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第59話

 この私があの兄妹に出会ったのは、10年程前になる。寒さの厳しい冬の夜だった。

 立ち上げた商会の運営を一人で担い、日々奔走していた。安い出物があれば西へ。有力な先物があると聞けば北の町へ。盗賊や魔物で溢れる街道を単独で走り抜けた事も数え切れない。

 私は必死だった。我武者羅だった。命だって惜しくはないのだと。

 貿易を主とする事業は上手く行かない。故郷の土地を担保に入れても、国からの補助は雀の涙。私の涙もとうに涸れ果ている。愛していたはずの妻が病死した時でさえ、涙を浮かべながらも心何処かで、ホッと安堵している自分が居た。これで動きやすくなる。

 笑っていたのだ。葬儀の夜の洗面所で見た、鏡の中の自分の顔が。一瞬、私は何もかも忘れた。放心したのだ。何だこいつは、誰なんだと。

 時を忘れ、何度だって見直しても、そこに在るのは自分の顔だった。

 軌道に乗らない先物事業を投げ出そうとした事さえ何度でもある。下流貴族にさえ取り入る事も難しい、乏しい資金。提示する物さえ一切無い状態。手詰まりだった。

 従者も侍女を雇い入れる余裕も無く、明日の薪も買えない。終わりだと思った。今夜が自分の最期だとも覚悟した。負債は背負っていない。誰かの元請け人にもなってはいない。

 ここで死のうが、誰の迷惑にもならない。私は準備した。逃げる準備を。暖炉の火を消し、長いロープを物入れから出した。見窄らしい肋小屋。やせ細った私の身体を支える程には、我が家の天井の梁は健固だろう。最期くらいは私の我が儘を聞いてくれ。そう願った。

 脚がガタガタの椅子の上に立ち、輪に結えたロープを顎に掛けた。

 あぁ、私は出来ませんでした。誓った約束も果たせず、頼みの半分も果たせず逝きます。品祖な謝罪なら、地獄で何度でも。妻よ、天国に居るのだろうから会えないな。

 椅子を蹴り倒そう。私は、足に力を入れた。「妻よ。弱い私を許してくれ」

 トントン。こんな吹雪く厳しい夜に、来客などないだろう。私はまた足に力を入れた。

 トントン。玄関を叩くノックは強くなる。お隣なら私の無様な死体でも見つけてくれ。明日の朝にでも。

 トントン。「お出かけでしょうか。兄様」「うーん。雇い人の看板は出てるしなぁ」

 表の看板を仕舞い忘れていたようだ。我ながら詰めが甘いな。そう思った瞬間に、椅子の脚が折れた。バランスを崩して、床に落ちて尻を着いた。

 「くっ・・・ハハッ、ハハハッ」私は死ぬ事すら許されないのかと笑った。

 「どなたか居ますね。兄様」「みたいだね。すみませーん。雇い人希望なんですけどー」

 立ち上がり、梁に引っ掛けたロープを切った。短くなってしまったな。

 「何用かね?こんな夜遅くに」

 玄関を開けると、そこには仲の良さそうな兄妹が立っていた。女児のほうは少年の後に隠れてしまって顔だけ出してこちらを見ていた。

 「おれ達、住み込みの雇い人の看板見て来たんですけど」

 「来たのですけど」

 「残念だが、今夜で締める気でね。この所の失敗が重なってね。誰かを雇う余裕も無いのだよ。すまいないね。君らの宿は?」

 「ありません。ここが駄目なら野宿ですね。当然ですが金もありません」

 こんな冬の夜に野宿とは。凍死覚悟なのか。自殺なら明日にでも、何時でも出来る。焦る事は無い。

 「今夜だけなら寝床を貸そう。明日改めて他を当りなさい」

 「寝床を貸してくれるだけでも構いません。妹は子供です。ご趣味に許容があるなら、どうぞ僕を使ってください。お願いします」何かを勘違いしている様子だ。

 「ハハハッ。それは無いから安心しなさい。幼女趣味もな」

 言とは逆に、怯え気味の兄妹を招き入れ。再び暖炉に在庫残りの薪を投げ入れ火を入れた。

 少年は右足を引き摺っていた。腱でも切られているのだろう。多くの奴隷がそうであるように。

 茶でもない水を差し出し、鍋に残った屑野菜の薄いスープを一皿に入れた。二人を椅子に座らせて、テーブルに置いた。私は立ったままだ。先程壊れてしまったからな。

 「・・・毒入り、ですか?」

 妙に用心深い少年だ。そう感じた。近所では見た事がない。きっと他の町から来たに違いないと思う。

 「だから。殺す気なら、態々招き入れたりせんよ。信じて身体を温めてから眠りなさい。私は先程食べてしまったからね」

 少年の目が、天井の梁を向いていた。まさかな・・・。

 「頂きます」「いただきまーす」礼儀正しく、仲良く冷めたスープを飲んでいた。香辛料だけは余裕があったので、多めに入れてある。冷めていても暖はある程度確保出来るだろう。

 中の野菜の固形物は、全て妹の口の中に流し入れていた。女児はそれに気付いている様子はない。何かないだろうかと、台所を漁った。黴の生えた食べかけの硬パンしか無かった。

 諦めて2人の前に立った。

 「子供の腹を満たせる程の物はないな。君らの名前を聞かせてくれ」家財を引っ繰り返せば銀貨くらいは出てくるかも知れない。

 「僕はゲップス。こちらはウィートネスです」何だか胸の痞えそうな名前だ。

 「ウィートって呼んでくださいまし」可愛らしい声で、胸を張っていた。

 「・・・」頭の中で誰かが囁いた気がした。脳天を雷で打たれたような衝撃が走った。

 「どうか、しました?」少年の目が何かに怯えていた。

 「い、いや。何でもない」

 「何か、僕らの名前に・・・」

 「何でもないと言っているだろ!」つい怒鳴ってしまった。ウィートのスプーンを持つ手が止まってしまった。我ながら可哀想な事をしてしまった。

 2人を居間に残して、寝室に走った。箪笥の下段の奧に隠した小さな宝箱。これは私の死亡と共に燃え尽きるよう呪いを掛けた特注品。私以外が開く事は出来ない。

 何度も、何度も、擦り切れるくらいに読み返した紙を取り出した。悪い頭でも忘れないようにと焼き付けた文章。私は自分の死を前に、忘れていた。そこに書かれた者の名前を。

 「なんて事だ・・・。これでは、2人を」財は底を突いている。故郷の村も担保に渡してしまった。そんな私に子供2人を抱えて、いったい何が出来ようか。何もこんな時に。

 宝箱に入っていた、綺麗な中身を失った硝子の小瓶を見た。私は遂に、これを最期まで手放さなかった。出来なかった。妻と私を救ってくれた御仁の恩義を失いたくなかったから。手放してしまえば、何もかも失ってしまいそうな恐怖に駆られて。とうに失う物は無いのに。

 「亡き妻が使っていたベッドを使いなさい。おねしょは止めてくれ」

 「その様な大切な場所を使っても良いのですか?」

 「商人の基本は約束だ。何よりもそれを大切にし、守る為に努力する。そんな私が君らを今夜は泊めると言ったのだ。素直に受けなさい」

 「解りました。有り難く拝借させて頂きます。行こう、ウィート」

 「はい、兄様」眩しいくらいの笑顔だった。

 私は2人が寝付いた後も居間に残り、簡易で脚を直した椅子に座った。暖炉の火が消えるまでの間、テーブルに綺麗な小瓶を置いて眺めた。

 「これだけは、売りたくなかった」

 それでも出来る限りは尽くさねば。どうせ死ぬなら持っていても仕方がない。あの世には持っては行けないのだし。2人に生きていけるだけの財を残せるのかは難しいが、明日や明後日の腹くらいは満たせるはずだ。

 翌朝、2人を連れ立って町まで出掛けた。

 「奴隷ギルドですか?」少年の後にウィートが隠れてしまった。

 「何を。保証人でもない私が2人をどうこう出来るものか。私が向かうのは商人ギルドだよ。少しの金貨を得る当てがあってな」

 「僕らを担保に?」

 「だーかーらー。少しは私を信じなさい。昨夜は何事もなかっただろ?そんなに信じられないなら、少ない友人にでも引き渡すぞ」

 「すみません。この町に来るまで何度も騙されてきたもので」

 相当な苦労を経験してきたのだな。幼いウィートが健常で居られるだけの苦労は。

 「まぁ見ていなさい。信用に足らないと思えば逃げ出すも良し」

 「解りました。お任せします」

 少しだけ怯える2人を連れて、商人ギルドの門を潜った。普段よりギルド内が騒がしい。忙しく動き回る、馴染みの受付の前に立ち、道具袋から小瓶を取り出そうと手を入れた。

 「あー、シュレイズさん。ホント丁度良かった。探しを向かわせようかと思っていたんですよ」

 「何か、あったのかね?」小瓶を漁るのを止めた。

 「聞いてください。やっと中央で買い付けした小麦が反転しましたよ!何と!一夜で一気に3倍値を叩きました。まだまだ上がりますよ、これは」受付が上機嫌だ。この顔は良い兆候。

 「お、おぉ。おお!?」抜けたような声を上げてしまい、2人が後で首を捻っていた。

 「どうします?全売りは無しですよ」

 「何を愚かな。とは言え元手も欲しい。3の1売り。3の1現物。3の1置きだな」

 「了解しました!証紋と現金と現物証書を作成しますから、少し待ってください」

 「現物はいつものように預け賃を現金から引いてくれ。待ち時間の間に食事でもして来る。私らは昨日から殆ど飲まず食わずでね。先出し出来るかね?」

 「金10枚程度なら直ぐですけど?後の2人ですか?」

 「充分だ。後のは新しい従者でね。まだ奴隷でもない掘り出し物だ。登録も済ませたい」

 「おぉそうでしたか。君らも運がいいねぇ。では、こちらに2人のサインを」

 提示されたのは2枚の申請書。

 「2人は読み書きは?」

 「大丈夫です」「名前、書けますよー」

 「うむ。書き込む前には必ず頭の文章を3回は良く読む事だ。商売の基本は、信用とサインで始まるものだぞ」

 書き終わり、金を受け取って一時ギルドを後にした。

 たったの一晩だ。昨日と今日では世界が変わった。昨夜、構わず首を吊っていたら全てが終わりだった。兄妹に気付かず、椅子を倒していたら・・・。背筋が寒かった。決して冬の早朝であったからではない。

 「まずは腹拵えだ。これから君らの金は全て私が出す。従者とはそう言う者だからな」

 「は、はい!宜しくお願いします」「お願いします」揃って頭を下げていた。下げる必要も無いと言うのに。

 やっと流れが向いて来た。全てはこれからだ。約束のあの日までに、事業を成功させなければならない。資金は手に入った。遅れに遅れていた地固めが漸く出来る。

 朝市の各仕入れ状況を目に焼き付けながら見て回った。

 「わー、お野菜が一杯。あ、あの赤いのは何ですか?」ウィートがはしゃいでいた。妻との間に子供が生まれていたらと思わずには居られなかった。

 「あれはね・・・」ゲップスが妹の手を引きながら、指された品の説明をしていた。本当に仲が良い。

 市場近くの食堂に入り、好きな物を食べさせた。口一杯に生野菜を頬張るウィートの顔を眺めながら、私はあの夜の事を思い出していた。

 「私は、贖罪の旅をしています。未来の間違いを取り戻そうと」

 「・・・未来の?」

 「はい。私は、強欲ですから。欲張りなんですよ」

 雨の中で、彼が何処へ向かったのかは解らない。名前も解らないのでは探しようもなかった。

 食事を済ませて、開いていた服飾店に入った。3人の衣服を整え、雑貨屋で必要な日用品を揃えた。ここ最近の切り詰めた生活のせいか、我ながら堅実に買い物が出来た。店主たちとの会話も聞き逃せない。何処に商機が転がっているのか解らないのだ。

 頃合いを計り、商人ギルドへと戻ると玄関前に豪勢な荷馬車が繋がれていた。護衛の兵士も10名も並んでいた。全員身なりが良い、起立も立派。来客はかなりの大物だろう。

 中へ入ろうか躊躇っていると、ギルドの中から受付が飛び出して来た。辺りを見回して、私を見つけると飛んで来た。

 「しゅ、シュレイズさん。大変な事が起きました。兎に角中へ」

 かなりの慌てた剣幕に促され、中へ入るとギルド内は静まり返っていた。

 「まさか、暴落したのか?早くはないかね」

 「いいえ。全くの逆です。跳ね上がりました。上の商談室にいらっしゃった貴族の方が小麦の在庫を10倍で買いたいと。現在大口を保有しているのはシュレイズさんだけです」

 商談室はなかなか使用されない。私など中を覗いた程度。

 「他は?確か2、3人居たはずだが」

 「既に裁いて卸してしまった後なので、シュレイズさんの一人勝ちです。お急ぎください。仲立ちとして長も同席させます。朝の分はキャンセル扱いにしてあります。手数料は全てこちら負担で金10枚は別枠貸し付け扱い。在庫は全存です。頑張ってください」何から何まで頭が回る受付だ。買付担当でないのが不思議なくらい。だからこそ信用出来るのだが。

 意味不明だとの不安な表情を浮かべる2人を受付に預け、私は一人で奧階段を上がった。

 一呼吸置いてから、商談室の扉を開いた。部屋の中には2人の護衛を従えた来客者と、数回しか会った事のないギルド長。私は下席の手前に座った。

 「ギルド長のプラン・ノノラです。今回の仲立ち人として同席させて頂きます。こちらはウォート・グラハム公。こちらはシュレイズ・ネイカーズ。此度の品は小麦、とのことで宜しいですか?」

 ギルド長が軽い挨拶の後、互いの名と取引名目の説明と確認をした。

 グラハム家と言えば、上流も上流。公爵席に列席する大貴族の家名である。見た目は若いが大物らしい風格を漂わせている。記憶は曖昧だが、確か三男。それにしても自ら買付に赴くとは何事だろうか。

 「うむ。間違いない。して、シュレイズ殿。麦の保有は如何ほどかな?」

 「はい、ウォート様。私の保有在庫は120kg。現在の相場はkg金9となっています」

 「相違ありません。現品はギルド倉庫に半分。聖都の第3都市の倉庫に半分御座います」

 「先ずはこちら側の在庫をkg金30で買い取りたい。あちら側の分は輸送費含むkg金40でどうだろうか」思わず息を飲みそうになった。これまで数年間の累計負債が消して飛ぶ額。金貨にして4千以上にも上る。それを平然と言って退けるとは。大貴族の財力は計り知れない。

 そこまで欲しい理由が見つからない。成立させても問題ない額だが、釣上げられるものなら交渉してみたい。商人としての魂が揺さぶられる。

 冷静に見て信用も材料も実績も無いのでは、下っ端の一商人の交渉など受けてくれるはずもない。無謀な上げで決裂しては、折角の大貴族との繋がりさえ断ってしまう。ここは素直に乗るべきか。

 手の内の交渉材料を考える。取引量の減量。保有を残しても、今提示された額まで跳ねる事はまず有り得ない。世界的な干ばつや飢饉でも起きれば別だろうが。

 取引時期の分割。小分けにして、長期的に買い取って貰う。ある程度の安定した継続収入が手に入る。しかし所詮は生物だ。商品自体が劣化しては価値は無いに等しい。

 「額には文句を付けようがありません。高名なグラハム家が麦を欲しがる理由が見つからないのですが。教えては頂けないでしょうか?無理でしたら、私共の命を保証して頂きたい」

 「理由か・・・。確かにな。下がれ」後の護衛を部屋の外に退出させた。

 「私も退席しましょうか?」長も一旦席を外そうと立ち掛けた。

 「いや問題ない。実績のあるギルド長だ。口は堅いのだろう?」

 「勿論で御座います」

 「では話そう。そう物騒な話ではないから安心して欲しい。だがこの情報が外に洩れたらシュレイズ殿は危ういがな」それはそうだろう。3人しか知らない話が洩れたら、嫌疑は私しか残らない。二度と交渉して貰えない処か、最悪極刑だって有り得る。

 「しかと承知しました」

 「端的に言えば王都の保管庫が賊に入られてな。食料備蓄が壊滅。特に小麦が酷い状態で在庫は零に近い。この上で魔王が暴れ出したら、戦う前に兵が飢えて死ぬ。幸いにしてここの魔王は低脳で有名だ。加えて近隣諸国とも今の所で戦争の予定は無い。人間社会にこの情報が広まっても問題ないし、魔族に知られても奴は理解出来ないだろう。とは言えそうのんびりとも構えられん。国としての面子も在るからして、早急に解決したい。だからこうして直々に買付をしている。大胆かつ迅速にな」

 「成る程。理解しました」戦争が起きれば兵糧は最も重要項目。だからこそ先物は止められない。しかし、私はここだと踏んだ。踏み切るなら今しかない。

 「そう言った事情でしたら私も惜しみません。先程の額からそれぞれkg金5を減額提示させて頂きます」

 「減額と来たか。当家としては助かる話だが何故だね?」

 「減額分の信用を買いたいと思います」

 「それは、私と繋がりを持ちたいと言っているのかね?ならばその取引材料は何とする」

 「その通りで御座います。御覧頂きたい物があります」

 「今持っているのかね?」

 「はい。こちらです」私にはもうこれしか無い。これ以外には何も無い。

 彼から貰った硝子の小瓶を、低いテーブルの中央に静かに置いた。

 ウォートの息が止まった。プランの目も大きく見開いていた。

 「な、何だね、これは」

 「とある方から譲り受けました。最高品質の硝子細工で御座います」

 「透明度、形、大きさ。高純度の水晶でも、ここまでの明度は出せない。中が空洞なのか?均一性まで一級品。いや、私でも今まで見た事も無いぞ」

 「私も同感です」

 「誰からとは聞かん。いったい何処でこれを?ぜひ譲ってくれ。幾らだ?5千か6千か」

 「いえ、無料で進呈しますよ。今回の資金で始める私めの商会の、後ろ盾になって頂けるのであれば」入手ルートは明かせない。そもそも無いのだから。

 「なろう。なるとも、シュレイズ君。手を取らせてくれ。プラン、この件は当家の紋印を使う。別途用意してくれ。これこそ洩らすなよ」

 「御意に。それでは、今回の交渉はこれにて閉とします」

 私は迷わずウォートの手を取った。

 「これを持ち込んだ友人は、約10年後にこの町に立ち寄ると言っておりました。その時にはまた手に入る事でしょう」一つの布石を打ち込んで。

 「10年かぁ。待ち遠しいな。手には入ったら、何よりも先に私の所へ来い。いいな?」

 「勿論ですとも」

 後たったの10年しかない。時間は無い。例え足りなくとも、必ず間に合わせる。多少の強引な手段は必要となるだろう。あぁ私も「強欲」なのだな。

 彼からのメモ紙は、あれは年表だ。今なら解る。羅列に等しい文字たちを頭の中で並べ変えると、成る程正しい。では気になるのは、あの空白部分。そして最後に並べられる部分。

 自分だけが知る未来。特に最後の部分は昨日雇い入れた少年を指している。

 確かに特別難しい事ではなさそうだ。しかし言い様のない不安にも駆られた。

 手続き云々、事務処理を終えた私は下へと走り、受付に残した2人の手を取った。

 「これから、少し忙しくなるぞ。付いて来てくれるかね?」

 「はい、勿論です。僕たちは、貴方様の従者ですから」

 「従者ですから」彼女は侍女として育てなくてはいけないが。

 建物の奥から受付が飛んで来た。彼の慌てようと言ったら。

 「シュレイズさん!いえ、シュレイズ様!どんな交渉をすれば、あんな大物を丸め込めるのですかね?いつかお聞きしたいものです。それで、シュレイズ様の商会の名は何と?」

 「そうだな・・・」暫くの間考えた末に。「シュレネー商会」と告げた。

 やがて大陸屈指の大きな商団と成る、今は小さき生まれたての商会の、産声はこうして鳴き上がった。


 私は不意に目を覚まし、何度も自分の頭を預ける彼の腕の温もりと、反対側の腕で眠る彼女の寝顔を確認しては、安心感を得てまた瞼を閉じた。

 昨日までなら、それで眠れたのに・・・。今日は、今日からはなかなかに眠れそうにない。

 彼の腹の上で眠る少女の鼾が少々五月蠅いからです。

 姿、外見は普通の少女であると言うのに。中身は大きな竜であり、何百年も生きていると聞いた。それだけでも信じられないのに、更には彼の子供を6人も生んでいる母親だとは。

 短く溜息を吐き出して、私は裸のまま大きなベッドを抜け出した。

 大きくはない窓から夜空を眺めた。高い位置に在る月の形は、あの日と同じ三日月。

 彼と初めて会った、あの日の夜と同じ。

 「ウィートよ。彼との子を設ける気はないかね?」あの日の主人様の言葉を思い出す。

 「それは、今日初めてお会いした方の、夜のお相手をせよと?」

 「勿論無理にとは言えない。君は可愛い娘も同然。奴隷でもない。彼から求められ、それに応えようとする気があればの話だ。惚れてもいない男の相手をするなど、娼婦がする仕事だ。それでも私は卑怯で邪な考えを持っている。もしも君が彼との子供を孕めば、より強固に繋ぎ止めておけるとな」

 「それ程までに重要な人物なのですか?浅はかな私には、至って普通の男性にしか見えませんでしたが」彼の第一印象は、その程度でしかなかった。

 「ああ、重要だとも。私個人としても、商団にとっても。良き友人であり、大恩ある恩人だ」

 「今日、初めてお会いしたような方が、恩人と?」

 「君らがここへ来る前の、もっと前の出来事だからな。知らぬとしても当然だ」

 主人様はあまり過去の話をしたがらない。特に亡くなった奥様に関するお話は。

 主人様が寂しき夜に、町の娼婦を床に呼び込んでいた事も何度となくある。私のこの身を主人様に捧げる覚悟も固まっていたのにも関わらず。思わず何故そうしないのかと尋ねた時には。

 「君は私の娘だと言っているのが解らないのか!」と激しい剣幕で怒られた。本当に娘として愛してくれていたのだと、嬉しく思った。そう思ってみても、今夜は初めて会った男性に処女を捧げよと言う。正直理解に苦んだ。結局私は、商売用の道具だったのだと諦めた。

 「シュレネー様が、そう仰るのでしたら。私も覚悟を決めましょう」

 意志を伝え、執務室を退出し、身を整え支度を終えて、彼に充てられた客室へと向かった。

 しかし残念か幸運か、彼は既に深い眠りの中に居た。五月蠅くない、静かな寝息を立てて。

 「ん、アカネ・・・どこいく・・・」彼の寝言を聞いてしまった。

 「アカネ様?」彼にはもう、想い人が居る。そう思い、安堵した。

 翌日、生き別れの妻だと言ってお姉様を連れて帰って来た時には激しく動揺してしまった。これは、私などでは勝てない訳だと。

 紹介された名を聞くと、寝言のアカネではなくクレネだと聞いた。その時は聞き間違えたのだと思うことにした。

 兎に角あの頃から異次元の強さを誇っていた彼女。試しに私も挑んでみたものの、あっけなく蹴り飛ばされた。とても不思議な感覚だった。あんなに激しく飛ばされても、軽い打撲と擦り傷で済んだことも。単なる手加減とも違う。彼女の深い優しさに包まれたような。

 表の辛辣な言葉や美貌の裏に隠れた何か。今でこそ、その秘密を間近で知ることも出来たのだが。それ以前に、私は一目で好きになっていた。同性であるのも忘れて。

 全ての切っ掛けは彼女の持つ、魅了なのだとしても。この気持ちに偽りは無い。

 何を隠す必要もない。出だしは彼女から。彼に対しての気持ちは後。主人様が特別だと言い。彼女が深い愛情の目を向ける人とは何者なのかと。

 数日間のお世話を通し、普通に見えた外観に隠された途方もない力。出会った頃は、武は私のほうが上に感じていた。

 共感覚とでも言いましょうか。誰に理解されなくてもいい。お姉様が愛する人を私も愛する。彼なら何とかしてくれる。彼なら、私を支配から救ってくれる。あの時お姉様よりも先に出た名前。それまで誰か男性を強く求めた事は無かった。

 10年前に私たちを拾ってくれた主人様は好きだし、言い現せない感謝をしている。物知りで何時でも助けてくれる兄様も大好きでした。彼に対する感情は、そのどちらとも違う。

 愛情の形は現せない。お姉様程の強い絆は私は持ってはいない。けれど。

 今在るこの想いを、彼と出会ったその日に少しでも抱けていたら、私たちの運命はどう変化していたのだろうと。浅ましく思う自分が居た。

 「私は何番目でも構わん」少女の言葉は衝撃でした。

 順番でも順序でもない。関係はない。今抱くこの想いが真実であればいい。それだけでいい。

 「眠れないの?」

 振り返ると、お姉様が後ろに立っていた。窓から射し込む薄い月明かりを浴びて、今宵は一段と美しい。今夜だけは、淡い光りに包まれた今宵だけなら。私は我が儘を言おう。

 「はい、少しだけ。今夜だけは、ご一緒に眠らせて頂けませんか?お姉様」

 空いているツインの片割れを指して。

 「そ、そう?私は構わないけど」受理された。何よりも喜ばしい。

 お姉様と2人だけで同じベッドで眠るのは、最初で最後となったとしても。と思いつつ。私はお姉様の上を取り、全力で両手首を押さえつけた。

 「お姉様。今日こそは、お覚悟を」

 「ちょ、んんっ」これまでのお返しに賢人の耳にしゃぶり付いた。

 悪いのはお姉様。彼との仲を阻害する積もりでやったのでしょうけど。この様な私に、魅了を掛けてしまったのですから。

あの人たちの過去の出会い。

5年のズレは間違いではありません。


後半は、あの子の想い。

現在と過去との心境の変化を口調や

想いの言葉で変化させています。

むずいわ!


無理矢理感半端ないので、

修正入るかもです。

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