第57話
許さぬ物が在るとして、それは神が決めた物、だとでも言うのだろうか。
私は里の者が誰も持たぬ鑑定を持っていた。自分以外の者の能力値やスキルを目に見える形や数値で見る事を可能とする、とても便利なスキル。しかしながら制限はやはり存在した。
修練が足りないのか、所々虫食いのように抜け落ちる部分があるからだ。
自分自身のスキルにも幾つか虫食いがある。朧気ながらではあるが、隠された物については心当たりがあった。それは計らずも彼から魔剣を受け取った瞬間に判明した。
傲慢と強欲。傲慢はこの私にこそ相応しい物に違いない。強欲も似て非成る物だが、これはどちらかと言うと彼の物だろう。これを受け取ったのは何時なのか。
思い当たるのは、悔やまれる過去のあの時以外には無い。
魔剣を握り、愛する妻が待つ洞窟の奧へと急ぐ中であらゆる考えと予測を巡らせた。
勤勉。愛する妻が持っていた特殊スキル。人間種の町中で偶然にも見つけた瞬間は、流石に運命の悪戯を感じたものだ。私も神の駒の一員なのだと確信した瞬間でもある。
妻セラスへと近付いた理由と切っ掛け。これさえあれば、あの魔王とも充分に戦えると。打算的に近付いた。問答無用で斬り殺して奪う手も確かに浮かんだ。
彼女は家族と共に、小さな孤児院を営んでいた。里の質素な食事よりも数段落ちる貧しい食べ物。隙間風の絶えない家屋。必要な栄養は生命活動の限界以下。空腹で眠れぬ夜も数多く。私は傲慢な考えを思い留まり、彼女と交流し家族や養う子らと親睦を深めながら、援助と言う名目で取り入った。
厳しい環境下で真面目に働く彼女の姿。子供たちに向けられる純粋無垢な笑顔。地は人間種の中では美しい部類に入るのに、彼女は化粧を出来る余裕も暇も無かった。
成る程と思うと同時に、生活を共にして同じ時を過ごす内、次第に彼女に惹かれて行った。
人間の町で稼いだ金を少しずつ提供して、彼女たちの生活基盤を整えた。食事、建物、畑。ゆっくりと時間を掛けて。それらは私の苦手分野だったが、偽り無く楽しい物だった。彼女をここから連れ去っても、自活出来るようにと始めた事なのに。それを何度か忘れる程に楽しかった。
数年を掛けてそれらを充分に成し遂げ、私は妻に人間式のプロポーズを申し入れた。輝く笑顔で受けてくれた彼女と、家族、施設の子らの祝福に包まれて。
彼女たちは知らなかった。私が老いの遅い賢人種だとは。何度も打ち明けようとしたが、結局実現したのは彼女だけを里に案内した時となった。もっと早くに打ち明けてさえいれば、彼女の返事も変わっていたに違いない。
妻を殺す考えは微塵も無くなっていた。待つなら彼女の天寿を待つべきだったから。それなのに傲慢な私は、本人の了解無しに秘薬を飲ませ、何度もキスを重ねた。事実を知った時の彼女の悲しそうな顔を忘れられない。
当然のように彼女は子を望んだが、病弱な彼女の身体が心配だと断る裏側で、有効なスキルが引き継がれるのを恐れていた。流石の私も我が子を害する事は出来ないだろうと。もしも子を設ければ、今の無様も無かったかも知れないのにだ。
「解放しよう。愛しきセラスよ。先に行ってくれ。長く待たせる事に成るだろう。待っていて欲しいが待てなくても構わない。君は、君の魂はもう、自由だ。もし出来るなら、こんな馬鹿な私をどうか許して欲しい」伝えられる最後の言葉さえ、傲慢だった。
「全てを許します。だって私も、そんな貴方を愛してしまったから・・・」
魔剣に砕かれ、消え行く魂を見送りながら、自身にスキルが流れ込むのを感じた。勤勉。それは私に最も似合わないスキル。神の皮肉でも込められているに違いない。
白い魔王の抜け殻を見下した。この魔剣で両断する事も可能であると思う。しかし時期が違えば、別の魔王がこの世に生まれてしまう。各地の魔王は健在。まだ勇者は生まれてはいない。即ち今は時期ではない。私は魔王を放置してその場を立ち去った。
借りた魔剣は私の物ではない。神は2度までも妻の魂を使用する事まではしまい。もしそうしたならば、この私がこの魔剣を借りたまま、この手で魔神を倒す。これは脅しではない。必ずそうする。だから止めておけ。傲慢な私をこれ以上怒らせないでくれ。
私に対する魔剣からの侵食は起きない。それが、意味するのは。
「これはお返しするよ。君は、アダント君かね?」魔剣の柄を差し向けながら、出口で待つ少年に尋ねた。
「いえ。その名に覚えはありませんが、貴方がそう言うならそうかも知れませんね」
そう曖昧に答えて、彼は魔剣を茜色の鞘に戻していた。
「私には魔剣を持つ資格があるようだ。この意味が解るかね?」
「最悪ですね。貴方とだけは、戦いたくないのに」
「やはりそうか。だが抗おう。そうは成らないと約束しよう。これ以上、神のお遊戯に付き合う気は無いのでね。何せ、この私は傲慢なのだから」
「お願いしますよ。本当に、本気でお願いします」
「ああ、善処するさ。それと、ここで強欲を引き取ってはくれないか?」
「強欲?それはおれが持っていた物でしたか?」
「己の胸に聞きたまえ。これ以上の特殊を一度に持つのは、少々具合が悪い」
「ハハハッ。確かに。おれが強欲かぁ。成る程ねぇ、間違いないわ」
「未来の君が、自分で気付けるなら越した事はないがね」
「仰る通りです。さてと、どうやら今回はここで時間切れのようです」
「話せて良かった。未来の君と会える日を楽しみにしているぞ」
「お手柔らかに。って言っても無理でしょうけどね」
私たちは拳を付き合わせた。それから笑いながら消え去る彼を見送った。
スキルの移送方法には幾つかある。
唾液交換。これは互いの合意と疎通が無ければ叶わない。
肉体的な接触。これは高い同調と適正が必要となる。深い愛情とも似ているな。
直接的な殺害。これは最も簡単な方法ではあるが、相手のスキルが隠れていた場合。今回のように意図せぬスキルまで受け取ってしまう可能性がある。
暴食。これは品が無いので却下する。
譲渡。これはなかなかに説明が難しい。条件が複数存在する。これだけはこの私にも理解が難しい。ティアレスとクレネが、生まれ付きのスキルとして持っていたのには驚いたものだ。
他にも吸血や吸魂などがあるが、種族特性に繋がる物なので真相は不明。吸血種や魔族にしか出来ない芸当のためだ。
私は暫くしてから洞窟を抜け出た。外は夜と化し、猛烈に吹雪いていた。流石に小寒い。妻と暮らした我が家へと向かった。
先ずは墓を建てよう。深い地の果てで待つ、かつての仲間たちに渡したい物も出来た。土産話も持って行かねば。やがて訪ねて来るであろう彼らを我が家で気長に待つとしよう。やるべき事は多くはないが、楽しみに待つのも悪くはない。傲慢な私への良い戒めとして。
それが妻と私を救ってくれた、彼に対する恩返しになればと願う。
嫉妬。際限なく膨らみ続ける嫉妬心。誰かの資質。誰かの財産。誰かの美貌。自分が持たず他人が持つ物。遺憾だと感じた全ての物に対し、浅ましい私の心は黒い嫉妬で満たされた。
何も悪い事ばかりではない。人であれば生まれた瞬間から誰もが持っている物だから。
単に嫉妬したとしても、反発心、対抗心を抱き、何か別の反する物で抗おうとする。それは良い。問題なのは敵愾心。対象を敵と見なし、時に相手を直接害する事さえある。
特に私が強く持つのは、この敵愾心が多かった。こうされたから、こうしよう。ではなく、こうされたから、報復しよう。私もあれが欲しいから、働いて金を稼ごう。ではなく、盗みや脅しで奪ってやろう。生まれ持った気質と言う物は恐ろしい。
この世に生まれた時から私は頂点だった。教皇として。教団の頂点。教徒や信者はそれこそ五万と居るのだ。歴代の先祖が築き上げた土台の上で、私は有頂天に踊り狂った。
どこぞの王家同様に、金も女も思いのまま。何の不自由も無かった。実際手に入らない物など無いに等しい。そんな私が何処に嫉妬したのか。それは神様。
我らが聖神教の神体。かつて原祖の勇者が会ったとせれる女神オフロディーテ。歴代の教皇と同じく、私も会った事は無い。聞こえるはずの神託も、その実不可思議な手紙が届くだけだと信徒に知れたら、多くの者が離反し暴動が起きるに違いない。
届く場所は決まってこの奧の院。私が座り続ける祭壇に。裂け目など無いはずの天井から、極稀にヒラヒラと落ちて来る。それこそが神の奇跡だとの見方もある。しかし私はそこに嫉妬した。どうしてその声を聞かせてくれないのかと。教皇である私にすら何故なのかと。
歴代の教皇たちも同じ感慨を抱いたようだった。だからこそ、この秘密は教皇一族以外、特別な側近にだけ代々受け継がれた。
形無き神体を教義とする教会をいったい誰が信ずるのか。人心を掌握するのは至極簡単な方法。時々でいいから奇跡と言う簡素な魔術を神官が見せてやれば、信徒の心は満たされる。
私自身も一族も魔術は使える。側近の神官を越える程度には。だが私は滅多に外には出ない。手紙が何時届くかは解らないからだ。他の者に見られてはいけない。場所の特性上、大きな記念の祭事には祈りを捧げる為に下の教徒が集まる事もあるが、祭事中に手紙が降り届いた事例は過去に無い。
正式に私が教皇の席に座してからのある日、初めての手紙を受け取った。勇者が南外れの小さな農村で生まれたと。簡単な文章で。そこには私に対する労いや憂いの言葉も無く。
私の心はその時点で歪み始めた。それがどうしたのだと。
この祭場は鳥籠だった。我ら一族をここに捕らえ続ける牢獄のように私には見えた。偉そうに命令するでもなく、どうしろと示す物でもなく。ただ伝えられた言葉の檻の中。
勇者は簡単に見つかった。南側の農村地帯で、手紙が届いたあの日に生まれた女児はたったの1人だけだったのだ。
我が教団の表の口伝に、勇者は必ず女性だとあった。聖神教として引き取り、育て、やがて魔王を倒す為の力を養う義務があった。私はそれに反発した。勇者の発見が遅れたとして。かつての教皇たちがそうした様に。
原祖を除き、過去に生まれた勇者は2人だけ。共に年端も行かない少女のまま、人知れず魔王たちに挑んだ。力が充分でない勇者は、道半ばで散った。勇者の死と共に、それまで倒されていたはずの魔王は各地で復活した。今なら解る。その謎が。
私と同じだったのだと。同じように勇者の発見を遅らせたのだと。意図的に。それか教育を疎かにしたか。そのどちらもやってやろうと、女神のお告げに敵愾心を抱いた。
私の心に、この檻籠を出て外の世界で自由に生きたいと願う弱い部分があったのも一因。そんな稚拙な策略を実行する中で、不意に私は聞いてしまった。
「我はペルチェ。お前は合格だ。嫉妬よ」
待ち焦がれた神の声かと思ったが、ペルチェと言えばこの大陸の魔王の名。初めは何の事だか解らなかった。嫉妬、とは何なのか。何度となく私だけに聞こえるその声。そして理解した。
「私の事を言っているのか、魔王よ」
「そうだ。その通りだぞ、嫉妬よ」そう言って、引き攣ったように笑う声が響いて来た。
「何の用だ」
「勇者を殺せ。事を為せば会わせてやるぞ。我らが神に」甘美なる響きに聞こえた。私が神に会えるのだと。魔と言えど神は神。手紙をくれるだけの女神ではなく、実際に会えるのだと言われて私の心は狂喜した。
この抑圧からの解放。それが我が一族の悲願。神との邂逅は私の悲願。されど表立って勇者は害せはしない。用意周到に、計画的に魔王にぶつけて殺して貰えばそれで良い。
側近も腹心も私の側。反発や反対は無かった。有るはずはない。私が頂点なのだから。
勇者が生まれ出でて17年間。教団支部の情報網で各地の情報を掻集めた。確認の上に確認を重ね、精査して行った。聖神教の歴史上、稀に現れると伝えられる勇者と双璧を為す存在を警戒して。その存在は勇者の生誕前後に集中していた。
憎たらしい強力な賢人の男は北の大地に張り付いて動きは無い。
北の魔王とも膠着状態。度々当っては本格的には倒していない。意味不明だがそのまま北に張り付いてくれていれば問題は無い。
東の森は竜族の魔王が牽制し始めた。警戒感から里から出ようとする賢人も居なくなる。
南の戦闘部族は魔王が完全に掌握済み。現存の魔軍兵力を考えれば、勇者はどう足掻こうとあの地で果てるに違いない。
中央の魔王は滅多に動かない。あれが持つ怠惰の影響で、周囲の生物が死に絶える。だからあれは常に単独。万が一にも南を破ったとしても、勇者が中央の魔城に足を踏み入れた時点で必ず終わる。
西の魔王は最弱。飽くまでも魔王の中ではだ。初手の噛ませ豚としては最上。
原祖の勇者は誰もまだ見ぬ6つ目に敗れ去ったと裏の口伝記録には記されていた。詳しい記録を残す者が居なかった為に、実際の経緯は不明。1人目の勇者は4つ目のランバルの魔軍に屈した。2人目はどうやったのかランバルを退け、ペルチェの前に膝を折った。
そして3人目。時は満ちた。環境は万全。時期をこれ以上遅らせたら、要らぬ不審を生み勘の鋭き者に嗅ぎ付けられる。色欲のアスモーデなどに。そちらはザッハムが抑えた。
何の問題も無い。私はただ最初の一手を盤上に打ち込むのみ。
勇者を聖都に連行し、2年間の適度な修行期間の末。適当に選抜した仲間らを加えて、彼女を西の大陸へと向かわせた。
「教皇様。私には、魔王はまだ早い気がするのですが」出発直前の彼女の発言。全てを見透かしたような、あの冷たい瞳に私は心底怯え震えた。
「何を心配している。お前は充分に強くなった。仲間たちも強い。最弱の魔王を倒しなさい」
そう言って背中を後押しした。
旅立ってしまえばこちらの物。何もかも、私の思い通りに動いた。私が世界を動かしているように思えて、人知れずペルチェに似た笑いを浮かべたものだ。
全ては私の予定通り、のはずだった。駒の歩は初手で狂い出した。
一度目の魔王との遭遇戦で、何と魔王の方から火山に向かって逃げたとの報告が入った。何の冗談か。真面に遣り合えば、魔王が未熟な勇者に敗北する訳が無いのに。
勇者一行もも火山へと向かった。暫くの間、到達最奥の洞窟に入り浸り、魔王を探索すると言い残して聖都には戻らなかった。
魔王は行方不明。火山は特別自治区。教団が踏み込む理由が見つからなかった。
魔王が城で復活したとの報告が入ると同時に、勇者も同じくして火山から降りた。連絡も無しに同調する事は有り得ない。有り得るのだとすれば、彼女には女神の声が聞こえている。
私は戦慄を覚えた。勇者は、私の計画を見抜いていると。
悪い予感が現実となり、火山で修練を積み上げた勇者一行に依って、豚の魔王は難無く敗れ去った。裏で2人組の冒険者が動いていたとの情報には目もくれず放置した。そう、今にして思えばこの2人こそが元凶だった。放置の判断を下した自分を殺したい。
自ら進んで乗り込んだ北の魔王は、賢人の男の手助けも手伝い短期間で撃破を果たした。
休養期間を置き、東の魔竜王へと飛ばした。その時まではまだ余裕があった私に、予想外の報告は突然に降り注いだ。南の魔王軍が戦闘状態に突入したと。大陸を分けての同時開戦。
我が耳を疑った。南の戦況を聞けば、賢人と人間の女2人で魔王軍の斥候部隊5千を短時間で潰したと聞こえて来た。馬鹿げている・・・。
2人目の勇者が南の魔王を打ち破れた手段として有力だったのが、戦闘部族の手を借りた以外には無く。だからこそ学習した魔王は根底からの大陸支配を行ったのだ。長い時を掛け、準備は万全だったに違いない。それらを打ち砕いたのは、遠隔視魔術で垣間見えた、魔剣を握る青年。目が合った瞬間の顔が笑っていた。
その2日後、青年の手に依って数十万の魔軍と共にランバルは打ち砕かれた。東の魔竜王も同時期に勇者に倒された。
自然と南の詳細に目が向かった。東の結果は予想の範囲内。
報告書には明確に記されていた。2本目の聖剣の出現と魔王に止めを刺した女の存在。低級な遠見での情報の為、詳細は不明。
この世に聖剣は一振り。勇者の死亡と共に勝手に元の聖壇へと帰還する。
この世に魔剣は一振り。魔王の間を形を変えて渡り歩く。倒されれば別の魔王の元へと。
この世に勇者は一人切り。魔王を討てるのはたったの一人。
「あり、得ない・・・」私は段上から落ち、尻を地面に這わせた。
数週間後に帰還した勇者は、私にこう言った。
「私は実践戦闘を希望します。ですから」家族たちを解放して下さいと。彼女の死を覚悟した目を見て、思わず私は笑ってしまった。まだ修正出来るなどと考えて。
結果は勇者の一人勝ち。私はこの好機を無駄にした。この期に及んで侮った。
会場に潜り込ませた暗者があろう事か、魔法を使用してしまった。生き残った正規兵の目の前で。その後に始まったクーデター。強き勇者に導かれ、堂々と私の首を狙いに来た。
戦況は五分。均衡状態が続いている。勇者側は被害を最少に留めたい。そんな温い姿勢が見えた。こちらの主軸は神官兵。全て教皇派の息が掛かった者たち。扱える魔術の域は全て高位に値する。こちらはもう捨てる物が無い。私は愚手を打った。
各地の人質たちの殲滅を命じた。しかし予想に反して既に先手を打たれていた。ここでも私は侮っていた。各地に散らせた密偵たちの中からも、勇者側に味方する者が出たからに他ならない。魔王が4つも倒されたと言う現実が依代となり、正義は勇者に在ると信じた者たち。
そんな中で勇者たちの家族を殺せと言ってしまったのだ。私は愚かだった。
勇者軍は爆発的に膨れ上がった。時間を追う毎にその数を増して行く。この奧の院まで攻め込まれるのも時間の問題。
私はいったい聖神教団にとって何だったのか。単なる象徴。お飾り。今更ながら勇者に嫉妬した。
血迷った私は、最後も愚手を叩いた。嫉妬が爆発した。もう二度とこの籠から出られぬと言うなら。生きて出られぬと言うのなら。手に入らぬと言うならば。
「魔王ペルチェよ!聖都の全てを消し去れ!」
「良いのか?嫉妬よ。お前以外は全滅するぞ」私以外は?魔王でもない私だけが生き残るとでも言うのだろうか。
「構わん!全てを根絶やしにしろ!勇者諸共」ドクンッと心臓が高鳴った。驚いたのではない。私は興奮していた。悪しき言葉を口にする度に。
私は女神が嫌いだった。ドクンッ。嫉妬したからこそ存在を隠そうとした。
私は魔神に憧れていた。ドクンッ。神の声を聞かせてくれると言ったから。
私は勇者の末裔ではない。ドクンッ。原祖の勇者は6つ目の魔王に殺されたのだから。
「嫉妬よ。思い出せ。遠いあの日の事を。・・・邪魔が入ったようだ。少し遅れるぞ」
胸が苦しく、言葉が出ない。行くな!そっちに行くな!そちらには、あの男が居る。
私は女神が憎かった。ドクンッ。勇者だけを導いたから。
私は勇者が憎かった。ドクンッ。女神の声を聞けるから。
だから私は勇者を殺した。ドクンッ。微笑んでから向けられた、その背中を刺し貫いた。
この手に現れた、黒い魔剣で。
「嫌だ!私にも聞かせてくれ!女神よ、その声を!!!」これは、初代の失われた記憶。
正解だと、心臓が盛大に高鳴り続けた。しかし手元には魔剣が現れない。魔剣をあの男が独り占めしているから。悔しい。羨ましい。
聖剣は2本存在すると聞いた。ならば魔剣も2本寄越せ!願い虚しく魔剣は現れない。
両肩が膨れ上がった。次いで肩から先が元の倍以上の大きさに膨れ上がる。
2本目の魔剣が無いなら力を寄越せ!魔神よ!勇者を殺せるだけの力を!
首から下が膨れ上がった。胸、胴、腹、下半身、足先まで。帳尻を合わせるように各部が縮小と拡大を繰り返す。
そうだ私が勇者を殺してやるぞ!もう一度この手でな!!
最後に首と頭部が膨れ上がった。脳が破裂し、私と言う存在はこの時点で消え去った。
神聖なる大聖院の建屋が内側から崩壊した。5倍以上に膨れ上がった肉体は石造りの屋根を突き破り、小さな檻籠を飛び出した。腕を振り上げ大口を開いて放たれた咆哮は、彼の歓喜の声である事は誰も知らない。
その声は第一都市の中央区画を越えて、聖都中に響き連ねた。
「あ、あれが魔王だとでも言うの・・・」
先陣を切っていた勇者一行が、最初に見つけて呟いた。敵対していた者たちまで目が奪われた。聖都内で起きていた者の殆どが、高い建物の屋根まで上って目撃した。
「ゆ、う、しゃーーーーー」声だけで周囲の建物が揺れて震えた。
魔王はまだこちらを向いていない。それでも斬撃を飛ばすには距離が有り過ぎた。ゆっくりとした動作で魔王は身体を反転させた。
グリエールは一瞬上段まで聖剣を構えたが、剣を鞘に戻してガレストイの背中に隠れた。
「む、無理です。あんなの」顔を手で覆い隠して、震えていた。
「うわぁ・・・」ガレストイが一気に青ざめた。
「ありゃひでぇな。流石の嬢ちゃんもキツいわな」
「まずはあれを落とさんとな」
「ガレー、おれが全力で斧を投げる。全開火力の風乗せろ」
「はい!いつでも」
「皆さんのは平気ですけど。ガレースの物以外見たくはないです!」
「嬢ちゃん。男としては悲しいが、爆弾発言は後にして抜刀しておけよ」
「みーつーけーたーぞーーー」
「うわ、来やがった。嬢ちゃん。振り返らずに近くの平場に向かって走れ。おれの技じゃあんなデカ物止められん。メデス、ガレー何とかしろよ。おれは嬢ちゃんおサポートに回る」
「私は奴の通り道にシールドを張ろう。全部は救えんが」
2人が先行して離脱した。その後を魔王が追い掛ける。残る3人は後から追った。
6をちょっと強引に出しました。
7を考え中・・・