第2章 第29話 プリンセス・タートル
訓練3週目。突入前日。
休暇の終わり。夕食後の団らんを過ごそうかとしていた時。
「ブライン。あなた、いったい何て事を」
「何の事かね。セラス」
突如として、御夫婦に険悪な間が差した。夫婦喧嘩は犬も狼も食わないって。
日も落ちてからの突然の来訪者。
真っピンクの来訪者。来るのは見えてはいた。
小屋の玄関が、豪快に叩かれた。ノックの定義が・・・。
「ツヨシ。今度は誰なの?」
クレネが怒っている。こっちの危機?いや違う。これ以上身に覚えがない。覚え・・・。
「さ、寒い。海に帰りたい。でもここまで来たのだし。せめて、一晩の宿を」
「お入り、下さい」
真新しい・・・。血生臭い毛皮を何層にも重ね着した、澄んだ青目の少女が招かれた。
思わずゴラちゃんと目が合った。
「私は知らぬぞ」俺も知らない。
解散直前での来客に、全員が居間に集まる中。
「港を巡り、ブライン殿の噂を聞きつけ馳せ参じました。キル・ケット・シーと申します」
やったー!俺じゃない。良かった。本当に良かった。服?獣の王?
目的が自分じゃないと解った時点で、席を立とうとした。
「ツヨシさんは・・・、皆さんも居て下さい」女神様に呼び止められてしまった。
仕方なく座り直す。椅子が足りないのでドサクサに紛れて、俺の膝の上にゴラちゃんが座った。他の嫁たちがムッとしたのは余所に。この状況でお尻を押し付けるのはお止め下さい。
「単刀直入に言おう。ブライン殿の妃の一人に加えて欲しい」
・・・。全員の言葉が奪われる。ダリエ君と目が合った。
「知りません!断じて」だろうね。
「子は産める。沢山産める自信があり申す」やっぱこれって。
「私は知らぬと言うに」ゴラちゃんが膝上で憤慨する。モジモジ止めて、マジで。
「あなた・・・」
「キル、とやら。話が私には見えないのだが」
「お戯れを。これより3百年程前に、南の海岸で妾を救ってくれたではありませんか」
な、長い。スパンが長い!
「おぉ、あれか。気紛れで助けた四柱の」
覚えとんのかーーーい。四柱って何?
「前代で、ランバルの下に居た四柱の内一柱。それが彼女」
「まだランバルの呪いを受けていないようでな。海に帰しただけだが」
ん?ランバルのとこの四柱?海に帰した?
「あれでしょ。朱雀、白虎、青龍、玄武・・・。げんぶ・・・。ゲップス?」
「知るか!」
「あれより修練を重ね。人型に成れたのも最近故に。参じるのが遅くなりました。さぁ憎き人間共を共に根絶やしにしましょうぞ。そして、正妻殿の許可を得て、妾を!」何を?
俺たちぶっ殺すって聞こえたけど。俺が人間であるならだけど。
「まだ話が見えないが。私は人間の味方であり、ここに集う彼らも大半が人間種」
「そうで御座ったか。では共に手を取り、魔王を滅ぼしましょう。そして妾を!」
御座りますとも。圧と熱量が凄い。ベースが可愛いだけに勿体ない。魔族か何かか。
毛皮の端から見える腕には、格子状の地茶色い鱗が見えている。半魚人、ではなそう。
「彼女は海王の、亀の娘です。ツヨシさん・・・」
そんな、悲しそうな目を向けられましても。
亀の娘?亀の子?四柱の一つだった?ランバルの配下・・・。
「ゴラちゃん・・・。少し、夜風に当りたいんだ。降りて、くれないか」
「何よ剛。トイレなら中にあるでしょ。水洗じゃないけど」
違います。断じて、違います。男ならお外で大丈夫、って話じゃないです。
「ツヨシさん。皆に教えてあげて下さい・・・」
女神さん。あんた鬼だぜ。
「ランバルの。玄武ってのは。エリクサー・・・、秘薬の大元の原料だ」
それ以上は言えない。言えるワケがねえ。
「キルとやら。私の為に、死んでくれ」
師匠ーーーーーー。言っちゃダメなやつ。それダメなやつだって。
「前は私も一度葬った。ツヨシがやれないのなら、私が」
クレネさーーーん。止めよう。無名に手を掛けるの止めよう。
在庫のリンゴをジャムにする前に焼き尽くしたのとか、全部忘れるから止めよう。
「ブライン殿がお望みならば。拙者は何時でもこの命ささげ・・・え?」
ご本人の許可が降りるとか。カルマがどうとかの問題じゃない。
「落着いて下さい。皆様。私が殺害した後に、記憶を消し去れば問題あ」
あるよ!大ありだよ!ウィート、優しさを取り戻して来いよ!
「僕なら略奪出来ます!その後に僕をグリエール様の手で」
ダリエ君!それ無理だよ。種族特性の類いだから無理だよ。スキルですらないし!てめぇのシークレットは不屈か?不屈なのか?どうしてグリエールちゃんを見詰めて笑ってやがるんだ。
「くっ・・・」
グリエールも。黒剣から手を離しなさい。考えなくていいから。
一同が落着きを取り戻した頃。緊急会議は再開した。
「勝った」
今度は茜が俺の膝の上に。他の・・・以下省略。
ゴラちゃんより若干座高が高いので、腹話術感は否めないが完全に無視。
「みんな落着いてくれ。この際、エリクサーは切り捨てて考えよう。師匠も薬に頼るなと日頃から言っているように。各自で盡力と魔力配分を考えながら戦って行くしかない」
茜の腕を取って身振り手振り。本人も楽しんでいるのでやってしまえ。
「魔力は茜がガンガンガシガシ摂取して、他のサポートをする」
「は?・・・マジで?」
茜の腕が拒絶反応を示したが無視だ。
「エルドやも酸っぱく言っておったからのぉ。配分を考えろと」
マップも行き渡っているので問題はない。前代に引き続き苦手な人も数人いるが、自己分析程度なら出来る。
「問題があるとすれば。盡力組。主に人間種組だ。俺らは特に残量を計算して臨みたい。ギリギリのゴリ押しでは、何時か誰かが倒される。断言しよう。この中の誰か一人でも欠けるなら、魔神へは辿り着けない。キルさん、一緒に戦えるか?」
敵だからと無闇に殺してしまった俺が言うべきじゃないのは重々承知の上。
「戦えるな?」本人よりも師匠が先に。元はと言えば、あなたが・・・。
「はい。ブライン殿の為ならこの命」
「その命には別の使い道がある。死にそうになったら言いなさい」
優しく語り掛ける師匠の頬には、セラス様特性の紅葉の痕が出来ていた。
「あなたを信用していた私の失態です」元はと言えば・・・まぁいいや。
「誰を責めた所で状況は変わらないし、薬も無い。四柱が三柱になっただけでも良しとして。明日からのカリシウム討伐戦に備えよう。頑丈な壁役が入ってくれたが、彼女に頼り切りではこれまでの訓練が無駄になる。柔軟に臨機応変に行こう。解散、お休み」
一同は解散した。
「キルさん。内々にお話があります。今夜は私たちの寝室に」
「おぉ、初〇ですか?良いのですか?」
「そちらは許した訳ではありません」
気になる語りだが、御夫婦の営みを気にするとか。キモいので止め止め。
今宵。エリクサーへの道は閉ざされた。
嘆いている暇は無い。キルは数百年単位で師匠を慕い、海を越えてやって来た。
前代でのシーパスたちとの旅と重なるものがある。その想いまで似ている。
等しく否定も、非道を尽くせる権利は誰にも無い。
誰かを犠牲にして掴む勝利など、砂上の城のまんま。
諦めると、やけに晴れやかな気分で深く眠れた。悩みの一つが降ろされたからかも。
前代のあの時も、彼女は操られ攻撃こそして来たが。最後の瞬間まで生きようと藻掻いていた。死霊化とかは関係なく、俺が彼女を殺したのは事実。
「私たち、でしょ?」
「・・・だな。俺たちがだな」
本当に久し振りに、5人で同じ部屋で眠った。ツインベッド、有り難し。
翌朝。俺だけが間の床に寝ていたのはご愛敬・・・。世の男性諸君、多妻であってもこんなもんだよ。旦那の扱いなんて。
お気付きでしょうか。
主人公が、どの重要項目をスッポリと忘れているのか
コミカルに書きましたが内容はエグいです。
申し訳程度に主人公の言い訳を最後に挿入しました