第2章 第22話 竜の鉄槌
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最深部に降り立った。
複雑怪奇な回廊故に、宙を舞うには天井が低い。
糞尿の臭気が立ち籠め、鼻が潰された。しかし私にはマップがある。
迫り来る数を減らせば、本命は見える。
「火は吹くな!引火して埋められるぞ。夜目を使え」
「は、ふごおぉ」
止めて正解じゃの。
整地された回廊。排泄物が点々としている以外は真新しい。
まるで、何年も前から準備されているかのよう。
魔城形成直後に来れば、準備段階で叩けると思っていた。宛てが外れじゃ。
残存魔力は・・・。およそ3割。配下のほうは心配はない。地竜の生血を吸い続けているのでな。
「周囲の雑魚は任せるぞ。蹴散らせい!」
格下が重ね波のように退いた傍から押し返して来る。
配下の踏ん張りで、目の前に僅かな隙間が出来上がる。
見えたぞ!
「ウィング・エッジ!」単純な法でも随分と持って行かれておるのぉ。
ガルバトゥス。何層にも重ねられた濃い土色の硬鱗。
エッジが軽く弾かれ、横壁に突き刺さった。威力も本家に遙か劣る。
「随分と臆病者じゃのぉ」
「何用か?元魔王。弱小の人間に擬態するとは、天の竜姫の名に恥じよう」
「そうでもないぞよ。食らうばかりで知りもせんクセに。ほざくな若造」
人型に擬態しているのは、魔剣を使う為でもあるがの。
「口だけは達者。貴様が倒された後、地上の森を蹂躙してやろうと思っていた。そっちから現れるとは、実に面白い」
何をタラタラと。時間稼ぎ?
「どうした?掛かってはこんのか。行かせて貰うぞよ」
魔剣の刃を鱗の一枚に突き当てる。
「ほう。面白い剣だな。魂を喰らうか」鱗すら消し飛ばない。
余裕綽々。入った皹も塞がった。相手にする程、回復再生は厄介じゃ。
ツヨシとクレネが欲しがった訳じゃのぉ。
翻して5歩手前に降りる。序でに周囲に群がる格下を斬り捲る。
まだ足りぬか。手元の魔剣を確かめたが反応はない。
「この大飯ぐらいが!どれだけ吸い続ければよい」
足りぬと言うなら。目の前の生命力溢れる餌でも食らうかの。
魔王の魔力を直接食らい続けた魔剣がどうなるか。充填の次は放出。
魔に傾き過ぎた放出では、魔王に与えられるダメージが変わってくる。
魔石を砕かずに放棄したのは、宿主と共に葬らねばならぬから。単品では意味がない。
グリエールの技は、私の体内に魔石が入っていた状態であったからこそ成功した。
魔王の魔石が認めた者と繋がった状態でないと、聖剣であっても倒しきるのは難しい。
どう出るかは解らんが。
鱗の壁を叩く事を選択した。叩く叩く叩き付ける。斬れぬなら!
「おぉぉぉ。流石に痛いぞ」痛がるだけ。
対面に立っていた鱗が、一部表面に突き立つ。
「シールド・ディザー」
魔王が吠えた。と同時に、突き立った鱗が放射状に排出された。
アカネの羽根に比べれば幼稚。
「温いわ」私自身は難無く回避する。
「貴様はな!」
「ぐぉぉぉ」
狙いは後ろじゃったか。
後方に気を取られた直後、見えていない所から右脇腹に被弾した。一状ではない。
「余所見とは良い度胸」
被弾かと思いきや、地面から尾の先が出ていた。厚い壁に気を取られたのぉ。
再生が追い付かない。脇腹からの出血が止まらぬ。
「姫様!」
「狼狽えるな!鈍足の弾が避けられぬなら撤収せよ」
大声が傷に響き、目が眩む。残りの魔力が傷を塞ごうと垂れ流された。
ツヨシ・・・。すまぬ。何とか剣を支えに、膝だけは着くまいと踏ん張った。
撤収かを迷う配下の脇から、擦り抜ける一人の人物が現れた。
「あーら、ゴラちゃんじゃない。こんな所で奇遇ねぇ。手は、足りてる?」
「エルド・・・」
見違えようのない赤髪。は夜目なので解らなかったが、あの声は間違えない。
「これは僥倖。邪魔者が2人も現れてくれるとは」
「でも、ここ臭いわねぇ。早く片して、お風呂にしなきゃ。ゴラちゃんも行水する?」
そこは私も風呂に入れてくれ。
「サンド・ディル・ガイア」魔王の咆哮。鱗の壁が二手に分かれ本体が姿を現わす。
最早地竜の姿ではない。象のような太い脚。長い黒爪。
「土竜かしら?」
「蟻食じゃろ」
「アルマジロ?」
「似たような物じゃ!えーい何でも良いわ。何か薬は無いかえ」
「秘薬ならあるけど?飲む?毒だから、死ぬか生きるかの賭けよぉ」
地面から生える無数の尻尾攻撃を避けながら。賢人の秘薬を受け取った。
あの意表を突いた間がなければ、再びは動けなかった。
「不味い!不味いぞよ。こんな不味い物が秘薬とはのぉ」
結果深手も塞がり、死んでもおらん。回復量はツヨシの上級薬並。
「時が欲しい。稼げるかえ」
「誰に向かって叩いてるのかなぁ?この悪いお口」
「す、ふまむ」唇を掴まれ怒られた。
「今日だけは特別よぉ。地面が揺れて、寝られやしない。お肌の敵よ、蜥蜴風情が!!」
エルドの弓が光を放つ。吸い寄せられるように群がる格下地竜。
魔王の攻撃は止んではいない。この足場の悪い中での弓攻撃。常套では考えられぬ。
この賢人は常識で測ってはならぬのじゃが。ある意味ツヨシの反則技に近い物を感じる。
「陽炎」
輝く残像だけを残し、本体は・・・。天井に3体!それぞれが別々の動き。恐ろしや!
魔剣を見る。まだか!この薄鈍。ここで叩き折るぞ!
エルドの光の弓に呼応したのか、漸く輝き出した。脅しに屈したのか・・・。
「「「終の陣。破綻の舞。滅殺!三散」」」
天井から光の矢が魔王目掛けて降り注ぐ。数ではない。あれは光の束。
「ガぁぁぁぁぁぁ」名前?
負けてはおれぬと尻尾の一本を踏み潰し、満を持して解き放つ。残魔力1割。全てくれてやるわ!
「ドラゴニック・スマッシャー!!!」
黒い凝縮された球体が現れ、立ち塞がる壁も何のその。全てを薙ぎ倒しての突撃。
上部からの光。正面からの黒い鉄槌。狭い最深部に逃げ場無し。
哀れ魔王よ。エルドさえ来なければ。吸じた魔石が完全であったら。勝てたかも知れぬな。
断末魔を上げる間も無く、魔王は魔石と共に砕け散った。
私は魔力を使い果たし、その場で意識を失った。
「よいしょっと。ゴラちゃん、預かっても良いかしら?」
「姫様をど、どちらへ?」
「魔王でないなら、お客人として招くわ。不服?」
「こ、殺すのですか?」
「人聞き悪いわねぇ。お客さんを殺す訳がないでしょ」
「で、では、なぜ」
「あんな強引な戦い方じゃ、魔神とは戦えないわ。戦場で気絶しちゃうなんて、言語道断。お説教と、調教」
「ちょ、調教とは・・・」
「あなたたちも、来る?」
「け、結構です。ご自由にお持ち帰り下さい」
この裏切り者共め!と、意識があれば訴えておったじゃろうな。
短いですが、キリが良かったので打ち上げます。
竜姫さんの合流は、いつになるんでしょうね。