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第39話

 王国都市を丸々包み込んだ黒い瘴気の壁を、離れた丘から眺めていた。都市部に住む者は洩れなく巻き込まれているに違いない。そちらには全く興味は湧かないが。

 腕に抱く人間の女が時々暴れる。放したら間違いなくあの中に突っ込んで行くだろう。彼の為にも面倒を増やす訳にはいかないので、全く放す気はないけど。

 「行きたいでしょうけど、私が許さない。あれが終わるまで待ちなさい」後ろからの羽交い締めなので、試しに耳元で囁いてみた。女は顔を真っ赤に、息を荒げていた。性感帯が我らと一緒!

 「く、クレネさんは・・・ツヨシ様が、心配では?」途切れ気味に誤魔化している。懸命に隠しているので性感帯の件は流してやろう。

 「心配?何を?」

 「ハァッ!み・・・耳・・・これ以上は!」女はガクガクと震えている。少しだけ面白くなってきた。

 「耳?ツヨシの耳がどうしたの?」「ち、違います!み、耳は私です」

 「貴方、普通の人間でしょ?耳種なの?聞いたことないけど」

 「違うの!も、もう囁かないで・・・耳は、弱いんです。今初めて知りました!」無益な開発をしてしまった。だが暇潰しには丁度良い。素直な返答の褒美に一舐めしてやると、一際身体を硬直した後崩れて力が抜けた。あ、私もこんな感じなのかも・・・。ちょっとだけ彼との夜が脳裏を掠めた。

 「貴方のお兄さん。死ぬわよ」

 「・・・覚悟は出来ています。当にこの大陸を出たあの日から、ずっと」気丈にも立て直す。その覚悟は本物だろう。彼女は懐から紙袋を取り出し、深紅のポーションを取り出した。鑑定の能力は無くともそれが彼が造った物であるとは感じ取れた。

 「それを、渡したい?」

 「いいえ、もう手遅れでしょう。でも、願わくば兄の最期をこの目で見届けたいです」

 「それは、諦めかしら」

 「違います。自分の死を選べるのは人の幸せ、だと信じます」僅かに震える彼女の身体は、残る未練を訴えていた。

 「選べる、幸せね・・・なかなかに面白いわ」魔王に知らずと操られた人生は、私には到底理解は出来ない。同情は出来るが果たして。

 「瘴気が・・・晴れます」都市を包む黒い影が縮小して行く。でも、あれは魔剣のほう。彼が御したのか破壊したのかまでは解らない。

 「まだよ。こちらにはこちらの役目がまだ在るわ。見える?」最近になって、彼が隣に居なくても単独で出せるようになった魔術がある。「マップ」である。

 彼が見せてくれる物とは比べるまでも無い、小規模で細かい詳細など出て来ない劣化版。それでも付近のマーカー程度なら出せる。それを彼女の目前に展開した。

 「これは、地図、ですか?」

 「正解。で、これが何か解る?」私は北から降りる赤色の無数のマーカーを指差した。

 「敵・・・、なのですね」山を越え、大陸の中央を縦断する軍勢。真っ直ぐにこちらへと向かって来ていた。疑う余地もなく、魔王が仕向けた魔族軍。目にして見ないと正確な数までは解らないが、千や2千では済まないだろう。

 「私は一人でもやるわ。貴方はどうする?あんな低脳な魔王に負けっ放しでいいの?」

 「嫌です!ただ奪われるだけの人生なんて、真っ平御免です」彼女の眼差しは北を向いて、怯えなどは感じられなかった。

 「意気は良し。その手のポーション。瓶半分くらい飲んでおきなさい。かなり役に立つわ。効果時間は個人差があるから気を付けて。目安は・・・そうね、魔王に操られてると感じたら」

 彼女は素直に小瓶の栓を抜いて口にした。他人の指示に従い易い、元来の性格でもあるのかな。

 「色々とありがとうございます。それに・・・甘くて美味しい」

 「ツヨシが造った物だけだと思うよ。甘いのは。長期戦になったら、それだけだと心許ないわ」

 私は彼女の身体を反転させて、唇を奪って舌を突き入れた。

 躊躇い無く絡めて来るだと!何だこの子は!嫌悪は何処へ?割に長いキスの後、唇を離すと彼女の瞳はキラキラと潤んでいた。

 「こうすると、どうなるのですか?お姉様・・・」奪っておいて何だが、その質問が先でしょ!そして急にお姉様って。

 「す、少しだけな。私の能力を分けたのだ。異常耐性とか回復とか。それぞれ低級になるから魔王からの干渉には耐えられない。気を付けて、ウィーネスト」

 「どうかウィートと呼んで下さいまし・・・」彼女の身体が枝垂れ掛かって来た。その背をポンポンと叩きながら私は思う。やりすぎちゃったかも・・・。

 「では行くぞ、ウィート。空と頭は私が持つ。地上の雑魚を頼んだ」

 「畏まりました。お任せを」身体を離すと、長いスカートを掴み上げて太腿の頑丈なガーターベルトから対の小太刀を構えて北を見据えた。眼差しは決意に溢れていたが。

 段々と北方の山間を駆け下りて来る、夥しい数の敵影が現れた。その数凡そ5千。

 「怖い?」「・・・正直、怖くて震えて居ます」小太刀を持つ手が僅かに震えている。

 「武器をロストしたら?」「適当に奪います!」

 敵影が露わになって来た。数種の魔物を率いる魔族たち。巨体の人食いオーガ。人さえ飲み込む大蛇。私の苦手な虫類。スパイダーや触手持ちのワーム系も見える。ここは大切な森ではないので、思う存分に戦える。遠慮出来る余裕も無いが。

 空を舞う飛竜。地上に比べれば大した数ではない。あれは、ただの的だ。

 人間並に知能の高い魔族と、本気で相対した経験は無い。里の老人たちでも僅かに違いない。それはなぜか。答えは簡単だ。我ら賢人種は強過ぎたから。人間種も魔族も、魔王さえも避けて通る程に。相性の悪い竜族でもない限り。

 私は万全を期す為、人間の姿を解き本来の姿に戻った。

 「私が怖い?」「いいえ、大好きです!」その答えは想定外!私はやり過ぎたと確信した。さっさと掃除を終えて早く彼に相談しなくては。

 「猛狂え、円の陣」竜の硬い鱗も貫通する矢を、空一面に解き放つ。先行でこちらに向かう空域部隊が微塵に瓦解した。多少の洩らしは統制を失い引き返していた。

 「舞い踊る蒼 帰せよ煉獄 賢人の理を以て命ずる エンディット・ヘルファイヤー」

 蒼炎の波が敵方前衛を薙ぎ倒す。前衛とは言え、出現したての烏合の集団。リーダーらしき魔族が失った統制を立て直そうとする姿が確認出来る。

 「や、山が燃えていますけど・・・」「まだまだ、行くわよ」

 「眠れる土精 永なる凍氷 賢人の理を以て命ずる エラルドル・バンカー」

 足元の大地に手を翳し、地から突き上げる氷槍を創り出した。苦手な虫類、地に潜ろうとしていたワームの群れを洩れなく串刺しにして葬った。

 共に射貫かれ、焼かれ氷化した天地の魔物と、巻き込まれた魔族が塵へと昇華し爆散して行った。魔の者の最期は、嫌みにでも彩られた何とも綺麗な輝きを放っている。思わず鼻で笑ってしまう。

 距離にして約2km。地下からの不意打ちをこの距離で潰したのは勿論狙い通り。悪しき者の考えなど、いつも至極単純明快。いちいち乗ってやる道理などは無し。

 魔術はどれも彼の魔術を取り入れ、アレンジを加えた物。効果は魔王城破壊で実証済み。自身のレベルアップに依る盡力の底上げ効果も加わり、敵影損壊率は9割を超えていた。正直これ程までに楽勝だとは思ってもみなかった。身体的疲労は軽微。損失盡力も体感で3割。大技も余裕を残して後数個は撃てる概算だが、こらからの白兵戦への移行と、敵増援の懸念により温存決定。

 ドルイドがなぜ魔法は使わないのか。こちらも答えは簡単。ほぼ4発でカルマ値がマイナス側に振り切れるから。とあるダンジョンで何度か試しているので間違いはない。これからも人として彼との幸せを望むなら、使う訳ないでしょ?カルマを簡単に戻せるのは、きっと彼と勇者だけ。

 「あの・・・私の出番は無いのでは?」

 「まだ討ち洩らしと、上位魔族が来る。虫は接近されると厄介だから、優先的に抹消よ」

 「厄介?」「捕まると、女の尊厳が壊されて奪われる。それこそ死んだほうがましね」

 「・・・大変、良く解りました」言いながら、彼女は小瓶の残りを飲み干していた。

 「魔王?もう来たの?」「いえ、喉が渇いてしまって」彼女の頬をつねっておいた。

 「申し訳ありません、もうしませんから!」

 瘴気が晴れたと言うのに、王都からは兵士の一人も出て来ない。通りすがりの私でも良く解る。

 「この国は、すでに終わっているのだな」

 「認めたくはありませんでしたが、もう遙か昔からこの大陸は終わっていたのでしょう」

 彼女の瞳は諦めとも取れる寂しさを帯びていた。その瞳は、前方に残る大群に向けられていた。

 「行くぞ。掃除だ」軽く肩を叩いて、私も前を向いた。今、やるべき事は何一つ変わらない。

 「参りましょう。消え行く者を慰めに」鎮魂歌。奇しくも勇者の技の名に通ずる、憂いの言葉。生まれと時代が違ったならば、彼女もまたその資格があったのかも知れないと思う。

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