第2章 第34話 再始動
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降って湧いた怒りの根源を知り、目覚めはとても悪かった。
昨夜は4人に押さえ込まれ、ある程度落着いて話せるようになって解放された。
「お前がドワーフだったてのは解った。一概には信じられん。信じたくないのかもな。魔王や魔神の存在だけでもやってられないのに、その上で女神?と来たもんだ」
「・・・何とでも言え。これが真実だ。このマーガンの身体は、死んでいたか死にかけていた。偶然が重なり、俺は魔神からこちらへ憑依させられたんだと思う」
「あの崩壊で、生き残れたのは奇跡だ。他にも生き残りは居たんだろ?」
「ああ。カルメノの村に集められている。あそこはサウザンの領土となった。後ろ盾があれば苦境を改善させるのも容易ではないだろうが、現実的だと思ってな」
「関係はないと良かったが。今日持って来たのは、残念な知らせになる」
「村が、どうかしたのか?」
「結論を言えば、滅ぼされてしまった」
「魔王にですか?」
フレアたちが仲間を心配している。滅ぼされたと聞いて、俺もいい気はしない。折角立て直せる切っ掛けを得たのに。
「魔王ではない。手を出したのは、アケドニアの奴らだ。そのアケドニアは、何故だか魔王の逆鱗に触れ、先々月に滅びた。村の住民たちがどうなったかまでは、正確には掴めていない。スイーブとしても国力も無いのに、魔王の怒りは買いたくないだろうし」
「何故か、については思い当たる。恐らく村に残してきた俺の名を聞いて、代わりに復讐したのかも知れない。見掛けに依らず、義理堅い。事の真意は本人にしか解らないがな」
「あれが、義理や人情が通じる相手だとは思えなかった。おれは翻弄された側だから悪意は無い。許せ」
カップに残ったワインを飲み干した。改めて飲むと、ドワーフたちの嘆きの声が聞こえるようだった。胸の奥が抉られる気分だったが、吐き出すのも残してしまうのも勿体ない。彼らの怨念を受ける積もりで飲み下した。
「お前の話を聞いてしまった後では、この美酒も・・・切ないな」
「先程まで、あんなに美味しかったのに」
「悲しい、味がします」
「それでも、残す気にはなりません」
「その気持ちだけでいいさ。今日は俺に付き合ってくれ」
各々の杯を満たし、丁度瓶は空になった。
楽しかったのは一瞬だけ。今は悲しみのほうが強い。温かかった料理も冷め切り、味気なさが増す。
「復讐を、されますか?ピエドロ様が望むなら私たちも・・・」
「寧ろ、私たちを真っ先に殺すでしょ」
「それがお望みでしたら、ご存分に。ピエドロ様になら、八つ裂きにされようと喜び、笑って死にましょう」
「一応断っておくが、おれは逃げるぞ。世話になってるスイーブの連中にも知らせたいし。姫さんの腰巾着のおれの言葉が通じるかは別としても」
思い思いの覚悟を見せる4人。
「これが前の俺ならそうしていたかも知れない。いざ人間に戻ってみると、復讐心は不思議と薄まった。消えた訳じゃない。だからと言って、今更暴れようとも思わない・・・、ただ」
「ただ?」
フレアが不安げに見詰めて来る。今はそんな顔はしないで欲しい。
「俺が造った武具と、元の身体の行方。ドワーフたちの残した物の行方は探したい。それと、妹の魂が何故こちらに来ているのか。この世界を滅ぼすのは、女神に答えを聞いてからでも遅くはない。何も答えないなんて強情を張るなら、死体の山を築いてやるまで」
「全く。安心していいんだか悪いんだか解らん答えだな。腹も満たせた。おれの用は済んだし、何も無ければ今すぐ立つぞ」
「近場の小屋が空いている。寝るに困らない程度には直してあるから休んでいけ。酒の礼が欲しくないなら止めないが?」
「何かくれるのか?あの剣なら要らないぞ。あれは異常に疲れるからな」
「その右手の義手に見合う物を造ってやるよ」
「それは助かるが・・・。見返りは」
「貴族が隠し持っているドワーフの酒。在処を探っておいてくれ。何もせず、美味しい所だけを持って行くような愚劣な屑に飲ませるには、贅沢が過ぎる」
リーガンは肩を竦めて軽く笑った。
「簡単ではないが、受けてやる。お前に比べれば些細な気持ち。前々から貴族や王族連中は嫌いだったからな。一泡吹かせてやれる良い機会だ。姫さんだけは味方の内に、塵屑を減らすのも悪くない」
今後を見据えた思惑も在るに違いない。どうしようと、再び敵に回ろうとも構わない。行く道は人それぞれ。
3人とも、今後について話をしなければならない。
時々異世界の話を散りばめて、深く心を開いて話し合い、夜は更けて行った。
魔王ブシファーには会わない。明確に敵対する理由も無く、今の人間の姿では信用以前に話にも成らない。出来れば殺したくはないし、奴の思うままに生きて欲しい。
人類の敵と呼ばれても、別段人間に味方する義理も感情も無いのだし。
この先にきっと交わる道がある。そんな気がする。
朝食を食べ終え、鍛冶場に籠もり、構想を練っていた物を打ち上げた。
ここまで収拾してきた魔石をメインに。
メギョンギルドV2。何でも打上げる槌。人の手用。
初代メギョンで次世代を打つ。安易な発想だが仕上がりは上々。
ネメシス。自由の翼をモチーフとした装飾が印象的な盾。彼の者の一撃すら凌げる強度を誇る。比類無き鈍器にもなる。
盾を鈍器と見る発想は無かった。世の中にはシールドバッシュの使い手も居る?のだろうか。
プーメンディア。一体侵食型手甲。単なる籠手と侮る事無かれ。繰り出される一撃は、頑固な装甲も木っ端微塵。感情変形機能付き。
持ち手を選びそう。色々と気にはなるが、リーガンに渡す積もりで造った。
意図せず弟の身体を借りてしまった、責めてものお返しに。
これまで世話になった3人の人に送る物。防具に補強を掛けながら考える。
クルード。3対のブローチ。合わせる事で一つとなる。テーマは愛、友情、勇気。
何時か別れる日を、悲しみで埋めない為に。悲しんでくれるかは、自惚れ。
3個分のチェーンも造って繋ぎ部を施した。
見た目は銀細工。ルビー、エメラルド、オパールの石を中央に遇う。
完成した物をそれぞれの首に掛ける。
フレアーレにはルビーを。
「有り難き幸せ。大切にします。ずっと」
ザリにはエメラルドを。
「手放しません。命有る限り」
マカスミにはオパールを。
「肌身離さず。誓いましょう」
3人を集め、一度だけ組合わせ方を見せた。
中央で重なり、胸の上方に浮き上がる。
「もしもこの先、俺が居なくなっても。3人は仲良く歩んで行って欲しい」
無言で頷き返す3人を見て、胸を撫で下ろした。
何たって、こらから俺は。神様に喧嘩を売りに行くのだから。何が起きても不思議じゃない。
ネメシスをフレアに手渡し、籠手をリーガルへと渡した。
「斬り落とした右手の代わりだ。少し、痛いかも知れない」
「ありがてえ。少し何だって?」
義手と籠手を交換して、聞きながら装着・・・。
「ぬぉぉぉあぁーーー。す、少し、少しって何だこれ!痛えぇぇぇ」
彼の右腕が籠手に喰われいる。もんどり打って転げ回る姿を冷静に眺めた。
気休め程度に石棺の水をぶっ掛けてやった。
暫くして落着いた様子。肩でぜぇぜぇと息をしている。
侵食型とは、正に。
「あー死ぬかと思った。だが・・・」
右手を天に翳して、数回握り開く。
「調子は良さそうか?」
「あぁ、まるで。自分の手みたいだ。以前よりも数段力が上がってる気がする」
序でに残り物で打った剣も渡す。
「特別な効果も無い普通の剣だ。そこら辺の奴らが打った物よりは頑丈だろうさ」
「こんなに貰ってしまっては恩義に報いなくてはな。一昨日の話は、本気なんだな」
「あぁ。本気だ。俺は復讐を止めない。クソ女神に、あの時の答えを聞くまでは」
あんなふざけた答えで。俺たちの復讐を終わらせる訳には行かない。
「恐ろしい事を平然と。ならおれのやる事も決まってる。精々スイーブが潰れされないよう、根刮ぎ調べ尽くしてやる。武具のほうはおれではどれかは解らない。ドワーフ産の情報があったら拾っておこう」
「頼んだぞ。俺はまだここでやる事がある。暫く掛かるだろうが必ず行くと伝えておいてくれ」
「首を洗って待ってろ。の間違いだろ?」
俺は軽く笑って、リーガルが跨がる馬の尻をそっと撫でた。
「じゃあな。首都で待っている」
遠退く軍馬は、力強く土煙を巻き上げていた。
「さてと。仕上げと行こう」
以前は漠然としたイメージしか持てなかった。元世界の記憶がある今は。
造りたい物を造る。
この世界をぶち壊す物。何も物理的にでなくとも。戦争しか能が無い人間の文化を、根底から崩してやれば脆いもの。
「どの様な物を造られるのか楽しみです」
「材料は足りますか?」
「地下だけではなく、地上でも。魔王城へは行かれますか?」
「あいつには前にも言ったように会わない。あいつの好きにさせる。この大陸がどうなろうと知った事か。カルメノも無くなってしまったなら、後はリーガルに任せる。材料はまだまだ足りない。魔石は近場の大型の魔物だけ狩ればいい。小さくても使い道はある。みんな・・・」
「一々許可など要りません」
「それこそ今更です」
「ピエドロ様の向かう場所が何処であろうと。私たちは共に行きます」
「・・・ありがとう」
続ける言葉など不要。3人と固く手を握り合う。
それから丸々一ヶ月。俺たちは、試行錯誤を重ねてとある物を造り上げた。
「みんな、準備はいいか?」
「はい。何時でも」
「何だかドキドキします」
「同じく。胸の高鳴りが収まりません」
4人でシートに座っても室内は広々。前右側の運席には俺が。助手席にはフレア。後部にザリとマカスミが座って小窓から外を覗いている。
ハンドルを握り絞め、キーを回して始動した。
小刻みに打ち合う金属音。燃料は粉にした魔石。転がり出す車輪。
馬よりも何倍も早く。酷使しても文句も言わない。
自律的な意志を持ち、俺たちを目的地へと誘う乗り物。
両サイドの小窓を開けて、外の涼しい風を取り入れる。
「ひょーーー」だから、そのひょーとは。
「もの凄く速いです」
「馬よりも振動が来ません。これなら腰も痛くありません」
置き去りにした遙か後方で、盛大な火の手が上がる。
あの場所に二度と戻る事はない。あの場所を誰かに渡したくもない。だから。
「楽しかった。本当に。でも」
「振り返らないって誓ったでしょ、フレア」
「私たちは、この先を進むのです」
「そうだとも。俺たちは、前に行く」
待っていろ名も無き女神。お前の世界を、粉々にぶっ壊してやるからな!
ディアボロス。存在するはずのない、小さき破壊者。異界の箱船。
こんな乗り物は、元世界にだって存在しない。だからそこ、それがいい。
フロント硝子が風を切り開く。
澄み渡る晴天。太陽は眩しく輝き、俺たちの旅立ちを祝っているかのようだった。
足りない物は造りますとも
個々の名前は変更を加えるかも知れません