第2章 第18話 長い時、永い刻
部屋に戻り、翼を伸ばして、クルクル回る茜を俺たち3人で眺めていた。
「まー、良かったんじゃない?今はこれしかないでしょ。責任取って嫁に加えるとか言い出したら、本気でどうやって殺そうかと考えてたわよ」
言わなくて良かった・・・。暴走した俺なら言いそう。
昨日の3人の言葉が無かったら。
今はこれしかない。茜さんの言う通り。
いつの日か、彼女が自力で何もかもを思い出したら。どんな答えでも受け止める。その覚悟さえ持って、逃げなければいいんだと。信じるしかない。
出来れば悪即斬だけは、止めて欲しいな。
「これ以上考えたって答えは出ない。茜、ありがとな。戻ってくれて。その・・・おれが言うのもアレだけど」
「戻ったほうの剛の事?」
「そうそう。・・・大丈夫なのか?1人で」
「大丈夫よ。剛と同じ事をしたからb」何その親指。って、うそん?
「出来たのか?どうやって?」
「そんなの女神ちゃんに頼んだに決まってるっしょ?ただ、少し性格のバランスが崩れて、ちょっぴり残忍なほうが帰っちゃった」
いいのかよ!と心配した所でどうにも出来ん。戻った2人に任せよう。
「こ、今度聞かせてくれよ。元の世界の事」
「なーに?こちが嫌になって帰りたいとか?」
バンとクレネが立ち上がった。気が早いですよ。
「ちょ・・・」
「違う違う。安心してくれ。向こうのお袋と親父が、どうなっていたのかが気になっただけ」
「あぁ、そうね。元気だったよ。私たちが起きる寸前までは、たいぶ追い込まれてたけど。金銭的にも精神的にも。でもそこは私のパパさんが協力してくれてたみたい」
「そっか、良かった。これで一安心。後はあいつに任せるさ。で、こっちでの挨拶だが・・・」
今後の進路について悩んでいる事を話した。
クレネの両親に会うのは確定。ウィートとゲップスの祖父さん、ペルディア現国王の扱いについて。現時点では国民共々生きている。元気かどうかは別で。
「ウィートは帰りたいか?救いたいか?」
「お会いしたい気持ちはあります。なぜ私たち兄弟だけを追放したのか。直系である両親を殺害してまで。何を思っていたのかを。お聞きしてみたいです」
両親は既に亡くなっているんだな。
「ごめんなウィート。君の前で、親の話をしてしまって」
「お気になさらず。親とは言っても、生前も数回会っただけの不逞の両親でしたから。今ではお顔すら思い出せません。ツヨシ様は、寂しくはないのですか?」
これ以上の深掘りは止めよう。デリカシーが無さ過ぎる。俺でも解るよ。
「寂しくはない・・・と言えば嘘だな。元の世界を懐かしく、寂しいと思う時も度々ある。おれにはみんなが居てくれるから、寂しいよりは幸せ者だよ。おれの場合は、半分は望んでこっちに来たようなもんだしさ」
「ツヨシ」クレネが飛び付いて来た。慌てて抱き止め、熱い抱擁。あぁ、いい匂い。
「それで。これからの進路だが。ブシファーの強さを見た限り。このまま南に行ってもランバルに全滅させられるのがオチだ。勇者たちと共闘しようと、ウィートの宝剣があろうと、茜が居ようともな」
「ではやはり。行くのか?おじさんの所へ」
「しか手はないだろ。中央のペルチェは、ウィートが単独撃破出来る位にならないと。接近するだけでアウト。宝剣も先に手に入れないと戦えもしない」
「うへぇ。私も修行に参加すんの?」
「師匠なら何人増えたって変わらないから安心しろ。みんなで地獄見ようぜ」
「剛。目が笑いながら死んでる。こ、怖い・・・」
「お話を聞く限り、前代と同じになるのでは?」
「そうでもないさ。グリエール組と行動を共にする。それだけでも師匠との修行期間が短縮出来る。グリエール組と別行動を取るかどうかを考えるのは、ゴラちゃんが暴れ出した時だけ」
クレネの拳が握られる。燃やさせないさ。・・・消火はするからね。もしもの場合は。
テレポートが使えるようになるのは概算で盡力が300以降。半端に使えば肉体の一部だけが飛んで行く。我ながら恐ろしい事をしたもんだ。冷静に冷静に。
念話も500以上無いと厳しい。双方のバランス、通話時間と余力盡力にも影響が出る。
マップは修行後辺りにならないと、ワールド表示不可+信用性に欠ける。
現状でランバルと数十万の軍隊に挑む危険性が、充分にお解り頂けただろう。
プランはこうだ。
ゲップスと合流後、グリエールちゃんたちと聖都に訪問。教皇に仲間だと認めさせる。魔剣をチラつかせても良し。
いや早いか。
ダリエ君を招集。又は誘拐。ウィートの寡欲を芽が出る前に奪って貰う。
これだけでもかなりハードルが高い。説明が超難しい&エリクサーをどう飲ませるの?
アスモーデは今の所はスルー。
北に渡り、師匠との修行。修行自体も短縮するか、最悪途中で切り上げる。
南に折り返し、人間同士の戦争を食い止める。宝剣を報酬としてゲット。
祖父さんに会うかどうかはウィートの気持ち次第で決める。
「今直ぐには決め兼ねます。兄様とも相談したいです。寡欲はまだ発現していません。上手く行かなかったら自力で何とかして見せます!」
よく言った!偉いぞウィート。犯人は妹の茜らしいが、真偽は不明。
女神が信用出来ないんじゃなく、信じたくない気持ちが締める。何を思って与えたのか。
南に行った時にあの小屋へ立ち寄るのもいいだろう。上手く聞き出せるとも思えないが。
こればかりは不確定要素の色が強い。
クレネを妊娠させなきゃいいじゃんて?それはその・・・その時の流れってやつさ。
「以上が今浮かぶ最善と最短ルートだ」
「ゴラと、里を後に回すの?」
「不満だろうが今は我慢してくれ。ゴラちゃんが何時どの時点で暴れ出すのかが鍵になる」
「ゴラちゃんも前の記憶持ってたりしない?」
「期待したいけど。そこまで都合良く運べるとは思えないな。それに」
「それに?」
「ゴラちゃんは、おれの圧倒的強さを見せれば・・・。見せ・・・。ん?」
「どしたの?」
「ゴラは、前代よりも。格段に強い」クレネさん!
大正解で大問題だ。単独撃破どころか、勇者組だけで倒せるのか。それより前に俺と出会わなければどうなるんだ?嫁に来たいと思わないのでは・・・。
停止しながら思考中。
「タイマンで。差しでおれが倒すしかない!今回はグリエールちゃんじゃなくて」
やっべぇ。嫁にする前に嫁と戦うのか・・・。訳が!わ・か・り・ま・せん。
今回のシーパス君たちには期待は出来ない。だって普通の一般人だもん。ベースではそこらの人間よりは強いだろうけどね!
「ダメだ・・・。昨日の晩から無い頭使い過ぎて、疲れた。ちょっとだけ寝るわ」
立ったままだと余計に疲れるので、クレネの肩を借りてベッドにダイブした。
元世界の誰かさんよりも、最速で眠りに落ちた。スピードスター・・・?
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「ずっる。クレネそれ狙ってたな」
ベッドの前でアカネが口を尖らせている。正妻特権だ、許せ。
「元気になったけど。眠そうに見えたから」
ツヨシの頭は今、私の膝の上に在る。大きめの鼾が可愛らしい。
これから激しい戦いの連続となる。こんな一時の休息くらい、女神は許してくれるだろう。
女神とおじさんは、残る力の限りで私の魂を過去へと飛ばしてくれた。
記憶を持ったままと言うおまけ付きで。
感謝しかない。感謝だけでは語れない。
膝の上で眠る彼と、私にやり直す機会を与えてくれた。
ツヨシの計画には不備は無い。無いのに、まだ何かが足りない。そんな胸騒ぎが鳴り止まなかった。
期待してはいけない。解っている。その上で、ゴライアイスも同じなのではと期待する。
東の竜の魔城で、私たちが来るのを。
私よりも遙かに長い時を越えて。待っていてくれていると。
「ウィート。お願いがあるの」
「解っております。グリーと他の皆さんで、近くのダンジョンにでも潜りましょう」
「私も。どうせやる事ないし。サポートするわ。大きな魔石は私が食べるってことで」
凄いなアカネは。魔物の魔石を喰らうなど。前代でも思い至らなかった。
「食べ過ぎて、魔王にはならないでね」
「肝に銘じとくわ。大丈夫よ。私にだってクレネと同じ位に、愛があるから」
笑ってはいるが、寂しげにも見えた。強くなる為でも、どうか無理はしないで。
「二度と私に、弓を向けさせないで」
「解ってるって。クドいぞ」
ブシファーと戦っている最中でも、私はアカネに照準を引き絞っていた。
あんな想いはもう沢山。早く終わらせたい。でも焦ってはいけない。
眠れる旦那様の顔を見ながら、私は女神に祈った。
「ワールドマップ、オープン」
表示はまだまだ全盛期には至らない。
けれども、北西の空に浮かぶ虹色だけは。あの時のまま、静かに佇んでいた。
これが再び動き出す時。それが全ての答えを出す時だと。何となく解った。
独りになった旅の途中でも。きっとこれからの修行の時でも。
ブラインおじさんは、私だけを強くはしない。
そこに、全く別の理由が有るかのように感じる。
スッキリなんて行きません。
4人は口には出さずとも、7つ目を心配しています。
いったい誰がと