第2章 第33話 追憶の美酒
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さらばロロシュの村。盗賊関連以外は、割りに楽しい思い出が出来た。
鉱山から戻るのに1週間。防衛戦闘の手解きに更に1週間を要した。
武具は潤沢。討伐した盗賊たちの亡骸から奪い取って元手は要らなかった。
付近の盗賊たちは一掃した。
これで村は中立の立ち位置を貫ける。安全だと触れ回れば、遠退いた客足も戻って来る。
暇が出来た女性たちが、色々な石鹸作りに挑戦していた。
何時の世も、美に対する探究心は変わらない。
お陰で数種の石鹸が箱の一角を占めた。売り物にも出来るので文句は無いが。
「ピエドロ様。何から何まで。色々有り難う御座いました。このご恩は生涯と共に、村の石碑にでも刻みます」
重いな。下手に了承してしまうと、石像まで建てられそうだ。
「止めてくれ。再び訪れた時、像が建っていたら問答無用で叩き壊すからな」
「またまたご冗談を。石像を建てても許されるのは、何処ぞの王様だけですよ」
余計な事を言ってしまった。
「くれぐれも気を付けくれ」
「楽しそうですね。ピエドロ様」
フレアが隣の馬上から声を掛けて来た。
「自分と同じ位に、強い奴が居た。それだけで充分に楽しいものだ」
「そこは、私を背にしているからだと言って欲しいものですわね」
マカスミが腰に回した指先で脇腹を抓る。擽ったいのは苦手だ。
「止めないか。マカスミ。綱が揺れてしまう」
「悔しいですわ。討伐数で負けてしまうとは・・・」
フレアの後ろでザリが拗ねて口を尖らせていた。何にしても、複数の旅は良いものだ。
言いたい事も嫌みも言い合える相手が居るのは、想像もしていなかった楽しさ。
「今後の進路はどうされますか?」
「スイーブからなら何処にでも向かえる。温かい地方にでも行く積もりだ」
「では南ですね。今では各大陸にそれぞれ魔王が出現したそうです。何処へ行こうと」
「戦いが終わる事はない・・・か」
「同じ地獄なら。私は共に歩みます。ピエドロ様に捨てられるまでは」
「私も」
「私もですわ。お忘れなきよう」
マカスミの腕に力が入る。捨ててくれるなと。
「スイーブ領に入る前に。先日の廃鉱山に寄ろうと思う」
「掘り尽くされた鉱脈と聞きましたが、何かをお感じになったとか?」
「いや、特別何かを感じた訳ではない。一応念の為の確認だ。助け出した者たちも、最奥までは行ってはいないと言っていた」
「偵察に潜った者は、誰も帰って来なかったとも」
「強力な魔物でも住み着いたのでしょうか」
「それも含めて、実に楽しそうだと思わないか?」
「暗い場所は苦手です。でも外で待つのはもっと嫌です」
「私もマーちゃに同意」
「はい。当然、私も付いて行きますよ」
それから数ヶ月。鉱山近くに在った鉱夫たちが嘗て使用していた宿舎を改修して過ごす事になった。それは何故か。
意外にも穴掘りが楽しかった。
小川近くの手頃な小屋を修繕し、水場や炊事場を造り直した。
川魚、獣を獲り、山菜や木の実、野草が豊富で食にも困らなかった。
時々魔獣も出たが相手ではない。これら魔物の性か人も寄り付かない場所。
松明やロープやマトックは倉にあり、手直すだけで潤沢。
集落の一角には石積みの鍛冶場もあって、やってみたかった細工加工も手掛けた。
枯れた鉱脈でも鉱石は幾らか取れ、炭色の石は石炭。薪との組み合わせで火力も充分。
これで趣味に没頭しない訳はない。
「ヤケに来るのが遅いと思ったら、こんな所で油売ってたのか」
「あらまぁ、数ヶ月前にピエドロ様に無様に敗北された、リーガンではありませんか。オメオメと何をされに?」
急な来客にも、丁寧に対応するフレアーレ。日課の山菜採りを終え、小屋へと戻る途中で集落を訪ねて来たリーガンと出会した。
「酷い評価だな。事実だから仕方ないが。マーガン、ピエドロは何処に居る。幾つか話があるのだが」
リーガンは馬を降り、手綱を木の枝に結わえて聞き返す。
切断された右手には粗末な義手。
「もうそろそろお戻りになる頃ですわ。小屋でお待ちになりますか?渋くてとても苦いドクダミ茶でもお出ししますよ」
「君は・・・、性格悪いよな」
「まぁ、酷い。私は自分に正直なだけです」
「おれが怖くはないのか?」
「私を傷付ければ、貴方と彼の国がどうなるのかを考えれば・・・」
ピエドロが次に何をするのかを想像すると、何もしないほうが得策。
「冗談だ。特に敵意はない。今では魔王の呪いも解け、メリダシア専属の護衛隊長を任されている。寧ろ奴には感謝すらしている。右手一本で安い買い物だったよ」
「お姫様の護衛方が今日はお一人で?」
「長期の休みを貰えてな。と言うのは建前で、お前らが何時まで経っても訪ねて来ないものだから、メリーが拗ね始めてしまって。一度探して来いとの勅命を授かった」
小屋へと向かう道すがら、並んで歩き談笑を交す。傍から見る者がもし居れば、淡いピンク色のオーラでも見えただろう。
「言の通りの味わいだな」
紫色の茶を啜り、乾いた喉を潤した。
「お粗末様でした」
「本当に・・・。いや文句ではないぞ」
クスリと笑うフレアーレを見ながら、苦笑いを浮かべて返す。
小屋の扉がノックされ。
「帰ったぞ。珍しく今日は来客か」
「ただいまー」
「お留守番お疲れ様でした。フレア」
「お帰りなさいませ。今日はリーガンが訪ねて来られました」
「リーガン?誰だったか」
「先日にピエドロ様に無謀な喧嘩を売り、返り討ちに遭った人です」
「あぁ、あれか」
「全部、聞こえているが・・・」
「久しいな。今日は、復讐か何かか?」
大人しく席に座るリーガンが首を向けている。
「これがそう見えるなら、お前の目がどうかしている。姫さん直々にお前らを探して来いと言われたのだ。他にも話がある。にしても酷い格好だな。あんな枯れた穴蔵に、まだ何か有ったのか?そちらの話にも興味があるな」
「巨大な魔物から出た魔石と」
「稀少鉱石が少々」
「石炭を多めに」
「石炭?」
「火に焼べれば高温を発する燃える石だ。過去の鉱夫の目は節穴だったな。奥に行けばまだまだ取れるぞ」
「ほう。そんな物が取れたのか。ここの採掘権を持っていたノーザンはすでに滅びた。お前らがここを離れた後、スイーブに献上してもいいか?」
「一通りの装備は造れるようになった。鍛冶の仕事を終えればここには用は無い。好きにしろ。旅立つ前までには取り尽くすがな」
「それは残念だ。元々廃鉱として知れた場所。特に何も聞かなかった事にしておこう。おれとしても丸で金には興味が無い。寝倉として使っていた場所で、特別思い入れもない」
「で、お前の話は長くなりそうか?長居する気なら、風呂と飯の後にしろ」
「見つけて来るだけの命。特に急ぐ訳ではない。手土産も用意して来た。おれにも何か食わしてくれ」
「贅沢な奴め。フレア、用意出来るか?」
「ご用意致しましょう。リーガンには鳥の骨でもしゃぶらせておけば宜しいかと」
「それは名案だ。土産の内容次第では片肉も付けてやろう。良かったな」
「何とも酷い扱い。仮にも兄だった者に対して、これ程とは」
「前にも聞いたが、お前が兄だとは思えない。そんな記憶もない。俺にとってはお前は只の狼藉者。赤の他人に馳走する義理があるとでも?」
「・・・仕方ない。ここはそれで我慢してやろう」
今日の成果は上々。家具一式を造り終え、女性陣の軽装防具も造れた。自分用はどうでも良かった。奧底の巨大蠍からは魔石も出た。
魔石の加工は難しく、メギョンを使っても失敗続き。手に合わない道具に頼っている時点で無理がある。自分用に槌でも造ろう。
「正真正銘のドワーフの酒だそうだ。スイーブにもこの1本を残すのみ。まぁどっかの貴族辺りが隠してそうだがな。王様から、姫さんを救った英雄に渡せとよ」
土産は大瓶に入った葡萄酒。ドワーフ産と聞けば、二度と手に入らない逸品。
一応礼にと骨付き肉を差し返す。
「そんな上当品が土産なら、当てが粗末な骨では勿体ない」
木製カップを5つ並べて並々と注ぎ入れた。
「おれも、いいのか?ドワーフの酒なんて、平民じゃ一生口にも出来ないんだぞ」
「気紛れだ。良い酒なら皆で飲んだほうが美味しいに決まっている」
「姫さんには内緒にしてくれよ」
どうでもいいと顔に出てしまっている。
「本当に、私たちも良いのでしょうか」
フレアが俺の顔とカップを見比べている。他の2人も生唾を飲み込んで凝視していた。
「遠慮するな。リーガン以外は家族も同然。一人で飲んでも味気ない」
「おれのほうが、家族なんだがな」
リーガンの愚痴は聞き流して、杯を持ち上げる。
「乾杯」
軽く突き合せて、一口飲んでみた。
舌に絡む重みと程良い酸味。胸を締め付けるような懐かしさ。今は亡き郷愁を思い起こさせる豊潤な香り。
「これは・・・、美味いな。各国の王族共が高額で買い揃えるのも頷ける」
「この様な、甘く切ない葡萄酒は初めてです」
「お酒は余り得意ではないのに。これは凄いです」
「美味しい、だけでは言葉が足りません」
4人はそれぞれに感想を述べている。俺だけが言葉を失っていた。
思い出せ・・・。この胸の奥から、誰かの声が聞こえた。時々頭に響く声とも違う。
思い出せ・・・。飲めば飲むほど、胸の痛みが強くなる。
「ピエドロ様。どうして・・・、泣いていらっしゃるのですか?」
ピエドロ・・・。俺は、ピエドロ・・・。そして、全てを思い出す。
「そんなにか。確かに美味いが、何も泣くことも」
小屋を飛び出し、夜空に叫ぶ。
「クソ女神!聞こえているんだろ。俺の。俺の身体を何処へやったーーー!!」
見上げる月夜は何も答えない。
後ろでは4人が何事かと見守っている。
「女神?気でも触れたのか?」
「あれは・・・。いけません!ザリ、マカスミ。全力で抑え込みます。リーガン様、ピエドロ様の注意を引いて下さい!」
「お、おぉ。こんな鈍鞍じゃ相手にもならないが。あいつ酒乱だったっけ」
「フレア、何で今頃・・・」
「迷っている暇はないみたい。あの美酒が引き金で間違いないですわ」
一斉に俺へと襲い掛かる4人を見詰めながら、俺は確かに聞いた。
「オイタはそこまでよ。お兄ちゃん・・・」
「茜・・・。お前だったのか・・・」
彼女たちの手と声が、後ほんの少し届くのが遅れていたら。きっと俺は・・・。
随分と間が空いてしまいましたが短めです。
自分のモジベが底辺を這い這いしていまして・・・
連休中には魔神編を終わらせたかったのですが
ちょっと難しいかも