第2章 第21話 雪原のお別れ
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前後左右。上下のあらゆる穴と言う穴から続々と、這い出して来る醜き地竜。
明らかに標的は私である。
地竜たちの晩餐会。そこへのこのこと飛び込んだ私たち。
亜種でありながら、一向に交われなかったのも納得。
此奴らは、私を蹂躙し喰らおうとしている。
これ程の物量とは・・・。私程度のマップでは意味を成さない。
数が多く、重なり合っていた。初見を見誤った。
見え透いた罠に嵌ったのは。欲望の油に火種を投げ入れたのは。この私。
「死ぬ事は私が許さん!我が手の左!」
「ハッ!」
左側の大穴に配下たちが回り込む。こちらの数は減っていない。
王はこちらが削がれ、疲弊し、魔力を使い果たすのを狙っている。
小物に構っては居られない。
火を地面へ吹き放ち、反動を利用して小飛。右手眼前の大物狩りを開始した。
「バイパーファング!」
真横からの一体に足首を噛み付かれた。蜥蜴が蛇の真似事じゃと?
「笑止よなっ」
そんな柔い歯が通る訳が無かろう。
魔剣で首ごと斬り落として突き進む。正面突破を果たし、配下から離れた場に着地した。
「サークレット・レイヴン」
前代で人であった時の異名。剣闘士。これは人間たちの技。
回旋斬撃。羽根を畳んで回り、舞う。
魔剣で斬られた地竜たちが消し飛んだ。
これはソールイーターじゃったか。魂喰らい。その名に恥じぬ生業。
一陣の波は収まったかの。
「何をチマチマ遊んでおるか!躊躇うな!食われる前に食い散らかせ」
各個撃破を繰り返している配下に檄を飛ばした。
「しかし!それでは、魔に振れてしまい・・・」
「元魔王の配下のお前たちが、恐れる事なぞ在るものか!!」
私たちは強く成らなければならない。強く在らねばならない。
同じ袂の竜として。地竜たちを糧とする。あの人が求める力と成る為に。
魔王の足止めなんぞ生温い。魔王さえ屠れるこの手の魔剣。
ブラインよ。其方は何処まで読んでおったのかのぉ。次に会うのが楽しみじゃ。
新たな楽しみを見つけ、谷の深部へと歩を進めた。
勇者グリエールたち一行は、俺たちの3日遅れの昼前に小屋へと到着した。
斬首の刑を申し渡され、断頭台の前でずっと待たされているような気分だった。
「それでは始めるが、覚悟はいいかね?」
「・・・はい。お願いします」俺が答えるのは筋がまるで違う。
俺の返答は関係無い。いいえと答えた所で何も変わらない。
他の皆の信用を失うだけだ。
師匠が記憶を戻していない5人の前に立った。
「前代「まで」の記憶を思い出せ。リ・メンバー」
まで?師匠が俺を確実に殺しに来た。爆弾を抱えたまま、俺に先を行かせない。師匠の優しさが垣間見えた。
一時の間の後、やがて意識を取り戻した勇者とその仲間たち。
グリエールが1人立ち上がり、俺の前に来た。
「スケカン殿。後ほどにお話が有ります。お時間頂けますか?」
目を逸らしたい。逃げたい。でも逸らしては、いけない。
しっかりとグリエールの目を見据えた。
「勿論。女神様の話が終わった後に」
「お願いします」
怒るでもなく、悲しむでもない。例えるなら、全くの無表情。己の感情を押し殺しているように見えた。
女神の話には、一様に驚き、クレネたちとも顔を見合わせ、泣き笑い抱き締め合っていた。
あのグリエールの笑顔が、二度と自分には向けられないと思うと胸が苦しかった。
勇者の仲間の目も、同じ様に冷やかだった。
5つ目のペルチェに敗れ去り、目の前でクレネを殺された。前代のように逆上するでもなく、俺はリヴィジョンを使って過去のアダントへと飛んだ。
あの時も、魔王になった時も、前代でも。俺は自分が犯した罪から逃げただけ。
昼間の内にと。俺とグリエール、仲間たちと共に雪原まで出た。
「おれを殺したいと願うなら。クレネの出産が終わった後にしてくれないか」
クレネを盾にするとは何たる卑怯。それでも母子の命には代えられない。
仲間たちは表情を変えずに見守っている。
「殺す?何を言っているのか意味が解らないのですが」
「前前代で。おれは君に、とても酷い事を・・・。言い逃れはしない」
「あぁ、あれですか?確かに。痛くて、苦しくて、辛くて、悲しくて、恥ずかしくて。何も、仲間やガレースが見ている前でと恨みました」
「・・・」
「恨みも憎みもしましたが、不甲斐ない自分を責めました」
「・・・自分を?」
悪いのは全面的に俺なのに。
「そうです。私にもっと力があれば。前代位に強さと意志があの時あれば。ブシファーの呪いに捕われていたスケカン殿を救う事だって出来たのですから。自分の弱さを後悔していました」
己の弱さを。
「あの時の、あなたの言葉を聞いていなければ。心底憎んでいたのでしょう」
「言葉?」何も、思い当たらない。
「来るなと。呪いに抗いながら、来るなと私に」
あぁ・・・。俺は言っていたかも知れない。
「もう止めにしませんか?互いを責めるのは。たら、ればは好きじゃありません。あの後、少し男性不信になりかけましたが、ガレースと皆さんが救ってくれました」
勇者一行が停滞していた時期と重なる。
「少し遅れてあなたの後を追いましたが、再びお会い出来たのは、3人がペルチェに殺されてしまった後。衰弱していたペルチェを何とか倒し、あなたの遺体を足蹴に砕いてしまったのは許して下さいね」
冷めた微笑で、怖い事を。
「それで、御破算手打ちとしましょう。今となっては過去の事。今はもう無い過去の出来事。嘗ては知らなかったウィートも、今では親友。クレネさんも私に取っても大切な人です。前代で言えなかった言葉を言います」
差し出された左手。彼女は左利きだったんだな。
「スケカン殿。あなたは1人じゃない。あなた1人を先へは行かせません。後ろではなく、横に立つ多くの仲間を。私も含めて、信じて下さい。そして皆の手で、魔神を滅ぼしましょう」
あぁ、そうだ。俺は最初からみんなの事を、信じてなかったんだ・・・。何処か見下して。
「よろしく、お願いします!」
流れる涙が止まらない。泣きたいのはグリエールなのに。許して、下さい。
「解って頂けて良かったです。本当に泣き虫だったのですね。ウィートも、クレネさんも、アカネさんも、ゴラ様も。二度と悲しみで泣かしたら、この私が許しませんよ」
「あぁ、もう誰も泣かせない。もしもの時は、容赦無くぶった斬ってくれ」
「約束、ですよ」
グリエールの優しい手を、強く握り返した。
「スケカンさん。私は、必ず。あなたを越えて見せます。グリエを、愛する者として」
頼んだ。そうでなくちゃ、勇者の旦那は務まらない。
ガレストイの後で、メデスが前に出た。
「教皇の事。疑ってしまってすまん。あの後、ペルチェを倒した後の話だが。おれ達は、教皇の罠に嵌り、即日の内に斬首刑となった」
「はぁぁぁ?何でそうなるんだよ」意味が不明過ぎる。
「グリエールの謀反の兆し。ガレストイの離反。ユードの淫行。兄貴の神官への暴行。おれの脱税。軽い物から嘘八百並べられてな。隣国の承認も無しに、全て教皇の独断でだ」
「おれのは、アスモーデの犯罪歴を着せられたんだぞ」ユードが怒りを滲ませる。
そりゃ誰でも怒る。自分じゃなく、人の分とは。
「前代でのクーデターは。グリエールの暴走があったとしても、ある意味で正解だった。それも踏まえて尚、聞いておきたい」
「教皇を、救えないか。だろ?」
ここ数日、グリエールちゃん以外で考えていた事の一つ。
「6と7つ目は未確定。さっき女神様から聞いた通り、7つ目はアスモーデでほぼ確定。前代で手を貸してくれた魂は消失している。何の遠慮もなく倒せる。その上で、6つ目を空白にしてしまう危険性・・・」
「該当者が居ない」ガレー君が冷静に分析する。
「不安定、未確定のままペルチェを倒してしまうと。誰に旗が突き刺さるか解らない。最悪の場合はおれたちの仲間の内の中から。今一番可能性があるのはゲップスだ。折角助けた仲間を魔王にしたくないし、ウィートをまた悲しませる」
「他に手は、本当に無いのか?考えてくれ、スケカンよ。最悪クーデターはいい。一般民に被害が及ぶのが堪え難い。知っているのに、解っているのに死なせる何て」
「教皇を倒す前に、一般人を逃がすってのは?」
「第1都市部の信者は、聖都の中でも信仰に厚い方々です。難しいですね」
ガレー君、冷静。
「誰かいねぇかなぁ。誰か・・・」
陥落寸前の超弩級の極悪人。盗賊集団?盗賊と一括りにしても全員が悪い人ではない。中にはユードのような義賊もちゃんと居る。カゼカの南東部に嘗て堕落の極致みたいな国が在ったらしいが、現在はブシファーに滅ぼされて消えている。ブシファーが潰した理由は不明。
人で考えるから難しいのか。
悪いほうの魔族。悪い奴を見つけたとして、従属させられてる魔族たちには迷惑。
「魔族の方も、救う積もりなのですか?」
「そうだよ?普通じゃん」
「す、凄い・・・」グリエールちゃんが目を丸くして驚いている。何で?
ウロウロと、新雪を踏みながら頭を捻る。妙案が浮かばない。
例えば、空っぽの人形。パペット系だな。そいつに魔王を宿らせる。難敵だが弱点はある。
足元の雪。踏み固めた足跡。固くなった雪。雪の氷。氷?
「あ!居た。居たぞ!打って付けの器が」
「本当か!」メデス君。肩がめっちゃ痛いんですけど。
しかしあれをどう使う?
「中へ戻ろう。今は公開出来ないが、ペルチェの討伐前に詳細を話す」
方法は女神様がしっている。俺の不得意分野だから助力をお願いしよう。
前代の海での旅は、全くの無駄ではなかった。
女神よ・・・。あんた、本当に怖い女だよ。
大海を渡る大きな流れ。それは万物の源であり、命を分けたはずの大地にまで繋がり、今ここに至る。
俺はもう、迷わない。
--〇-
私は、一つ大きな嘘を付いた。嘘は嫌いなのに。
何かを掴み、意気揚々と小屋へ向かう彼の背中を追うように。
あの件の後も、私は彼の背中を追っていた。
最中に意識を取り戻した私は、私の上で泣きながら腰を振る見知らぬ男の顔を眺め。
激しい痛みの後に訪れた、快楽の波に吞まれ溺れた。仲間、ガレースが居るのも忘れ。
最後には、自ら足を絡ませる始末。それが魔王の呪いと解っていても尚。抗えなかった。
生まれは名も無き村の農夫の娘。貴族も通らない辺境の田舎。
勇者として、祭られなければ。村で一番丈夫な男と所帯を持つ。そう決まっていたのだから仕方が無い。
丈夫な子を産みさえすればそれだけでいい。相手の風貌や私情も一切関係ない。
主に恋や性を諦めて。ボロの絵本の中だけの幻想と。自分に言い聞かせ。
形だけの修行経て、一度目も魔城に挑む前に火山に籠もり。ブシファーを倒そうと画策した。
戦乱の中でなら普通に死ねる。殺されても誰も不思議に思わない。勇者が負けたと騒ぐ程度。
死因は誰も気にも留めない。
ブシファーの悪評は有名で、田舎娘の私でさえ知っていた。
絶命と共に、陵辱を受ける可能性は大いに在った。そこに向かえと教皇は私たちに命じた。
そう私は、勇ましく戦う振りをして、魔城へと挑んだ。
玉座の間に辿り着く。通路の魔物はバラバラに粉砕されていたのだから、こちらは無傷。
間には、肩で息を上げる男性が一人。
傍らには砕かれた大きな魔石。手には魔剣を持っていた。
間違いない。この人が魔王を討ったのだ。勇者でなくても討てる人が居る。
心からの喜びに踊らされ、不用意に彼へと近付いた。
落着いて状況を見れば、近付いてはいけなかった。あれは私の落ち度でもある。
助け出された後の数日間。魔王の呪いに侵され、性に目覚めてしまった。
ガレースが頑張ってくれなければ、きっと他の仲間にも手を出していただろう。
呪いが除去出来た後も、彼の後を追った。もう一度抱いて欲しくて。
目的地が解らない。教皇は何も教えてくれない。
ユードに情報を集めて貰い、各地へと渡った。追い着けそうで追い着けない。
追い着けたのは5つ目。遂に死に目には会えなかった。
我武者羅にペルチェを磨り潰し、彼の亡骸に縋った。
「どうして?」
傍らには顔を潰された2人の女性の遺体もある。垂れた腕の向きから、彼の大切な人だったのだと解った。
「どうして!私を。勇者である私を!連れて行ってはくれなかったんですか!」
ガレースたちの慰めの言葉は私には届かなかった。
聖都に戻った私たち。私は錯乱し、教皇に罵声を浴びせ罵った。
謀反の兆候ありと、判断されたのは無理もない。その後の顛末はメデスの通りに。
前代ではガレースが居てくれた。愛してくれた。こんなに汚い私を。
彼の背中が離れて行く。遠い背中。二度と、男性としては届かぬ背中。
触れられない。触れてはいけない。
悲しみは無い。私にはもう愛するガレースが居るのだから。
「ガレース。これからも、私を支えてくれますか?」卑怯だと思いながら口走る。
「ええ、勿論ですとも。可愛いグリエ。愛しいグリエ」
「私も愛しています。ガレース。前も、今も、これからも」
最初もと言えない自分が情けない。些細な事でも構わない。少しずつ返して行こう。
だから、告げます。彼に届かぬ声で。
「さようなら。嘗ての想い人」
男が女心を書いてしまうと、どうしても逃げたくなりますね。
女性は強い。と解っていても。
勇者が魔剣を扱える理由となる話です。
何処かの回想には加えます。