第2章 第30話 不屈な救世主
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商隊の屍を踏み越えて、俺たちはノーザンの王都へと入った。
金品を拝借したのは言うまでもない。襲って来るほうが悪い。
日持ちする食料を持っていなかったのが残念ではある。北側に食の宛てでもあったのだろう。共通金貨が手に入っただけでも良しとする。
相手の力量を測れぬ小物に用はない。
「メギョンギルド・・・、玉座の裏・・・」
また声が響いた。懐かしき声。不思議と心は落ち着き、反発心は起きない。
「まったく。誰なんだか」
今回は3人に反応は無い。今度は回収だけか。
「どうかされました?」フレアの不安そうな目が向けられる。
「アルテマの時と同じ、声が聞こえた。導き・・・だと思う」
「神様の導きでしょうか?」
不意に胸の奥が、ズキリと痛んだ。
「神か・・・。ならば、一度は会ってみたいものだ」
「私たちにも扱えるような、武器の類いであれば良いのですが」
高い望み。アルテマのような、又は箱の中の武具のような物が、おいそれと其処彼処に落ちているとは思えない。
2人には商隊から奪った、上等な短剣を持たせている。「1」と「5」の数字の刻印からするに、対でもなく少し足りない印象を受けたが、今後運が良ければ残りも見つかると思う。
「不思議な文字ですわ。これが、数字なのですか?」
ザリとマカスミが顔を見合わせて、唸っていた。
「ん?普通にそう読んでしまったな」
「異国の文学なのでしょう。少なくとも、ピエドロ様はやはりこの大陸の方ではないと私は思います」
フレアーレの指摘通りなのかも知れない。
「この世界の人間でもないのかもな」
冗談めかして言ってみた。
「有り得そうで」
「怖いですわ」
誰も居ない王都。ここでは特に敵襲に会う訳でもなく、変わった仕掛けがあった訳でもない。
玉座まで素通りし、絢爛な椅子を蹴り倒すと逃走用の通路が後部床に現れた。
凝っているとでも伸べればいいのか?こんな物が。
「ちょっと行って拾って来る。3人はここで待て」
3人に反応がないのなら態々危険に巻き込む事はない。
逃走用の通路に罠を張る意味が解らないのもあって。
「お待ちしております。余りに時間が掛かるようであれば、追い掛けますが」
「1刻内に戻って来なければ好きにしろ」
「置いて行かないで下さいまし」
「生涯お恨み致します」
「そう言うな。俺も人であれば死ぬ時は死ぬ」
今生の別れでもあるまいに。少し離れるだけで泣かれるとはな。女の涙は実に卑怯だ。
嘘であってもなくとも。
「すぐに戻る」
振り返らずに、下り階段に滑り込んだ。
無いと踏んで飛び込んでみたが、案の定意味不明な罠が張ってあった。
ここも実に古典的。落とし穴と毒針少々。王様が逃げた後で張られたのなら解る。
上に在った死体の山の数からは、逃げ出す暇も無かったようにも見えたが。
気を取り直して。試してみたかった事が一つ。
罠の作動前に走り抜けたらどうなるのか。答えはどうにもならない。
罠の数々を苦も無く擦り抜けられた。
ゼルゲンと時と似た感じの台座の間に出た。
前回と違うのは、天穴からの日の光が差し込んでいた事。
壁際までは暗いが、見えない程ではない。
壁沿いのレリーフには、鍛冶師が槌で剣を叩いている姿が描かれている。
見れば、台座の上には人が持てないような大きな槌が一振り置かれていた。
台座の上に乗り上げ、両手で抱えてみても。見た目通り。
「少し重いな」
柄に触れていると、なぜか懐かしい感慨を覚えた。拒絶はされていない。
これは武器ではないのだと思う。
壁画のような工作用の槌のようだ。ただ扱うのが人間ではないと言うだけの話。
ガチりと足元で音がした。メギョンギルドを箱へと投げ込んで、裏手の通路へと跳ぶ。
「待たせたな」
玉座の間の入口から入り直し、3人に挨拶した。
「ほらご覧なさい。何も心配は要らないと」
「お帰りなさいませ。フレアは嘘ばかり」
「嘘吐きはいけませんよ」
何となく予想出来たので、敢えて何も言わずに置いた。
通路は全面崩落して戻る気にもならなかったので、裏口から表に回り込んで1周して回った。
体感で玉座に戻るまでは半刻も過ぎていない。
3人が動こうとしていたので少々慌ててしまった。逃げるなら兎も角、通路に入ろうと右往左往していたから。
「北方から人の気配が多くした。北側の町はまだ無事のようだ。行くか?」
「行きたいです。行きましょう」
「大変言い辛いのですが・・・」
「行水だけでは、少々・・・」
言わずとも。血塗れの汗まみれの泥まみれ。換えの服は箱にもあるが、洗濯だってしたい。
身も心も、さっぱりしたいのは男も同じだ。
「金はある。綺麗な宿が在ればいいのだがな」
「在りますよ」
「きっと・・・」
「在って欲しいです」
「出発前に、ザリ。1の短剣を貸してくれ」
「貸すもなにも、全てはピエドロ様の物ですよ。何をなさるのですか?」
「なぁに、直感だ。試してみたくてな」
ザリから短剣を受け取り、箱からメギョンを取り出した。
「まぁ、大きな槌ですねぇ」
「さっき奥で拾った物だ。これでも鍛冶用の槌らしい」
ザリに持たせた短剣を握ると。「チェイン・・・」やはり声が聞こえた。
俺たちは、何かの意思に導かれている。確信にも似た何か。
「マカスミ。間を開けて、5の短剣をここへ」
1を床に置き、5を少し離して配置する。
槌を片手で握り、1の刻印を軽く叩いた。
「まぁ・・・」3人共、同じような感嘆を発した。
何も無かったはずの2本の間に、足りなかった3本が現れた。何処からともなく飛んで来たのではなく、平然とその空間に現れた。ただ・・・。
「2、3、4。これで、揃ったようだが・・・」
「血塗れですね・・・」
「何でだろうな」
「いいえ、さっぱり」
考えても解らない物は解らない。
貴重な水筒の水を使ってべっとりと付着した血糊を洗い流した。
α
真っ白な雪原。大洞窟の手前。
俺は仰向けに寝っ転がって、更け行く空を見上げていた。俺だけが。
仲間の内で一番弱い。それは今でも変わらない。
ダリエにもあっさりとレベルを抜かれた。年齢の若さか天賦の才か、伸び代が一番に大きいと感じる。勿論、ブラインとスケカン、勇者と妹を除いてになるが。
我が妹の背が遠く霞む。昔は俺の背を離れなかったものなのに。
何度も窮地から救ってきた妹の背中。
左腕が骨まで砕けている。洞窟突入直後、魔王の取り巻きに弾き出された時にやられた。
「よぉ。休憩か?俺も混ざるぜ」
ユードに見下ろされた。俺の胸の上に上級薬の瓶が置かれた。
「まるで、あの日のようだな」
ウィートと同じく、10年位前にこの男に救われた、あの日。
あの日も西大陸では珍しく雪深い冬日だった。
薬も飲まず、暫くの間目を閉じた。右手ではメサイヤの柄を握っている。
「お前、比べてるだろ」
「比べるもなく、俺が一番弱い」
そう答えると、ユードは大笑いして5本の短剣を空へと投げ上げた。
「五芒星・退陣」
俺たちを中心に、淡い光の壁が高く立てられた。丁度、洞窟の入口を塞ぐように。
「あんな化物共と、比べるほうのが間違いだ」
「違いない」
ユードが隣に腰を下ろした。
「なぁ、聞いてもいいか?」
「何だよ、改まって」
「なーに。大した事じゃない。お前、南で何をやらかした」
「ふん。大した事じゃない・・・か。言われたのさ、国王の祖父さんに。妹を、ウィートを殺せってよ。意味、解らないだろ」
「そりゃ、さっぱりだな」
若き日のある日。11年前の暑い夏の時期。酷暑を避けた昼下がり。
「なぜですか!なぜにその様な世迷い言を」
「この国は、私の代で終わらせる」
「意味が、意味が私には解りません。王よ・・・」
問いかけには無言を返して来る。
執務室で弱々しい背を向ける、祖父様がそこに居た。
国として状況は芳しくないのは確か。北側の魔王の勢力は増すばかり。
小国は崩れ、最早隣国マカムシュと肩を並べるだけに。
近年では、防戦一方で国力である人々が削られて。共闘した所で滅するのも見えている。
国を終わらせたいならば、単にマカムシュに全権を移譲して首でも差し出せばいい。そこでどうして妹が出て来る。まだ10にも満たない幼い女児を。祖父様は俺に殺せと言った。
「魔王に・・・何を言われたのですか?」
祖父様の肩がピクリと揺れた。何よりもの証拠。
「捧げられる供物は、もうお前たちを残すのみ」
供物?この人は今、俺たちを供物と言い切った。
「では・・・。父上様と母上様を毒殺したのは・・・」
「この私だ」平然と。飄々と。実に、寂しげに。
狂っている。何もかもが。これ以上ここに居ては危険だ。俺も妹も、この国も。
俺は部屋を飛び出し、走り出していた。何もかもから、逃げ出すように。
適当な金貨を袋に詰めて、庭園で玉蹴りをして一人遊んでいたウィートの手を掴み取り軍馬に跳び乗った。
不自然な程に追手も無く、俺たちは国を出た。
「お兄様?どうされたのですか?お爺様は・・・」
「俺たちは、今し方追放された。旅に出ようウィート。何処へでも、連れて行ってやる。嫌か」
「いいえ。私には、もうお兄様しか居りません。何処へなりとも」
複雑なのだろう。覗き見た表情は暗い。
暗いのは、妹だけではない。祖父様も、臣下も、国民も。都も町も何も。行き交う行商人さえも全ての色が、暗い。
これが魔王の呪い。国を大陸を薄く包み込んだ、呪いが落とした陰。
「今の今まで、どうして俺だけが呪いを受けなかったのかだけが解らなかった。どんな逆境にも心が壊れずに居られたのかが」
大剣を地に置いて、剥き出しの左腕の骨を整え直し薬を一口煽った。
「解ったのか?」
「俺のシークレットスキルは、「不屈」だそうだ」
「へぇ、道理で。諦めの悪い男だと思ったぜ」
皮肉も素直に受け止めよう。メサイヤを握り直し立ち上がった。
これを受け取り、初めて握った時の感想は。自分に似ていると思った。
「言の意は、救世主。これも、何たる皮肉」
「現実にしてやりゃいいんだよ。おれは、案外似合ってると思うぜ」
ユードが術を解き、2人で洞窟内へと飛び込んだ。
前方に前線で戦う妹の姿を捉えた。周囲の白き魔物を斬り崩し、その前へと躍り出る。
「国の再興も。国民を救うのも。やはりは、俺の仕事だろ?」
「それでこそ。お兄様です」
あの日から見られなかった、飛切りな笑顔。これを二度と、失わせないと誓う。
「前代で。お前に見せてやれなかった技だ。ダークネス・ピリオド!」
閃光斬撃。大剣を扱う上では不得手な技。背にするは隙だらけ。
振り返らない。強き仲間たちに任せ。剣を返して斬り上げる。
「押して、通る!」
身体の重心を左右へと振り、大剣の先を追従させる。
群がる取り巻きは道を塞いでいる。白き魔王の分身体。邪魔だと。
「このまま行く気かよ。ロックド・チェイン」ユードが付近の雑魚を止める。
「ゲルさん!アームス・ランス・ウィザード」ダリエが突き上げの槍で止まった雑魚を退けた。
「兄様、まだ無茶です。着実に」ウィートが足元に沸いた大蛇を切り伏せた。
「無茶苦茶ですね。でも、嫌いではありません」グリエールがすぐ後ろで妹と背中を合せた。
尚も。一人で斬り進む。強引に、また一歩。
取り巻きの拳に押し返されようと。
「若いな。しかし、時として羨むぞ。エンチャント・フォース」アーレンが力の底上げを。
「中衛以下密集隊形。全員前衛の付与に回れ」スケカンの声が飛んだ。
「うわー、ごり押しかぁ」
スケカンとアカネだけは神出鬼没のブラインへの警戒を解けない。
魔王級を同時に2人相手は難しく。
「後で先生に怒られそうですね。プリシット・エルファイアー」
ガレストイからの補助を受け、大剣から炎が吹き出て鍔の手前で止まった。
「強引さなら、おれも負けんぞ!トマホーク・スライ」
メーデンのアクスが天井を掠めて頭上を通過した。刃を受けた先頭の取り巻きの1体が仰け反り、僅かな隙間から魔王が見えた。
「・・・し・・・しょう。もう・・・いいの?」
身体の芯から震える。これが、死の恐怖。思わず足が止まり掛けた。
「断じて否!前代では2度も死んだ身。今更恐怖など。臆して堪るものか!!」
剣を引き、突きの構えを取る。
「兄様・・・」
「ウィート。ダリエ。道を作りましょう」
「はい!グレアード・ランサー」仰け反った取り巻きの背に向い、低空からの突き上げ。
刺突は胴を貫き通し、胸から先端が見えていた。
「良い線だが、まだ早い」真後ろでブラインの声がした。
「師匠。たまには弟子たちの成長を、素直に喜んだらどうっすか」
スケカンがブラインの腕を掴んで。
「そうよ。私たちを無視して楽しもうなんて。ミラージュ・ウォール・W」
前衛の4人を切り分ける壁が連なる。これで、邪魔は無くなった。
「死地。切り開くは我が剣。ブライトニング・デスロード!!」
勇者と妹が左右を開いた、その隙間。見えた魔王に、直一閃。
芯の魔石を砕き、膝に乗り上げ頭頂までを斬り分けた。
掴んだ好機。逃しはしない。
順を違わねば、聖剣でなくとも魔王を倒せる事を。今日、証明して見せた。
翌朝。俺とユードだけが、先生のお叱りを受けた。
小屋から離れた丘の上で。2人、正座をさせられて。飯も一日抜きらしい。
「何で、おれもなんだよ!」
「さぁ・・・?」
何でも。戦闘中に休憩を挟んでいたから、らしい・・・。
本当は、発展技を出したのが2人だからです。
茜氏が除外されたのは・・・なぜでしょうね。