第6話
三日三晩走り続けた。まだまだ疲れない。疲れるって何ですか?状態で汗も出ず喉すら渇かない。体力は無尽蔵。裸足の素足は尖った石さえ刺さらない。紫色の血も出ない。
ただ1つ問題が起きた。ここに来て解ったことだ。火山帯の中央に聳え立つ目的地をハッキリと視認出来る距離まで来て、山嶺への入り口だと思われる集落らしい町に出くわした。頑丈そうな門。その上に掲げられた看板。門の脇の立て札。
読めない。文字らしい物が一切読めない。どうやらその機能はないらしい。英語でも何処かでみたようなイスラム系とも違う。辛うじて数字っぽい部分だけは読み取れるが。
勇者とは話しをしたり聞いたりは出来ていた。てっきり日本語でOKなのかと思ってみれば、全く甘くはなかった。どうしよう。叩き壊して駆け抜けようか考えていると、門番らしき人間と目が合った。
それからは早かった。魔王というのも伊達ではないようで、少しだけ尊大に偉そうに軽く脅して見せると、恐ろしい程話はスムーズに進んだ。どうやら素通り出来る様子。無傷無血で町を通り過ぎると、口を開いた洞窟の幾つかを無視して飛び越えながら、ざっくりと1日で火口縁に到着した。轟々と吹き出す噴煙、真っ赤な炎、流れ出す溶岩流。流石にここまで来ると暑さ(熱さ)を感じて、ふつふつと煮えたぎる溶岩に直足が触れると。
「あっつ」ジュっと皮膚が焼ける音と痛みを感じた。不思議と死の恐怖は感じない。
軽く焼けているようだが、熱で爛れてはいない。比較的冷えて乾いた部分を辿りながら源流を探した。分厚い雲のような黒煙と雷流を抜けると、巨大な間口を広げる本火口を発見した。素の人間の身体では決して辿り着けない場所と景色。加えて顔を伝う紫の汗粒。自分は本当に人間ではないのだと実感した。
徐に唐突に、腰の魔剣を鞘ごと掴み取り、火口中央に向かって槍投げ・・・。40肩のように肩が固まり、激しい痛みと抵抗を感じた。
「やっぱりな!」オーバースローに見せ掛けてからの。「死ねぇぇぇ。クソ豚野郎」執念のアンダースローに切り替え、腕が砕けそうな痛みを振り払い、鞘諸共輝く業火に眩む本流へと魔剣を投げ入れた。
「ブ、ブシファーさまーーー」夜空から舞い降り、落ち行く魔剣を追いかける人影が1つ。溶岩に照らさし出されたそれを視認すると、両肩の大きな黒い翼を器用に折り畳み、女のような物体が火口へとダイブしていた。どうやら本命が釣れたようだ。
歪な地面を抉り、両足を踏ん張り2歩の助走で翼の後を追うように飛び込んだ。端的に言えば自殺。翼に躱されたら命はないだろう。だからなんだ!飛び込んでから後悔した所で後の祭。翼の生えるその背を捉え、吸い付くように背に乗った。
「ひっ。貴様ーーー、変転の分際で」
「お前か。お前なんだな。おれをこれに呼んだのは」黒い翼の根っこを握った。
「ち、違う。私ではない」女は両腕で大事そうに魔剣を抱き、必死の形相で首を振っていた。美形だ。だが肌は紫。魔族なのだろう。気持ちが悪い。今の自分を差し置いて。
「じゃあ誰だ」掴む手に力を込める。
「待て、落ち着け。貴様は死ぬ気か」答えを渋る女に対し、俺は背骨を踏み抜く勢いで足を支点にして翼を全力全開で引いた。
「ぎゃぁあぁーーー」耐えがたい痛みで女は高音の悲鳴を掻き鳴らす。
「答えろーーー、誰だーーー、おれを呼んだのはーーー」屈伸した膝を少しずつ伸ばして行った。勿論手はそのままに。
「答える、答えるから止めてくれ。女神だ。女神オフロディーテだ」なんてこった!もう少し手前じゃないか!ア
「女神ねぇ。邪神の類いか」呆れて足下の翼を引き抜いた。足蹴にした女の断末魔と共に、2人と1本は黄金色の本流に飲み込まれて行った。「おれはな。あっちで死んだんだよ。帰れないんだ。茜の笑顔も笑い声も、何もかも無いんだよ!!!」
激しい痛みに飲まれ、神様に悪態を付いて意識を投げ捨てた。ざまぁ