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第48話

 空は快晴。心身は曇り空。空蝉、中身の抜けた殻のように、ただ風に吹かれて飛んで行く。

 ただの風に吹かれ、殻は粉となりて地に帰る。在るべき場所に、思い出も無く。

 「ガレース。皆さん。私は迷っています。あの魔王を討つのが正しいのかどうか」

 「優しきグリエ。私たちはそれでも進まなければならない」

 「スケカン殿は約束通り、南で戦っていると聞けば、我らも続かなくては」アーレンの表情が重く歪んだ。

 「立てる顔もありゃしねぇよな」メデスの言葉も一理ある。

 「これまでは何も考えず打ち倒すだけだったしな。だけど、放置程の愚策はないよな」

 ユードが盛大な溜息を吐き出した。

 「答えは出ませんね」直ぐに出る訳もないけれど。

 スケカン殿からのヒントとは何か。全てを彼に任せてこの道を下りる。いや違う。

 与えられたのは、魔王を討つ方法。それは。

 「一つだけ。私に一つだけ考えがあります。出来るかどうかは解りません」

 「出来るかどうかではなく、やるかやらないかだけじゃないのか?」メデスに肩を叩かれた。

 「そう、ですね。私にしか出来ない事を」勇者としての意義を果たしに。

 「行きましょう。グリエには私たちが付いている。決して一人ではない」

 目の前の階段を上った先が大広間。そして魔王が待つ玉座。どれもこれもが竜の丈に合わせた大きな石積み。この先で待つ彼女を見れば、これが間違いではないかと思いたかった。

 母を失った赤子はどうなるのか。考えれば切りがない。私は貧しいながらも、健常な両親の元に生まれ健康に育った。大病もせずに生きてこられた。今は感謝しかない。親が居ない悲しみは、両親が居ない捨て子のユードにしか解らないだろう。

 「親は無くとも子は育つってな昔からよく聞く話だけどよ。実際は過酷そのものさ。院なんて形ばかり。神父や神母は国からの助成金を賭けに流して、食えない子供は窃盗や身売りは当たり前。見えない所で口減らしに殺人。カルマなんて腹の足しにすらなりゃしねぇ」

 一段一段踏み確かめながら、ユードが呟いた。

 「どうして今、その話をするんだ」アーレンがユードを窘めようとしていた。

 「これから起こる事。おれらが起こしてしまう事。それは全部おれたちの責任であって、勇者だけに背負わす物じゃない。大切なのは、その後にどうするのかって話さね」

 「子供たちを引き取ると言っているのですか?竜族の子を」珍しくガレースが声を荒げた。

 普通の人間の子供を引き取るのとは話が違う。突然の暴走や竜化の危険性がある者を、軽々しく町村には置けないし、黙ったままでは誰かに預ける事も難しい。そして何より。

 「私たちは、母親の仇となるのですよね」

 「じゃなくてさ。子供の事は、全部あの人に丸投げでいいんじゃねって思う訳よ」ユードが親指を立てて、不適に笑った。責任の擦り合いではないかと思う反面、確かにとも。

 「そうですね。全てが終わって区切りが付いたら、彼に相談してみましょう」

 「少し嫉妬しますが、確かにそれが最善のようですね」戯けて笑うガレースの横顔は、言う程に晴れやか。私も少しだけ肩の荷物を下ろせた気分になれた。

 やがて到着した最上段。大広間の中央に紅の竜が待ち構えていた。

 交わす言葉はすでに無く。後ろの仲間は左右に展開した。行く先は死地なれど、後悔だけは残さずに。いぜ行かん。

 「堅牢なる盾 絶望はこの後に在らず セイベリウム・シールズ」アーレンの盾が5人の前に立ち上る。

 「破を以て進む この一振りの全て ウォーガス・アクス」メデスの巨大な戦斧が飛び出し、彼女の片翼に深く沈んだ。

 「良いぞ。覚悟は出来たようじゃな」小さく響いた彼女の声。

 「神をも縛る足枷 具現する五星 影縫い」ユードが竜の頭上に5本の短剣を放り投げた。それは彼女の迎撃の暴風を退け、地上まで到達すると竜の立つ地に五星を描いて、その背の影を大地に縫い付けた。ほんの僅かな硬直が起きる。今はそれだけで充分に。

 「聖なる光 永劫の闇夜を照らせ ホーリー・ブレイズ」大地に出来上がった五星に上乗せするように、ガレースが放つ目映い光が竜に降り注いだ。

 「見えました。この一撃、耐えてください。貴方が母であらんとするならば、どうか!」私は上段に聖剣を構えた。躊躇などは許されない。この一撃に全ての思いを乗せる。

 「空蝉 真を問う光 セバ・ライト・エグゾーラ!(真実を紡ぎ出す光の刃)」

 聖なる光を吸収し、光の刃は弧を描き、竜のブレスを跳ね返す。衰える事のない光はやがて竜の背まで貫き通した。

 「勇者よ。見事であると、称えようぞ」天を仰ぐ彼女の瞳は、何を見ていたのか。それは誰にも解らない。光に包まれる、最後の竜の顔は笑っているように見えた。

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