第24話
私の夫は強いが弱い。言い得て妙な話だが、主に心が弱かった。
人間種にしては、その肉体的強さは比類なき物を感じる。人間の伝承に度々現れる勇者のそれと似ている。彼が毎晩のように見せてくれるマップ?という魔術に出てくる勇者の女のステータス自体とも遜色ない。後は覚悟の問題か、自身が唱える経験値の差か、今一歩何かが足りなかった。
理由は解らないが、彼の認識との齟齬を感じている。彼の見えている物と私が見えている物に、時々食い違いを節々に感じた。勇者のステータスなど、私には彼の見えていない物まで見えているような気が・・・。
彼を後ろから抱きながら、共に眺めるそれには小さいが虹色のマーカーがポツンと1つ。大陸とは全く別の場所に小さく1つ。それに気付いていないのか、見えていないのか。真逆、あれは・・・。
今夜も彼が私のステータスを開いていた。いい加減に恥ずかしいので、毎日確認しなくて良いのだと言っても、一向に止めてくれる気配はない。愛していると言われると、反論よりも許容が勝る。とても狡い言葉だと思う。悔しいので私も素直に言葉で返してやった。否定と同様に、中途半端も大嫌いだから。油断していると、彼が消えて行きそうでとは言え・・・絶対に言わない。
2人の初めての夜を迎えてから、マップ然り、彼について色々な物が見えるようになった。だが彼の旅の目的と行動指針が未だよく解らない。それだけの強さを持ちながら、魔王は勇者に譲るのだと言い張り、自分は物語の脇役だと卑下する。だからなのか、勇者の行動と合わせる形で旅の路線を変更しているように見える時もあれば、全くの別行動を取ろうとする時もある。
優柔不断と断じれば、実際その通りなのだろう。だが違う気がする。彼の旅の最終目標が在るとして、その場所へ向かう事に躊躇っているような違和感。そう、違和感だった。直接聞いてみても、彼は言葉を濁して取り合わない。途轍もなく嫌な予感に、寒気すら覚えた。彼はもしかすると。
私は彼の返事を聞く前に、旅の行き先を決めてやった。それはもうガシガシと決めてやった。共に行くのは決定事項なので説明不要。彼は笑いながら(時々泣きながら)素直に従ってくれる。楽しい旅にしよう。ほとんどそれしか掲げていない。
早く子供が欲しいが、それ以前に共に生きるなら、彼の天寿を引き延ばす必要がある。彼の肉体は強くとも人間であるのには変わりなく。早く里に帰らなければならない。彼の反対は無く、寧ろ喜んでいるので問題はない・・・挨拶?挨拶くらいしっかりやってくれ。男だろ!
ウェディングドレス?あの歩き辛そうにしていた墨黒いドレス?え、純白があるの?それならちょっと・・・いや、かなり着てみたい。彼の旅の目的が絹糸集めに切り替わった!強く反対出来ない・・・いいのかな、これで。まぁいっか。私も随分と柔軟になったものだと思う。
私が里を出た理由。簡単に言えば、ブラインおじさんへの憧れからだった。強さ、格好良さ、大人の男としての矜持。それらは私には眩しく見えて焦がれた。
大好きだった。その大好きなおじさんが、ある日人間の女を連れて帰って来た時には、軽くない嫉妬心を覚えた。その彼女を選んだ理由を知りたくて。直接聞いてみてもいいが、それでは私が負けたようで面白くないから敢えて聞いてない。
その理由が知りたくて、人間の村や町や国々を回り巡った。ドルイドの神髄たる幻術は非常に役立った。自分の姿形を人間に見せる事など造作もない。時折絡んで来る男共を殴り倒しながら、理由を探してみたが一向に見つからない。そんな最中で彼と出会った。それまで見て来た人間にはない強さを感じ、途方もない話を聞いて。共に歩む決意を固めた。単純に惚れたのだ。それも一瞬で。
それまでの自分を鑑みると、とても信じられない話だったが。きっとブラインおじさんも同じような気持ちだったのだろう。少しだけ求めていた何かが見えた気がした。
久方振りに会ったブラインおじさんは、昔と全く変わっておらず、寧ろとても丸くなっていて里の父に似た感慨を感じて嬉しく思った。だがしかし・・・。
「なぁ、クレネ。あの人の何を参考にしろと?」隣の彼に問われたが、返す返事を控えさせて貰った。あわよくばおじさんに彼を鍛え直して欲しかったが、おじさんの極限に磨き抜かれたその強さは・・・参考に出来る次元ではなかった。どうしよう、私でも微塵も勝てそうにない。これは、何も見なかった事にしてしまおうかと・・・思います!
「ね、強いでしょ。ブラインおじさん」
「そ、そうだね」彼の顔が盛大に引き攣っていた。
其処いらの雑魚の魔物みたく、冷たい地面を転げ回される魔王の姿を目の端で追いながら、私たちは「次は何処に行こっか?」と相談を始めた。
「今日は泊まって行くのではないのかね?野菜が多めにはなるが、腕を奮うぞ」平然と目の前に立ち嬉しそうに笑うブラインおじさん。蹂躙という名の暴力は、すでに終わっていたようだ。
「はい!喜んで!!」2人で元気良く返事した。
「おい、起きろ!いつまで寝ている積もりだ。これから客人に出す料理を作らねばならない。今日は帰りなさい」気絶していた魔王を叩き起こした。
「へい。すいやせん。また強くなったら来ますんで」強制的起床を果たした魔王は、抉られた腹を押さえながら、ペコペコ頭を何度も下げながら来た道を帰って行った。私たちは眼中にないらしい。
「さてと。今宵は2人の事をとことん聞かせて貰うぞ。特にツヨシ君とやら」
「・・・あ、お耳が宜しいのですねぇ」彼が気圧されて青い顔をしている。
「耳が遠くなる程、老いてはいないはずだがね・・・」私は完全に油断した。
彼の秘密や2人の馴れ初めから、ダンジョンデートに始まり、魔王城破壊行為、航海中のあれこれや旅の思い出。2人で協力し合い、整然と完璧に包み隠さず、洗い浚い綺麗にさっぱりと。一晩中語り(ご説明)明かした。ブラインおじさんは驚きつつも、最後には「本当に仲が良いのだなぁ」と笑っていた。仲が良いのは間違いないが、今はちょっとだけ違うかも。