第16話
バルトル亭。アッテネートの宿屋の1つ。中級との表示はあったが、その造りはしっかりとした石造りの頑丈な内部構造。名前からして強そうな印象を受けたのでここに決めた。
生活の拠点をバルトル亭に移してから数日。町中を散策したり、町の周囲の景色を眺めたり美味しい食事を楽しんだり。満天の星空を並んで眺めたり。もう幸せ
冒険は勿論、戦闘行為の一切を放棄ならぬ放置していた。はい、仕事していないのでガンガン手持ち軍資金が減っています。宿賃もあるし。
金額的にはほとんど銀貨単位でしか減らないので、シュレネーさんから貰った金貨は20枚以上はまだ有る。これを余裕と見るか。否、将来不安だろ。ポーションをこっそり売りの手もない訳じゃないが冒険者が冒険するのに薬類を路銀に変えるとか・・・ただのアホだろ。
「お金?私の故郷に帰れば要らないでしょ?」
「そうなん?」
「家族にも会わせたいし、寿命も延ばせるわ」
「出来るんかーい!」そして来たご両親への挨拶ルート。挨拶も寿命もクレネと暮らして行くなら、不可避の問題ではある。ではあるが、今ではない!
本日のデート中に、町の唯一の教会の前を通り掛かると若い夫婦の結婚式に出会した。へぇ、タキシードにウェディングドレス、普通にあるんだ。
純白系はお値段が跳ね上がるらしく、一般庶民は薄墨色のドレスを衣装屋からレンタルする。と教会の従者を捕まえて聞いてみた。色合はあれだが、そこはドレス職人さんの腕の見せ処。控え目な装飾の代わりにあしらわれた薔薇形の立体刺繍が、文字通り花を添えていた。
「クレネの部族って、結婚式とかってあるの?」
俺がクレネの純白ウェディングドレス姿を妄想していると、クレネの顔が茹で上がった赤に染まった。「あ、あるよ。でも、余り着飾るとかはないかな。両家の家族親戚集めて朝まで宴会とか・・・酒盛りを少々」少々ねぇ。勝手な種族イメージが崩れて行く。でも着せてみたい。そこは揺るがないぜ。
「お酒かぁ。おれそんなに強くないしなぁ。ポーション飲みながら呑むとか・・・」ありだな!あ、俺はアホの子だな。
「挨拶の手土産はやっぱりお酒が喜ばれたりする?」
「うーん。人間と結婚した人の時はどうだったのかなぁ・・・、今度会ったら聞いてみるね」
「え?居るの?その前にまだ生きてるの?」当然と言えば当然・・・なのか?
「それは少し失礼だよ。まだまだ元気で若いんだからね」若い、の尺度が違いすぐる。「そうね。こないだ見た世界地図?の北部大陸に在った、丁度青い色の辺りだった気がする」お仲間濃厚。俺の米が遠退いて行く・・・。
「で、話は変わるけど。ご挨拶も重要だし、蔑ろにする気もないけれど」先延ばしです。「まずは足場固めと言うか、修行だね。人としての生活資金も貯めないといけないし。って訳でいよいよ明日から地上の魔物討伐か、ダンジョンに潜りたいと思います!」クレネさんに向かって手を挙げてみた。
「?戦いが苦手なら、私が全部倒すよ?」小首が倒れるクレネ。か、可愛い。ではお言葉に大いに甘えまして・・・、あかーん完全にヒモっとるやないの!
「違う違う。違わないけど、違うぞクレネ君」クレネの小首が今度は逆に倒れた。か、可愛い。異次元のあざとさ。寧ろ凶器だ。
「不慮とは言え、本来なら勇者が倒すべき魔王の初手を、おれが横から掻っ攫ってしまった。ブシファーの力も今はおれに在る。この流れが亜流なら、本流の勇者に戻してやる義務があるんだ」
「解ったような、解らないような。要するにその勇者のクソ女に」クレネさーーーん
「魔王の力を返却するにしろ貸すにしろ、何らかの形で渡したいと?」
その通り!理解が早くて助かります!
フラグマスターには成りたくないので、勇者ルートは拒否します。何一つ立てないぜ!
「その通り。返すまでがおれの使命だと今は考えてる」飽くまでも今は未だ・・・これ、フラグ!?
「ならば共に行こう。この命果てるまで、な」クレネが胸に飛び込んで来た。このフラグメントだけは冗談抜きで死んでも阻止する。新たな決意でクレネを抱き締め返した。