第2章 第25話 ある戦場/ある恩返し
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グリエールのカップを片付け、温くなったお茶を淹れ直す。
茶を一口だけ飲み、口を開く。
「折角の機会です。今一度確認させて下さい。女神様」
「何なりと。殿方がお帰りになるまでに、でしたら」
「前代で・・・、濁さずに言います。前代で、私たちの未来は。別には無かったのでしょうか」
後ろ向きの考え方。私が一番に嫌う事。何振り構っては入られない。
「在りました。幾つもの選択肢。例えば、ウィーネストさん」
「はい」
「あなたは、ツヨシさんに言われるままに。集う仲間から離れました」
「・・・」
「例えば、ゴライアイスさん。合体を果たす時に、あなたはツヨシさんに反発されなかった」
「・・・」
「例えば、アカネさん。あなたは2人の彼を止める事なく送り出してしまいました」
「・・・」
「言えば、クレネさん。彼が離れて行くのに。少しも止めなかった」
「・・・全てが、私たちの間違いだったと」
「易い言葉です。神の意から外れようとするこの世界。今は未だ名も無き世界。人間、竜族、天使、賢人。その4つの壁を以てしても、逃げ続ける彼は捕まえられなかった」
4人とも同様に押し黙る。
「彼は。ウィーネストさんに、祖父を討たせるのを拒み。自ら愛するゴライアイスさんの分離体を討つのを拒み。帰ろうとするアカネさんを送り出し。クレネさんの身を案じた」
「・・・」
「振り返り、どうすると言うのでしょう。過去を変えたい。それは、誰の望みですか?私たちは過去を経て、ここへと辿り着きました。戻る術はありません。神から降りた私も、この世界が終わりであると信じて他を捨てました」
女神様も心で泣いている。
「前代は。ここではない世界は独立しました。私が離れ、神が居なくなる世界。その先を見る事も最早叶いません」
気になっていたのは、その後の話。
「加えましょう。ツヨシさんとクレネさんを失った彼らは、自らと仲間と力を合わせ、数年を掛けて己を磨き上げ、魔神へと挑みました。私が知り得たのはそこまで。繋がりたい?未来へと飛び手助けをしたい。望むのは勝手です。自らの道を、己が手や足で乗り越えようと抗う未来。やっとの思いで掴み取った未来を、壊すのですか?」
私たちは何も出来ない。私は何も。繋げてしまえば、世界は均衡を崩し両方が崩壊する。
「不安でしょう。進むのが辛いでしょう。明日が、未来が見えないでしょう。約束された明日はありません。言いましょう。私に頼らないで下さい。これは賭けです。勝率が極めて低い賭け」
女神様の言葉が、重く肩に伸し掛かる。
「私に後が無いように。あなた方にも後ろはありません」
「前を。向きましょう」
私の手にウィートの手が重なる。体温ではない温もり。優しさ。愛情。
「今までと何も変わらないじゃん。これからも戦うんでしょ」
アカネも同じ。皆も同じ。この世界は、誰かだけの世界ではない。
「私ら4人。同じ男を愛でる意味?一々答えを求めるでない。無粋じゃろ」
ゴライアイスの睨み目。怒っているのではない。
夫の後ろ向きな癖が写ったようだ。嫁失格。母様ならどう諭すのだろう。
「旦那の尻は、叩く物じゃなく、蹴り上げる物よ」とでも言うのだろうか。
私だけでは足りないと思っていた。何かが足りないと。だから4人なのかも知れない。
今は私に出来る事をやるだけ。
「お料理、頑張るから。みんなも訓練頑張ってね」
「・・・」ウィートとアカネと女神様が何故か言葉を失っている。どうして?
「料理かえ?そうじゃウィート。カニ鍋を所望するぞ。ずーーーっと待っておったのじゃからな」
「はい。賜りました」
ウィートと私の違いとは何だろう・・・。
昨夜。同居間、-
「なぜかね、クレネ」
私が作った料理の皿を前に、おじさんは腕組みをして怒っていた。
「焦しました」
「ふと私が目を離した隙に。何故一瞬で変化したのか。理解が・・・」
女神様。それは私を助けているの?貶めているの?
「料理の事ではない。この、真っ黒なホワイトシチューの事は関係はない」
「では何に対して怒っているの?」
「どうして、君のレベルが上がっている」
「お料理、頑張ったから?」
おじさんは目を閉じて、一息吐き出した。
「たかがとは言わない。エルド師も台所は戦場だとよくよく言われていたのだし。だが男女問わず料理人は、料理をしているだけで戦闘レベルまで上がるのか?その様な訳がないだろう。君のステータスカードを見てみなさい」
胸元からカードを取り出して見た。あら?
「316・・・」戦ってもいないのに。
「やはりな。多少の個人差はあるが、外の組と同様に上がってしまっている」
「グリエールさんと、ウィーネストさんのお陰でしょう」
「セラス。その訳とは」
「導師と導き手のスキルの影響としか思えません。2人が同じ場所に居て、戦いの間に頭の中で描いてしまっているのでしょう」
「私が、共に戦っているイメージを?」
「成程。解心した。今更2人に忘却は出来ない。心が壊れてしまうからな」
私にここから離れろとでも言うのだろうか。
「私はここに居たい。ツヨシと皆と一緒に。里には帰りません」
「勿論だ。計画予定に変更はない。次代の天空神が確定させるまでは、君のレベルは極力上げない方向性は変えられない。後は」
「地神がどう「動く」のか、ですね」
これは、この3人だから出来る話。他の者には聞かせられない。
小屋にはおじさんが掛けた、強力な結界が張られている。盗聴される心配も無い。
「私たちの見立てと、彼の御神様のお気持ちが変わらなければ良いのだが」
「そればかりは、誰にも解りません」
「ああ、そうだともクレネ。だから君は」
「引き続き。お料理、頑張ります」
「・・・程々にな」
おじさんが言う程々の意味が、私にはよく解らなかった。
外の皆が食べられるのは、私が作った物だけと決められている。
今日は焦してしまったが、これでも上達したほうだ。もっと精進せねば。
頑張ろう!
PT
よいしょ・・・。よいしょ・・・。歩く、歩く、全力で。
今日も海辺は良い天気。照り付ける太陽。日を返し輝く波間。
私はこの景色が大好き。地上まで出て来て、一番の収穫。
白い砂浜を歩いていると。悪い人間の子供が何人か寄って来た。
「やーい、この鈍間ー」
砂場の小石をぶつけられた。痛くもないけど面倒くさいなぁ。酷い事するなぁ。
首と手足を引っ込めて、子供たちが去ってくれるのを待った。
「つまんねー。ひっくり返してやる」
起き上がるのが大変なの。止めてくれないかなぁ。
背は硬くとも、お腹は柔いの。女の子なんだから、恥ずかしいの。
ひっくり返された。もー、帰ってお父さんに言い付けてやる。
お父さん、怒ると怖いんだからね。
最近、お隣のおじさんと急に仲が悪くなって喧嘩を始めてしまった。
争い事は嫌い。お家まで荒らされて、地上に逃げて来たのに。
人間が嫌いになりそう。でも私は賢い女の子。ちゃんと分別ある子なのよ。悪い子と良い子の見分けは出来るんだからね。
非力な子供の足でお腹を踏みつけられる。
ちょっとだけ痛いなぁ。早くどっか行ってくれないかなぁ。
「止めなさい君たち。抵抗出来ない者を甚振って。碌な大人にはなれないぞ」
透き通った声。何処か懐かしい音色。
「うるせぇやい!おれたちの勝手だろ」
「勝手?ならば私がここで君たちを殺してしまうのも、勝手かね?」
声の主が何かを引き抜く音が聞こえた。
「ひ、ひや~~~」
子供たちは慌てて逃げて行ったみたい。良かったぁ。
お礼を伝えようと、首を出して声の主を探した。
丁度起こしてくれてたみたいで、私の頭がぶつかりそうになった。
尖りお耳。黄金色の髪。青く澄んだ瞳。その青色は、静かな時の海のよう。
人間?じゃないよね。
美しい、人。将来人型に変身出来るようになったら、この人と・・・。
「まだ魔王の呪いは掛かってないようだ。お家に帰りなさい」
魔王?呪い?何の事だろう・・・。素直に帰ればいいのかな。喧嘩してるから、余り帰りたくないのに。
仕方ないな。のんびりと海を渡って、時間を潰しながら帰ろう。時間は沢山あるんだもん。
「ありがとう。いつか、このご恩は返します」
言葉には出来なくとも、目と首で訴えた。嬉しい事に、波打ち際まで運んでくれた。
優しい、人。
地上の人も悪くない。悪い人も居るだけで。
海に入ってから、顔を出して振り返る。
浜辺にはもう彼の姿は無かった。
いつかまた。会えるかなぁ。会えるといいなぁ。会いたいなぁ。
なんて事をしちゃうんだ、我らが師匠・・・
どうする主人公。どうなるエリクサー。残りは僅かだぞ。
前代にも魔神討伐完遂ルートは在りましたのお話です。
ここで問題です。
どうして居ないはずの2人が、あの場面に存在したのでしょうか。
それが討伐編の鍵となります。
あの話には重大な誤植ミスがあります。魔剣ではなく、魔槍でしたね。
私のミスですが面白いのでそのままにしちゃいます。