第46話
元居た世界。日本には古来より伝統のように伝えられて来た、有り難い御言葉がある。
「馬鹿は死ななきゃ治らないってな」
「私に向かって言っているのかね?」
「お互い様だよ。ただおれは死んでも馬鹿は治らないらしいが」
出来るのにやらなかった。最善を尽くさなかった。模索する事すら忘れていた愚か者。それが今の俺だ。弁解など出来るはずもない。
「私はここの魔族を統べる王である。立てられる手を講じたまでだが?」
「一般市民を盾にする王か。善くぞ考え付く物だぜ。流石は元人間様だ」
「それを見境なく滅したのは、果たして何処の何方かな」
魔王は不適に笑っていた。魔王ランバル・シェード。名が見えるなら、あの人の姿が本体か。それとも仮初の人形か。傀儡と支配。スキルだけはゲルトロフを交えた時に確認出来た。憑依と従属との違いは解らない。前回はニュアンス的な感じで挑発してみたが、奴は乗っては来なかった。
憑依はなかなか試せない。恐らく最終手段の緊急避難で使う物だと推測したからだ。もしも今の肉体が回復不能に陥った場合とか。それに比べれば従属は使い勝手はいい。
奴隷ギルドのマスターなら喉から手が出る程欲しがるスキルだ。レベルや社会的地位が上であれば、自由に下の者を奴隷扱いに出来る。カルマを吹き飛ばす覚悟があればの話だが。品性下劣な使い方だって可能。誰でも悪名高いブシファーに成れるって訳だ。
「まぁ、おれだけどな。事実は変えられん。でもなぁ」
「なんだね?」青白い顔でこちらを見つめる表情は、大層な余裕を感じる。
「爆発の規模と一般の死傷者の数が合わないんだわ」
「・・・」無言。何割かは正解か。
「こちとら3人合わせても精々-600前後。あれでたったの600はないだろ。しかも。完全個人特性であるカルマが同時に振れたのも道理が通らない。あれはおれ個人でやった行いであるのにだぞ」
「面白い。面白いぞ、人間よ」
「まるで自分は違いますって顔だな。なぁ、お前、魔族の遺体喰っただろ?爆破も酸雨も流したが骨まで残らないのは不自然。手下の眷属も雑魚同然。おれらが幾ら強いってもよ。数がねぇ、少な過ぎる。お前の隠しスキルは暴食だろ」
「並の鑑定では看破は出来ぬと言うのに、推論だけで正解を導くとは。なかなか楽しめる。だが、知られたからと埋められぬぞ。この能力値の差はな!」それが余裕の理由。たったそれだけの理由。
「全能力値カンストか?まぁまぁ厄介だな」
「貴様が持つ魔剣を使っても良いのだぞ」
「だからさぁ。馬鹿は死ななきゃ治らないって言ったじゃん。仕方ないか。馬鹿だもんな」
魔王の表情が僅かに歪んだ。奴は既に豚のスキルを食べている。うっかり渡してしまったから。そんな奴がピンチで逃げ込む場所と言ったら、答えは一つしかない。最終手段とはそういった物。
魔法とは何か。魔が使える法術。
なら人間が使えないのは何故か。ドルイド一族と、堕天使が両立行使出来るのは何故か。
答えは何時も単純明快。それはカルマ値。負であれば魔法、正であれば魔術。魔で言えば魔力消費。聖で言えば盡力消費。人の身で使ったなら、後戻りは出来ない。カルマ値が負に固定化される。それが人が魔に堕ちるカラクリ。
罪を犯していないクレネとウィートのカルマ値が負に振れたのは何故か。それはこの目の前の腐れ外道が書き換えたから。答えは傀儡。どうやら視認した相手を操るだけではないらしい。上乗せで支配。従属が渡った今、相乗効果の底は知れない。我ながら調子に乗り過ぎた。
「問答は終わりだ。さぁ、始めよう」
まだ奴は知らない。ウィートが(限定)勇者である事を。クレネがドルイドの一族である事を。そして俺のカルマが負である事も。
魔王の姿が消えた。正確には追えないだけ。行き先は解っている。後方で待機する2人の直前の空間を上段蹴りで横薙ぎにした。
腕で難無く止められた。だが残念だ。非常に残念だ。
「ドレイン・クローズドチェイン!(隷属する閉じた連鎖)」初撃で接触させてくれるとは。
「くっ、舐めた真似を」魔王の顔が盛大に歪んだ。魔王との間が切れない鎖で繋がれた。俺が死ぬまで断つ事は不可能。
「馬鹿同士仲良くしようぜ。さぁて楽しい楽しい殺し合いだ」
返答無しで魔王からの拳が飛んで来た。諸に顔面に喰らう。だが温い。あの人の拳に比べれば。膝が腹に入った。多少は痛い。だが甘い。師匠はそんな優しくなかったぞ。
思わず笑ってしまった。カンストなんて大したことないじゃん。