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第2章 第27話 天照らす光


 彷徨っていた。この、胸を突き上げるような怒りは何だろう。

 廃国。ここに来れば何かが掴めると。

 目覚める前の記憶が曖昧で、殆ど何も思い出せていない。

 真っ白な翼を持つ誰かと戦っていた。

 後ろには仲間が一人居た気がする。

 重なる瓦礫と腐敗した遺体が疎らに転がる。

 元ゼルゲン王国の中枢。王都ククルシュ。

 街中の水路は破壊され、道の敷石は無惨に抉り返されていた。

 「ピエドロ様」

 「何だ、フレア。疲れたのか?」

 俺の後ろには3人の女性が連なって歩いていた。

 元従軍奴隷の女性たち。俺は一人で行くと言ったのに、勝手に付いて来てしまった。


 カルメノ村では結局3ヶ月程を過ごした。

 途中で2度、オルタナ軍が攻めて来たがその2度共全滅させてやると、潔く軍を退く。

 収拾した上質な武具をサウザンムリブ国の先遣隊に売り払い、村を潤しサウザンの領土として締結させた。俺の目の前で。異議を唱える者や刃向かう者も居ない。

 スムーズな交渉を取り纏め、村長に村の近くの小山の茶木で産業を興す事を伝えた。

 カルメノには手は出すな。たった一言をサウザンの軍将に伝えるだけで丸く収まる。

 この箱の中の3つ剣さえあれば、国一つ滅ぼすのも簡単に思えた。

 俺の身体は疲れを知らない。毒にもある程度の耐性があり、剣を使わずとも素早く動け、力も無尽蔵に湧いてくる。黒い剣のお陰で斬れば斬るほど強くなった。

 村の産業が流通の兆しが見えた頃に、漸く安心して村を立つ決意を固めた。

 ゼルゲンの生き残りたちの目は、最後まで冷たかったな。燻る怒りを誰かに向けたかったのだと思う。そうしないと前に進めない時もある。俺の中に在る怒りとは違う。

 その頃には「疾風の悪魔」と呼ばれ、恐れられ、サウザンの人々に畏怖された。

 恐怖が人を、村を救う事もあるのだと。奇妙な感慨を覚える。

 別段南の国に用は無い。引き寄せられたのはここだけ。

 誰も居ない廃国。今居るのは俺たちと、疎らな盗賊だけ。

 「いいえ。体調は良好です。ただ・・・」

 「何だよ。気を遣わずハッキリ言ってくれ。いつも言っているだろ」

 付いて来たのに気を遣う。女の気遣いはよく解らない。答えを催促してみた。

 「はい。今日は何処にお泊まりになるのかと。ここは酷く、匂います」

 3人とも鼻を押さえている。気が利かなかったのは俺のようだ。

 「悪いな。こんな場所では俺も寝る気はしない」

 この街中で最も大きな建物。国旗を失った廃れた王城を指差した。

 「丁度いい場所があるだろ。先客が数人居るが、排除すれば寝床には困らない」

 「流石はピエドロ様」

 俺の身体は不可思議そのもの。強さを増す程に周囲の景色が鮮明に見え、隠れてこちらの様子を伺う輩の陰まで透けて見えた。

 何をしようとしているのか。次にどう動くのかなど。これは予見に近い。

 戦闘で銀剣を使わなくとも無敗を続けられた、主な理由。

 疾風の悪魔。得てして妙だが、正に悪魔だと感じる。

 魔王だと誹られても可笑しくないのに、すでにこの大陸には魔王が居るらしい。

 サウザンの軍将からの情報なので、確度は高い。

 ここより東。カルメノ村から北東部。元々ドワーフの集落が在った場所に、魔王は城を築いたと聞いた。

 行ってみたいと思っていた場所だけに、とても残念だが近付かないようにしている。

 幾ら強かろうと、人間が魔王に勝てる道理が見つからない。

 挑む理由も無いのでは、行ってみても意味は無く。無駄な事はしない主義だ。


 王城の門の前まで到着すると、鈍間な弓矢が一本飛んで来た。

 交渉前の宣戦布告。

 相手の力量も確かめずに攻撃するとは。実に愚か。

 難無く掴み取り、へし折って掲げて見せた。勿論中に居る奴らに向かって。

 「少し塀陰に隠れて待っていろ。俺に斬られたくなければその場所から動くな」

 いつものように3人は頷き返し、物陰に隠れる。ずっとこうして来たのだから、彼女たちも随分と慣れたもの。何の為に付いて来たのかは不明である。

 足手纏いだけには為るまいと努力はしているようなので、文句はないのだが。

 3層に分かれた回廊を巡り、各所の盗賊を狩る。

 急所だけを突き、床が汚物の血で汚れる前に、窓穴から死体を外へと放り捨てた。

 折角高い金を支払い、彼女たちに買い与えた靴が汚されるのが嫌だった。

 心に深い傷を負い、未だに笑わない彼女たち。何処か自分に似ている。

 俺は奴隷兵だったのだろうか。

 奥部の間に辿り着く。

 玉座に跨がる小汚い男と目が合った。

 「な・・・、なん」

 臭い息すら吸うに値しない。途中で拾った盗賊仲間の湾剣で、口から突いて背もたれまで貫いた。

 「先に喧嘩を売ったのは、お前たちだからな」

 裏手口から数人が逃げて行く。面白そうなので、見逃してやろう。慈悲ではなく興が乗った。

 新手を連れてきてくれると、暇潰しにもなる。

 浜辺で拾われてからここまで。俺は誰にも手子摺った事がない。死の恐怖を味わった事もない。出会う奴は皆、雑魚ばかり。幾ら斬っても心は躍らない。


 掃除が終わり、門外の彼女たちの下へと戻った。

 「掃除が終わったぞ。ベッドでもと・・・」

 3人とも服が返り血で濡れていた。

 「伏兵が居たもので。襲って来たので仕方なく」

 若い女と見れば群がる男たち。気持ちが悪い。

 「済まなかった。連れて行くと、自由に動けないのでな」

 「解っております」

 「何時もの事ですから」

 「敬愛するのは、ピエドロ様だけ」

 「フレア、ザリ、マカスミ。無理はするな。声を上げれば、戻って来るから」

 薄く笑う3人。常備させた短剣で、人を殺したときだけ笑顔を浮かべる。

 心を壊す、危険な兆候。それに快楽を感じてしまったら、もう人には戻れない。

 何かの手を打つべきか。題する案が浮かばない。

 今から村に戻れと言っても聞かないだろう。


 王家の寝室。大きな部屋の中央に佇むベッドが一つ。

 壁際の家財は荒れ果て、中身は下着一枚残されていない。垂れ下がる天幕が寂しく風に揺れていた。主を失った王宮は、隙間だらけの荒ら屋にも見えた。

 国は栄え、何かを間違え、魔神とやらに滅ぼされた。

 何処にも何も感じない。俺の中の想い出は蘇らない。やはり初めて見る場所だった。

 どうして俺は生き残り、どうしてこの国の鎧を着ていたのか。

 考えても何も浮かばず、何もかも忘れたくて。

 少しかび臭いベッドの上で、3人と交わった。貪るように、獣のように。


 夕が過ぎ、夜が来て、朝を迎える。

 「悪かった。当て付けのように抱いてしまって」

 3人が起きるのを待ち、頭を下げる。

 「謝らないで下さい」

 「こうなる事を望んで付いてきたのですから」

 「ピエドロ様の情けが欲しくて。浅ましい女だと、笑ってくださいな」

 少しだけ。ほんの少しだけ、朗らかに笑う3人を見て、俺も釣られて笑う。

 胸の中の炎が、幾分和らいだ気がした。

 元従軍奴隷の彼女たち。本当は男に抱かれるのも嫌に違いない。無理をしてまで。

 「やっと、笑ってくれましたね」

 「もっと早くに、お見せして欲しかったです」

 「可愛い笑顔。来た甲斐がありました」

 良かったのか。俺なんかで。気が利かない言葉は止そうと心に仕舞った。

 本心から浮かべる笑顔を見回し、フレアーレに視線を戻すと。

 「アルテマ・・・、地下室・・・」

 頭の中で誰かが囁いた。何処かで聞いていたような・・・。

 「地下室?」

 「地下室、がどうかされましたか」

 「ピエドロ様?」

 心配そうに見詰める3人に、大丈夫だと返し、乱れた衣服を整えた。

 

 朝になっても何も思い出せなかったら、出立してノーザングリブへと向かおうとしていた。

 ノーザンも、魔王に滅ぼされたと聞く。

 このゼルゲンと何か繋がりがあると踏んで。

 浅い眠りから覚めた頃、今朝のあの声を聞いた。

 急に地下室と言われても。

 オルタナの軍と最初に当った時、俺は出任せを口にした。

 王宮の宝物庫には、まだ隠された武具が眠っていると。

 「嘘から出た真、って言葉もあるしな。行くだけ行こう」

 「ええ・・・」

 「何か、気になる事でも?」

 「はい。理由は解りませんが、私も下に呼ばれているような気がして」

 昨日までとは違い、ハキハキと喋るようになった。少しは、心を開いてくれたか。

 何にしろ、良い傾向だと思う。

 閉ざしているのは自分もだな。

 一息付いてから。「行こう」

少女たちの返事を聞き、1層まで降りた。

 下へと続く階段はあっさりと見つかった。在ったのは、地下牢への扉だけだったのだが。

 鍵を探すのも面倒なので、分厚い鉄錠扉を蹴破る。


 盗賊の陰も見えない。異臭を放つ死体も無い。

 あれは身体に染み付くからな。無いほうがいいに決まっている。

 地下牢の数ある檻は、錆び付いて崩れ掛けていた。

 不自然な位に何も無い。まるで使われていなかったかのように。

 牢内には目もくれず、看守室に置いてあった松明に、火打ち石で火を着けた。

 背にしている少女たちが、隠れるように震えていた。

 暗闇でこれまで何をされてきたかを思い出している。

 「怖いなら、上で待つか?」

 「いいえ。ピエドロ様のお側に居ます」

 「居させて下さい」

 「ピエドロ様のお側程、安全な場所はありませんから」

 信用されていると見るべきか。または利用されているとして、使われるだけの価値は俺にまだ在るのだと自重気味に笑った。

 

 「ここで最後か」

 最奥の牢屋。室内は一番に大きい。しかしここにも何も無い。

 脆い格子を土台から外し、通路を確保した。

 「この奥から、何かを感じます」

 フレアーレの言葉には同感だが。

 「罠もある。下手に触れるな」奥の壁に手を触れようとした彼女を止める。

 一歩下がったフレアーレと交代し、入念に観察する。

 確信は持てない。一端檻の外へ退出して、適度な角石を手に壁へと投げ付けた。

 ガラガラと壁が崩れると同時。牢内の床が全体に崩れ落ちた。

 「古典的な、仕掛けですわね」

 ザリが口にした言葉に薄く笑い、フレアが済まなそうに謝っている。

 底穴を覗くと、壁伝いに両側から穴を塞ぐように槍状の突起が出ていた。上からでは底は見通せない。

 「気にするな、何事もなかった。欲深い者が罠を張る時は、大抵お宝がある」

 盗掘されていなければ。

 継いでの罠に注意し、大きめの石を数回投げ込んでみた。

 2度目は前後に、3度目は全体的に。次々に突起が飛び出て、4度目は何も無かった。

 「これで油断を誘い」

 5度目は全体。底板に仕掛けがある様子。以降は奇数回に罠、偶数回に無動が続く。

 「ピエドロ様。もう投げ込めるような物が」

 近場の石は投げ尽くしてしまった。

 「丁度良い所に」

 「へへっ、そんなとこに通路があったのか」

 盗賊を逃しておいて正解だった。相手は2人。既に抜刀している。躊躇う事もない。

 松明をフレアに預け、盗賊の2人の首を刎ねた。

 響いた悲鳴で後続がゾロゾロと現れる。合計で13の重りが出来た。

 後は投げ込むだけ。偶数回を残すように、全てを投入した。

 最後の一人の背中が僅かに見えた。

 「共に死んでみるか?」問い掛けに対し、3人は同時に頷いた。

 松明を持ったフレアを背におぶり、2人の腰を抱えて飛び降りる。

 転がる死体を踏み台に、見えた横穴へと入る。

 「これより先、まだ何かあるのでしょうか」

 「さぁな。深い穴だ。持ち主さえ通れなくなるような罠は敷かないと思いたい」

 鼻に付く血の臭いを背にして、俺を先頭に横穴を進んだ。

 進む程に通路は広くなり、4人の身体でも余裕が出て来た頃。

 「扉、ですね」フレアの呟きに頷く。見たままだからな。

 錠前もあり、罠も当然あるだろう。

 「いいか。扉と言う物はだな」

 躊躇を捨てて、扉の中央を蹴破った。

 「壊す為にあるものだ。覚えておくといい」

 「それが出来るのは・・・いいえ、何でもございません」

 続きは気になるが、先へと進もう。破壊した瓦礫と木片を蹴り先を行かせる。

 広い空間に出る手前。

 「落とし穴、ですね」見たままだ。

 両辺だけを残して、中央部に穴が空いた。またも下は見えないが、覗いている暇は無い。

 松明の油が切れそうだ。時間は余り無い。下は切り捨てる。

 再び3人を抱え、穴を飛び越して広間に出た。


 壁沿いのレリーフ。戦場を描いているようだが、悠長に眺めては居られない。

 広間の中央部には、大きな台座があり、煌びやかな細工が施された鞘に包まれた長剣が一振り置かれる。

 「振れてみても良いですか?」フレアが了解を求めて来る。何か惹かれる物でもあるのか。

 ご丁寧に背負えるように鎖紐が付いていた。

 「触るだけでは勿体ない。持って行けと言わんばかりだ。掴んだら直ぐに背負い、俺の背に乗れ。松明は床に捨てていい。2人は腰を抱えるぞ」

 「今更・・・」

 「ピエドロ様。順序が」

 ザリとマカスミが隣に寄り添い、俺は台座に背を向けて待つ。

 「細かいな。嫌なのか?」

 「それも、今更ですわ」

 フレアが剣を持ち上げたお同時に、床下でカチリと何かが鳴った。

 彼女の重みと、腕が巻き付くのを確認後に足を曲げて、台座の上に跳び乗った。


 「何も、見えませんね」見たままだ。何も見えないが。

 台座を残して床が崩れたようだ。松明を失い、完全な暗闇で奈落では無事では済まない。

 徐にフレアの右腕が首から外れた。

 「どうした、フレア」

 「いえ、手が、勝手に剣へと」

 フレアーレが剣の短身を抜き出すと、覗いた刀身から目映い光が溢れ出す。

 主に背中越しで良く見えないが。

 背の負う光の源は空間全体を照らし出す。遍く天の日の光のように。

 下方に現れる細い道筋。新たに出来た横穴へと続いている。

 「アルテマ。その剣の真名のようだ。それはフレアが持って行くといいだろう」

 「羨ましいですが」

 「私たちには、同じ事は出来ないでしょうね」

 両腕の2人が残念がっているが、剣が持ち主を選ぶのも有り得ない事ではない。これは諦めて貰うしかないな。

 「さぁ、帰ろう。光ある内に」

 「はい、ピエドロ様」




 訓練2週、6日目。

 北大洞窟。俺たちは、その入口手前で攻め倦ねていた。

 日暮れが近付く。このままでは間に合わない。

 焦りは禁物だが、ここは全員で畳み込むべきか悩み処。

 「否!ここで退いては勇者の名折れ。ウィート」

 「はい!グリー。行きますよ」

 グリエールが入口に向かって差し向けた剣先に、ウィートが立ち乗った。

 ここ数日で、この2人の連携練度が格段に上昇した。あの師匠を以てしても舌を巻くほどに。

 「倒さねば倒される。でもここは終わりではない。ファルナイト・レクイエム!!」

 ウィートの身体を宙に打上げ、振り下ろしからの黒い縦一閃。

 「天より注ぐ光。全てを照らし出す。セイグリッド・ブレイバーーー!!」

 宙を舞う体制からの白い横一閃。彼女の背中には、あるはずのない真っ白な翼が見えた気がした。

 「おぉ、自分自身で壁を破ったか」師匠の呟きが聞こえた。

 「漸く、揃いましたね。あなた」セラスが隣に並び立つ。

 「あぁ、最後の鍵が」

 勝手に無いと思い込んでいた。シークレットスキル、寡欲のその先。

 その眩しい光に相応しい。名は、「天照」

 師匠の拳を一手に引き受けていた俺は、光を目にしながら気を失った。

 何を平然と語ってるんだよ、この夫婦。俺、死にかけてるんですけ・・・ど。

ウィートさんがフレアーレとピエドロの子孫というルートは

気持ち悪いので止めます


手に持つ剣は違えども、生まれ持ったスキルは変わらず続く


何でも消せば良いという物ではありませんよね

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