第2章 第15話 魔城に咲く、銀翼の華
クレネの提案を採用し、勇者グリエールとの接触を試みる。
カゼカミグエの魔城に向かう。ブシファーが復活している頃だ。
アッテネートを立つ前、ゲップスには伝えた。
「南には一人で行くなよ。行く時はおれらと合流してからだ。いいな」
ゲップスの驚いた顔と言ったら。ちょっと面白かった。
「・・・何の事だか解らないが、一応心には留めておこう」
シュレネーさんには、ウィートの専属契約と共に。
「彼にはもう薬は必要ありません。旅立つ2人のやがて帰る場所として、或は父として。2人を笑って送り出して下さい。南の戯事は私が何とかしますので」
「せい・・・。スケカン殿よ。しかとこの命に代えましても」
少々重たい気はしたが、それ程の覚悟を持っているのだと受け取った。
道すがらに振り返った。
傍らにはウィートが居る。侍女として、控え目に俺たちの半歩後ろを歩いている。
彼女は共に歩む決断をしてくれた。契約期間は2年としている。
それから先は、彼女の判断に任せよう。と考えていたのに。
「あーもう無理。我慢出来ない。ツヨシ、少し席を外してくれる?」
クレネが何かをするようだ。俺から水筒を奪い取ると、ウィートの手を引いて入り組んだ茂みの奥へ2人して入って行った。
「な、何をなさるのです!あぁ、ああそんな・・・んんん???」
「静かにしなさい。私に任せればいいの」
甘い囁き声が聞こえる。声が届かない場所まで移動して、岩場に腰を下ろし青空を木々の隙間から見上げた。
どうしようかなぁ。先に行ってもいいのかな。離れると怒られるしな。
見たいな・・・。じゃねぇ!俺どうすりゃいいんだよ!何なら混ぜてくれよ!!
溜息を吐き続けて、待つ事半刻ほど。
スッキリ顔のクレネさんと、若干衣服の乱れが見えるウィート。
クレネの右腕にしがみ付いて、真っ赤な顔で息を切らして肩を揺らしていた。
「あースッキリしたわ」でしょうね!
「男性の経験もありませんのに。新しい扉をこじ開けられた気分です。お姉様」
「急にやり過ぎるなよ。先は長いんだから」
「私の記憶の一部を譲渡しただけよ。悪い事はしてない」
譲渡すげぇな。記憶まで写せるとは。
「お二人のやろうとしている事の一部をお見せ頂きました。堅苦しいですね。ツヨシ様、以前の私とは比べるべくもないですが、捧げる想いは同じです。差し違えてでも魔神は私が滅ぼしましょう。ですから、二人はその後の打開策を見つけて下さい」
「気負わなくていいさ。ハッキリ言えば、前と同じ事をしてもダメなんだ。命を盾になんてしなくていい。生きてくれ。そして、道は自ら決めてくれ」
思わずウィートを抱き締めていた。クレネと同じく、俺も我慢が足りないよな。
「狡いですね、ツヨシ様はいつも。今も未来も。これではもう、離れられないじゃないですか」
「離したくない、ってのが本音かな」
「この私が、簡単に手放すものか」
クレネも俺たちを包むように抱き着いた。温かい、この温もりは絶対に。誰が何と言おうとも。
「ですから、狡いですって・・・」
泣き腫らすウィートが落着くまで、その場で抱き締め合っていた。
「勇者様・・・。グリエールと会うのですね。何だかドキドキします」
少し目が赤いウィート。高鳴る胸を抑えながら、目の端を擦り上げていた。
「こちらは知っているのに。相手には解らない。まだ、だけど。辛いなら、ここらで待っていてもいいんだぞ」
「いいえ。何れは会うのです。兄様の件も含め、全てを二人に任せきりには出来ません。私も共に行きます」
意を決した強い眼差し。聳え立つ魔城に向けられている。
「ゲップスには先手を打ってある。少なくともウィートに剣を交えさせはしない。絶対にな」
「はい・・・」
悪い記憶まで呼び起こされたのだ。気分がいいはずがない。でも今は兄は生きていて、必ず救える道はある。俺はウィートの背中に手を添えた。
「ブシファーは、強いの?」
「どうかなぁ。実際倒したのはグリエールちゃんだし。魔王の身体に乗り移ってたのも数日だったし。魔剣さえ持たせなきゃ、大した事ないと思いたい」
「今の私も聖剣をまだ持っていません。やはりここでの止めはグリエールとなるでしょう」
「前回同様。露払いでもしますかね」
2人が頷くのを見て、勇者到着前の突撃を敢行した。
前回はメテオで外壁を粉砕して逃げた。盡力を使い果たした末に、茜と交戦し殺され掛けた。
エリクサー水はあるが、それに頼った戦い方は非常に危険。
今回は地力突破で盡力を残しておきたい。茜の出方が見えない。
城門は無い。広めの通路も、犇めく魔物を倒すにはやや狭い。
宙を舞い飛ぶ、イビルアイとシャープナー。触手髭を称えた目玉親父と、鋭利な羽を持つ蝙蝠である。毒と呪いが脅威だが、飛行部隊はクレネに全任。
撃たれる前には、クレネの弓矢で射貫かれて地に落ちていた。
地上部隊のミノさんやオークたちにも流れ矢が当たっているが、物ともせずに猛進して向かって来る。
数が多すぎてマップを追っていられない。落とし穴だけに注視した。
俺の手には元リビジョン。今は無名の銀剣が握られている。
時を操る力は失われているが、切れ味と強度は聖剣相当。正直これが無ければ、突撃しようとは考えなかった。
時を超える選択肢はもう無い。残念ではあったが、そこは諦めた。
「ウィート。おれの背中に張り付け。トラップが多い」
「はい!」
ミノさんを両断して逞しい角を折り砕いて通路に置いておいた。
後から来る勇者一行の目印として。この意図はユードが汲んでくれる。
奪い取ったグレートアクスを回旋として投げてみたが、飛距離が今一。
「チッ。やっぱまだ腕力足りねぇな」
オークたちの棍棒に照準を絞って、奪っては振り捲った。
「グレイテスト・ホーン!」
通路の脇から大型のミノさんが突進して来た。頭に黄金の角が生えている。
見えていたので難無く避けると、見事に対岸の壁と頭を合体させていた。
その角が欲しい。絶対高く売れるやつだ。
動きが寸断された隙を突き、ぶっとい首を切り飛ばそうと試みた。が。
刃先が肉壁の途中で食い止められた。動脈にすら届いていない。
ミノの背中に乗り上げ、食い込んだ剣を逆手に体重を乗せ、刃を肉壁の外周に沿わせて反対側まで回り込む。
クレネの弓が足の動きを封じてくれている。ウィートが棍棒でミノケツを殴打して後退を阻害してくれた。
首を一周し終え、壁の薄くなった部位目掛けて剣を振り下ろした。
「金の角ゲット」
根元から砕いて、無造作にBOXに投げ入れ先を急いだ。
広い玉座の間に躍り出ると、一転して静寂。
「来たな。薄汚い人間共め。我が剣を返せ」
玉座に片肘着いて気怠そうに垂れた猪豚が居た。傍らには副官らしき上位魔族が一人。
人型よりも、人間らしい。元人間と言った所だろう。
「はいそうですかって、返せる訳ないだろ。勇者たちが来るまでちょい休憩で」
入口付近で座ってやろうと腰を下ろし掛けた。
「どうして待つものか!」
いきり立つ豚が玉座から叫んでいた。
「知らんがな!待てったら待てよ!」
「五月蠅いぞ。人間め。ブーカ、やれ。女は生かせよ」
「御意に」
ブーカて言うのね。まぁ知ってたけど。分身スキルが如何ほどの物か。
目前で5体に分離した。凄い!本物の分身だった。
「ツヨシ様。剣を貸して下さい。あの技なら前に見ています」
何処で見たのでしょう。あれかな、南で7つ目と当たってた時かな。そこまで記憶戻ってるの?
隣のクレネも小首を傾けている。
女神様の介入と見た。最後だからって無駄遣いしすぎじゃ・・・。
柄を向けて剣を渡すと、即座にブーカの一体目を切り伏せていた。
本気で休憩しようと思っていたが、俺も重い腰を上げてみよう。
水筒の水を一口煽る。
「さぁ、ブシファー。殴り合おうぜ。スピードスター・マックス!」
「な、なんだと!」
近くに居たブーカの分身体を一つ、首を掴んで魔王の顔にキッシング。
抵抗するブシーの拳をブーカで受け止めた。愛は種族も性別も越える。
俺?俺は遠慮します。全力で。種族はいいけど、同性は無理。
砕け散るブーカの頭蓋。
盾が無くなってしまったので、実力行使に切替えた。
後方では、ウィートが3体目。クレネが4体目と交戦中。
豚の蹄が飛んで来る。胸に被弾して段上から降ろされてた。
「いってぇ。何が最弱だよ」肋が数本逝ったようで息苦しい。
鑑定が低いので相手のステータスは読み切れない。されど今の一撃で強さは把握出来た。
聖剣無しでは倒し切れない。魔剣も今の状態では取り出せない。
勇者到着までの時間を稼げるか、何処まで削れるか。
スピードスターを解除した。方針は変えない。中級を取り出して飲み干した。
エリクサーの消耗は極力抑える。
もう一度殴り掛かろうとしたその時だった。
「アンデッド・スレイブ」豚の鳴き声と共に。
周囲に沸き上がるアンデッドたち。一気に広間が埋め尽くされた。
ブーカ5体の遺体まで立ち上がる。個体性能は生前よりは低めが定石。しかしここでの数の暴力は恐ろしい。
「キュアレスト・ブルーム!!」連発不可の一発勝負。右手を地に着け解き放つ。
ピーク時には程遠く。頼む、減ってくれ。責めて半分。
願い届かず、削れたのは。3割強。グリエールちゃんよくこれ撃破出来たな。
感心感心。感心してる場合じゃない!
水筒に手を伸ばし掛けた瞬間に。BOXからゴロりと魔剣が床に落ちて来た。
自分で戻ろうとしている。元の持ち主へと。
魔剣の柄を掴もうとして手が止まる。ここで掴むのが正解か?取り込まれたら終わりだぞ。
「ミラージュ・ウォール!!」
広間に響き渡る懐かしきその声。目の前に立つ褐色肌の女性。背には大きな銀翼があり。
「茜・・・、なのか」
「なんて情けない声出してんのよ・・・。一掃はまだ無理かぁ」
銀色の羽根で築かれた壁を見渡し、茜は魔剣を拾い上げた。
「黒翼よ。戻ったのか?剣を、我が剣をこちらに寄越せ」
「茜!渡しちゃ駄目だ!」
「解ってるって。ちょっとは信じなさいよ、バカ剛」
茜が魔剣を掴んでいても一向に変化が現れない。どうしてと思うよりも。
「茜。頼む、魔剣を持って離脱してくれ!」
「だ、か、ら。信じろって言ってんの!夢想無剣・一極反魂」
魔剣から黒い瘴気が溢れ出すと同時に、茜は翼を靡かせてブシファー目掛けて飛躍した。左手を添えての強突き一手。
不意を突かれた魔王の胸に深々と突き刺さった。
「な、な、ぜ・・・」
「返して欲しいんでしょ。ご先祖様の魂。けど、この剣は貰うわよ」
黒い瘴気だけが凝縮して、ブシファーを包み込んだ。
魔剣を引き抜くと、即座に退避して俺の前に着地した。
「どうして・・・。最初は敵のはずだろ?」
「色々説明したいけど。兎に角今は魔剣を箱に入れて。すぐ傍までグリエールちゃんたちが来てる。面倒でしょ?もう中身は抜いたから、触っても問題無いわ」
言われた通り、魔剣を握っても何も変化が無かった。思考が追い付かない。
今は考えずに、魔剣をBOXに収納した。
「危なかったんだからね。あの豚、中の半漁に乗り移ろうとしてたんだから」
「す、すまん」
「それと、久し振りね。クレネと、ウィートちゃん。またよろしく。と、クレネ。あれは忘れてないから。ママにもあんなに叩かれた事ないから!絶対いつかやり返す。覚悟して」
「あれは・・・、怒りに任せてと言うか。ごめんなさい」
「お久し振りです。許してあげて下さい。今度、美味しいご飯でも作りますから」
「ご飯で釣られるとは。でも今はそれで許したげる」
3人だけの話題で盛り上がっている。疎外感が半端ない。
「まだ終わってないわよ。あの豚」
茜が勝手に取り出した金の角を不味そうに囓りながら、ブシファーを指差した。
それ売り物なんですけど!恐るべし未知の金属。純金まで丸齧り出来るとは。
「ブォォォォォォーーーーーー」
豚の叫びが木霊する。振動で壁中に皹が入った。こっちの鼓膜も破れそう。
瘴気が晴れ、中から現れたのは。
2対の猪の頭部を持つ、ブシファーだった。
賢人さんと堕天使さんの間に何があったのかも後日談にて。
サクサク感を出す為に、ご都合ってあるのだと私は信じます。