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第2章 第31話 救出戦、前夜


 木々を吹き抜ける冷たい風を分け入り、峠を2つ越えた先に村は在った。

 濛々と立つ湯煙。鼻に付く硫黄臭。

 「温泉郷か。良かったな」

 「はい。これで長旅の疲れも取れると言うもの」

 「ピエドロさま~」

 「みなまで言わずとも。ご主人様なら解っていらっしゃいますわ」

 「ああ・・・。解っているとも」

 金に糸目を付けなければ、宿には困らなさそうな雰囲気。

 街中の案内板をフレアに読んで貰い、村長に挨拶をした。

 「ほうこれは旅の御方。妾を3人とは。これまた豪勢な」

 「金ならあるが、長旅故に身成は汚い。それでも良いと言う宿を探しているのだが」

 「またまた馬鹿正直な。気に入りましたぞ。最近は魔王が出現してから、ここらも治安が悪化しましてな。客足が遠退くばかりで、宿なら何処も空いております。最高級の宿の紹介状を拵えましょう。して旅は何方から?」

 何枚かの便箋の中から一枚を手に取り、村長の署名を施す。半身で聞き流す程度に聞かれたので素直に答えた。

 「南の王都から森を抜けて来た」

 「ほ・・・、南!?」

 「どうかしたか?」

 「いえ、廃国の生き残りやら、盗賊やら、獰猛な熊などは・・・?」

 「熊は強かったな。人のほうは名乗りを上げる前に斬ってしまったので素性は知らないな。フレア、何人程になるか」

 「はい。人型でしたら、魔物も含めると二百は下らないかと」

 「な、なんと!?熊だけでなく魔物まで」

 全て初見だった為、あれらが魔物の類いかは知らない。フレアが背負うアルテマに引き寄せられていたようにも見えたは見えたが。それだけの話。

 見た目剣では斬れなさそうな物体も、難無く斬れたので問題すら見つからなかった。

 出来た紹介状を受け取りながら。

 「只人が、余計な気を起こさぬ事だ。誰の肉親が居ようと、俺たちには関係がない。いいな?俺は丁寧に忠告したぞ」

 「寝込みを襲おうと、御膳に毒を盛ろうと。我らが主人様には通用しませんよ」

 更なるフレアの念押しに、村長の額にドッと汗が噴き出した。

 「・・・い、嫌ですねぇ。お客様を持て成すのがもっとうの湯治場ですよ。この村は」

 言う程には村の警備が手薄。煙に紛れる人も多数見えた。村の入口にも看板は無く、村長の手にも剣鮹が刻まれている。農具を握って出来た物じゃない。

 「俺だけが強い訳じゃない。剣が無くとも・・・解るな?」

 武装の類いは全て箱の中に。丸腰で旅をしてきた丁を装って。

 「お返事なさい!」ザリが村長の鼻先に指を突付けた。

 「は、はい!」

 村長は未だ名乗りもしない。状の中身にもこちらの情報は書いていない。村の紹介も無い。これで疑うなとは、何処の阿呆だろう。

 この村は、こいつらに乗っ取られたと見て間違いはない。頭は実に悪いが。

 村の元住人の安否は不明。同情はする。ほんの欠片ほど。

 「折角良い職を見つけたんだ。俺がお前なら、今宵手切りで鞍替えする。元の住人たちにでも風呂掃除と湯泉の管理方位は聞いておけ。幾ら馬鹿で阿呆でも、皆殺しまではしてはいまい」

 「お返事」今度はマカスミが。

 「は、はい!つ、慎みまして!」

 とまで言っておいたのに。湯と石鹸で溜まった汗垢と泥を綺麗に流し終え、岩の露天から澄み切った月夜を眺めていたと言うのに。

 馬鹿たちは来てしまった。

 散々忠告したにも関わらず。裸相手なら勝てるとでも・・・思ったんだろうな。


 「折角の美しい月夜」

 「痒い頭も綺麗に整えられて」

 「さぁ、これからピエドロ様のお背中を流せると喜んでましたのに」

 「まぁ、仕方が無い。あれだけ忠告してやったんだ。死んで恨みを言われる筋も無し」

 他に客も居なかったのもあって、女将風の女に断り混浴にさせた。

 全員丸裸。それでも変な気が起きないのが温泉の凄み、なのかも知れない。

 単純に旅の疲れが大半である。

 ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡した。

 「ピエドロ様。隠しますか?自慢しますか?」フレアから提供された選択肢は・・・。

 「当然隠す。俺は変態ではないからな。湯が汚れるのでは適わない。取り敢えず、適度に強そうなのを潰してくる。髪でも乾かしながら待て」

 「はいな」

 「返り血をお流しするのも一興かと」楽しみをもう少し別の方向に向けてくれると嬉しい。

 適当な着流しを腰に巻いて、家屋の屋根に跳び乗った。

 下からは丸見えだと、後に思う反省点。強めの北風が火照った身体に丁度良し。

 冷める前には戻ろう。


 「ホープアクス・・・裸?」

 ここでかと思うよりも先に、頭に浮かぶ声がこれまでと変化した事に驚いた。

 二の句は無かった。

 誰かが稀少な武具を持っている。何処の奴だろうと見渡していると、割りにあっさりと見つかって興醒めした。

 身の丈にまるで合っていない、大きな黒い戦斧を担いでいる小男が居た。

 遠目から見るからに、あれでは絶対に肩口に端先が刺さっている。

 「お、おれはファ・・・」

 言い掛けた男の胸を貫き、心の臓を抜いて握り潰した。

 「無駄な情報は、覚えないタチでな」

 ズルリと手放された斧を受け取り、手に握る。これも相性は良くない様だ。

 貴重な武器。装飾こそ簡素。滑り止め程度に柄に蔦模様が刻まれているだけ。地の黒金と相まって逆に趣き深く感じた。

 下手に使って刃が欠けても困る。野盗たちに囲まれている中で箱に仕舞う訳にも行かず。

 大袈裟に、片手で軽々と振って見せた。

 「お。お頭を・・・よくも・・・」

 様々な武器を手に、身構える野盗たち。男女、大小問わず。

 どうして勝てると思うのだろう。強敵に死に物狂いで襲い掛かる気概があるならば・・・。

 この大陸には揃いも揃って馬鹿しか居ないのか。

 何かを期待して旅をして来たのだが。ここから東のスイーブレンで大陸から離れてみるか。

 他に導きの声がしなければ。

 などと考えながら、何かしらを叫び散らす村の草を、斧で刈り刻んでいた。

 ここにも強い者は居なかった。居ないんだ。居て欲しいのに。それはどんなに願っても。

 オルタナの奴らも同じ。5人程の軍将の首を、本陣中央のテント前に並べてやって。やっと軍を退いた。この大陸の戦地連中は、撤退を知らないのではなかろうか。

 若干の気持ち悪さを胸に覚えた頃。草刈りが終わった。

 数人だけ宿へと流れてしまったが、あちらも直ぐに終わる。

 最後に女将風の女の遺体を引き取り、村の外で山積みにして焼いた。

 硫黄臭に腐敗臭では、この村は再起不能となる。良い湯場だけに勿体なく思えた。

 「お優しいですね、ピエドロ様は」

 「これ以上臭くなるのが嫌なだけださ・・・」

 「皆、洗い直しですね」

 「嫌ですわね。どうして、退いてはくれないのでしょう」俺と同じ気持ちを、マカスミが口にしている。本当だなと、俺も思う。

 再び屋根に登り、村を見渡した。

 一角の古びた宿の地下。二十名程の生存者の気配。

 「今度は真面だといいが」


 「有り難う御座いました。このロロシュ村をお救い下さり、何とお礼を言って良いやら。私めは村長のクーガーと申します。して、お名前を伺っても?お隠しになられても結構ですが」

 普通だ。とても普通の対応。これだけでも救われた気分になる。

 「いや名乗るとも。俺はピエドロ。こっちの従者は、順に」

 「フレアーレと申します。お見知りおきを」

 「ザリよ。宜しくね」

 「マカスミです。ピエドロ様の・・・」

 「従者だ」

 「ピエドロ様・・・」3人共涙ぐんでいる。彼女たちは奴隷ではない。俺の所有物でもない。

 雇っただけ。奴隷と言ったのは、口上建てに過ぎない。

 戦時下で自由を勝ち取るのは、思った以上に困難なようだ。

 「ピ・・・、ピエドロさま、と仰いましたか?」

 村長が震えている。こんな辺境にまで悪い噂が回っているとも思えないが。

 「どうした?」

 「先日、盗賊に襲われる前にお越し頂いていた、東のスイーブレンの貴族様の客人が妙な噂を口にしておりまして」

 村を救わずに逃げ出したのか。如何にも貴族らしい振舞いに少し笑った。

 「回り諄いのは嫌いでな。俺がオルタナの雑魚を蹴散らした本人だ」

 「な・・・なんと!?」

 「俺たちは旅の疲れを取ろうと湯治に来ただけ。普通の客として扱ってくれ」

 「ピエドロ様。・・・ぶ、無礼を承知でお願いがあります」

 「まだ残党が居るんだな?」

 「お察しが、宜しいですね。元は王都が健在だった頃に押さえ込まれていた野盗の集団。崩壊と共に都落ちした荒くれ共を寄せ集め、オルタナの悪い商人に唆されて徒党を組み。この村だけではなく、被害は留まる所を知りません。最初は自衛で何とか堪えておりましたが」

 「宛ての貴族も逃げ出したと」

 「はい。それは仕方が無いのです。頼りは私共の勝手。ここはどの国にも属さぬ中立の宿場。我を捨てスイーブレンに泣きつけば、生き残る道はありました」

 「他に問題でも?」

 「スイーブレンとの国境に、そやつらの本拠点が御座いまして。街道から外れた、廃鉱山に根城を構えております」

 「成程。話は解った。暇潰しに受けてやろう。スイーブにも用事がある。事の序でと、数日分の宿代で手を打とう。4人分だぞ?」

 「有り難や、有り難や。数日と言わず何月でも構いません。実は、スイーブレンの貴族たちが手を引いた理由がありまして。盗賊の奴らが人質に取った、王都の生き残りの中に。彼の国の王家の姫様が居るそうで」

 「話が面白くなって来たな。その姫は御輿で来てたのか?」

 「その通りで御座います。ノーザンの第二王子との婚礼を納めに」

 「まだ無事で居ると思うか?」

 「私らを監視していた奴らが、酔った勢いで吹いていた事ですので真には欠けますが。一般民に紛れてしまって誰が誰だか解らないそうで。お陰で人質に手が出せないとか何とか。何でも頭領が拷問が嫌いなのだそうです」

 変わった盗賊だな。元が盗賊ではなく、騎士崩れか何かだろうか。

 「行けば解る事。人質の規模は?」

 「五百程と聞いております」

 「ご・・・。ここを襲ったのは」

 「備蓄の食料でしょうな。衣食が狙いとしても、五百となると三日持たせられるかどうかの分量しかありませんですが」

 しっかりとした運営。このクーガーは商の才もあると見た。

 大凡の筋が見えた。強引に攻める手もあるが、可能な限りは無事に帰したい。

 「どうされるのですか?」

 「スイーブの王族だ。恩を売れば、堂々と国を渡れる。全員は無理でも、この村に何割かを残して、後はあちらに押し付けよう。村の復興にも人手は欲しいだろ?」

 「なんと有り難きお言葉と展望。貴方様を悪魔と罵ったオルタナの馬鹿共に、穴が空くまで聞かせてやりたいです」

 「持ち上げ上手も程々にしておけ。堅実に生きた方が身の為だぞ」

 「しかと!この心身に刻みます」

 五百か数百かは定かではない。それだけを取れるだけの人員が敵に居る。

 今度は多少の骨があると面白いのだが。

 簡易的な地図を村長に頼み、俺たちは救出戦の打ち合わせをして夜を過ごした。


望む相手は・・・

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