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第27話

 突如、勃発した戦争。先触れや宣言などはない。今の魔王が各大陸に統立している時代に、珍しい人間同士の戦争。きっと何処の世界にもある、有り触れた領土争い。魔王に奪われた土地以外の少ない領土を奪い合う。有り触れた殺し合い。

 戦塵が舞い踊る風景。漂う死臭。燃やされた国旗。焼打ちされた小さな村や町。人間は何処までも醜い愚かな生き物である。

 昨日まで普通に笑い合っていた、友とも呼べる隣町の住人(隣人)が今日は鈍鞍な剣を取り、仕方がないと言いながら、涙に濡れながら斬り掛かって来る。そんな有り触れた非、日常の景色。

 砂粒と焼け炭の煤が舞い飛ぶ只中で、明け行く空を見上げた。

 「神よ・・・貴方の望みは何なのだ!」私でなくとも、そう叫び崩れる者は多い。彼らの多くは手にしていた剣や槍や盾を投げ捨て、瞼を泣き腫らす隣人の手に依って討たれた。

 国王の政令。頼りなき国民にとっては、神からのお告げに等しい。避けられぬ物ならば、尚従い親しき隣人を斬って殺した。

 我が国は劣勢。たった一晩で前線に中る町は崩壊した。敵影が王都まで辿り着くのも後数日が限界だと、面暗い参謀が唱えた。異を挙げる者は居なかった。

 西の魔王が勇者に討たれた。吉報が世を駆けた後、隣の国が突然発起した。西の次は南だと、眉唾な噂を信じて。聖都や本人に確認する事はせずに。愚かに急いた隣国の国王は起った。

 自分では捕れもしない虎の皮算用。魔王が討たれた後の為の、先行投資だと。真に刃を向けるべきは魔王であると言うのに。愚かな国王、悲しき民を思う。

 「これより、魔王に使者を送れ」

 「お気を確かに!王よ」宰相が叫んでいた。私は彼を無視して続けた。

 「この汚名の全ては我に在る。僅かばかりの国土もくれてやれ。我が命も民の命も貴様の物だと伝えよ。逃げる者を追う事は許さんぞともな」

 本当に魔王がこれで動くなら、心を配った者でさえ命を奪われるかも知れない。隣国が愚王であるならば、私も喜んで愚者にも成ろう。歴史にこの汚名を載せようとも。

 微塵も後悔は無い。心残りは在る。誰であってもそうだろう。無念の無い死などは存在しない。

 私はペルデュア王国、ガルトロフ・アレ・デルト6世。王国の末代であり、稀代の愚王と呼ばれるだろう愚か者の名。死して尚、奪われる位ならば。自らの胸に白き国剣を突き立てた。

 「願わくば神よ。孫たちに僅かでも幸を・・・」幼い頃のウィーネストとゲルトロフ兄妹。昔に自ら手放した2人の顔が、最期の脳裏に浮かんだ。僥倖であったと。

 聖院歴698年、8の月。茹だるような暑い日に、南大陸の2つの国がたった2日間で世界地図から滅んで消え去った。後の者は言う。勇者が先に南に来てくれさえすればと。それはもう叶わぬ願い。

 西の大陸。行商の町アッテネートの町中で、1人の女が木漏れ日が差し込む木陰で佇んでいた。

女の顔を見つけて、片脚を引きながら歩み寄る男が1人。

 「兄様。ペルデュアが、墜ちました」悲しみとも取れる表情で、兄へと返した。

 「ウィート。おれらはすでに捨てられた身だ。残省などを抱える必要はないんだぞ」

 粗っぽく妹の髪を撫でる兄の装いは、旅立ちの日の軽装。妹はそれを見ただけで察した。

 「たったのお一人でいったい何が出来ると言うのです!兄様・・・どうか行かないで」

 「忘れてしまえ。過去もおれも。端から居なかった者だとな。一人であるからこそ、無茶も出来るってもんだろ?間違いなく死ぬだろうな。おれは王国の亡霊。亡者は亡者らしく潔く、な。これからお前は本当の自由を手に入れる。想い人のとこへ走り出せ。ぶっちゃけ、そっちのほうが遙かに高い壁に見えるけどな」軽く笑って、妹の頭から手を離した。

 去り行く兄の後ろ姿に掛ける声が見つからず、その場に膝を崩して泣いた。大切な人は私を置いて去って行く。その後、泣き腫らした目を擦りながら、主人の待つ邸へと向かった。

 邸の奥から我が主人であるシュレネーが大きな腹を揺らしながら、駆けて来た。

 「泣いておったのか?ゲップスは立ってしまったのか?」汗まみれで顔色が悪い。

 「兄上はすでに出発しました。願いは出ていたはずですが?」

 「聞いてはいたが、許可は未だしていない!」珍しく声を荒げていた。たかが従者1人が辞めただけだと言うのに。

 「すまない、ウィート。これを兄に届けよ」小さな紙袋が渡された。シュレネーの焦りが窺えて、外包みは崩れていた。開いて中身を確認した。

 「これは?」

 「上級ポーションだ。それも飛び切り上質のな。解ったなら今すぐに出立せよ!」3つ入れられた小瓶の外装は、一般的な下級のそれだった。しかしシュレネーが嘘を言う理由が浮かばない。たかが従者の1人に財が吹き飛ぶ上級を3つも渡す意味さえも。本物ならば、兄の脚も完治せずともかなりの改善が見込めはするが。

 「何をぼやっとして居るのか!今すぐにゲルフを追え!兄を魔へと堕としたいのか!!」

 「なぜ、それを・・・」兄の本当の略称を、なぜシュレネーが知っているのか。

 「この私が何も知らぬと思ったかね。随分と低く見積もられた物よ。しかし、今はどうでも良い。兎に角急ぐのだ。薬はスケカン殿の特製で本物だ。必ず間に合わせろ!」形相は怒りに変わっていた。

 「・・・御意に」想い人の製造と知れば、話を飲み込む以外ない。一礼を返すとウィートは姿を消し去った。

 怒り任せにその場で蹲り、硬い床を掻き毟った。「あの馬鹿者めが!」先程まで大口の商談をしていた男の顔を床に浮かべて拳で殴り付けた。あいつが無駄に引き延ばさなければ・・・。

 「すまない、スケカン殿。私はこんな大事な時に」拳からの出血など構う事なく、叫んだ。

 「許してくれ!!!聖者よ・・・」たかが従者に薬を渡すだけ。単純で簡単な仕事のはずだった。

 昨日の昼まで自分の護衛に付いていた者にだ。何者かの意思でも働いたかのように、昼に別れてから今まで会う機会を失った。今日でも早々と商談を片付ければ間に合ったはずなのに。馬鹿なあいつが印さえ渋らなければ。

 シュレネーが頭を抱えて蹲った。泣きながら許しを請うていた。遠いあの日の御仁に対し。自分だけが知っていたはずなのに。これ程の無様があろうかと。

 とある人物たちの命運を分ける瞬間が、この日この時、この場所であったと彼が気付くのは、全てが進んで道を分かった後だった。

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