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第52話

 南の魔王を倒した後、念願の中央大陸に渡った。

 西方の聖都で勇者一行と合流して、幾つかの確認が必要だった。

 東の竜王の事。子供たちの事。そられの結果について。文句を言える筋合いはない。しかし6つの白色は南東に移動した。魔王のマーカーだけが消えてしまった。その事実だけは確認をしたい。責任転嫁、他力本願。マイナスな言葉が脳裏に浮かぶ。

 「ツヨシ。そんなに心配なら、一度確認しに行く?」

 「心配事があるなら、行きますか?私には解りませんけど」

 「ありがとう。大丈夫だ。ウィートには説明してなかったよな。おれと魔王との間に出来た子供たちなんだ。あの6つは」

 「は?え?」ウィートは手を激しく動かして、やがて頭を抱えた。

 「見損なっただろ?」

 「いえ、それは無いですけど。私の理解が追い付きません。何かの事情があるにせよ。それが最善である事を祈ります。東の魔王は人型の女性だったのですか?」

 「ああ、そうだよ」

 「過去について私が何かを言える立場にありませんが、お姉様は平気なのですか?」

 「平気も何も。私がそうさせたのだから、責任の端は私にもある。ただ、魔王にも授かったなら私にも授かる可能性に、喜びさえ覚えるわ」クレネは腕を組んで息を荒げた。

 賢人種と人間種。身体の構造は酷似していても、過去に子が授かった前例は存在しない。師匠夫妻もそうであったと聞いた。クレネの両親からも聞かされた。可能性は零ではないだろうが、きっと難しいかもと。

 大陸全土に踏み入った今でも、ハーフエルフを一切見ないのはきっとそういった理由。

 「はぁ。途方もなさすぎて、少し目眩がします」

 「大丈夫?薬飲む?一晩宿に泊まる?」

 「大丈夫です、ってまだ着いたばかりで昼前ですよ。はぁ、ここまで来ると人としての固定観念が邪魔にさえ思えて来ましたよ。私のほうが間違えているような気さえします」

 きっと誰も間違えてはいないよ。俺自身も最近線引きが不明だから。根底の文化の違いって思っていたよりも、根深い物なんだねぇ。まぁ、愛情表現さえ共通なら問題ないさ。多妻になっている現時点で、文化もクソも無いのだが。これも気にしたら負けなのさ。

 ここはキーサル王国の南、ギブヤンという名の港町。南西の港を幾つか経由してまで態々ここまで来たのは、立派な青色に会う為だった。良く見ると紫に近い色合。今現在は敵でも味方でもない。そういった感覚を受ける。

 港町特有の匂いと喧騒。活気が溢れるとはこの事だ。南大陸のような死んだ魚のような瞳で威勢を張るのとは訳が違う。子供たちのはしゃぎ回る声、大人たちの大笑いや怒号の雨霰。露天の網焼きの香ばしい匂いに釣られて、目的を放置して練り歩いた。

 思い出のデーモンフィッシュ(イカ)焼きがあったので3人で頬張った。鞘さんが震えていたので食べかけを振り振りしてやると、瞬間で獲物が消え去り、長串だけが路上に転がった。何処へ行った!いやどうやって食った!?胃はあるのか!?未知の金属って何だ!!

 「ツヨシ様。もう食べてしまわれるなんて、食いしん坊さんですね。そんなにお腹が空いていたのでしたら、良ければ私のもどうぞ」

 「いや、いいよ。折角だから、何か別のも買おうかな」周囲を見渡しても、クレネ以外は誰も気付いていない。彼女の目だけは俺の鞘に突き刺さっていた。流石ですね。イカをモグモグしながら睨んでいらっしゃる。今度からは4人分買う事にしましょう。みんな仲良く仲良く。

 これまで見なかった栄螺もどきが売っていたので、迷わず買ったが女性陣には不評だったので4つとも美味しく頂いてしまった。女の子たちは焼き鯖塩っぽい物を食べていた。新鮮な海の幸ってやっぱり港町ですわ。もうお昼ご飯は要らないよね。

 魚料理に粗汁、炊き立ての白米。思わず涎が垂れそうになった。

 「すまない。人違いかも知れないが、君はスケカン殿ではないか?」スケカン?誰だろ?

 「人違いですね。そんな変な名前の人知りませんよ」あぁ、真っ白な炊き立て・・・。

 「お姉様!その人の目は嫌な感じがします。さっきのお魚、吐きそうです!」

 「問題ない。私には効かん!」

 「やはり貴公がスケカン・ロドリゲスだな!私は宮廷騎士、アスモーデ・マウルス。いざ尋常に勝負しろ!その女がエルフの娘か。その2人を賭けて決闘だ!おれは強いぞ」

 何だか周りが騒がしいな。白米を妄想しながら、サザエさんを片手に近場のベンチに座った。あれ?腰の鞘さんが居ないな。クレネさんが元気いっぱいに振っている。平和だな。

 「ちょっと、痛い。痛いんですけど!何よこれ。私魔剣じゃないってば!」誰かの声まで聞こえて来る。見上げれば青い空、白い雲。フワフワな雲で別の物を浮かべながら、サザエの香ばしい汁を啜った。美味い!この大陸には米がある。ならば日本酒は・・・無理かなぁ。

 少し離れた場所から、激しい剣劇音が聞こえて来た。何処かの大道芸か何かだろう。チップははずんでやるから、もう少し静かにして欲しい。深く目を閉じて汁を口の中で味わった。

 「こいつ、思ったよりも弱いぞ」

 「私でも行けそうですか?」

 「いや、念のため私が倒す。取り敢えず、あの忌々しい目を潰してくれよう」

 「止めてくれ。目だけは、目だけはーーー」大道芸人の叫びが聞こえる。どんな演目だよ。

 「ツヨシ様!妻である私たちが賭けられているのに、全くの無関心ですか!あれですか?亭主関白ってやつですか!」何やらウィーさんまで怒っているようだ。また美味しいご飯でも食べれば落ち着くかな。女性は美味しい物と、甘い物に目が無いからな。サンマ、無いかなぁ。大根おろしはあっても、ポン酢は?

 ふと思い立ち、BOX内の作り置きのリンゴジャムを取り出して、小匙で一舐めしてみた。

 発酵が進んでいる・・・だと!行ける、行けるぞこれは!米と大豆と小麦さえあれば、出来る!出来るに違いない!やってやるぞ。待っていろ和食ご飯よ。

 食べ尽くした栄螺の紙トレイをゴミ箱へ投げ入れて、俺は豪快に立ち上がった。

 「もう、終わっちゃったよ。ツヨシ」

 「なにが?」リンゴジャムの瓶と、鞘さんを交換し終えると。一人の男が道端に転がっていた。先程の騒がしい芸人だろう。独りぼっちの大道芸って。あ、見逃した!

 「おお、これはこれで面白い味わいだね」ジャムを食べて、すっかりご機嫌になっていた。

 「もう。しっかりして下さい、ツヨシ様。自覚が足りてませんよ。私も少し欲しいです」召喚スプーンで、クレネにあーんされている光景は何とも微笑ましい。やはり平和が一番ですね。

 「甘さ、酸味、ほろ苦さ。絶妙なバランスでありながら、奥底に酒精を感じる発酵具合。素晴らしく複雑な味わい。大人ですぅ」甘美な味わいに、明瞭な感想を述べて悶えていた。

 「あの人って、まさか、青色の?」

 「いいのいいの。目だけで女を犯すような下郎に用は無いわ。気持ちの悪い汚物は放置に限る。さっさと勇者たちと合流しましょ」

 「私はまだ鳥肌が収まりません。いっそ殺してしまいましょう。騎士が決闘を宣言したのです。死んでも問題ありません」

 「あれがスキルだったら、貴方が受け取っちゃうよ?欲しいの?あんな気色悪い物が」

 「放置です!放置しましょう」

 人の嫁見て卑猥な妄想するとか!なんと破廉恥で汚らわしい男なのかしら。放置に同意見ですよ。ちらりと見えた、転移者だとか、元日本人ぽい名前だとかは。見なかった事にして。

 意味不明に倒れる青い男を放置したまま、俺たちは一路東方面に向かい、数日後に勇者一行との合流を果たした。

 その時の情報交換で、東の魔王の件を聞き、皆で祝杯を挙げた。

 良かった。本当に良かった。嬉し泣きなんて生まれて初めてかも知れないな。

 俺は生きている。たくさんの大切な人たちに囲まれながら。仲間、友人、先輩、師匠、愛する妻たち。最初に打った大逃げは、単純な現実逃避ではあった。今ならそれも間違いではなかったと思える。

 元の世界に戻れる道があったとしても、もう戻ると言う選択肢は有り得ない。茜には悪いが、元の世界には何の魅力を感じない。二度も三度も転移をさせて貰った恩義は感じるが、どうしてもあの時の女神の言葉が頭から離れない。

 「また、お会いしましょう」確かに別れ際にそう告げていた。真意や意図が有ったのか無かったのか。女神が矮小な人間に対して無意味な言葉を掛けるとも思えない。それとも現世で死んだ後での想定か。それだと納得出来る部分はある。しかしどうにも腑に落ちない。

 

 小さな宴の席で、不意に遠い目をした彼の横顔を見ながら、私は聞かずには居られなかった。

 「ツヨシ。貴方は死ぬ気なの?」

 「・・・」少し驚いた顔で、首は横に振ってくれた。おじさんに会う前の煮え切らない表情を浮かべていたのに、苛立ちを覚える。

 「ツヨシ様。このような素敵な夜に、こんなにも貴方を大切に思う私たちが居て、まだ尚言えぬ事があるのですか?それはとても悲しいです。苦しくて、辛いです」ウィートが私の気持ちも代弁してくれた。

 「私たちが邪魔なら、席を外しますよ」勇者が残念そうに、宴席を立とうとしていた。

 「いや、すまない。グリエールや他の人にも言っておかなくてはいけない事がある。座っていてくれ」彼は席を立つと、この個室の扉を閉め切った。

 「シークレット・ウォール」静かに呟くと、個室が独立した空間に変化した。外部の喧騒も聞こえなくなった。意を決したような表情に、誰も口を開けない。

 「師匠とクレネ以外には話してはいない話だ。おれは半年以上前に女神と会った」

 確かにそこまでは聞いている。私以外は驚愕していた。当然だ。彼の言葉でなかったら、酔った勢いでの戯れ言だと皆は思うだろう。

 「勿論真偽は解らないし、信じられないのも当然だ。証明する手段もありゃしない。だけど今は信じて聞いて欲しい」薄くて温いエールを飲み干して話を続けた。

 「夢の中での話じゃない。現実に、今のこの身体に生まれ変わる直前に、女神から言われた言葉があった。また、お会いしましょう。ってな」

 「生まれ変わる、前?」ウィートが小さく繰り返していた。

 「色々な選択肢を与えられて、おれは今のこの人生を選んだ。何も持たず、何でも出来て、何事も成さなくていい。そんな身勝手な人生を望んだ。・・・おれの希望はたった一つ。自由だ。魔神を倒すも倒さずも自由。振り切って魔神側に寝返るのも自由。己の生死も自由。定められた運命だとか、女神にいいように操られるだけの道化だとか。真っ平ご免だってな」

 ここまでの話は初耳だった。それが彼の旅の理由。目的自体が存在しなかったのなら、行動があやふやなままだったのも頷ける。

 「女神の意思を感じる度に、反する行動をしてみたり。偉そうにグリエールに理念を問うておきながら。これまでを振り返ってみると、どうしたって道化のままだ。今のおれはただの駒に過ぎない。女神の戯れを盛り上げる為だけの」

 「ツヨシ。貴方が望むなら、私は構わず魔にも落ちよう」

 「クレネ。それだけは絶対にないから安心してくれ」

 「冗談は止めてください。お二人が魔に付いてしまったら、私たちに勝ち目なんて無いじゃないですか。まだ残る魔王の力も、魔神の存在も解らないのに。ウィートさんも初対面ですが、私たちと同等レベルに感じます」

 「そこだよ、グリエール。後3体の魔王。最後の魔神。異端であるおれが居なかったら。君らは何処まで行けると思う?もし居なかったと仮定してだ」

 「考えるまでもなく、私たちだけなら南の魔王で終わっていたと思います。数十万の魔族と魔物を相手に、たったの5人だけでは」一行が同じように頷いていた。

 「南でおれがやり過ぎたのは認めよう。でも今の論点はそこじゃない」

 「どういう事ですかな?」勇者の仲間の白髭が唸っていた。名前など知らない。

 「おれたちは順調すぎやしないだろうか?先日まで教皇からの刺客と思われる、何人かの暗殺者たちを倒している内に、おれは余計に不安になった。弱すぎるんだ。これまでの魔王も含めて。パワーバランスが悪過ぎるんだ」

 「パワー、バランスですか?」

 「そうだ、力量差だな。個としても、この一団としても。結論的に、おれたちは強すぎる。これまで苦労もそれなりにあった。死にそうな目にもあった。だが死力を尽くした事まではあったか?」

 「・・・無い、のかも知れません」

 「例外も確かに居た。たった一人。おれが本当に脅威だと感じたのは、ブライン師匠だけだ」

 「先生、だけが?」

 「ちょっと待ってくれ。それでは、まるで」彼から感じる嫌な予感が、深い霧の中から不意に姿を現わしたような気がした。でも、認めたくはない。

 「クレネ。覚悟は必要かも知れない。まだこれは可能性の一つに過ぎない。おれたち全員が寄って集っても勝てない相手が必ず現れるとして。それがいったい誰なのか」

 「・・・」私は口を開けない。

 「残りの魔王のどれかであるならそれでもいい。最後の魔神に全滅だって有り得るさ。でも、性悪女神様は、確かにこうも言っていた。勇者が仲間と共に、単に魔神を倒すだけの物語には、もう飽きたってな」

 「ほんと性悪、だね」ならば私だけに見える、あの虹色の意味は何か。彼の職種に一瞬だけ浮かび上がったあの文字の意味とは。まだまだ解らないことだらけ。あれも女神様の戯れや、些細な冗談であって欲しいと、私は心の中で祈った。

 「ウォール・ブレイク」外の喧騒が聞こえ始め、彼は再び部屋の扉を開いた。

 「先生は言っていました。スケカンさんとは、死を賭したなら勝敗は見えないと」

 「有り難いと言うべきなのか、正直迷うね。でも師匠が訳あって敵に回るなら、相手になるのもおれしか居ないだろうな」

 「ツヨシ。私は・・・」

 「師匠の件だけは、おれに任せてくれ。これだけは、おれの我が儘だから」

 これが間違いだとしても。これが悪い予感の正体だとするならば。私は言う。

 「ダメ。絶対にダメ。許さない。私も戦う。何度も言わせないで。お願いだから」背を向け続ける彼に縋り付いて、泣いた。

 「私も居るのを、お忘れなく」ウィートがかなり拗ねている。でも今だけは誰にも渡したくない。

 「私たちも、共に戦います。今度こそ、先生に認めさせてやりましょう」勇者一行も雄叫びを上げていた。アカネも彼の腰で震えている。彼女もやる気なのだろう。

 「違うし。もう武器にはされたくないの!私は鞘なのよ!もう、どうして剛にだけしか声届かないのよぉ。こっちは心の声まで聞こえるのにぃ。てか剛も止めなさいよね!!」

 「うん。ごめん、クレネ。・・・厠に行かせて・・・」一同の絶句。私も含めて。

 だったら調子に乗って飲まないでよ!台無しじゃない!別の意味で泣けてきた。

 厠から戻った彼は、今後の方針を幾つか話し合ってまた飲み始めた。スッキリした顔で飲み続ける彼を眺め、私は誓う。何があろうとも私は貴方の味方。絶対に。

 しかし今だけは言おう。男ってみんな、バカ。

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