表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/130

第44話

 魔族と呼ばれ、忌み嫌われる。戦闘を本分としたその本能。他種族を虐げるその習性。嫌われるのも頷ける。だが、この直面する光景は何だろう。我らは間違っていたとでも言うのだろうか。我らの希望とする神、魔神復活。それだけを願い、生きて来た。

 黒い雨。堕天使の技のようであり、全く違うと思われる雨。今日の朝までは晴れていた。昼過ぎに上空で大きな爆発が起きた直後に、降り注いだ強い雨。いつもの水色の雨であれば、我らの強く硬い皮膚であれば弾き返した。しかし、この黒い雨は我らの同胞の肌を容赦無く焼き焦がした。

 町や村の建物さえも溶かして、止まない冷たく熱い雨。最初、信奉する神に見限られたと思い、人々は嘆いた。だがそうではない。我らの魔王は言う。

 「これが人間の本性だ」だから戦えと。だから抗えと。

 「王よ!我らは道を間違えてはいないのか!」そこかしこからの声が大きなうねりとなって、我らが王を貫いた。

 最早我らに逃げ場など無い。早くから共存の道を捨て去った道。後戻りが許されるはずもない。それだけの事を重ねて来た。

 小さな子供が泣き叫ぶ。母が死んだと。父が溶けたと。兄が妹が焼かれたと。もう聞くに堪えない言葉たち。小規模の村は爆風だけで消し飛んだ。中規模の町も酸雨に溶かされた。被害の状況は魔王城の周囲になるほど大きく、酷い有様だ。

 「間違いなど、有り得ない。我らの道は間違ってなどいない。神は我らを見捨てない!」

 王の強い言葉が伝わり、幾分だけ気持ちは和らいだ。しかし住民の我慢は限界だった。領地に得するダンジョン奥地からも、無理矢理に同胞を引き出してまで。我らが王は戦いを望む。本当にそれが神の言なのか、心根から信ずることは難しい。下々の我らには聞こえない。彼の神の声を聞きたい。叶わぬ願い。現実に突き付けられる、この黒雨のほうが真実味があった。

 これが、我らに出された答えだと、冷たく笑っているかのように。

 幼い幼児が父が持っていた棍棒を振り上げた。「許せねぇ。人間なんて」

 幼い女児が母の形見の弓を構えた。「私たちは負けない。神は絶対に見捨てたりしない」

 そんな姿を見せられては、我らも剣を取る。「そうとも、我らは間違ってはいない」

 深い歴史を紐解き、深淵を知る者であるならば。それは我らが望んで仕掛けた事実に辿り着く。しかし我らは知らない。知るよしも無い。そんな真相などに興味は無い。

 明日の穀。明日の水。明日の生。明日の我が子。形は数あれど。形などは無くとも。想いはただ一つ。明日の平和。

 好んで死に急ぐ同胞も居ただろう。急いて散った仲間も居ただろう。神の声を聞いた者も居ただろう。その様な者たちに、等しく熱く黒い雨は降り注いだ。全ての間違いを洗い流すかのように。

 全てが間違っていたとでも言わんばかりに。

 あぁ確かに。我らは間違えていた。遙か昔に、袂を別れた魔族は間違えていた。真に敵対すべきは神であったのかも知れない。姿の見えない神なぞに望みを持ってしまった結果がこれか。

 だからこそ、私はここに記す。この間違いが知らぬ誰かに継がれる事を祈りながら。我らは、我が同胞は、ずっとずっと見えない正解を探していた。願わくば、醜い人間共に伝わる事を願う。

 最後に書かれた著者の名は、雨に掻き消されて読めない。誰も居ないくなってしまった、魔王城の袂の町で、俺はその手記を見付けて読んだ。読んでしまった。

 「・・・」言葉は無かった。何を言おうと、自分のしでかした現実は変わらない。

 「ツヨシ。これが戦争だ」最愛の人の言葉が、今は棘となって胸に突き刺さる。

 「ツヨシ様。立場が違えば、私たちは、もう」優しい侍女が言う。言いたい事は良く解る。2人に当たり散らすのは間違いだ。これは、俺の責任でしかない。

 魔族だから、滅ぼしても構わない。良く確認もせず。魔法でも魔術ですらなく、化学を用いて滅ぼした。そこに暮らす一般の住民の事は一切考えずに。俺はやってしまった。

 「・・・師匠・・・」俺は膝を崩し、薄汚れた手記を握り締めて泣いた。出て来るのは甘えの言葉。縋りたい、甘えたい、助けて欲しい、叱って欲しい、正して欲しい。殴ってくれよと。

 結果は直後に現れた。カルマ値-350。自分の間違いに気付いた時には、全て終わっていた。これなら性悪女神様だって腹を抱えて笑うだろうさ。

 「立ち止まるのか?それもいい。私も同罪だ」クレネが自分の首を指差した。渦を巻いた痣が首筋に現れていた。右隣に座り込んだ。

 「止めなかったですからね。私も同罪です」左に寄り添う、ウィートの首にも同じ痣。張本人の俺の首には、何も無かった。何一つも。

 女神よ、お前の望む未来なんぞ作ってやるもんか。何一つもな。

 これが八つ当たりでしかないのは解っている。それでも今は言わせて欲しい。2人の痣を消してください。どうかお願いします。

 女神が何を言った訳ではない。これを使えと言った訳でもない。用意したのは自分だ。決意したのも自分だ。実行したのも自分だ。なのに、本当に汚い己の首には何も無い。

 両腕で、変化の見られない2人の肩を抱いて一頻り泣いた。此所にも俺の所業の犠牲者が2人も居る。道を間違えない。師匠との誓いを、俺は自ら破っていた。

 「行こう。魔王を討つ。これは償いじゃない。罪滅ぼしでもない。全てはおれたちの醜い責任だ」

 「漸く言ってくれたな。もう少し遅かったら、殴っていたぞ」

 「お姉様。また心にもない事を。私だってまだ勇者です。限定ですけどね」

 何をしようと、俺たちの罪は消えはしない。

 「行きましょう。死に逝く者と、殺めてしまった者の魂を鎮めに」勇者のような美しい言葉。そうか、ウィートは勇者だったな。俺は薄く笑い返すだけで精一杯だった。

 原型を辛うじて残していた町外れの一軒家を歩み出た。殴り書きされた誰かの手記を発見出来たのは幸い。己の罪を忘れぬ為に、その手記をBOXに安置した。生涯手放す事はない。何度でも読み返す。

 生物が死に絶えた町。そこに暮らしていたはずの魔族はもう居ない。誰一人として。

 草木一本も枯れ果てた、焼き尽くされた荒野の中に建つ魔王城を見つめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ