第37話
「出来たらでいい。魔王の子供たちは、生かしてやって欲しい」
東の大陸、南方の村である人に言われた言葉。普段なら受け得ぬ相談だ。だが彼の寂しそうに空を眺める横顔に、閉口してしまった。
聞けば、彼らはこの大陸の魔王とは戦えないと言い出した。元からそれは私たちの役目のはずなので、特別大きな問題ではないが。
「今回、行かない代わりに南の奴を倒して来るよ」まるで近所に買い物にでも・・・。
「倒せる手段が、あるのですね?」目の前の彼らは強い。冒険者としてもプラチナ。一流だ。上位でないのが不自然な程に強いオーラを感じる。
「まだ推測だがな。仮に倒せなくても、足止めしながら君らを待ってるさ。気長に」
「そんな、簡単に言われましても」
「信じられないなら、一度模擬でもやってみるか?木刀で」
彼らの異質な強さに興味を持っていた私と仲間たちは、身を乗り出して頷いた。
「相手は私だ。ツヨシもブラインおじさんも、相手が女性と言うだけで手加減をする。差別だと思わないか?勇者よ」何度も先生に、奥歯が割れる程殴られたのって・・・。手加減の加減とは・・・。
「そ、そうですよね」顔で負け、胸で負け、身長でも醸し出す色香でも負けている。その上剣の腕までも負かされたら、私は暫く休養したい。南で待っていると言われてしまっては、それすら叶いそうにはないけれど。
村を出て、低い丘を2つ程越えた先の野原で、木刀を構え美女と向い合う劣等感。半ば(大半)怒り任せに、右足から地面に踏み出した。・・・それから数分後、私は休暇願を出そうと心に誓った。
「あんたらが強いのはよーく解ったよ」放心状態の私を置いて、メデスが話を進めている。
「ならば尚お聞きします」ガレイトスの反論、その目線に、若干の違和感を感じる・・・。信じますよ。
「ならば私たちが倒せば良い。どうして倒さないのか?人間は、どうしてこうも揃いも揃って同じ質問を繰り返すのだ?」少し怒った顔も、殊更美しい。
「最果ての魔神を倒すのは、勇者である君なのは確定している。おれの出番は精々下の魔王までだ。それ以上を求められても、聖剣が無ければ詰みだと答えるしかない」
「魔神は、本当に居るのでしょうか」私はさり気なく復帰した。
「さぁな。7つ目を落とせば出て来るんだろうよ。だが、ここで問題が一つある。なぜ魔王は5匹しか居ない?各大陸に1つずつしか存在していない。可笑しいとは思わないか?」
「いつも私たちは次の標的を、教皇様から聞いています」自分の言葉に引っ掛かりを感じる。
「妙な話だよな。どうして、教皇だけは全てを知っているのか?それを誰も疑問に思わない?」
いざ言われてしまうと、本当に妙な話だった。私は17歳で聖都に呼ばれ、神官と教皇に勇者に任命された。神官が神託を受け取ったのが、私が17歳になった時と言うのも遅過ぎる。まるで何者かに調整されたかのような違和感。それらが難無く実行可能な立場の人間。1人しか浮かばない。
「私はずっと疑問でした。聖都に呼ばれたのがほんの2年位前。訓練でも事ある度に、頻りに教皇様は休め休めと勧めて来る」
「いや、あれは単純にやり過ぎで・・・」アーレンは自分の言葉に首を捻った。
「実際に私は悩んでいました。未だ弱いまま、魔王討伐を命じられた事に。今では頼れる仲間たちも、当初は普通レベル。案の定、1つ目の、最弱の魔王とされるブシファーにも全員で劣りました」
「あの時は、まだ弱かったから・・・」ガレストイの顔色が悪い。
「魔王に逃げられ、私は考えました。何処かで修練を積めないかと」
「それで、あの火山か。てっきり、行き当たりで突入したのかと思ってたぜ」メデスは顎髭を弄りながら、目を閉じて唸った。
「私だってちゃんと考えていましたよ。それを伝えるのを忘れていましたが」
「忘れてたんだー。そっかぁ、そりゃしゃーないよなー」ユードは頭を掻き毟っている。血が、出そうな勢いで・・・。
「2度目にして、無事になぜだか弱体化していた魔王を討ち滅ぼし。聖都に帰って謁見した際の教皇様の顔色は、とても悪かった。私が次の魔王を尋ねただけで、お倒れになってしまう程に」
「うむ。教皇が魔王かは置いても、何かしら知っているのは確実だな。そいつも君に任せる。高貴な立場の人を断じるには、普通の冒険者のおれでは荷が重い」正論だろう。国の長を断じる程の権利は私にも無い。ただ魔王として討つならば話は別。
「ひょっとしたらあの魔王城の破壊はお二人では?」
「鋭いな。先回りしたおれたちが露払いしておいた」
色々聞いた話では、魔王の城や住処はちょっと壊した位では直ぐに元通りに復活するらしい。その復活すら阻害する破壊は、これまで誰にも聞かされていない。
「露払い・・・ですか」仲間たちは皆半笑い。私は肩を竦めた。「簡単な話。私たちは予定通り、こちらの魔王を討ち。スケカンさん達は南へ先見、若しくは討伐して下さる。で、いいですか?」
「オーケーだ。魔王の討伐に執着は無いのか?」
「特に持ちませんね。先生の言葉で、倒すべき者の前には必ず倒すべき者が立つ。と言うのがありました。今の状況がそうではないかと思います」
「なるほどなるほど。流石だぜ師匠。なら遠慮無く、南は請け負った。ここから更に南方に魔竜王の城が在る。おれたちはここで一旦お別れだ」
「直ぐに出発ですか?」
「ああ、南で知り合いが何人か動いてるらしくてな。今から向かわないと手遅れになりそうだから」
「不思議なお力ですね。本当に私たちの位置が解るとは。私たちは何処かでお会いしました?」
「君らは西の町で見掛けたってだけさ」何処の町だろうか。
「そう・・・ですか。では私たちは魔王を無事討伐出来たら、一旦聖都へ戻ります。数日様子を見て南に向かうか考えます。余裕があれば、中央の魔王の情報と、教皇の周辺を探っておきましょう」
「そっちはおれの仕事だな」ユードが得意気に鼻を擦った。
「はい。くれぐれも無茶はしないで」
「グリエールにそれを言われるとは」軽く笑っている。
「打ち合わせはこんな所か。何か聞きそびれはないか?」
「まだまだお話は尽きませんが、強いて言うなら・・・」まだ聞きたい事は有るが、今確認しておくべき事象は。私は腰の聖剣の柄をスケカンに差し向けた。
「おれを試すってか?」
「はい。先生のお見立てが正しいのかの確認です」
その足に迷い無く、彼は私の腰から聖剣を引き抜いた・・・。
軽々とは行かないまでも、一人で普通に振っていた。「うん。振れない事はなさそう。けど、今は所有権が君に在る関係で、本来の性能はおれには出せないだろうな」
「所有権、ですか?」普通に持てるだけでも、異常であるのに。妙な嫉妬心が胸に芽生える。
「おれに渡して、少し嫌な感じするだろ?相思相愛なんだよ、君と聖剣はね」
「私の意思次第、と言う事でしょうか?」引き渡しの可能性も、考えない訳ではない。
「君は、同じ師にいったい何を教わったんだ?」「え?」
「君は自分や仲間や家族の命を預けるこの剣を、生涯の相棒をまだ唯の物扱いしてるのかって?」
「・・・」淡く輝く聖剣を寂しそうに眺める彼の横顔は、ブライン先生にそっくりだった。私は何度同じ過ちを繰り返せば気が済むのだろう。「すみません。返してください」
「ここまで言っておいて何だけど、一つだけ試しに斬ってくれないか?」彼は器用に聖剣の柄を差し返して、同時に呟いた。「何を、ですか?」
「単なる魔石だよ。随分前に拾った曰く付きの石でね。ずっと気持ち悪くてさ」
「それは、何処に?」魔石は高位や上位の魔物や魔族が希に落としたりする。彼の周囲には彼自身が放つ不思議なオーラ以外感じない。魔石は通常瘴気を大小放つ。砕かれていない限り。
「おれの固有魔術の箱の中に置いてある。今から取り出して投げるんで、君の全力をぶつけて欲しい。出すと同時に魔物が復活するかも知れない。それでも迷わず叩き斬れ!」「はい!」
「君の仕事は何だ!」「魔王を倒し、魔神を討つ事!」
「君の理念は何だ!」「仲間と共に、この聖剣と共に、魔を滅ぼす!」
「良い返事だ。では、行くぞ!」「はい!どんと来いです!」己の気合いを現わす言葉として適切かどうかは不明瞭だが、私の気持ちは最高に乗った。仲間たちも視線を送ると、思い思いに身構えている。言葉は不要。頼れる家族たち。
彼は虚空から、紫色の魔石を取り出して私の前方に放り投げた。紫色と言えば高位。今、私たちは彼に試されている。勇者はそれに届くのかと。
宙に出された瞬間から、石を中心に現出する人型の魔物。徐々に黒い翼のような形も現れた。
「待て!待ってくれ!私の話をー」人の言葉を話す。それは魔族。しかし、私はもう迷わない!
「ファルナイト・レクイエム!!!」正しき光の刃が、紫の魔族を両断し、閃光は上空へと昇華して役目を終えた。激しい断末魔を聞く間も無く。
「お見事。ナイス勇者。こいつ勝手に人の家を自由に出たり入ったりしてさ」彼は2つに割れた魔石を拾い上げて、元の虚空に投げ入れた。「スッキリしたわー」試されて・・・いた?
晴れやかな彼を横目に、私はそっと聖剣を鞘に戻した。気恥ずかしくて、仲間の顔は見られない。ガレースの手が私の肩に優しくそっと置かれた。