第2章 第17話 消せない罪を背負い
こちらに来てからの数ある想い出の記憶の中で。
避けられない大きな罪が一つある。
無かった事にしてはいけない記憶。
「犯せ・・・、勇者を犯せ。仲間の目の前で・・・」
伸び来るブシファーの魔手が、俺の首を掴んで離さない。
欲望のままに、心のままに、流されるまま。
心の深い部分を侵食されて、逃げ場など何処にも無かった。
「く・・・来るな、勇者・・・」
絞り出した言葉は、届く事はなく。
「ど、どうされたのですか?」
ブシファーを単独で破った俺に、後から来た勇者一行の面々が近付いて来る。
苦しむ俺を助けてくれようと。
「グリエール!その人は危険です。彼から離れて!」
ガレストイの叫びも虚しく響き。
「え・・・?」
俺はグリエールを、手にした魔剣で斬り付けてしまった。反動で彼女は聖剣を手放してその場に崩れる。
駄目だ!止めろ!俺の身体を勝手に・・・、勝手に・・・。止めてくれ。
「そこを動くなよ。お前らは、そこで指を咥えて見ているがいい」
身動きが取れないガレストイたちを、醜悪な目で眺めながら、意識を失った彼女の衣服を無理矢理に引き裂いた。それから・・・。
「で?それを、私たちに聞かせて、あんたはどうして欲しいワケ?」
茜があからさまに声を荒げていた。
「・・・」
他の2人に言葉は無い。ただ俺をじっと黙って見詰めるだけ。
何かの答えが欲しい。そう思うのは、単なる我が儘だ。
「あれだけは、無かった事には出来ない。グリエールに、謝罪がしたい」
茜の本気のビンタが飛んで来た。避けられもしない。
「何て言うのよ!え?別の世界で酷い事をしました、許して下さい?バカなの?」
「ごめん・・・」
「相手が違う!それはね、あんたのエゴよ。自分勝手に、自分1人だけ気持ち良くなりたいだけ。自分だけスッキリしたいだけ。有りもしない。この世界では起こりもしない出来事で、あの子の心を無駄に、無闇に傷付けるだけよ!」
「アカネ、それは魔王のスキルのせいで」
「クレネは甘過ぎる。ずっとずっと、そうやって甘やかすから、剛は直ぐに調子に乗るの」
「それが切っ掛けで、私たちの様に記憶を甦らせてしまう可能性もあります。全てを曝け出せるのは素晴らしい考えだと思います。でもそれが、全て正しいとは限りません」
ウィートは何時も冷静だな。
だから何も言わない、か。女神が、彼女たちの記憶をそのままにしているのは。俺が原因。
今までも、今回も。いつも助けてくれていた。信じてなかったのは、俺のほう。
どうして、そんなに優しくするんだよ。断罪してくれたほうが、どんなに。
「今夜は、1人にしてくれ」
「言われなくても!行こう、2人とも。こんなに気分が悪くなったのも久し振りだわ」
「ごめん・・・」壊れたレコーダーかよ。同じ言葉しか言えねぇ。
「落ち着いて。頭を冷やして下さい、ツヨシ様。グリーを傷付けた後の、あなたには。どうか戻らないで下さい」
「ウィート・・・。記憶が?」
「何となくです。前代の時からです。私は、約束を守り、奴隷化から解放してくれたツヨシ様を信じています。お姉様と同じ位に、愛しています。私はもう、逃げません」
そう言って茜の後に立った。
「私も同じ。ツヨシ、戦って。最後の瞬間まで共に、諦めないで。私の場合は、何処が始まりなのかも解らなくなってきた。これだけは言える。命果てるあの時まで、間に合ってくれると信じていました」
その信頼を裏切ったんだな、俺は。情けねぇ。不甲斐ねぇ。見捨てられても可笑しくない。
応えよう。今度こそ、やり遂げる。
背を向けるクレネの姿を目で追った。その肩は僅かに震えていた。
「ねぇ、剛。どうして聞いてくれないの?私がどんな想いで、元の世界を切り捨てて戻って来たのかを」
「聞いても、いいのか?」
「ホンっと、バカ。心配だったからに決まってるじゃない。クレネたちや、あんたを助ける為に決まってるじゃない!」
優しい言葉をぶつけて、3人は部屋から出て行った。行き先は、グリエールの部屋だろう。
広いスウィートに一人切り。寂しく長い、夜が深まる。
-、--、---、--○-
少々強めのノックが響いた。こんな夜更けに誰だろう。
少しだけ重くなった瞼を擦りながら、寝間着のまま扉を開けた。
「あれ?ウィート、どうしたの?それに皆さんも」
「グリー。今夜一晩だけ、お話ししません?」
「お邪魔かしら」
「ちょっとねぇ。夫婦喧嘩てやつ?」
聞かれましても・・・。
「どうぞ。上よりは狭い部屋ですが」
どんな喧嘩をしたのでしょう。3人とも薄着で艶っぽい姿。こんな美女を3人も前にしながら、どの様な我が儘を言えば喧嘩になるの?
3人を招き入れた後は、他愛もない話で盛り上がった。
ウィートの侍女としての苦労話や、ユードに救われた時のお話。盗賊ではなく白馬の王子様だったら恋していたかもとか。
クレネさんの故郷の森里のお話や旅の途中で出会った。酒臭い剣士の話。おじさんと呼ぶブラインさんの英雄談はとても興味深くて。
アカネさんが語る、女神とは別の神々が造った異世界のお話は、まるで夢のようで。魔力を込めない背中の銀翼は、とってもフカフカ柔らかく。剣を向けた事も、少しも気にしていませんでした。
私は面白くないと前置きしながら、生まれ育った名も無き村の麦畑の大変さ。聖都での修行の日々。仲間たちとの出会いと火山洞窟での特訓の話をして。
3人とも笑い、私も知らずに笑顔になって。
気が付けば同じベッドの上で眠ってしまい。どうしてかは解りませんが、目が覚めると起き抜けにクレネさんとキスしていたりと。
「偶然の事故。内緒よ」
事故なら仕方ないですよね。口に指を当てて見せる姿は、失礼な話可愛かった。
賢人の方と出会えるのも奇跡に近いのに。更に天使だなんて。
勇者となって、これ程幸運だと感じた事はありません。
この人たちとなら、死と隣り合わせのこの旅も。決して悪い物じゃないと思えて、幸せでした。
アカネさんの翼に頭を預けると、夢心地に。あー幸せ。
反対側にはウィートの顔が見えて、少しだけ頬をフニフニして遊んでしまった。
「え~~~、マジでぇ。今度は枕にされたぁ。重い。動けない」
薄く涙を浮かべるアカネさんの頭を、クレネさんがヨシヨシと撫でていた。
「やめて~、ヨシヨシ止めてぇ~」
「今度、私もね」
「くっそー。断り切れない私が憎い」
アカネさんにはとても悪いですけど、大笑いしてしまった。
翌朝まで考え続けたが、答え何て浮かばなかった。
食堂に降りると、女子と男子でテーブルを分けて、みんなが朝食を食べていた。
女子はグリエール以外は目も合せてくれない。
「お早う御座います。スケカンさん」
「お、おはよう」
やんわりと返して、男子チームのむさい席に座る。
「席いいかな?昨日、嫁たちと喧嘩しちまって」
「随分と贅沢ですね。空いていますのでどうぞ」
「贅沢だな」
「贅沢だ」
「地獄に堕ちろ」
メデスさんだけ抉って来た。一昨日の話も根にあるのだろう。
何も浮かばなかった。だけど、出来る事も必ずある。
「ガレストイ君。焦らせて悪いが、近く仲間に加える予定の少年は、グリエールちゃん一筋に狙って来るぞ。猛突進で直球で言葉さえ濁さない。のんびり構えてかっ攫われないようにな」
「え?え?何の、話ですか?」
「なーに惚けてるんだよ。そんなのバレバレだっての」
「気付かぬは己のみ、と言う有り難い言葉もある。こと、恋愛に関してはな」
流石アーレン。妻帯者だけはある。言葉が重いぜ。
「待て。おれたちは、まだ仲間になるとも言って」
「おれが信用出来ないのは解る。でも」
女子のテーブルを指差して。
「あんな飛びきりの笑顔を浮かべるグリエールちゃん。引き剥がすのかよ、メデス。彼女たちに免じて、矛を一旦収めてくれないか?」
「くっ・・・。暫くは様子を見させて貰うからな」それでいい。それで充分だ。1人くらい慎重な人が居てくれたほうがいい。
出汁に使って悪かった。仲良くワイワイしている女子から、ガレストイ君に目を戻すと。1人だけグリエールをチラチラ見てはブルブル震えていた。挙動不審だぞ。
「ほ、本当なんですね?じ、時間がないのですね?」
「ああそうさ。女の子は何時までも待ってちゃくれないぜ。行けと。ガツンとデートに誘え。2人切りでだぞ。お友達じゃないんだぞ。取られてもいいのか?後悔したって遅いんだ。なーに脈はぶっとい位ある。おれが保証する」
「おいおいスケカンの旦那。内の頭脳、あんまし苛めるなよ」
「い、行って、言ってきます!」
おー、上出来上出来。ガツンと行って来いや。俺は安心してカップのお茶を口へと運んだ。
グリエールの前に立つ、震えるガレストイ君。
「ぐ、グリエール。ぼ、いえ、私と」そうだ、誘うんだ!
「け、結婚して下さい!!」差し出す右手も震えている。
ブホッ。お茶が、お茶が入っちゃいけない所に。
口をポッカリ開ける6人と、咽せる俺。この胸の痛みは、罪の意識か茶のせいか。
正直よく解りません!
「お、お友達からなら・・・」
ガレストイ君の手を握り返したグリエールの笑顔が、また一段と輝いた。
「おー、すげぇ・・・」
「これはまた、何とも」
「奇跡だ」
メデスさんに同意します!絶望的に激しく。
それぞれの覚悟があり、傷もある。
それを癒やすのも友情であったり愛情であったり。
何が正解かは、人それぞれ。