第34話
私たちは北の大陸から、一旦聖都まで戻り、報告を済ませ、初めての大きな休暇を頂いた。
各自思い思いの場所(家族や友人)へと帰郷した。私はガレストイと共に、双方の家族に会いに行き、勇者の仕事ではない報告を済ました。皆喜んでくれた。これからも待つ危険な旅を差し置いて。
実家の麦畑は青々と実り、今期は大豊作になると言う。お手伝いさんや農夫も増え、事業を拡大させていたのには驚いた。その殆どは聖都からの援助に他ならない。私の仕事に対する報酬なのだそうだ。ここでも私は何も見えていなかったのだと痛感した。
北でブライン先生と出会えたのは、運命だったのかも知れない。先生の導きが無ければ、大切な人たちを失い、私自身も道の途中で死んでいたに違いない。改めて感謝の念を浮かべる。
「失う事が怖い?それは君の傲慢だ。他人は、家族であっても、君の物ではないのだから」
あの夜の数日前に言われた言葉だった。それを言われた時は全く理解が出来なかった。私の稚拙で矮小な心が受け付けなかった。私の傲慢で凝り固まった殻を破り、こじ開け、粉に砕いてくれた先生の言葉(と拳)の数々。生涯忘れない。これだけは濁す訳には行かない。ここで妥協を許したならば、また馬鹿な私に戻ってしまう。
「また眉間に皺が寄ってるよ、グリエ」隣のガレストイが笑っている。今は彼が居て、頼れる仲間たちが居てくれるのだから、心配はしていない。
「そうですね。ありがとう、ガレース」頭を彼の肩に預けて、硬い眉を解した。
次に向かうべき場所は皆で相談して決めてある。先生の故郷、賢人の里。場所も聞いている。そこへ向かえば、彼の愛弟子さんと会えるだろうとの話だった。本当に居るのだ。別に先生を疑っている訳ではないけれど。どんな人なのだろうか。先生に一撃を加えられる人物だなんて。
「では皆さん。参りましょうか」「おー!!」
久し振りに会う仲間たちの顔は、眩しい位に明るく元気だった。内心、もう来てくれないのではないかと思っていたのは、やはり私の「傲慢」なのだろう。
剰え愛おしい、進むは茨の道なれど、空は快晴、波は穏やか・・・おだ・・・
「うおぇぇぇ」縁から外に乗り出す私の背中をガレストイが摩ってくれている。正直見て欲しくないが。
何度経験しても、一向に慣れない。船酔いが魔王よりも高い壁に思えてならない。
苦手な海を越え、内陸を辿り、先生からお聞きしていた森の端へと到着した。
「広い・・・」高台から見下ろした時の感想だった。人間が介入不可能な森。深緑の絶壁と呼ばれる深過ぎる森。一歩踏み入れば戻れる者は居ない。大空を舞う鳥や魔物でもない限り。私たちは踏み込むのを躊躇っていた。
「漸くの到着か。勇者さん」
「遅いぞ勇者。暇過ぎて、ダンジョンを2つも踏み抜いてしまったぞ」
一見すると普通の優男と、絶望的なまでの美女が森の中から現れた。思わずガレストイの目を覆いたくなってしまった。途中で止めた手が宙を泳ぐ。今は戸惑っている場合ではない。
組まれた腕の密着度にも驚いたが、2人とも尋常では無いオーラを吹き出していた。魔でもなく聖でもなく、それぞれの種族の頂点に立っているような・・・あれ?彼らは人間ではなかったの?口の開閉だけを繰り返す私たち対し、彼は溜息交じりに呟いた。
「初対面で行き成りだったな。おれはスケカン・ロドリゲス・ツヨシ。こっちは妻のクレネだ」御夫婦だったので、別の意味では心底安心した。
「私はグリエール。私が勇者だと知っていると言うことは、貴方がブライン先生の仰っていた御弟子さんですか?」
「おれはユー」「聞いてない!!」遮られたユードがしょんぼりしていた。夫婦揃って何故か怒っている。おや?前にも似たような場面が、何処かで・・・。何処だったかしら?
「そうなるな。おれは師匠と呼んでいる。早速で悪いが質問いいか?」
「はい、どうぞ」
「何か、前とキャラが全然違うな」前?何処かで会っていたのだろうか。
「まぁいいさ。聞きたいのは一つだけ。お前ら、師匠をどうした?」
「どうした?・・・どうしたと言われても、何が?と答えるしかないのですが?」
「惚けるな。先日訪ねて行ったら、誰も居なかった処か、小屋も庭も何もかも無くなっていたぞ。まるで初めから、存在していなかったと馬鹿げた冗談でも言われているかと思えた位だ。唯一残っていたのは丘のお墓だけ。2人分のな!」
「え?そんな・・・私たち、魔王を打ち倒して」
「合格のお墨付きを頂いて、普通にお別れしたのですが」一番年配者のアーレンが付け加えた。
「・・・どうやら嘘は言ってないみたい」クレネさんが悩ましそうに、空いている手で赤い長髪を掻いていた。無意識な色っぽい仕草に、女の私も固唾を飲み込む。
「クソ!どうなってんだ」どちらも嘘は言っていない。どちらも大切な恩師の、突然の消失と言う理解不能な状況に困惑していた。
「私たちは、この森へ向かえば貴方に会えるとだけしか聞いていないので」本当の話だ。
「そうか・・・悪かった。何か知っていると期待したのは、こちらの勝手だったな」
「いえ、こちらこそ。ごめんなさい。でも、先生が居なくなるなんて」私たちは実際に目で見ていないので、信じ切れていない部分が有るのは間違いない。
「ずっと立ち話も何だから。森に入らず、ここから暫く南に下った所に人間の集落がある。そちらに宿を用意しておくから来てくれないか?」
「賢人の里に向かうのでは?」
「なぜ我らの里に、無関係の人間風情を入れなくてはならんのだ?」クレネさんが不思議そうに小首を捻っていた。今の状況で不謹慎だが、とても可愛い。我ら、と言う事は・・・納得した。
「里に入れるのは、親族か家族だけさ。悪気は無いが、関係も無いからな。君らは」物腰が柔らかくなった。怒りの矛先が変わったようだ。確かに同胞の弟子、だけでは理由には満たない。
「解りました。私たちもそちらに向かいます。良いですか?」念のため後ろを振り返るが、皆異論は無いようだった。代わりに少なくない動揺が垣間見える。
「先に行っている。なるだけ早く来てくれ」走りだすのかと思ったが、普通に歩いていた。彼は方向を指差すと、霞んで消え去った。
「凄い人たちだね。震えているだけで、何も言えなかったよ」
「ええ、本当に」ガレストイの声に同意した。本当に、幻でも見ているようだった。
「おれたちも出発しよう。また怒られたくないしな」メデスの言葉に全員で頷いた。
「おれは、名乗らせても貰えなかったぜ・・・」悲しそうに肩を落とすユードを、アーレンが笑いながら慰めていた。