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第13話 勇者

 勇者と皆に奉られる者が居る。それは私のことらしい。やれ天の声を聞いた。やれ神託を受け取ったなどと。世界的に有名な教会の世界的に有名な神官様が、ある朝枕元に立ち、家族たちへ脅迫紛いの説得をし、私の意思などは無視をして中央教会へと拉致された。

 もう遠くなったあの日は、丁度私の17歳の誕生日で、裕福ではない家族は細やかながらのご馳走を用意していたらしい。2年間の拷問に似つかわしき修行の日々が過ぎて行った。その間、一度たりとも残して来た家族にも会わせては貰えずに。母親からの手紙すら検閲後に燃やしてしまう始末。当然中身なぞ読まして貰っていない。

 私は極々普通の麦農家の夫婦の間に生まれた子供。剣技や武術や魔術からも縁遠く過ごし、近所の幼なじみとでも所帯なり結婚なりと、成るものだと思っていたのに。

 教会の人々は私が勇者だと敬うくせに、勝手に何処かへ行こうとすると強制的に連れ戻しては叱責を繰り返す。正直にも何も、私はうんざりだった。1日でも1秒でも早く、ここを抜け出すことだけが目標と化し私の心の支えとなった。やれ何某を倒せば、やれ何某を滅ぼせば私は自由になれるなどと抜かす。ある朝、突然に聖剣と呼ばれる真っ白な剣を渡された。ある日突然、我らは勇者を守る為の手駒だと数人の男たちが目の前に現れた。彼らは一様に強い。それぞれに秀でた得意分野を持ち合わせて、旅の仲間だとこぞって笑っていた。

 理解不能な厳しい修行が過ぎた19歳の頃。やっと聖都を出ることが許された。第一手は魔王ブシファーを倒せと告げられて。何の冗談だろうと、私は鼻で笑ったものだ。小さくない都市を出て、行き成りが魔王だと。気でも狂ったのか、この暴徒めがと。

 街の外へ出てみても、変わらぬ仲間という監視。案内人という名の監視役。これは何の喜劇だろうか。娯楽の少ない寂しき街の舞台劇場でさえ、ここまで酷い三文芝居は見たことがない。

 家族に会いたい。ただそれだけなのに。種を撒き、虫を捕り、雑草を丁寧に摘み取る。穂が靡き実った身を取らせて頂く。毎年毎年変わらぬ、でも充実した作業。そんな平凡な農家の、平凡な娘が農家を継いで子を設け、顔無き夫と慎ましやかに老いる。そんな何の取り柄も無かった村娘がだ。特別に美貌が他より優れる訳ではない。筋肉だけは多少は付いた細い身体も、屈強な戦士のそれではなかった。剣技も聖騎士団長の部下にも劣り、魔術も宮廷術士に及ばない。何が勇者か。これが数ある伝記や英雄記に謳われる勇者だと言うのか。

 多少は剣を振れるようにはなった。多少は電撃らしきものを撃てるようにはなった。だが、所詮はそこまでの女でしかなかった。そこが限界であり私の頂点だった。

 仲間たちは言う。「魔王をその手で討ちさえすれば」と。

 立ち替わりに連れ立つ行者たちは謳う。「全ての魔王を討ち果たせば覚醒するのだ」と。

 これが喜劇以外の何だと言うのか。全く以て笑えない冗談だった。下手な三文芝居のほうがよっぽどましである。

 中央大陸に生まれ、聖都から遠く離れた名も無き村が私の故郷。聖都を出ても自由は許されず流されるままに海を渡らされた。逃げ出しても船を渡せる術も知らぬまま。西の大陸へと運ばれ、本当に魔王城にまで辿り着いた。悪辣にして極悪非道。人間側の営みには興味が無く、家畜奴隷とでも考えている外道が住む古城。

 仮初の仲間たちと単純な迷路を突破して、玉座の間に辿り着いてしまった。途中で出会った強い雑魚は全て仲間が倒した。勇者は魔王だけを討てばいいのだと。盲信だと思う。神を信ずる心は自由だし、それを否定する権利は誰にもない。だが彼らの盲信具合は、狂っていた。

 猛る猪顔のブシファー。正直目も合わせるのも憚られる醜悪さ。奴の悪行や明らかとなっているスキルを考えるなら合わさないのが正解。奴を取り巻く邪悪なオーラに充てられて、周辺の空気が軋んだ。強い。私が何処まで届くのかはやってみないと解らない。こちらが身構えると、魔王は・・・己の魔剣を投げ捨てた!!??

 「魔王!お前、魔剣を捨てたな!それは戦いを放棄し、敗北を認めるのだな!」

 予想外の展開に仲間たちと目を合わせるが、正解の解は見えずに戸惑った。こちらに出来た隙を気にする雰囲気は感じられず、魔王は玉座に座り直して寛いでいた。魔剣を手放した辺りから奴のオーラがガラリと変化した気がする。気のせいかも知れないが。確実にチラチラと目が合うが、不思議と恐怖は感じない。すでに操られ・・・てはいないようだ。床に転がる魔剣は人間が触ってはいけない物なので只管放置である。

 二言三言会話を計ってみた所、奴は自分は元人間だと抜かし出した。到底信じる訳はない。奴はこの大陸にあるデラウェア火山の場所を聞く(なぜ知らないのかはこの際置いておく)と、徐に立ち上がり走り出した。逃げた・・・だと!あの強者の権化の魔王が。「ちょッ、トマテ」狼狽えて言動があやふやになったが、仲間たちも同様に混乱。決して精神攻撃を受けてはいない。

 数秒の硬直の果てに、私は全力で魔王の後を追い掛けた。私が聖剣で止めを刺さないと何も意味がない。これまでの修行が水泡へと。来る時には見なかった魔物が多数立ち塞がった。唯でさえ私の剣は魔王に掠りもしなかった。自分の無能と力量に舌打ちし、塞がる魔物を屠りつつ魔王の背を、見送った。姿を眩ますとか飛び去るでもなく、魔王に走り去られた。奴の行き先は火山だろうが、あの速度では6頭立ての馬車を用意しようと追い付けまい。今は諦めて、負傷した仲間たちの元へ戻った。

 「まんまと逃げられたな・・・」

 「すまんな、グリエール。おれたちがもう少し強ければ」珍しく僧侶が陳謝していた。

 「いや、取り逃したのは私の力不足故です。それよりも怪我の具合は?」

 私は勇者。仲間への思い遣りは忘れてはいけない。聖剣を抜き魔物の血液で汚れた刀身を拭う。決して魔王の爪垢が気になった訳ではない。さっき拭いたし、洗浄の魔術まで使ったのだから。

 「常人には一人で持ち上げることすら叶わぬ聖剣を、フランベジュ(細身の長剣)のように軽々と振り回す様は流石に勇者様だな」戦士が脇腹の怪我を手で抑えながら顔を顰めた。

 「それでも掠りもしなかった。やはり私に魔王は早過ぎです」もっと手順を踏みましょうと、仲間たちに向かって両手を広げた。一同は驚いた顔を浮かべているようにも見えたが、気にせず火山の方角を向いて腕を組んだ。彼女の凜々しい後ろ姿を見ながら、勇者の仲間たちは同じ想いを描いた。

 「貴女が弱い訳がないだろ!!!」口には出来ない言葉だが。そう、我らが愛しの勇者様は自己評価が余りにも低すぎた。対人戦では本気にならず、どんな素人然が見ても模擬演習や手合わせでは手を抜いて。毎度毎度終わり間際には、誰それは私より強い、誰彼は私よりも何かが優秀だ、などと溜息を吐く。

 「嘘つくなよ!!!」などとは耐えがたい拷問を受けようとも漏らせない秘密。先程だって自分の倍もあるミノタウロスを一撃で両断していたくせに。自分自身で斬っている感覚が欠落している・・・な訳あるかいな!仲間たちはどうにか死なない様に付いて行くのがやっとだと言うのに。

 「兎に角、麓のプールドランスに行きましょう。すでに手遅れ感は否めませんが何も掴めずに聖都へは帰れませんし」

 「そ、そうですね・・・」

 一行は一路火山の町へと向かう。そこでは魔王との邂逅は永遠に叶わないのであるが、我らが勇者様は微笑んでいた。なんで?仲間たちの困惑は留まることを知らない。

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