第2話
「待ってくれ」俺はおもむろに椅子から立ち上がり、豪華な椅子を勢い良く倒してみたが、椅子の下にはやはり赤い絨毯が佇むだけだった。数人に取り囲まれながら、その床を叩いてみたが硬質な冷たい感触を感じた以外に特に変化はなかった。
「な、何をしているんだ。お前は」女の額に血管が浮き上がった。血圧高めの女性が怒ると怖いのなんの。きっとCaあたりが・・・。いや鉄分かな。何か食べ物は無いかと懐や袖を探ってみたが、装備品以外取り出せるような物は持っていないようだ。囲んでいる数人が一斉に飛び退いて詰めていた距離を離した。それはいいのだが、袖の中を探っている内に自分の長すぎる手爪で二の腕の表面を切り裂いたのが地味に痛い。
「いってぇなぁ。こんななるまで放置するなよ。馬鹿か」
「な、なんだと!それはお前が自分で」ええ、そうですけど?
俺は手を改めて開き確認を終えると、ごつい黒革のブーツを解いて脱いだ。足の爪もだった。このブーツ、頑丈である。胡座をかくように床に座り、たまたま近くに落ちていた短めのナイフで長い爪を手っ取り早く短くしようと試みた。ナイフの刃が負けた。
近くに鏡が無くて確認が出来ないが、今の俺の手足や露出部の肌が白でも黒でも黄色でも赤でもなく、紫色なんですが。爪なんて黒キュアしたみたいにどす黒いし。
「いったい何処の魔王だよ」
「お前だ!寛ぐな!戦う気がないようだが、まず死ねぇぇぇ」恐ろしいことを怒りながら言い放ち、白い剣を上段に構えて接近してきた。彼女の動作が妙にスローに見え始めて簡単に避けられそうだったので、取り敢えずゆっくりと立ち上がって避けた。これはいけるかもしれない。彼女の振り下ろす剣刃に指先を添わしてみた。ポロリと落ちる黒い爪。
「いける!面取りも要らないぞ」続くスロー状態の中で、切り返す彼女の剣を利用しながら、まずは手足の爪を整えた。時折ヨガっぽくなってしまったのは仕方なし。
「魔王!我が剣を爪切りに使ったなーーー」ブチ切れております。美人が台無しだ。
「うん。ありがとう」その場の空気が一瞬にして凍った。
そこまでのKY発言だったのだろうか?飲み会でも合コンでもOFF会でも、就職面接でも空気はしっかり読める男だと自負していたのだが。
場を和まそうと、床に散らばった足のほうの爪を手に取り、匂いを嗅いだ。
「ぉぉおえぇぇぇ」想像していた以上に、キツかった。思わず女と仲間たちに手を差し出して広げた。
「来るぞ!何か魔法だ」違います。即行で倒れた椅子の後ろに回り込み、盛大に吐いた。
女と仲間たちは、互いに顔を見合わせ攻めるべきかどうかを目で相談しつつ、剣の刃を厚手の布でごしごししていた。こびりつきが嫌だったのだろう。女性だものね。
落ち着くと椅子を起こし(ゲロを隠すように)座り直した。
「おれは魔王なのか?」
「そ、そうだ!魔王、ブシファー。今ここで成敗する」惜しい「ル」だったらまんま魔王で格好良かったのに!
「ブ、ブシファー?それがおれの名か」非常に簡単で明瞭だが、女と仲間たち以外の生物が自分以外にこの場に居ない以上、認めざる負えない状況。
「おれが魔王・・・。なら君は勇者で、その他仲間たちか」
「その他・・・だと」仲間の一人が呟いていた。
「私は勇者グリエール。魔を討ち滅ぼす者なり」大変良く眠れそうな。
「おれはユー」「聞いてない!」仲間の発言に対し、我慢できずに怒声で制した。
「落ち着いて話をしよう。グリエルさんや」再び凍てつく場の空気。何処かにエアコンは無いかと天井を見上げたが、高過ぎる石造りの天井が広がるだけだった。
「な、なんなのだ、お前は!周辺国家3国を蹂躙し、破壊し火を放ち、女子供を監禁しては嬲り者にし尽くし、その生首を王都の門前に晒した悪名高き魔王めが!」それは酷い。死刑だわ。本当に俺がそれなら潔く自殺するよ。
「それが、おれの罪か」