第22話
許されぬ物が在るとして、それは何処の誰が決めた物、なのか。
私たちは北の僻地に越して来た。決して逃げ隠れもする積もりも無いし、その必要も無い。人とも交流はあるし、数は少なくとも友人と呼べる者も居たり居なくなったり。
人間種は非常に脆弱だ。気を付けなければすぐに病気や怪我で死んでしまう。身体の寿命を私の種族と同等にしても、私の妻への心配は無くなりはしなかった。心配を重ねても愛する妻は数十年前に、肺の病気が切っ掛けで亡くなった。
元々が病気勝ちであった妻。出来る限りの注意を払い、病気への心配が少ない、この寒い地方を選んだのだ。万病に効く、治す薬も私の故郷の伝承には確かに存在したが、遂に手に入れる事は叶わなかった。身体の痛みを緩和する薬くらいしか。
彼女の望む形で逝けたのは、僅かばかりの幸運だったのだろうか。その問いに答えてくれる者はもうこの世に居ない。例え時がどれだけ過ぎても、妻の墓があるこの地を離れる気にはならず、今月の命日にも欠かさず妻が好きだった花を供えた。命日というのも人間種の文化であり、我が種で言えばその限りではない。そろそろ離れてもいい頃では?と時々訪ねてくれる昔からの故郷の友人とよく話をする。私は決まって。「私ももう、すっかり人間に毒されてしまってね」笑って返した。
私自身の天寿はまだまだ先だ。新たな番を見つける気も起きず、また相手も現れない。こんな辺鄙な年中寒い土地に住みたいと言う、酔狂な友人も人間もそうそう居るものでもないだろうし。
諦めとも取れる想いを胸に、今日も散歩を終えて住み慣れた我が家へと戻った。珍しい事もあるものだ。今日は来客が来ていた。何も感じてはいなかったので、敵でないというのは良く解る。姿を確認せずとも酷く懐かしい感覚を覚えた。不思議なオーラを持つ者を連れて。
「久しいな。クレネ」彼女は里の長老、ドルイドの娘。利発で活発を絵に描いた娘で、幼少期に数年共に過ごした事もある。あれから私はすぐに旅に出て、100年以上経つだろうか。
「お久し振りです。ブラインおじさん」元気に挨拶を返し、隣の人間?の男も会釈していた。驚きの表情で首だけ動かす、あまりに奇妙な挨拶で思わず笑いそうになった。
「用事も無ければ、わざわざ訪ねて来る事もないだろう。それで、そちらの方は?」
「私の夫と決めた人です」
「スケカンと申します。よ、宜しくお願いします」宜しくされてしまった。
「ほほぅ」クレネが人間を選んだ事に多少の驚きを覚えた。自分自身が前例なのだから、誰が誰を選ぼうとも口を挟むほどの野暮はない。だから何も言わなかった。
「あの・・・、セラスさんでしたっけ?今でもお元気で?」良く覚えていたものだと、感心した。
「いやいや、だいぶ前に肺の病気でね。残念な事に子も出来なかったから、今は1人だよ」
「そう、だったのですね。残念です」クレネは一拍間を置き。
「それで、お話を伺いに来たのですが」
「久々の来客だ。まずは中でゆっくり話を聞くとしよう」玄関前での挨拶は済んだのでと、2人を中へ招き入れてハーブ茶を淹れた。割と丁寧な対応に、スケカンのほうが驚いていた。
「随分と驚いているようだが、私は何か楚楚でもしたかな?」
「いえ、御免なさい。おれが勝手にイメージしてた人柄と懸け離れた、ちゃんとした人だなと」
「ちょっと失礼でしょ。里の皆が皆、私みたいな訳じゃないから」
「え?自覚あったん・・・」クレネが彼の頭を軽く叩いていた。平謝りだ。
「仲が良いのは解ったから。これでは話が前に進まないぞ」
「お聞きしたいのは2つです。まず1つは」居直ったクレネが答え。
「近々、賢人の里へとご挨拶に行くのですが。手土産は何がいいだろうとなりまして、ブラインさんにお聞き出来たらなと。こちらに」スケカンが続けた。
「土産か・・・。懐かしいな。私たちは・・・そうだ。上質な裁縫道具を長婆に渡したな」
「長婆?あぁ、長老さんの奥様ですか?」
「そうだな。明確な掟はないが、長のどちらかに何かを渡すのが慣例だ。挨拶の場合、どちらが喜ぶ物を渡せば良いか?」
「考えるまでもないですね」
「だろう。種族は違えど、何処の世界も女性を喜ばせるほうが話は早い」これは何処の世界でも共通認識であるだろう。
「長婆様のご趣味とか、ご存じですか?」問い掛けるスケカンを見て、ふと疑問が湧いた。クレネは青い顔で首を横に振っていた。よもや、クレネは伝えていない?
「自分の母親の好きな物くらい解るだろう?クレネ」
「え・・・」スケカンが彼女を見ていた。「長婆さんが母親!?と、と言う事はあれだ、長老さんがお父さんで。クレネは長の娘・・・。お姫様やないかーーーい。やっべマジ緊張して来た。そういう大事な事はもっと早く言ってくれよー」
「姫とかじゃないから!そんな風に言われるのが嫌だったから言えなかったのに」
「お、おれはいったい・・・何を、持って行けば・・・」