第2章 第13話 ほんの小さな一歩目
「待ってください!スケカンさん。闇に落ちるのにはまだ早いです!」
深い闇に飲み込まれる寸前で、ダリエの叫びが胸に届いた。
「・・・何だ?言ってみろ」
「クレネさんの言っていた通りですね。宛ら女神様にでも復讐してやろうとか、考えているのではないですか?」
ガーディアンを鞘に戻して、両手を腰に据えている。暫く見ない内に随分と成長したものだ。
「・・・」
「これは、直接聞いた訳ではないですが。賢人の女性は、出産後に夫である人が傍に居ないと衰弱死してしまうそうです。例外なく。クレネさんにも奇跡は訪れませんでした」
「なっ・・・」
そんな話は聞いていない。だからなのか。賢人種の出生率が著しく低いのは。
てっきり長寿故の淘汰なのだと思っていた。
「ここから北。魔王の洞窟よりももっと先に、時の狭間は在りました。魔神の影を僕らで倒し、扉は開かれました。そこで2人が待っています」
「女神と、誰だ?」
「あなたが、師匠と呼ぶ方です」
「師匠が?何が何だか訳が解らねぇ」
「あの方は、スケカンさんがもしも現れたら、こう伝えろと。まだ手は在ると。そしてそれは、あなた以外には使えないとも」
俺以外には、使えない術?何も思い当たらない。どうやら直接聞くしかないようだ。
「・・・おれたちの子供は、今どうしているんだ」
「安心して下さい。3人の奥方様と共に、聖都に向かわれました。僕はここで。他の人たちは、スケカンさんが訪れそうな場所でそれぞれ待機しています」
「ちょっと待て。今、3人と言ったか?」
「はい。ウィー姉さんとゴラ様、アカネ様と共に」
茜が?どうしてだ。元の世界に帰ったはずなのに。
「茜が、戻って来たのか・・・」
「もっとも、お二人は剣と鞘。実際子育てをしているのは、ウィー姉さんとグリエール様だと思いますけど」
聖都へ行けば、子供とみんなに会える。正直に揺れている。後ろ髪も引かれる思い。
「父親失格だな。おれは」
「若輩の僕が言うのも筋違いですが。本当にそうですね」
言ってくれるぜ。まったく。本当に成長したんだな、ダリエ。
「ありがとう、ダリエ。感謝序でに、もう一つ頼まれてくれ」
「・・・嫌な予感しかしませんけど、何ですか?」
「あいつらを鍛えてやってくれ。魔法は使えないが武だけなら、そこらの魔王並に強い。もうちょい成長出来たら、きっと望み通りになれるかも知れない」
「スケカン。我らの意見も聞かず、勝手に話を進めるでない」
落ち着いた所を見計らい、パラソルが隣にやって来た。見るからに不満顔。
「ちょっと野暮用が出来てな。二度と会えなくなるかもだから、どうやらここでお別れだ」
「えらく突然だな。まったくお前と言う奴は」
「まだ、受けるとも言ってないですが。ハァ・・・、仕方ないですね」
「ダリエ。ウィートたちに伝えてくれ。愛してる、クレネだけはこの命に換えても取り戻す。どうか子供を頼むと」
身勝手。我が儘。父親処か、人間失格だな。自嘲も行き過ぎれば笑えない。
「きっと怒るでしょうね。僕もですよ、スケカンさん。2人で戻って、早くお嬢さんの名前を告げてあげて下さい。いつまでも名無しでは可哀想ですから」
「名前は、まだなのか・・・。そりゃ嫌でも帰って来ないとな」
4本指の拳を強く握り締め、北の山脈を目指して、俺は走り出した。
「行ってしまいましたね。スケカンさん」
「スケカンらしいと言えばそれまで。奴なら、きっと望むままに」
「僕らは魔神を倒します。協力して貰えますか?最高戦力である2人が居ない今、戦力は一人でも欲しいので」
「善処はするが、保証は出来ぬぞ」
がっちりと固い握手を交す、ダリエとパラソル。後方で控えていた7人も苦笑いを浮かべて立ち上がる。
「あの人の我が儘に付き合うのも、これが最後になればいいけれど・・・」
ナギサが2人の握手の上に手を乗せた。残りの6人もそれに習う。
「おれ達は、一度はスケカンに殺された魔族の成れの果て」ロスアラモが呟き。
「今更何が起ころうと、驚きはしないが」ロスゴラモが何かを諦め。
「まさか。人間と手を取り合う日が来るなんて」シオサが高揚し。
「私たちに使命が在るなら、これなのかな」サザナが悟り。
「生まれ変わっても、私たちは戦い続けるのね」ミチルが最後に溜息を漏らした。
「複雑ですね・・・。皆さん。僕はダリエと言います。自己紹介と腹拵えが済んだら、修行始めます。それと、スケカンさんの仲間の中では一番僕が弱いので。その点、お覚悟を」
「お手柔らかに、と言ってるような暇は無さそうだな。好きなだけ鍛えて貰おうぞ。我らにも出来る事が、必ずあると信じよう」
ダリエは微笑みで返し一団と離れた場所で、念話を飛ばす。
聖都で2人を待っているであろう、ウィートに向けて。言い換えれば、彼女としか真面に交信出来ないとは。気恥ずかしくて言えないのだが。
「ウィー姉さん。こちらダリエ。たった今、スケカンさんがクレネさんを取り戻しに向いました。他の人たちに伝えて下さい」
「了解・・・。ツヨシ様は、お一人で?」
「はい。きっと・・・、いえ絶対に。その子の元に2人は帰って来ます。僕はこちらでやる事が出来ました。合流は、魔神が現出した時に」
「解りました。信じて待ちましょう。この子が、道標と為らんことを祈って」
その子の声は聞こえずとも、きっと力強く泣いているに違いない。何せあの2人の子供なのだから。小さな希望を繋ぐ道標として。
白銀の世界に咲く一輪の花のように、ぽっかりと口を開けた黒い入口。
時の狭間。時間の流れから隔絶された場所。
片割れの俺が幽閉されていた場所であり、この場所が用意された意味は必ず在る。
前に来た時は、俺と茜だけが片割れに強制送還されて来た。
自分の意志で来たのは初めてのはずだが、そう言い切るには材料が足りない。
自信がないのだ。
果たして今まで起きた事柄は、全て女神1人だけの意思なのか。それがずっと疑問だった。
女神の思惑が関与しているのは疑いようもない。
自由を貪れば導かれ。
調子に乗れば阻害され。
失敗すれば諭される。
目に見える形。見えない形でも。
片割れを返すのが目的だった?すでにそれは達成している。
妹の魂をこの世界に転生させる?すでにそれも達成している。
この世界から魔神を消し去る?確かにそれは達成していない。
一方で俺に自由を与えた?真に自由だったかは別として、元世界では実現不能な数々の出来事は許してくれた。
女神は嘘は言っていない。失敗してきたのは自分の意志であり選択。事実であり真実。
この世界ではない場所へと足を踏み入れた。
「師匠。お久し振りです。碌な挨拶も出来ませんが、取り敢えずそっちの女神様、一発殴りたいんですけどいいですか?」
「行き成りだな、スケカン君。だがそれは許可出来ない。君も、目の前で愛する者が殴られる様は見たくはないだろう」
片割れの身体を使って、師匠は静かに首を振っていた
「久方振りと言うのに、あなたらしい言い草ですね」
知った事か。最早恨みしかねぇよ。
「愛する者、ですか・・・。では師匠の奥さんが女神様で?」
「正確には、女神の一部だった者だ。説明すると長くなる」
「では、それは次の機会にでもお聞きします。女神よ。こうなると解っていて、どうしておれとクレネを引き離した?どうして奪う?おれが邪魔なら消してくれと何度頼んだ?
出来る事はやらせない。約束したはずの自由も許さない。この上でおれにいったい何をしろと。いい加減に、あんたの望みを言ってくれ。細かいヒントじゃない、あんたの本当の望みを教えてくれ。でないと、おれは本当に本気であんたを恨み復讐するぞ。八つ当たりでも、お門違いでも師匠の愛する人だとしても」
女神は茜が使っていた堕天使の身体を使い、話し始めた。
静かに、祈りに耽るように目を深く閉じて。
「何からお話しましょうか・・・。この世界は未熟な赤子。私はある者の魂を異世界から呼び寄せました。こちらの世界を発展させて、成熟させる為に。不幸にも幼少に事故で亡くなった、若き人間の魂を」
「妹か」
「はい。神々の間で許されたのは1人だけ。本来であれば、貴方の片割れの魂もアスモーデの魂も呼ぶ積もりはありませんでした」
「あいつも、やっぱり日本人。召喚者の1人」
「貴方の片割れ、こちらではピエドロと言う名の魂をこちらへ呼んだのは。茜さんが強く望み、私がその望みを叶えようとした結果に他なりません。けれど」
「けれど?」
「けれど、彼は残念な事に。いえ、私の浅はかな手違いにより。人間種を強く、とても強く恨みながら、魔神と呼ばれる存在を自ら生み出してしまった」
「・・・」
「私は、彼と魔神を止めようと試みました。しかし、接触した際に彼は私の名を改名し、私は持っていた力の半分を失いました」
それぞれの名前には意味があり、力がある。程に重要で代え難い。その事に片割れが気付いてたかは疑わしい。
「直ぐに私は、魔神を倒せる存在を探しました。強き賢人種、強き竜種、勇者。ですが、彼らもまた世界と同じく未だ若い。勇者に至っては生まれてもいない。力を半減させた私にも限度があり、生まれてしまった魔神を彼から切り離して封印するのがやっと」
「・・・」
「勇者や仲間たちを育て上げられる存在として、アスモーデを召喚しましたが、彼は肉欲に溺れて自滅。ピエドロに魔神討伐を頼める訳も無く。茜さんを勇者にしようと画策しましたが、拒絶されてしまい」
「当然だろ」
「・・・悩んだ末に、元の世界で平穏に生きるはずの貴方を召喚するに至ります」
目には目を。毒には毒を。やっぱり俺に魔神を倒して欲しいと。
「随分と身勝手な話にしか聞こえないが、それじゃクレネが死ぬ理由が無い。おれとの出会いが無ければ何度も死ぬ事もなかった。だったら最初から出会わせなければ良かったじゃないかよ」
「彼女は・・・。彼女もまた、ピエドロに改名させられた1人であるからです」
片割れのあいつも、別れ際に似たような事を言ってたな。
「意味が解らねぇって言ってるだろ。回りクドいのは真っ平なんだよ!」
「言い逃れはしません。勇者や貴方を影ながら導く道程で、私はこの賢人ブラインと出会い、1人の人として愛してしまいました。私は全てを放棄してでも、ブラインと結ばれる事を望み。貴方を利用しました」
女神が泣いていた。茜が涙を流しているようで何も言えない。
「神がその座を降りる時。1人の人間として生まれ変わろうとする時。必要となる者。それは私の後任と成り得る存在」
「それが、クレネだって?クレネに女神に成り代われってか。勝手が過ぎるぞ、いくら神様だって。だったら尚のこと、どうしてむざむざ殺したんだ。おれを引き離してまで」
「貴方の言う通りです。私は、浅はかで我が儘なちっぽけな神」
「少し違うぞ。ツヨシ」
ここまで黙って見守っていたブラインが口を挟んだ。
「何が、違うって言うんですか?」
「彼女はもう、神ではないのだよ」
「私は禁忌を3度も犯しました。既に、神としての力は無に等しい。私の力の殆どは他の神々へと移譲されています」
「この状態のまま、もしも魔神を倒してしまったら。解放された力は彼女へと。クレネへと注がれ、強制的に神の座へと押し上げてしまう。結婚していようと、子供が居ようと関係はない」
だから殺したって?冗談じゃない。そんな横暴は有り得ない。
「だったら最初から・・・」
「だからこそだよ、ツヨシ。今の君の偽り無い気持ち。愛する者を取り戻さんとする願い。その想いがなければ、君はまた過ちを冒してしまう。この剣に宿された、神の力の一部を以てしても」
「リヴィジョン・・・」
ブラインが取り出した一振りの銀剣。クレネが持っていた剣であり。
「時を操る力。人の身には過ぎたる力。君はこれをピエドロとして一度」
「アダントに転移する前に一度」女神が呟いた。
「おれも使ったんですか?」
「これは、ピエドロが女神の力を借りて打ち上げた一振り。本来の力は制作者のピエドロと」
「同じ魂を持つ、貴方にしか使い熟せません。人生を踏み誤り、魔王に敗れ、目の前で愛する者を奪われた貴方は。その剣が持つ時を超える力を行使して、過去のアダントへと転移を果たしました」
アダントとなる前に欠けていた、最後のピースが埋められる。
あれは女神ではなく、自分自身でやった事。
「師匠。これが最後に残された術、なんですね」
「そうだとも。そしてこれこそが、クレネを救う唯一の鍵」
「恐らくは、次の一度が最後の一度となるでしょう。元来二度も三度も使えるはずのない力。二度も堪えている時点で、神である私たちですら及ばぬ奇跡と言えましょう。ですから、これだけは。この最後の一度だけは、間違えさせる訳には行きませんでした。この様な方法しか浮かばなかった私を、どうか許して下さい。そして」
「全ての者を、救え・・・か。やっと、あんたの言葉の意味が解った気がするよ」
クレネを救い。女神を救い。そして、妹の魂を救う。
魔神を倒し、序でにこの世界も。思った以上にハードルが高いな。
「しかしまた、何処に飛んだらいいんでしょうね。師匠」
「それだけは、私たちにも解らない。その答えがあるとすれば、君の心の中だけだろう」
ブラインから剣を受け取り、暫く銀色の刃先と向き合い考える。
答えは自分で見つけろ。2人の目はそう告げていた。
端的に考えれば、クレネの出産時。
ダリエは俺が傍に居ればいいと言った。直接聞いた訳ではないとも。
そこから魔神を倒せても、師匠の指摘通りの結果となる。
一番傷付くのはクレネ。それでは彼女を救えない。
魔神を倒さず、力を奪って封印をし続ける。
この世に溢れる魔物たちを倒し続ける覚悟が必要。俺や仲間、次世代へと引き継がれ終わらない戦いを強いる事にも繋がる。
女神も解放されないまま、真の平和とは程遠い。
横たわる俺の元の身体。その胸に触れる。
「この身体は返して貰うぞ」
「ご自由に。その身体は何を言わずとも貴方の物。貴方とブラインが造り変えてしまったのですから」
乗り移る。半漁の身体とはお別れ。短い付き合いだったが、少し名残惜しい。再利用の道は今の所浮かばない。
元の身体に戻った。やはり慣れ親しんだこの身体が、一番しっくと収まる。
半漁の身体を横にしながら唱える。
「アイシクル」
冷凍マグロを完成させて、BOXの中に収納した。
BOXの中身を確認する。
冷凍マグロ以外には、エリクサーが1本。空き瓶が数本。衣服が数点。
シーパスの日誌が一冊。
「転移をしても、おれの記憶は?」
「消す意味はもうありません。消し去る力もありませんし」
この上で記憶を消されたら、本当に俺は同じ過ちを繰り返してしまうだろう。
安心材料が一つ増えた。
リヴィジョンを再度抜き、刃を眺める。
クレネとも想い出を頭に浮かべた。
アッテネートの町で出会ってから、一度も離れる事無く旅を続けた。
ダンジョンに始まり、魔王たちと戦い、多くの仲間との出会い、嫁たちと共に愛し合った。
賢人の里での婚礼の儀。あれは心底楽しかった。
「確認なんだが。アダントの後で、おれは誰かに会ってはいないか?例えば、シュレネーと言う名の商人さんとか」
「それは私にも計り兼ねます。その様な記憶があるのですか?」
「いや、何となくだけど。シュレネーさんはおれの事を以前から知っていたような節があって」
「恐らく、時を超えたと言うよりも。現在に戻る途中で、寄り道をした。のかも知れないな」
「寄り道・・・」
ショレネーには実際お世話になったし、ウィートとゲップスを紹介してくれた。今にして思えば、俺が初めから来る事が解っていたかのような感覚で。
クレネ共々世話にはなったが、彼女を救う手立てとしては弱い気がする。とてもシュレネーには失礼な話だが、商の道で幾ら金を貯めた所で、神々の理からは外れない。
金では魔神を倒せない。
ゲップスの足を薬で治して共闘する。手段の一つとして大いに考えられる。
クレネとの出会いの日に戻り、全てを無かった事にする?俺がクレネを諦める・・・。
無理だ。強欲な俺が、彼女を諦められる訳は無い。諦めたくない、絶対に。
出会いを無かった事にすれば、今現在に生まれて来た妹の魂が壊れてしまう。
妹の茜が救えない。
一つ一つの出来事と想い出を振り返る。
「もしも。おれが失敗したら、現在の世界はどうなる?」
「残った2人の勇者と仲間たちに私たちが加わり、魔神を倒す事となるでしょう。そして、次に神の座に着くのは・・・」
「妹、か」
「候補者の1人であり、クレネさんの血を引き継いだ子ですから。ウィートさんが望んでくれたなら、きっと彼女も候補者に挙げられたでしょう。しかし茜さんが寡欲を付けてしまった。幸か不幸かは解りません」
「まるで責任の擦り合いだな、これじゃ。根本の質問をするが、世界に神は必要なのか?」
「・・・お答えし辛い質問ですね。可能性のお話ですが。地上の神が居なくなれば、別の神が現れます。例えば、海底神。貴方もお会いになったのでは?」
「あれか。海の底の都市で、三つ叉持って偉そうにしてた奴」
「海の底にか」ブラインも呟いていた。賢人の賢い彼でさえ知らない世界はある。
「お互いに存在は把握してはいても、実際にお会いした訳ではありません。一方は神を失い力の均衡が崩れれば・・・、これ以上の説明が必要ですか?」
「いや、いいよ」
失敗は出来ないし、させられない。それがこれ程までに回りくどくした理由。
女神は俺に会わせたかったんだ。別の神の存在と。この土壇場で。
海の住人にとって、地上を支配する必要性は全く無い。波で飲み込み、高い山は下からゆっくりと削ればいい。それだけで地上の生物は終了。絶滅END。
「不本意だけど。あんたの言いたい事は良く解った。最初から最後、過去から未来まで神の掌の上ってのはすげぇムカツクけどな」
「言わないで下さい。貴方が私を。私が貴方を。御しようとして招いた事象。全て、互いに信じ切れぬ故に起きた事。責めて、これから先は間違えぬように」
「頑張ろうって?。一言で済ますなよ」
怒りからではない。自分でも散々口にした言葉。
やるしかないと言るこの状況で。他に適切な言葉も浮かばない。
稚拙で強欲で、何でも欲しがるクセに。自分では何もしてこなかった。正し、止めてくれた師匠や女神に対して今更何が言える。
「いや済まない。今のは自分自身に向けた言葉だ。気にしないでくれ」
これから先は一切の間違いは許されないし、訂正もやり直しも出来ない。過去の何処に戻ろうと、今と同じく多くの仲間が助けてくれる保証など無い。そこに甘えてはいけない。誰かが代わりにやってくれるなんて、虫がいいにも程があるよな。
うだうだ考えた所で、答えなんて見えやしない。
戻るなら、あの日あの時あの場所以外にはもう無いのだから。
「行って来ます。師匠ブラインさん。女神も色々有り難う。こっちに呼んでくれた事、時々恨んだ事もあるけど、やっぱ良かったよ」
「礼には及ばんよ。私たちの未来も君の肩に背負わせてしまったのだから。精々昔の私を扱き使ってやってくれ」
「必ず。師匠は避けては通れない道なので、またお世話になりますとも」
俺はゆっくりと銀剣を翳した。片割れは、何を思ってこれを打ち上げたのか。それを知る術は既に無く。
最後に残った小さな希望。その第一歩目。
「時に繋がれた鎖を今一度断つ。タイムリバイル・2YEAR・アゲイン」
剣は淡く輝き、砂屑となって散った。
振り返る。2人の顔を見る前に。俺の意識は白い世界に溶けてしまった。
青々しい草原を吹き抜ける風は、黒髪を巻き上げて清涼を交えて行き過ぎる。
周囲を岩山に囲まれて、剥き出しの自然と人が過去に造ったであろう乱雑な形状が相まって妙に哀愁を感じた。
身体に感じる気怠さは、あの時に戻った事を証明していた。
「ふぅ・・・」軽い目眩を覚えて近場の岩の上に座り、目を閉じて一息付いた。
肩掛けの道具袋から水筒を取り出して、栓を抜いて喉を鳴らし満足するまで水を飲んだ。
生きている実感。本当に1人に戻ってしまった。
「アイテムBOX」
おー居る居る。魔剣エクスキューショナー(豚さん仕込み)と、茜の魔石。中級薬。
現時点で2人を起こしてしまったら、俺は瞬殺であの世へとカムバック。愚問だ。今はそっとしておこう。
持って来た荷物はそのまま残っている。
半魚人の凍り付けに、エリクサー1瓶、上質な空き瓶。着替えと。
シーパスが書いた日誌。
「こいつも越えられたのか」時間の壁を。
取り出して中を開いて読もうとしたが、中身はただの白紙。
それはそうか。今はまだ南大陸で平穏に暮らしているのだから。
白紙の帳面をBOXに戻して、軽く伸びをする。この疲れ具合が人間ぽくて懐かしいな。
愛するクレネの為に、人間止めたんだっけか。早く会いたいなぁ。
「マップ・オープン」
近場には勢いで殺めてしまう盗賊の8人の赤しか見えない。
BOXからエリクサーを取り出して、水筒の残りの水に一滴垂らした。
質は最上級薬並の水を一口飲んだ。
マップの精度が跳ね上がった。鑑定機能はまだ無く、表示もワールドまでは映せない。
ベースとなる身体レベルが低い性だと思われる。
カゼカミグエの大陸表示。現在位置はアッテネートの西の街道付近。
クレネの青色を探した。
南方に1人いるけど、すでにピンク色?なんで!?どこで!?
好意を持ってくれるタイミングって、盗賊の皆さんを玉砕した時点じゃなかったっけ・・・。
思考が追い付かないので、考えるのを止めて取り敢えず盗賊狩りでもしましょう。
今度は殺さないよ。肉弾戦で何処までやれるか確かめたいし、レベルも上げたい。殺さないとは言ったけど、生かしておいても悪い事しかしなさそうなので、足の2、3本は覚悟して貰う感じで行こう。
「ステータス」先ずは自分の確認。
スケカン・ロドリゲス・ツヨシ。改名は不要。
職種 体現者、輪廻を越えし者。何気に格好良す。
レベル:12 腕力:24 体力:33 盡力:60 胆力:35 素早さ:45 精神力:71
精力:128(集中力向上有) カルマ:-200
基本性能はあの時のままか。ま、当然当然。
スキル 集中力向上、剣術(我流、最上段)、棒術(我流、初段)、槍術(我流、初段)、
読心術、読唇術、言語理解(適時)、魔術(志向投影)、志向投影、野営術、
憑依、従属、逃走、逃亡、戦線離脱、簡易料理(初歩)
シークレットスキル 強欲、治癒師
エリクサーを口にした為に、隠しも既に現れている。初期の頃には見られなかった表示仕様と料理スキル。料理人の道でもあるの?
見逃す所だったが、ひっそりと剣術が我流で最上段に。術はあっても身体が伴わなければ特に意味は無さそう。過剰な期待はするなよとの、師匠の入れ知恵かも。
女神よ。余計な気回しで力使うなよ。
片割れからの干渉を受けている可能性もあるので、ここはサラッと流すべき。クレネの詳細も非常に見たいが今はぐっと我慢だ。これ以上、片割れに弄られては適わないからな。
クレネと出会うのはアッテネートの町の中。彼女の隠蔽を見破り、行き成り抱き着いてちょっと引かれたんだっけ。そりゃ誰でも引くわな。
軽く笑みを浮かべながら、街道に出て町へと向かう。
現れたのは、盗賊団員たち。
「おいお前。有り金と荷物を全部置いて行け」盗賊Aが吠える。
「どうせ殺すけどな!」盗賊Bも吠えた。
そっと俺は後ろを振り返った。こんな真っ昼間からお仕事熱心なことで。そもそも今は金さえ持っていないのにな。
「お前だ!馬鹿野郎」盗賊Cが怒鳴った。勇者の反応と同じく、ここの住人はセンスが無いな。
前に3人。後ろに5人。全員薄汚れた服を着た、汚らしいおじさんばかり。
吠える台詞すら、あの時のまま。
妙な懐かしさの中で佇んでいると、前衛の3人が飛び掛かって来た。
粗末な短剣を持っている。多分刃には毒でも塗られているのだろう。
「ぐおっ」
前の3人と拳を交える前に、後ろの5人から悲鳴が上がった?
それに気を取られた前の1人から短剣を奪い、そいつと隣の男の手足首の腱を切断した。
「ぎゃーーー、な、何を」
襲っておいてそれは無いだろ。
「クソっ。仲間が居たのか!覚えてやがれ」仲間助けんのかい!
無傷の男は、振り返りもせずにこちらへ背を向けて走り出した。
逃げ出した男の後頭部から、1本の弓矢が生えた。クレネさん?なにゆえに?
暴れて叫ぶ2人を押さえつけながら、服の裾を引き裂いて口を塞いだ。殺さずに無力化するのって大変だねぇ。
「ペイル・ヒール」
2人の傷口のみ回復させた。被毒の分は知らん。キュアーの必要性を感じない。
粗末なナイフを道端に投げ捨てて放置。そんな雑魚には構ってられない。
立ち上がって、南を振り返った。振り返ってしまった。
「・・・」
見つめ合う。暫くの間、見取れてしまう。
微風に靡く、肩までの赤髪。凜とした眉。右目尻の小さな泣き黒子。朱に染まる滑らかな頬。
透き通る白い柔肌。
触れたい。今すぐに抱き締めて、唇を貪りたい。
謝りたい。間に合わなかった未来の為体を。
伝えたい。嘘偽りない、愛する気持ちを。
「・・・助けてくれて、ありがとう。どなたかは、知りま・・・」
知っているのに告げられない。今は、気持ちを押し殺して・・・。
「嘘付き」
「え・・・?」
気が付けば、俺はクレネを抱き締めていた。
クレネの顔が目の前にある。
「もう二度と、私を離さないで。私の傍から離れないで。ツヨシ・・・」
「クレネ・・・」
「聞かせて。あの日の言葉を」
「・・・ごめん。本当にごめん。おれとの別れはもう、諦めてくれ」
鼻腔を擽る甘い薔薇の香りに酔い。我も忘れて、欲望ままに長い長いキスを交した。
---
「ハァ・・・」
伝わって来る、2人の激しく熱い感情を受けて。溜息しか出て来ない。
実際には息など出ないけど。
やっぱり私は3番目か。解ってはいたけどさ。こう、目の当たりにすると胸が痛むよ。
何時になったら気付いてくれるのかな?
既に魔王の配下でも、魔族でもないのに。外に出しては貰えなかった。
クレネよりも先にと願ってみたものの、彼女との出会いがこんなに早かったなんて。
バカ剛。未来の記憶を持ってるの。あんたとクレネだけじゃないからね。
「ブヒブヒ、ブヒヒ・・・」
「うっさいぞ、この豚!」
まだ足が出せないのは残念で仕方ない。
剛のレベルが上がるまでは、念話も出来ない。
それより何?この半魚人の氷のオブジェ。早くしないと豚に食われるわよ!
今回の役目も、この隣の豚を抑える役かぁ。面倒くさすぎ。
何も無いよりは遙かにマシなのかなぁ・・・。
集結。簡単では面白くないですよね?ね?
この話自体は当初のエンディングと考えてきましたが、
裾を大きく広げてしまったので別ENDを構築中。
序盤で年と月を公開しなかったのは、
ここで使いたかったからです。
それに伴い、序盤の読み辛さと時期的矛盾点を
誤字も含めて修正を加えます。そちらは気長にお待ち下さい。
最後のはおまけです。
帰ったんじゃないの?と指摘されそうですがそれも後日にて。
ぼっちでリカバリーするのはしんどそうなので、
1人より2人、2人より3人でと考え直しました。