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第19話

 魔王城。悪逆の魔王ブシファーが鎮座していた城。数週間前に省みた時の荒みきった荒廃感はなく、由緒正しき歴史ある重厚な趣を解き放っていた。あの時見た物は幻想だったのか・・・。自分自身もすでに魔王に操られていたのか。玉座の間へ辿り着けば、そこに答えの解は在るはず。

 到着までに3日を要した。ポーションなどのあらゆるドーピングして。冷静になどとは言っては居られない。悪い予感と共に、勇者一行もこちらに呼吸を合わせるように移動を開始していた。流れが、亜流が本流に飲み込まれる。悪い想定が脳裏を埋め尽くして、隣のクレネの動向にまで気が回せない。一体全体何をどうすべきか。迷う。

 そんな、混迷真っ只中の俺を見てクレネが笑った。

 「そんな顔をしないで。倒すべきを倒し、救うべきを救う。たった、それだけのこと」

 「それだけって、クレネもおれも死ぬかもしれないんだぞ!おれは2回も死んだ。でも慣れた何てとても言えない。今でも手が震えてる。自分が死ぬのが怖いんじゃない。おれのふざけた選択でクレネが死んでしまうのが怖いんだ!」クレネの優しい平手打ちが飛んで来た。左頬が痺れて熱い。

 「死ぬ死ぬと、呆けた事ばかり抜かすな!私は死なないし、ツヨシも死なない。この私が殺させない。例え魔王だろうと魔神だろうと、おふざけの過ぎた神であろうとも。信じられないか!生涯の夫だと選んだ男が、こんな軟弱者だったとは興醒めもいい所だぞ」

 「ごめん・・・」元の名前での叱責を受け、泣きそうだった。また子供みたいに。俺はこの世界に来てどれだけ時を過ごしても、何の覚悟も出来ては居なかった。ただ失う事が怖かっただけ

 「軟弱者なら軟弱者らしく。下等な人間らしく私の後ろで小さく震えて居なさい。この私が全部終わらせて来るから」男前なクレネさんの厳しい言葉が続く。

 「すまなかった。クレネは関係ない。これはおれが招いた結果だ。おれがやらなければいけない事なんだ」クレネはふぅっと息を吐いた。呆れとも取れる表情に言葉が詰まる。

 「反対側まで殴らせたいのか?貴方は充分に強い。この数日でますます強くなった。そして私も強い。どうして共に魔王を倒そうと言ってくれないのだ!何の為にここに私を連れて来たのだ!貴方の無様な死に様を私に見せる為なのか!答えなさい!」

 「違う!それだけは違う」

 「違うと言うなら、証明して見せてくれ。その神に与えられた力を!上がったその盡力の底力を!そして何より・・・私の為に」クレネが悪魔的な微笑を浮かべて魔王城を指差した。「え・・・?」

 「そもそもの話。私たちがあれへ入る必要が、あるの?」「え・・・?」

 背中から全身を激震が這い回り、頭の天辺から抜け出た感覚。全身全霊の驚愕。その手があったよ、クレネさん。俺も同じ笑みを浮かべて、魔王城に向かって右手を構え、左手で右の手首を掴んで固定した。

 「クレネ。おれの後ろに」「ご存分に」クレネが俺の背中に両手を添えた。

 こんなファンタジーな世界で一度は撃ってみたかった物。定番のHP、MPは見えない。リアルな概念が無いのなら、代わりとなる物。それがステの中に並ぶ、盡力。それは人間の魔術を具現化する為の礎。現出出来る魔術の形は人それぞれ。出せるか出せないかも、各人の適正センスに起因する。そして、俺にはその制約が存在しない。イメージした物、頭で想い描いた形がそのまま出せる。

 悪人だからと不用意に人を殺めてしまったあの日から。魔術を使う行為を避け、逃げていた。たった今目の前にするは、悪逆非道の魔王城。人類の敵。愛するエルフの敵。このふざけた世界の敵。

 ならばなぜ躊躇う必要が在ったのか・・・。

 「シールドブレイク!!」魔王城を覆う結界が、ガラス細工みたく砕け散る。

 「アースクエイク!!キャンセル!」周辺の地表が震えたのを感じて、即座に切った。

 「スポット!アースシェイカー!!」魔王城が建つ一帯のみを激震が駆ける。無数の亀裂も分厚い城壁に走り、中央の玉塔にも亀裂が入った。「グッ」右手の甲の血管から血が吹き出して、二の腕まで赤く染め上げた。クレネが隣に回り込んで、右手の破裂傷に手を翳した。

 「荒ぶる炎 具現されたし三雀 賢人らの理を以て命ずる!」初めて見る、クレネの本気。

 「エクスプロード・ゼネト!/メテオ・フォールン!」真っ赤な炎が舞い、3つの火鳥が踊り、数十もの巨石がか弱き城に降り注いだ。全ての外壁が吹き飛び、そして露出した玉座の間。そこまでだった。

 2人共肩で息をしながら、背中合わせにその場に座り込んだ。「私はまだ、やれるけど?」言葉ほどに表情には余裕は感じられない。

 「こっから先は・・・、本命のお仕事、だろ?」俺も余裕なんて微塵も無かった。

 「勇者には会わないの?」

 「脇役は脇役らしく、舞台から降りないとな。いずれまた、嫌でも会えるだろうさ」気持ちが悪いと罵った、紫色に変色した右腕を振る。全く感覚が無い。無事な左手でBOXから中級ポーションを取り出し、小瓶の半分だけを飲む。「クリエイト・リビルドアップ」それは魔法のような魔術の言葉。瓶に残った薄紅色の液体が、鮮血の赤に染まった。

 上級ポーション(改)。一滴であらゆる外的負傷を取り除き、全快へと導く。但し、消費された盡力は除外される。イメージしていたエリク何たらには届かなかったが、今はこれで充分。もう半分だけ自分で飲み、残り4分の1をクレネに渡した。ちょっとだけ不満そうな顔で受け取り飲み干した。

 「間接キスが嫌だった?」

 「違う。口移しで飲ませてくれるのかと・・・」何て自重を忘れたエロい嫁だ。驚く代わりに、濃厚なキスで返した。

 右手の血管の破裂が塞がり、血色も元に戻ったが未だ力が入らない腕をクレネの肩に回して、支えられて漸く立ち上がった。その時。

 「必滅の黒槍!汝の敵の全てを滅する!」上空から良く響く女の声が轟いた。同時に無数に降り注ぎ落ちて来る、黒い雨。周囲がスローモーションに変化した。これは、勇者に攻撃された時と同じ。

 クレネが俺の身体を引き回して、離れた場所に放り投げた。雨の当たらぬ場所へと。

 「クレネェェェ!!!」彼女は俺を笑って一瞥すると、黒い雨を甘んじて受けた。かに見えた。

 全ての雨が素通りして地面に突き刺さり、平然と上空を見上げていた。間も無く視認した黒翼の魔物。マップでしか認識出来ないそれに向かって、弓を構えた。「馬鹿な女。所詮は魔物!」

 「一度ならず二度までも。お前は殺す殺す殺す!絶対に」寒気が背筋を襲った。差し向けられた明確な憎悪と殺意。

 「この私を無視するなんて、連れない女ね・・・一の陣!」クレネが放つ、第一の鏃。放たれた矢は直後に手元で2つに分かれて飛び去り、黒い翼をそれぞれ貫いた。「チッ、浅い」

 「ええい、忌々しいドルイドめが!!必滅の雷槍!崩壊の序曲!」連射されるクレネの矢を押し返す光の巨槍がクレネに向かった。

 「堕天使が、天使の魔法だなんて。笑えるわね!二の陣!」迫り来る巨槍を無視をして、放たれる第二の鏃。敵の方向ではない虚空に向かって放たれた矢は、半円周のカーブを描いて側面から堕天使を捉えた。続く連射で腕や腰に深く突き刺さった。クレネに注いだ光の槍は、またしても素通りして大きく地面を抉った。クレネは冷静に新しい足場に移動した。宙を歩いている・・・だと。

 「な、何なんだお前はーーー」刺さった矢を叩き折り、頭を掻き毟って叫んでいた。

 「神の盤上で踊っているのは、お前も同じじゃない」その言葉は誰にも聞こえない。「結いの陣!」

 藻掻く堕天使を嘲笑う、更に上方を狙って放たれた矢は、放物線を描いて深々と額を捉えた。堕天使の糸の切れた身体が崩れて、魔王城の方角に落ちて行った。

 気が付くとクレネが横に立っていて、手を差し伸べていた。迷わず手を取って立ち上がり、残る力の限りクレネを抱き締めた。「ちょっと、大袈裟ね」「でも、あんな沢山の槍をどうやって」

 「それは・・・最初からあそこには居なかったから?」

 「何ですと・・・」

 「私は、幻術が大得意のドルイドの娘よ」クレネが人差し指を立てて軽くウィンクしていた。

 「あれも、私がドルイドめって自分で言ってたのに(笑)。戦いは冷静を欠いた者が負ける」

 「べ、勉強になります」

 「それに」「それに?」

 「この私が魔王でもない、三下の雑魚に負けるとでも?」

 「んな、んな訳ないよねぇ。あんな雑魚に負ける訳ないよな!」全く見えてなかったけど・・・。

 未だ力が入らないのを理由に、クレネに肩を借りて今度こそ帰路に着いた。身体はボロで情けなかったが、不思議と足取りは軽かった。腕の全部でクレネの体温を確かめながら。

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