第2章 第32話 救出戦
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朝が来た。
ザリとマカスミを村の警護に残し、俺とフレアーレで根城を墜とす。
3人を残そうかと言ってみたが、俺一人だけだと逃げてしまうと不安がってフレアだけ。
「昨日、お持ちだった斧をお借り出来ますか?」
「使えそうか?」
マカスミからの提案に乗り、快く斧を渡した。
小男よりは背は高いが。女性の細腕で大斧はどうだろうと思いつつ。
「見ていて自分にも振れそうだと思いました」
手首を利かせて返し返し。軽く地面を抉ると、持ち直してニタリと笑う。
重量を全く感じさせない身の熟し。斧に操られる事なく、自分の物にしていた。
「過信するなよ。ザリもちゃんと見てやれ」
「はい」
残りの短剣を全て受け取り、連装用の革紐に鞘を固定化させていた。
数本、全部同時に投げても持ち主の手元に戻って来る。不思議な呪いか何かで。
「2人とも。優先は自分たちの命。もしも強敵が現れたら、迷わず東へ逃げろ」
俺たちが向かう廃鉱山に。
「はいな。お気を付けて、ピエドロ様」
「無用ですこと」
「互いにな」
「必ず戻ります。数日の辛抱ですよ」
2人で一頭の馬鞍に跨がり、腹を打った。
遠退く主の背を目で追う。
「羨ましいなぁ・・・」
「今度は交代して貰いましょう」
「今回活躍したほうが先だよ。マーちゃ」
「おぉ、言いますねぇ。望む所です。リーちゃ」
「ひょーーー。風が気持ち良いですね」ひょーとは?
「あ、あぁ。馬に乗るのも初めてのはずだが、普通に乗れてしまったな」
「残念に聞こえますが?」
「出来ない事や無謀な事が、少し位無いとな。時に寂しいと感じるものだ」
「ピエドロ様は、吟遊詩人のようですね。お歌は?」
「う、歌か。確かに、苦手な物もあったな。探してみよう」
苦手意識が在る。馬上で歌とは、舌を噛むので止めておこう。
浮かべる命題も無いのだし。然りとて俺は、少しだけ嬉しく思えた。
数刻置きに馬を休ませ、街道沿いに進む。
根城は3日程の距離に在ると聞いた。そこから大体一月位東に行った先にスイーブレンは在るそうだ。
「カルメノを出て、随分経つな」
「そうですわね。二月程は経ちますね」
夜になり、街道から離れた場所に厚手の布と縄で四面に張り、簡易のテントにした。寒さは感じないが身を寄せ合う。
「静かな夜だ」
「ええ。良い夜です。前の私たちなら、テントの中は地獄でしたから。比べて今は自由。想う方の隣に居られて、私だけが独占出来て。幸せ者です」
「・・・すまない」
「何も、仰らないで下さいまし」
何も言わず、フレアーレを抱き締めた。
村を出て3日目の昼に、盗賊の根城付近に到着した。
隠れていても、こちらからは丸見え。探すまでも無く、大きく口を開けた鉱山入口。
掘り尽くされた鉱山。人質以外には何かないだろうかと期待してしまう。
「一掃したら、また来よう。稀少な石でも拾えれば叩いてみたい」
「何かを造るのですね。良い案です」
街道の真ん中を堂々と歩いて来たのだ。何割かはロロシュに向かっている。
運が良ければスイーブレンからも救出隊が出ているかも知れない。
人質の大半をそいつらに押し付けたい所。
東の方角を注視すると。
「おー来てるな。しかしまだ距離がある」
雑多に数えて凡そ三百騎。2山向こうを行軍中。
「フレアは外周辺を頼む。スイーブの奴らに見せつけるように。弓矢には注意しろ」
「仰せのままに」
俺は中の連中を。出来れば悲惨な状況は見せたくない。
坑道の中は各所に篝火が炊かれ、視界は悪くない。
「な、なにもんだ!」
五月蠅い蠅たちでは相手にもならない。問答無用に斬り捨てる。
今回使うのは銀剣の一方。時を歪めない方を選んだ。
「パージ・・・頑張って」
頑張ってだと?響く声に応援されてしまった。
特別罠や仕掛けは無かった。20程の蠅を駆除して進む。
声が応援して来るには、相当に強いと思えば。大した事もないな。
大半が村へと向かったか。計算が少し狂った。
外周辺にも多くは居なかった。元が少ないならいいんだがな。
「マーちゃ。幾つ?私は25」
幾度目かの投擲を終えて、短剣を呼び戻す。
「リーちゃは狡いですわ。近接に届く前に射られてしまっては。私はまだ18。背にする村を空ける訳にも行かないので、突撃も出来ませんのに」
2人の周囲に次々と死体の山が築かれる。
「ご褒美は私が先よ」
「くぅぅぅ」
苦し紛れに、マカスミが斧を背中まで引いた。右肘を畳み脇を締める。
「にゃ?何をぉ」
「投擲は短剣だけではありません!」
「いやぁ、流石にそれは・・・」
肩と肘を支点に、大斧を担ぎ投げ放った。直状に投げ出された斧は、失速する事なく回転が加わった。
群がる敵陣の中央を突き破る。敵はまだ百を優に越える。更には伏兵も居るだろう。
「戻りなさい!」
マカスミの声に応え、斧が旋回を加えて戻って来た。
「もぅ、無茶苦茶だよ・・・」
「世の中には、ハァ・・・、手投げの斧も、ハァ・・・、あります」
「もっと、小っちゃい斧だと思うよ」
マカスミの手に斧の柄が重なった。
敵の動きが途端に鈍くなる。口々に何かを叫んでいるが良く聞こえない。
「私は南の森に行って来る。終わったら数えっこだよ」
「良いでしょう」
ピエドロから渡された水筒から水を拾う。
「ピエドロ様の石楼に入れていただけの水なのに」
「どうしてだか、疲れが吹き飛ぶのよねぇ。じゃあまた後で、マーちゃ」
「後に。リーちゃ」
一人に対して多勢。勝機が見えたと、盗賊たちは残ったマカスミに襲い掛かった。
意に介さず斧を振り続ける少女。生きるのに必要な教養はフレアーレに教わった。戦う力はピエドロから受け取った。
その彼に村を任された。戦う理由はそれだけで充分。
逃げぬ敵。退かぬ敵の表情が歪んで行く。本当は逃げたいのだと。
「・・・逃げれば良いのに・・・」
マカスミは、将又4人は知らない。それが魔王ブシファーの呪いである事を。
坑道は大小の区画を繰り返し、進む程に広く成っていた。
補強用の杭や柱で壁を形成している。ここの主原鉱物は知らない。
剥き出しの岩肌の表面には、黒い煤状の粘液がこびり付いていた。
指に取り、臭いを嗅いだ。
「・・・コールタール?」自分で口にしておいて、それは何だと自分に問う。
意味が解らない。考えるのを止めて、奥へと進む。
人が大勢密集している区画はこの先。
その手前に、大きな気配を感じる。これまで感じた事の無い気配を。
一際大きな広間に出た。雰囲気は王城の地下室にも似ている。
「もし。その先に人質が居るのか?」
「行き成りの質問がそれか。せっかちな奴め・・・?おい!お前、生きていたのか!?」
見知らぬ男は、俺の顔を見るなり驚き歩み寄って来た。
「俺を知っているのか?」
「何を言う、マーガン。この兄、リーガンの顔を忘れたか。王都崩壊と共に、死んだものとばかり思っていたぞ」
この男は、俺の素性を知っている。良く良く見れば、男の面影には自分と似ている箇所も見受けられるが、想い出は一切浮かんで来ない。
「・・・知らないな。起きる前の記憶は殆ど無い。その名にも想う節は丸で無い。腰の銀剣はどうしたのだ?」
リーガンの腰の銀剣に目をやった。
「記憶を失ったか。私はゼルゲン王国騎士団長。お前は近衛隊長だった。この邪剣は国王から賜った物だ。授受式にはお前も出席していたのだがな・・・」
「頭領。こいつぁ、弟さんですかい?だとしても、こいつには大勢仲間がやられちまって・・・」
大切な話の腰を折りに来た、雑兵の首を刎ねた。
「な、何をする!」
「何も思い出せないが、何処ぞの騎士が今では盗賊にまで堕ち。兄だと語られても一切関係はない。一度でも俺に剣を向けたなら、即ち敵。近くにスイーブの編隊も来ている。降伏するなら今の内。どうする?」
周囲の雑兵を根絶やしにした所で問いを投げた。
「魔王の呪いを受けてしまってな。共に逃げたはずの王族を、この手で斬り殺してしまった。今更騎士道など語れぬ。だがこの兄に向かって説弁を垂れるとは。偉くなったものだ」
リーガンも銀剣を引き抜いた。邪剣と言っていた。その性能は如何ほどに。
数度の打ち合わせ。速い。今の俺に合わせて来れる。
「強いな、リーガン。嬉しいぞ。俺はピエドロ。今ではそう名乗っている」
「疾風の悪魔か・・・。風の噂に聞く風貌に、よもやとは思っていた。王国流派を捨て去った我の太刀筋。記憶が無いと言うのは、どうやら本当らしいな。ピエドロよ」
一端離れて間を取った。
「リーガン様!」
奥の坑道から、一人の女が現れた。見知らぬ小汚い女。
それに一瞬だけ気を奪われるリーガン。
空きが生まれた左脇腹を剣の背で打ち抜いた。両断するには惜しい相手。
「グハッ」
反対の壁に身体をめり込ませるリーガン。くの字に曲がった身体は堪えきれずに血反吐を吐いていた。
「女に気を取られるとは。俺も随分と嘗められたものだ」
「・・・すまんな。こちらも全力を出そう。ノーザン王都を一夜で沈めたこの邪剣。唸れよ!ディス・パージャー!!」
王都を墜としたのは、魔王ではなくこの男なのか。由縁が魔王の呪いだとすると、魔王がやったと吹聴しても、強ち間違いではなさそうだ。
何方にしろ、興味は全く湧かない。
リーガンの身体が消える。気配が高速で移動する。
崩壊と聞いては、一筋でも斬られる訳には行かない。
声の「頑張れ」の意味を理解した。
やっと巡り会えた、全霊を傾けられる相手。高鳴る鼓動。興奮を覚えた。
明確な殺意の波を受け取る。
目で追っては間に合わない。受けた波を線と捉え直す。
線の先端に、剣を合わせた。度の衝撃に、腕が身体が痺れる。
武装を入れ替えている暇は無し。細い線の波を着実に押し返す。
女が涙ながらに何かを叫んでいるが、無視をする。この領域に踏み込めば、その身が粉微塵になるとどんな馬鹿にも解るはず。
反撃の欲は出さず、互いの疲弊度合いだけを測った。
一撃一撃は重い。剣戟にも強弱は有る。総体的に見極めないと、次の瞬間に死んでいるのは自分の側。
強弱の間隔が変則化を見せた。油断などはしない。変化の波にも食らい付く。
傍から見れば、俺は防戦一方。攻め手が有利だとは、必ずしも当て嵌まらない。
数分か、数刻か。この体力が尽きるまで続けよう。
完璧な盾は、どんな矛にも勝る。矛盾の原理がここに在る。
「今のが、王国流か。楽しかったぞ」
「ハァ・・・ハァ・・・。全てを、読み切られるとは。化物め・・・」
大の字で仰向けになるリーガンを、水筒の水を飲みながら見下ろした。
体力的に余力が勝ったのは俺の方。
「取り敢えず、その邪剣は貰うぞ」
リーガンの右手首を切り落とし、手を捌いて銀剣を取り外した。
「うぉぉぉ」
悶えるリーガンの腰から鞘を奪い取り、剣を納めて箱に入れた。
相手の了解の必要はない。手を失ったからと、直ぐに死ぬ訳ではないのだから。もう少し落着いて欲しいものだ。
貴重な水を割けた手首に掛けてやり、傍らで呆然とする小汚い女に綺麗な布を渡して止血を促した。どうするのかは彼女の自由。その先に興味は無い。
「お見事です。ピエドロ様」
「おぉフレア。時間を掛けたな。スイーブの連中は?」
「手前の山の中腹まで来ました。こちらの様子を伺うばかりで、動こうとしません」
「助けた奴らを見せれば嫌でも動く。君が、スイーブから来たお姫様だろ?そいつの処遇一切は君に任せる」
リーガンの手当を終えた女が振り返る。
「どちらから受けた情報かは存じませんが、助けてくれた恩威はあります。この無礼は忘れましょう」
「君はこのままスイーブに引き渡す。恩義を感じるなら、報酬は弾めよ。俺はピエドロ。何れスイーブレンに立ち寄る予定だ。丁重に扱って貰いたい」
「解りました」渋々といった表情。助けてやったのに、何が不満なんだ。
「間違えば、貴方様の故国が滅びますよ」
フレアの念押しに、女は我に返ったように頷いた。
「このおれを放置して進めるとは・・・」
「何だ気絶してなかったのか。それより酷い拷問が待っているかも知れないのに。或は右手を犠牲にして、お姫様を救った英雄にでも成れる。人質の扱いも慎重であり、幸い盗賊は残らず死んだ。姫さんの手腕次第で、思いのまま操れる」
「・・・りがとう、ございます」
消え入りそうな声だが、感謝を示した。この2人の間柄などは知らない。
まだ何かを2人は唱えていたが、全無視で奥へと進んだ。
奥の区画に居た一般民に声を掛け、ロロシュの村へ移住する希望者を募った。
90名近くの男女が挙手。残りはスイーブの編隊に押し付ける。
全員を外へと連れ出し、狼煙を上げて救出隊に合図を送った。
到着した編隊長に姫と隠れていた姫付きの従者たちを引き渡す。代わりに幾らかの食料と馬を数頭分けて貰い、希望者を連れてロロシュへの帰路に付いた。
他の人質まで押し付けられた隊長は渋い顔をしていたが、姫さんの一声で共連れが決定してしまった。スイーブレン領に入るまでの辛抱。それ位を堪えられないようでは、この先を生きられない。割りに明るい目をしていたので希望は持てる。
「私はメリダシア。王都へ立ち寄った際には、この名を訪ねて下さい。お待ちしていますよ、疾風の英雄、ピエドロ様」
俺が英雄?報いを示しただけだろうが、背中がむず痒い。柄ではないと思いつつも、悪魔と誹られるよりは遙かに良い。
悪魔と呼ぶか、英雄と呼ぶかで。オルタナとスイーブレンが一時期国交断絶まで陥ったと言う。それは、俺の知らない未来のお話。
残念ですが師匠の登場はまだまだ先です。
そもそも時間軸が合ってないので・・・
チラチラと、出始める現代知識。
現段階では無意味だとしても