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第36話

 南の大陸、ムールトランド。半月の島と呼ばれる大陸は、世界で唯一、魔族と人間が大陸を半分に分けて共存する、とても珍しい大陸だった。北側半分を魔族が、南側半分を人間が。

 私がこの地に舞い戻ったのは、10年振りくらいに成るだろうか。子供時分の幼い心でも薄ら解る程に、不可思議であった。異常な、正常なのだ。互いに不可侵の協定を結んだ訳ではない。魔族に人間の条約など通用する訳はない。だがしかし、恐ろしいまでに静かだった。そのくせ欲を掻き、余計な手を出そうものなら、手痛い返り打ちに遭う。私たち人間側は次第に気付く。

 この大陸は、魔王に管理されていると。

 今でもそう。南の人間の国が同士討ちで滅したと言うのに、港は機能し、行商は行き交う。まるで半月前まで何事も無かったように。人々は活気に溢れていた。戦後復興と言えば聞こえはいい。戦争は無かったのではと疑いたくなる、すれ違う人の笑顔、露天商の威勢の良さ。少しだけ大人になってから改めて見るこれらは、やはり異常な正常でしかなった。

 私は勤める主人からの依頼(お使い)で、兄に薬を渡す大役を賜った。高々兄に物を渡すだけ。

 それだけのはずなのに・・・。

 「何処に行ってしまったの?兄さん」

 いざ追い掛け始めた時点から、オカシカッタ。まるで、南の大陸で暮らしていた時のような。あやふやな安心感。絡め取られる手足。そうだ、私たち兄妹は引き寄せられていた。

 逃げ出した囚人を捕まえろ。

 一旦はアッテネートの町で別れたとは言え、兄は脚が悪い。馬を使ったとしても、その痕跡が全く見つからないのは不可解。足の速い私が追い付けないのは、今判別出来る異常。それ以外は正常であると心が判断してしまう。

 牢から逃げ出した囚人を連れ戻せ。

 南に行けば行くほど、近付けば近付くほどに、私は意識を失った。気絶などはしていない。気が付けば港町。気が付けば乗船。気が付けば渡航。気が付けば、上陸。

 どちらかと言えば、中央大陸を目指していた。どちらかと言えば、南には行きたくなかった。どちらかと言えば、東大陸の港町で区切ろうとしていた。行動に、自分の意思が反映されていない。

 箱庭から逃げた玩具を取り返せ。

 引き寄せられている。私たち2人だけが。それが正解だと、また私は異常な安心感を得た。海を越えてしまっては、今日の内に帰るのは困難だ。兄を連れ帰る訳ではない。兄に薬を渡すのだ。説得やら交渉は不要。はい、と何時ものように渡すだけ。

 我の玩具が帰って来たぞ。

 相変わらず兄の痕跡は見つからない。幾つかの馬車を乗り継ぎ、5日を掛けて元王都へと到着した。してしまった。廃れて誰も寄る者の無い王城。でも街や人は正常に機能活動している。見上げるは玉座の間。

 「助けて・・・」誰かではなく自分の声だった。「誰か・・・」私は、自ら玉座へと座った。

 「やっと戻って来たな」階下に眺めるは、探し求めていた兄、その人。

 「誰か・・・、助けて・・・」絞り出す。誰かに届けと。私と、兄を助けてくれと。

 「誰も来ぬよ。我とお前のみ」

 「うっ・・・」もう言葉も出せない。自分自身でここへ来ておきながら、笑いたければ笑えばいい。兄が健常者のように軽快に歩き、私の手を取ろうと伸ばしている。拒絶、した、くない・・・

 「さぁ、踊ろう。死ぬまで、踊ろう」兄の手が、私に触れる、寸前に。

 「・・・スケカン、さま・・・」最後の最後で想い人の名を、呼べた。来るはずもない者の名を。

 「おぉ、呼んだ?」その声に引かれて、首を向けた。「なっ」兄の驚愕の顔と共に、身体も奇妙に捻れて飛んで行った。私は、クレネさんに抱えられて玉座を降りていた。

 「ゲップスが魔王なのか?それともあいつは操られているだけか?」矢継ぎ早な質問をしながらも兄からは目を離さない、スケカン様。「私も兄様も、操られています!」漸くに言えた。

 「確かに傀儡と支配か。厄介極まりないな、こりゃ」「我の能力が解るのか?人間よ」

 「憑依と何が違うのか解らなかったが、何のこっちゃない。ただ内と外って違いだけ。傀儡も支配も両方、格下のみ適用される・・・これ、要る?」クレネを向いて首を捻っていた。

 「我の話を・・・」

 「試し斬り、決定!」「おぉ、いっちょやったるわ!」スケカン様は空中から、禍々しき黒い長剣を取り出して身構えていた。私が確認出来たのは、そこまでだった。

 クレネに抱えられたまま、気が付けば城の外。城下町を一気に抜けた。時折クレネが後ろに目を遣り、未だ、未だ、未だと繰り返す。クレネの肩越しに見える背後には、黒い塊になった濃い影が迫っていた。その影が追うのを諦めたのを確認して、クレネは止まった。

 「思った以上ね」

 「あの影は予想外、でしたか?」

 「魔王じゃなくて、魔剣のほうね」王都の方角を向きながら、クレネが普通に話をしていた。

 「あれが、魔剣・・・。スケカン様は、大丈夫でしょうか」

 「何言ってるの?ツヨシが負ける訳ないじゃない。どちらにも」

 「ツヨシ様?」「彼の本名よ」初めて耳にする名だが、確かに合っていると思う。妙にしっくりと来る通りの良い名だった。「ツヨシさま・・・」その時の私の頭の中から、兄の事は綺麗に飛んでいた。

 地に下ろされた後も、クレネの腕が離れない。一旦身体を離そうとした所で。

 「馬鹿者。またあれに操られたいのか?私から離れるな」軽く叱られて、後ろから柔らかく抱き締めてくれた。どうしようもなく、身体が全身隈無く熱くなる。

 「クレネさんは、ツヨシ様以外に興味がないのかと思ってました」

 「ツヨシが気に掛ける人間に対しては、多少なり興味はあるぞ。ペットを愛でる程度には」

 「ぺ、ペット!?それじゃあ、魔王とそんなにかわら・・・」クレネの腕に力が入った。「痛い!冗談です。冗談で御座います!おゆるしを・・・」

 「解れば良いぞ」同性の腕の中で息も絶え絶え。もう、どうにでもなればいい。今感じる物は諦めが同居した安心感。魔王のそれと違うのは、激しい興奮を伴った、熱さだった。

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