター影の立役者の聖神教正規兵団団長(勇者の元教官さんだってさ)と、現場復帰した碧眼(俺が潰したんだけど)の大神官リラの2人が中心となって人材を探した。
教皇にはまだ子供が居なかった処か、嫁さんすら居らず。教皇の父も既に崩御。男系血縁や兄弟も居ないと来た。あの家系は種薄かったのかね。遊び人ユード君から聞いた話では、裏ではかなーり遊んでいたそうだが。居ないんだから仕方がない。
急遽、魔王討伐の功績を称えられたグリエールちゃんに白羽の矢が刺さりそうな話に、火が付きそうな気配ありとの情報を得て、俺は先手をぶち込んだ。
「おい、お前さぁ。出来るんだろ?出来ません何て言わないよなぁ。なぁ!!」
大神官リラの肩を軽く掴んで、優しい言葉で諭したら、感涙しながらの二つ返事で次期教皇が正式に決まるまでの代役が決定した。鎮火成功。
女系が行けるんなら、先代教皇の妻方から選抜して欲しいもんだ。
良し!とばかりに試作していた花火を打ち上げてみたが、単なる爆破火の粉が飛び散って第1都市がパニックになりかけたので、隕石じゃね?で強引に片付けた。花火って物の構造を知らないど素人が手を出すもんじゃねぇ。当然の結果だった。
多少の残念さを抱えながら、勇者一行と別れ、一路海を渡って西大陸のアッテネートの町を目指した。テレポートを何故使わない?馬鹿言っちゃいけないぜ。7つ目が何時何処に現れても可笑しくない状況下で損失率の高い魔術使えます?使えないでしょ。
3人で飛んだ時だって体感損失、1人に対して1割強。4人で飛んだら?そう言う事です。
アッテネートに到着後、シュレネーさんにご挨拶、侍女雇用の解約を済ませ、ゲップス氏の逝去を伝えた。
「そうでうすか・・・。そうなってしまいましたか・・・」と泣き出してしまったので、ウィーさんとの結婚の報告と式には呼ぶからと慰めたら、もっと号泣していた。養父としての涙だろう。お父さんへのご挨拶にしては不適切でした。ごめんね。
「スケカン殿。婚姻の手続きは?」うぉぉぉあったのかーーー。この世界にも届け出が。舐め腐ってて済みませぬ。それは何処で出来ますかと尋ねた所。
「複数の妻を娶るのを許されるのは、王族と貴族だけ」だと聞かされて絶望した後、いっそ闇に伏してやろうと考えていると。
「平民出での前例はありませんが、我が友プランならお力になれるでしょう」との事で。
「プランさんとは誰ですか?」
「この町の冒険者ギルドの長ですが・・・」まるでアホを見る目で返された。だってアホだもん。
開き直って、冒険者ギルドへ。
これまで一度としてお会い出来ていなかったプラン氏にあっさりと会えてご挨拶、ご相談、各種報告処理、超久し振りのプレート更新、ウィーさんとゴラちゃんの分の作成、を一気に処理を依頼。流石は商人ギルドと冒険者ギルドを一手に仕切る凄腕の豪腕とあって、流れるように処理をしてくれた。んが、プレート更新と作成時に鼻水垂らして硬直していたので。
「どうしました?全員プラチナ++ってだけじゃない?頑張れ」と励ましてみても。
「私ではもう手が追えません。王都のウォート卿をお頼りください。紹介状を作成します」まさかの駄洒落に震えたが、有り難く紹介状を頂戴してギルドを後にした。
面倒事になるだろうと予想はしていたが、プレート作成直後に最上は前代未聞。そりゃだって俺とクレネは南の魔王軍殲滅してるし、複数のダンジョン踏破してるし、ウィーさんは加えて魔王を2匹も叩き斬ってるし、ゴラちゃん元が竜族で魔王だったし。そこはもう諦めようよ。
「何じゃそれは?私も欲しいのぉ」欲しがるねぇ、ゴラちゃん。作ったからはい、どぞー。
プレートの裏面が気になる?簡単におば。登録氏名、登録した所在地、性別、年齢、職種(初期選択式)、冒険者ランク上下、概算レベル、概算ステータス、代表的なスキル、概算魔物討伐数、が簡略化して記載されています。
はい、お気付きの皆様正解です。それぞれの氏名、所在地、性別、職業、ランク+-以外は全滅です。ぜーんぶ×が綺麗に整列しています。全員人間枠を越えてるからでしょうね。
「私は、もう既に・・・」しばし呆然とするウィーさんをクレネが抱き締めているのを横目に。
職種。俺、剣士(浮かれてて憶えてねぇ)。クレネ、弓師。ウィート、侍女。まんまです。
ゴラちゃん、剣闘士。「私は彼の剣を握らせても貰えんかったがのぉ。嫌みかえ」違います!
クレネの年齢はどうなっていたんだ?そりゃ最初から×でしたよ。そこはそれ。何かを勘付いたギルドの受付嬢を、クレネの魅了で押さえ込みました。・・・クレネさん!後ろ!来てる!!
現在の×については、プランさんが手を回してくれるに違いない。頼んます。
「す、好きですぅ」迫り来る難敵に。
「嫌な物は嫌よ!」外に連れ出した嬢の首を絞め・・・。手を添えながら掛けた魅了を解除しようと努力していた。結局手応えを掴み切れず、気絶させて逃げました。
翌日。このアッテネートを所轄する、なんちゃら王国のなんちゃら王都へ向けて出発。
それ無理なくね?と誰かの声が聞こえた気がしたので。オディルオ王国、首都ラーナの大貴族グラハム家へと出発。グラハムって格好いいな。取り替えようかな・・・。
紹介状を頼りに、すんなり入場と入邸。ウォート氏と面会。貴族って偉そう的なイメージも序盤で崩してくれた、とても気さくな人物で非常に話し易い人で安心した。かなりの切れ者と見た。
横に侍らせた3人の嫁を見たウォートさんが、何故か従者に。
「令嬢たちを全員帰らせろ。今直ぐにだ!」半ギレ気味に指示していたりもしたが。
俺たちよりも先回りしていたプランからの事前連絡に依り、お話もスムーズに行われ・・・。
早過ぎる情報伝達方法が気になり、素直に聞いてみた所。やはり存在しました。
伝文馬車だけでなく、伝書鳩だけでもなく、ちゃんとした伝達特化の魔術師さんたちが。レアはレアなので、数こそ少ないが、規模が大きな国に成れば成る程に、各主要都市部に数人ずつは配備されていると。
その存在は超極秘中の極秘。扱いも警護も中流貴族並。国に関わる情報漏洩は極刑有り。ハイリスクハイリターンなご職業らしいです。どうりでマップにも引っ掛からなかったし、やけに魔王討伐の通達の回りが早いと思ったら。
マップ情報の中に居た可能性もあるけど、最近は表示条件絞っていたので。だって無条件全表示しちゃったら、町が丸ごと緑で染まって他が何も見えなくなるじゃん。
「そんな大事な情報、おれなんかに流していいんですか?」
「君なら大丈夫だ。シュレネー君の友人ならば問題ない。それよりも・・・」
「何ですか?」
「君が透明な小瓶をもっているとシュレネー君から聞いているが、本当か?不要であるなら是非引き取りたいのだが」
小瓶?ポーションのかな。道具袋の底をBOXに直結させて、在庫状況を確認した。
何かに使えるかなと取っておいた空き瓶たち。合計で3個有る。他は中身を充填してあるので今は出せない。熟成上級ポー何て物見せたら、今直ぐ戦争始まりそうなので。
目の前のテーブルに3つ空き瓶を並べた。正確には忘れたが、この旅の出始めには10個以上あったのに。人にあげたり、売ったり、使って壊しちゃったりしたからなぁ。
「み、3つも・・・。中級ポーションもあるなら、買取りしたいが」だから上しかないって。
「残念ですが今現在は手元にありませんね。あ、数ヶ月前にお買い上げしてくれたのって、もしかしてウォートさんでした?」
「如何にも。それが中級薬の瓶だと知った時には驚いたものだよ。さて、そちらの言い値でと行きたい所だったが、流石に3つともなると。1つにつき金3千枚でどうかな。こちらからは上限に近い」
「・・・3千枚?」おいおい待ってくれよ。最近の通貨価値が変動したのか?
シュレネーさん。なかなかやってくれるじゃない。あの時は、そこまでのバックは受け取っていない。中身以上の瓶の価値に気付いて、誓約書から除外したな。商人の鏡だぜ。
「安いと見るかね?これ以上となると、兄上や更に上とも相談が必要となるが」
飛び付きたい程の額だが、即答は絶対にダメだ。こんな美味い話はそうそう転がってない。隣に座る嫁たちがかなり暇そうにしている。
「お話が長引きそうなので。彼女たちを町へ出そうかと。出来れば2人切りで話を」
「私は構わないぞ。確かにご婦人方には退屈な話だった」
「ツヨシ。その線だけは越えないで」クレネが心配そうな目でおれを・・・。どの線だよ!!
何かを勘違いをしている嫁たちにお小遣いを渡し、この首都の散策&マッピングを依頼して送り出した。3人のプラチナに絡む輩も居ないだろうし、それぞれ簡易版マップも持ってるので迷子の心配もない。1人映らない人居るけどね。
心配は杞憂で、嫁たちは仲良く手を繋いで出て行った。濃密に見つめ合うクレネとウィート。その間に入るゴラちゃん。おい、何時からそんなに仲良くなった。百合色通り越して真っ赤な薔薇色じゃねぇか。そっち側の線越えてねぇかな・・・、おれ、やっぱ要らん子かな・・・。
気を取り直して、いざ交渉に向い合う。嫁たちの愛を取り戻す!
趣旨が変わって来たよう・・・じゃない!最初からこれが目的で来たんだ!一貫しているぞ。
「王都近辺では、上質な絹糸が取れると伺っておりますが?」
これぞ灯台下暗し。シュレネーさん情報であっさりと出て来たと思ったら。何とこの王都北部地域の名産品の1つだと判明した。
「代価は金貨ではないと?」話が早いぜ。
「ですね。今は金よりも、我妻たちへ贈るドレスを考案中でして。純白の」
「シルクの純白か。ドレス3着分となると、なかなかに高額にはなる。求めるのは既製品ではなく糸だと言ったな?」
「はい、確かに。でも欲しいのは6着分です。贈答で驚かせたいので、出来る限り自作で行こうかと思ってまして。しかしながら素人故に、ドレス職人さん数名の臨時雇用と機材。今後数日の滞在費、食事代諸々雑費含めて全額持ってくれれば、今回の代金としますが?」
「成る程。私は服飾の知識には疎いが、既製品の値で換ずると釣り合うレベルだ。至急各所の在庫と職人の空きを調べさせてから正式書面は作成しよう。別途、滞在費に関しては本日から無償でこちらが持つ。何日でも何年でも我が家のように使える宿を用意しよう。時間を設けてから後で邸の秘書官の所へ来てくれ」
出来る男には無駄が無い。即断即決。その姿はまるで。
「失礼だけど。ウォートさんは貴族ではなく、商人さんに見えますね」
「ハハハッ。良く良く言われるよ。大概の貴族家がそうだが、長兄は政治、次兄や三男は兵法か財務関連。当家は正にその形。兄弟皆関係は良好で、次兄は武を取った。残る私は財務に収まった。適正もあったのだろうが、私は昔から金を数えるのが趣味でね」
商人奥深し。この世界にだって金はあり、循環して経済も回っている。何もドンパチするだけのイカれた世界ではないのだ。人々はここでも生きている。ふと、自分が最初に商人の道を選んでいたらどうなって居たのだろうと考える。でもやっぱり素人考え。商売に優れた人程、見極めや物の売り時を間違えない。俺の大好きな、たらればが絶対に通用しない世界。
俺には無理な道だったと断言する。でも、ちょっとは挑戦してみたい。
「だいぶお疲れみたいですね」
各所への連絡を終えて戻って来た、軽くないウォートの足取りを見抜いた。
「いやはや解るか。流石プラチナ冒険者の目は伊達ではないな。最近寝ていなくてな。来月予定されている記念式典の中核に当家が立ってしまってね。日夜、財務担当の私が走り回っているのだよ」
「そんなお疲れ気味のウォートさんに、1本だけお付けしましょう」下級薬が入っていた瓶のほうを取り出して差し出した。
「これは?」
「中級では至りませんが、特性自慢のポーションです。効き目バッチリ。どうぞグイッと」
「おぉ、それは助かる。では遠慮無く・・・これは美味いな。力が湧いて来るようだ。洋梨のような仄かな甘みと酸味。上質なワインのような奥床しい苦み。それでいて後味も悪くない。これまで口にしたポーションのどれにも無い味わいだ」
「ウォートさん。それ、飲みましたね?」
「なん・・・と?」
「それはですね。実はこちらの試飲用の品、なんですよ?」これは俺だけが打てる一手。深紅の液体が入った透明の瓶を取り出した。
途端に震え出すウォートの旦那。
「き、君は私を嵌めたのか?先程、中級は無いと言っていたではないか・・・、違う。違うぞ、その赤は・・・」
「中級は、もう持ってないですよ。最上級しか、ね。夢物語の蘇生万能薬には届きませんが」
「う、嘘だ。君は私を殺したいのか?この国を滅ぼしたいのか?」
ウォートさんが、瓶の前に伏してしまった。何だか優越感よりも悪い事したな。だってこれ、元々タダ同然の安物下級ポーションなんだもん。
「何もしたりしませんよ。安心してください。今回の成功報酬で1本だけ進呈します。ウォートさん個人がダメなら、国へ寄贈で」
「君は、神か」いいえ、人間でしたよ。最近では自分で自分が解りませんけど。
放心するウォートを放置して、ポーション入りの瓶だけ道具袋へと戻した。
「また、後で来ますね」
さてと、俺も3人に合流して飯にでもするかなと・・・。おやぁ?
直後に襲い来る悪寒。あ、これ・・・あかん奴やわ。
クレネのマーカーがとある建物の前で真っ赤に燃えている。
透明なはずのゴラちゃんまで揺らめいている。
ウィートだけは、2人の前に立ち塞がって落ち着いたままのピンク色。
俺は、絹糸のほうに意識を奪われて、完全に油断していた。3人だから大丈夫の意味を。
俺がこの国に滞在していた時に、王都への訪問を躊躇っていた理由がある。
小さな町には無い。聖都にだって存在しない。その他の王国の王都には必ずと言っていい程に存在してしまう場所。
それは、「奴隷ギルド」の看板をぶら下げた人間種の、暗い闇。
いらぬ喧嘩を挑んでいる場合じゃないよ。
というお話です。