第49話
これは武のような舞もなく、術とも言えぬ華もない。そう、これは単なる殴り合い。
歯が砕けては再生し、健が切れては繋がり戻し、骨が折れても直ぐに元通り。
カンストなんて大した事ない?それは、真っ赤な嘘でした。時間経過と共に現れ出す。魔王との力量差。攻撃力、速さ、堅さ。見えない鎖で互いを繋いでいなければ、今すぐにでも離されていたに違いない。決着は未だ先に在る。
じり貧ではあるが、こちらとしてもむざむざ殺される訳には行かない。開幕で宣言したドレインに依って、魔王の力を徐徐に削ぎ落としている。単純な吸収が、魔王の持つ暴食を越えられるのか?答えは否だ。今ではこちらが逆に喰われつつあるのだから。
暴食の欠点と言えば、直接の咀嚼が必要な事。要するに囓られなければ問題ない。その口撃を避け切れればの話だが。それが避けられないのが目下の悩み中。
「なぁランバル。どうしておれの頭を食いに来ない?」突き出した拳が空を切る。
「貴様に絶望を見せてやりたいからさ。何も出来ず、目の前で女共が犯されながら食い殺される光景を見せてやろうとな」上段蹴りを腕で受けながら吸収をしてまた削る。
「悪趣味だな、お前。色欲まで持ってるのか?」
「いや、単なる私の趣味だよ」
「クズだねぇ」こちらの目を抉り取ろうと伸ばされた指を寸前で捉え、逆折りにして引き千切った。そのまま奴の伸びきった爪で、汚い顔の頬を抉ってやった。自傷に当るのか、意外にダメージが入った。
行ける!怯んだ一瞬の隙を突き、魔王の爪で縦横無尽に斬り捲った。子供の喧嘩だね。
「調子に乗るな、小僧」俺はお子様らしいので、攻撃を止める理由が見つからない。こんな便利な武器を手に入れたんだから。代わりに吸収は出来なくなったけど。
怒りに染まる魔王が、遂に暴食の根源を見せた。口が裂け、顎が限界以上に開かれる。
鮫、ですね。人間止めなきゃ出来ない技か。要らんな。だがしかし、俺はこれを待っていた。
「ダークマター」魔王の指を介媒にし、炭化した暗黒物質(ウ○コ)を創り出した。どうしてかって?だって見た事ないもん。暗黒物質って何さ。
その汚染物質を握り締めたまま、大口を開けた魔王の喉奥に突き入れて手を放した。
「ごっ!!!」ご?喉に直接物入れられるとこうなるんだ。勉強になるぜ。
魔王は首を押さえて苦しみ藻掻いていた。自傷行為でダメージが入るなら、自己捕食をしたらどうなるのか。それが今の現状だった。苦しんでいる間に魔王の上着を毟り取り、手にこびり付いた汚物を拭い取った。
魔王が蹲って藻掻きだした。存外な弱体化が現れた。ドレインを併用した蹴りを、がら空きの両脇腹に回数も忘れる程入れてみた。黒い泡を口端から垂れている。頃合いだ!
「ウィート。遠慮なくやっちまいな!」
「了解致しました。参ります」距離を取っていたウィートが接近しながら聖剣を上段に構えた。魔王が阻止しようと手を伸ばしたが、手首を掴んで肘から砕いたので大丈夫。得意の支配はどうせ効かないだろうけど。
「絶望の中、犠牲となった者たちの為。代々から受け継がれた積年の恨み。兄を謀った罪。全てをここに断つ!セイグリッド・ブレイバーーー(聖なる断罪)」魔王を正面に捉えた斬撃は、宙を駆け、皺が寄る眉間から尻まで見事に両断した。几帳面だ。
魔王が塵となって消え去り、クレネとウィートの首から痣が綺麗に消え去った。目的の一つを果たして胸を撫で下ろした。本当に良かった。
暫くの間様子を見たが、魔王の復活は無かった。限定勇者による討伐は成されたのだ。その証拠にウィートに新たな職とスキルが追加された。
職種 英雄女王
スキル 王国復興、導き手、栄華、繁栄
「聞かれる前にお答えしますが、私はもう戻りません。国は既に捨てた身です」
「そうか。なら、これからも宜しくな」
「てっきり、これからどうするのかを聞かれるかと・・・」彼女の目の端に涙が浮かぶ。その涙が嬉し涙であればそれ以上はない。
「私だけを選んでもいいんだよ?」何時ものクレネに戻ったようで安心した。
「それは酷いです、お姉様。ツヨシ様を独り占めだなんて許せません。嫌だと言われても付いて行きますから。絶対です」
定位置となりつつある俺の左腕にウィートが絡み、右腕にクレネが絡んだ。腰の鞘も震えてアピールして何かしらの声まで聞こえるが、気にしたらあかんっしょ。魔剣は?魔王に渡る危険は冒せないので、厳重包装(封印)の上でBOX行きです。尚、監視は鞘さんのお仕事です。ならなぜ鞘だけ出しているかと言うと。
「四六時中豚の相手は疲れるから、たまには外に出してね」だそうです。鞘さん曰く、ずっとブヒブヒしか言わないので話も出来ない。どうして女神様はこんな屑魔剣を押し付けたんだか解らないとのこと。
「ちょっと肩貸して。血って大事だよな」2人に肩を預けて、足早に城を出た。
4人での新たなる旅立ち。彼らが離れた後、数百年続いた魔王の支配と共に、張りぼての栄華に酔いしれた、歪んだ城が砂となって消えた。
残され解放された人々がどうなったのかは、彼らには関係のない話。
聖院歴698年、12の月。東と南の魔王がほぼ同時に倒された。その報は世界を震撼させ、人々は第2の勇者の到来に驚喜した。中央の極一部の人たちを除いて。