第18話
「うーん」俺はマップを横目に小さく唸った。
「どうしたの?」クレネの顔がすぐ横に在る。暇だしキスしてみようかな・・・、いやいや違う。
「えーと。あれから結構経つけどさ。動かないんだよ」
「どっか具合でも悪い?何なら薬買って(半恐喝して)来ようか?」邪悪な心配顔のクレネに、俺はハッキリ首を横に振って応えた。中途半端に曖昧に返すと、先日悲しい(傷害)事件が起きた。彼女に大半日本男性の半端な態度は通じないらしい。意思表示は大切。
「じゃなくてさ。勇者一行がさ。火山の町からほとんど動かないんだよ。いずれは中央大陸に帰るんじゃないかってさ、この町で修行しながら待ってる訳だけど・・・」シュレネーたちが出立してから約2週間以上が過ぎた。その間、シュレネーたちが一度帰って来たり、俺たちは地上のギルド指定魔物を狩ってみたり、未踏ダンジョンを腕試しに踏破してみたり。素材などの実入りも良く、お金はアホ程貯まって行ったり、結構レベルも上がってウハウハ状態。そうそうポーションは王国の大貴族に想定以上の値で売れてしまって、想定外の収入もあったり。
しかし、肝心の勇者一行に動きが無い。こちらから会いに行ってもいいのだが、理由もなく火山に行き、あやふやな挨拶をした所で。「こんにちはぁ~」だけで終了する。この町で会ったとしても同じだろうが、普通の町で声を掛けるのと火山灰が舞い飛ぶ町で挨拶するのとでは話が違う。
「どうしても行きたいなら、付いて行くけど。私は暑いのは苦手だなぁ・・・」ベッドの端で素脚をヒラヒラパタ付かせた。か、可愛い。真っ昼間から・・・いかんぞ!
森は禿げ、水も少ない火山帯。自然を愛するエルフとは言え、超自然な環境は好まぬらしい。いや元からあの場所に居るのは命知らずの賞金稼ぎたちか。
「やっぱ、こっちから行くのは無しだよな」どうしたもんだろ・・・。「お!」
「どうしたの?」「名案を思い付いたぞ」彼女の手を引き、部屋を勢い良く飛び出した。
冒険者ギルド。新人から上級までランク分けされた腕自慢の冒険者たちが集まる場所。人材派遣などの業務も執り行われる事務所。クレネとがっつりガッチリ腕を組んでの入店。その様は新婚旅行中のバカップル然として、周辺の独身男性の嫉妬の目を容赦なく煽った。何人かと目が合うが、すぐに逸らされた。その目の数々は恐怖に染まっている。超絶簡単に説明すると・・・、クレネに半殺しにされた悲しい事件の被害者たち。ますます簡単に要約すると、俺に絡み、クレネに声を不用意に掛けて路地裏にこぞって連れ立って、彼らは洩れなく病院(医療院)に運ばれた。そんな世にも悲しい事件。腕や脚や肋の骨を丁寧に且つ複雑に粉砕されて・・・。夜中に医療院に忍び込んで秘蔵の中級ポーションを薄めた物をこっそり投与したのは、頑張って止めなかった俺の気持ちです。
そんな目の数々を潜り抜け、馴染みの受付嬢の前に立った。
「スケカン様?今・・・なんと仰いました?」
「ええ、ですから。これから町を少し離れて元魔王城を潰しに行こうかなって」
「薄汚いクサレ豚野郎の汚い城を消し飛ばしてやろうと言っているのだ。喜べ、下民」あんまり汚い汚いを連呼しないでくれ。俺、ついこないだその魔王だったんですけど!
「あ、相変わらずのお言葉・・・、素敵です」受付嬢の目がハートになっている。時々クレネは女性であっても平気で魅了してしまう時がある。ひょっとしてウィーさんのピンク色って・・・?
「関連した討伐依頼やクエストがあったら、ついでに片して来るよ。何かある?」
「そんな、気軽にショッピングに行くみたいに言われましても・・・。少々お待ち下さい」
受付さんが一旦事務所の奥に引っ込んでいる間、バカップルらしく指でお互いの身体をちちくり合って暇を潰した。俺たちはダンジョン制覇と上位種の魔物の討伐などで、すっかりこの町の有名人となり王都のほうでも期待のルーキーカップルと噂されるようになっていた。
冒険者ランクは定番のブロンズから始まり、シルバー、ゴールド、プラチナまである。それぞれに-、無記、+、++の4つの区分けが存在する。プラチナ++まで行ってしまうと、どこぞの王宮からスカウトがやって来て、宮廷に入れるようになるらしい。一騎当千の戦力を野放しには出来ないという苦肉の策らしい。現時点でも数人宮廷騎士に上がった人が存在している。マップの青色と幾つか被っているのは、今は見なかったことにして。
よく耳にするオリハルだとか、アダマンとかは無いよ。だって超硬金属なんて存在しないんだもん。現実的に在ってタングステン辺りまででしょ。もしどっかで手に入れられたとしても、誰も加工出来ないんじゃお話にならない。
現在の俺たちは、ゴールド+。ここに至っては単独で重要案件を請け負う事も可能となる。僅か1ヶ月足らずでのゴールドランクは、現宮廷騎士たちが樹立した記録と並ぶそう。魔王城を上手く潰せれば、プラチナ-には成れるかもって所だ。++の鬱陶しい勧誘は正直要らんけど・・・
「お待たせしました。本当はプラチナランクの討伐依頼でしたが、お二人なら問題なしとギルマスの許可が降りました。こちらになります」
ここのギルドマスターには実はまだ会ったことがないが、きっと仕事の出来る人物に違いない。話が早いのは有り難い。2人でじゃれ合いながらカタログ(依頼書)を覗く後ろ姿は、完全にショッピングに来ているカップル。後ろから数々の舌打ちと咳払いなどが聞こえたが、クレネが笑顔で振り向くと、途端に静まり返った。彼女がどんな目を向けたか?俺はほら、依頼書読んでたから知らないよ。全然、知らないよ。
「こ、黒翼の堕天使・・・」あの魔物女、真逆生きて・・・そんな馬鹿な!ならばBOXに存在する魔剣と魔石はどういう意味なんだ。伴い持ち上がる小さくない可能性。気持ちの悪い汗が噴き出て、思わず依頼書が置かれた受付の机に拳を叩き付けた。
「どうした?大丈夫?」クレネの手が震える俺の拳の上にそっと置かれた。その温もりに少し冷静さを取り戻した。
「ごめん、クレネ。俺たちは、少しのんびりし過ぎたのかも知れない・・・。出発は明日にしようと思ってたけど、これからすぐに出発するぞ。詳しい説明は、道中で」
「了承した。私は例え地獄だろうと喜んで共に行くぞ。心配も謝罪も不要だ」優しい、心からのクレネの笑顔にギルド室内が響めいた。受付嬢の口端からは涎が垂れていた。