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第2章 第12話 希望の地上と絶望の果て

 海は広い。陸地比3対7。そこは元世界と大差はない。

 広大な海の中で、泳ぎ回る。

 普段の状態で人間の身体であれば、回遊も少しは楽しめたと思う。

 青い、時々黒かったり赤かったり荒ぶる海流の波を渡り、地上を目指した。

 深度300m。注ぐ光は、海面間近を証明していた。

 俺たちは迷っていた。焦っているのは主に俺だけ。

 目的の両生類が見つからない。ここで一気に上に躍り出るべきか。

 手足に似た物は生えて成長はしてくれたが、まだまだお魚の様相。

 北か南かは解らないが、目では測り取れない程の氷山の周囲をグルグルと回る。

 でっけぇなぁ。底の根っこは見えず。

 トド、シロクマ、ペンギン。陸地に出られる種を求めて。礎となってくれそうな者を探して。

 相手の迷惑は省みない。多少の罪悪感はある。乱獲する積もりはない。だから許されるってものではないのは解っている。

 目的の彼らが居るのは海面付近。

 「いつまでこうして居るのだ?」

 「うーん。もう一段階何かを挟みたかったんだがなぁ」

 何かと言っても具体的には浮かんでいない。

 連れる仲間は8人。自分を含めて9人。

 鯱の後の栄螺、栄螺の後のウツボ。嘗めて掛かったら、後ろから来た巨大ウツボに囓られて1名が亡くなった。

 以降は魚類を補食してない。これまでは順調に成長出来たが、逆行も有り得たから。

 ずーんと響く振動音。鯨やイルカの鳴き声にも似ている。彼らはハウリングの反響で会話や互いの位置を知るらしい。んが、そんな方法用量は知らん。

 近くの突起した氷山が突然崩れ、ズドンと巨大な黒い物体が飛び出て来た。

 「何だ?あれは?」

 「でっけぇ、ウニかな。超硬そうだけど」

 全体に針のような突起が見えたと思った途端、回転速度を爆上げし、俺たち目掛けて向かって来る。

 あれ食えば、出られんのか!いやいや待て待て。ウニの身を食べて肺呼吸が得られるとは、思える訳が無い。

 見た目の硬度から察するに、あの中に豊潤で濃厚な卵巣が蓄えられているとは・・・。

 「各員散開!」

 叫ぶと同時に仲間たちが八方に散る。俺も一目散に・・・、追って来るだと!

 主に、でなくて間違いなく狙われている。

 女神め。これが最後の試練だとでも?

 最大全速でも距離は開かない。寧ろ縮められている。

 「スケカン。武運を」あんた何時も冷静だな!

 って言われても、倒し方がさっぱり浮かばん。

 高速回転している物体に、得意の一角突破は不適。

 回転に同調しようにも、回転方向が一定ではないようで。これでは鉈でも削れないな。

 弾かれると解っていて、貴重な武器を放棄は出来ないので温存。

 打つ手無し!答え・・・逃げる!

 「シーパス!ちょっとそこで待ってろ」

 「何処へ行く?」

 「ちょいと海底まで戻る」

 伝え終わり、下へ下へと直滑降。目指すは、溢れる熱源。

 俺って・・・火山に飛び込むの好きなのかな・・・。今度は自殺じゃないけど。

 もう死ぬ気は無いし、道連れなんて御免だ。地上で待ってる人が居るんだから。

 付いて来る付いて来る。

 問題は、下に火山帯が都合良く在るかどうか。無ければアウト。詰みだわぁ。

 景色が暗くなり夜目が利き、遙か下方に淡い光が見え始めた。

 やったぜ、俺やった・・・ぜ?

 「敵襲ーーー!!敵襲ーーー!!」

 海底に住む方々の阿鼻叫喚が聞こえたのと、一際豪華な佇まいの建物に俺が飛び込んだのと、巨大ウニが俺の尾ひれに掠ったのは、ほぼ同時。

 「貴様!何者だ」

 鮫肌の大柄な魚人が、玉座のような岩に座ってこちらを指してお怒りだった。

 手には青白い三つ叉の矛。口は大きく裂けていて俺を丸飲み出来そう。

 とてもとても強そうな・・・。

 な、す、り、つ、け、る!間違えた。あ、さ、め、し、ま・・・ケツ痛い!!!

 バット構えてる人が居たら、取り敢えずボールを与えてみましょう。

 真っ直ぐ直球ストレート。変化するのは俺だけ。

 突き出された三つ叉の又の股を潜り避け、真後ろに居た鉛色のボールを突き刺して貰った。

 「助かった。後よろしく!」

 「クソ!抜けぬ」

 いつかこの恩は返すぜ。

 それを返すのは、後に全くの仇となるのだが・・・。知る訳ないじゃん。

 「追えーーー!!そやつを八つ裂きにして余の前に差し出せ!」

 屋根が崩れた絢爛な建物を飛び出て、追手たちとの鬼レースが始まった。

 何か、泳いでばっかだな。魚だけに。

 帰りに追ってくる追手が9人の魚人。今まで見た事がないタイプ。

 「シーパス!土産だ。丁度の9人分。これで上に行けるぞ」

 同胞だけに伝わる言葉で、上に居るシーパスに送り、居場所を探った。

 「贄か?懐かしい響きだ。手早く片付けて、行こう地上へ」

 他の皆も一カ所に集まっている。

 「待ちやがれーーー」

 俺たちの速さに追い着けるとは。だがあまーーーい。

 仲間の輪の中央を潜り際に、シーパスに持っていた鉈を渡し、抜けての反転。

 振り返った時には、大半の雌雄は決していた。

 高速移動中に俺たちの迎撃を躱して退けた敵は3人。

 避けたまでは良く、体勢を崩していた敵の1人の脳天を得意のあれで串刺しに。

 敵が持っていたシュミター系の湾曲長刀を奪い、もう1人を3枚に卸した。

 眼前に魚人が刺さっているので最後の1人が見え辛い。

 「お前たちは、いったい何だ!」

 同じ魚類だと思う・・・たぶん。

 あー目の前が鬱陶しい。ブランブラン揺れやがって。小さく細切れにしたいが、食べこぼしがあっては勿体ない。色々な意味で。

 「邪魔なら引き取るぞ」忝いね、シーパス君。

 そっと牙から屍を外し、シーパスから鉈が返却された。手伝ってはくれないのか!

 グッと堪えて湾剣と鉈をクロスさせて身構えた。

 こいつは強い。シーちゃんが敬遠したのも頷ける。

 「俺たちは、謂わば・・・新勢力?」

 「質問しているのはこちらだが、まぁいい。我らが王に良い手土産が出来そうだ」

 「さてさて。そう上手く行くもんかね」

 俺も負けじと無い胸を張り返した。

 「余裕があるのもそこまでよ。紅蓮の刃、永極の炎。インフィニティ・ロン・・・」

 俺じゃない!こいつ魔法を使いやがった。

 ただ、非常に残念だったのは。詠唱の間、動くのを止めてしまったと言う間抜け。

 そうだね。きっと慣れてなかったんだな。

 戦闘中に止まるんだもん。刺すよね?待ったほうが良かった?

 詠唱中に腕毎胸を貫かれた魚人は、ぎょろ目を見開いて口をパクパクさせながら昇天した。

 「同情する。相手が悪過ぎた・・・」どっちの?

 「こいつはおれが貰うぜ。海での最後の宴だ。肉片鱗一枚たりとも余さず食おう」

 「言い得て妙な話だが、お前が最も魔族に思えて仕方が無い」他の皆もウンウンしている。

 お褒めに預かり光栄です!

 亡骸の供養も終わり、望んだ進化を待った。

 海面は真っ暗で何も見えない。外は真夜中。人間と出会す確率が減って時期は良し。

 皆それぞれ思い思いに人の形に擬態しながら、遂に地上へと躍り出た。

 「おぇぇぇ」

 急激な呼吸法の切り替えに、身体が付いて来なかった。しばしの拒絶反応。

 海水だけのゲロを吐き終わり、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。

 スーハースーハー。

 呼吸に慣れるまで、岩だらけの岸辺に仰向けに寝ながら、満天の星空を眺めた。

 「やっぱいいよなぁ。夜空ってさ」

 肌寒いとか、全員真っ裸だとか、ティンこが生えたとか、4人ばかり女形になったとか。

 出っ歯じゃなくて額から立派な角が生えてるとか。

 些細些細。この輝く星空に比べたら。

 「今宵は我らも、変態か・・・」

 「やっと・・・やっと喋れたと思えば・・・」

 「こんな辱めを受けるだなんて」

 「寒い・・・。服を・・・ください」

 女性陣がお怒りのご様子。何か着せてやりたいが、無い物は無いので。

 「熊か虎でも狩って、服造るか」

 「太古の昔に戻るのか?」

 「しゃーねーだろ!人の町まで行って強奪してたら前となんも変わらねぇじゃん。無ければ造る。道も服も道具も何もかも、自分らのこの手で。だろ?」4本指だけど・・・。

 本数じゃない。心意気だ。元々が魚類なんだ!

 海岸線から続く一面の雪景色と銀世界。ここは・・・、マスフランゼルなのか。

 「どうやら北の大陸みたいだな」

 「北か。どうりで寒い」裸のシーパスが堂々と立ち、辺りを見渡している。

 他の者も半ば諦めて、それぞれに立ち上がり景色を楽しんでいた。

 南の大陸で生まれ育った彼らには、何もかもが新鮮に映ることだろう。

 目の前の景色と同じく、表示も変化している。

 深度が消えて、日付と時刻が現れた。

 聖院歴、699年。9の月。22時36分。これは間に合っているのか?

 情報収集がしたいが、魔物の身体では町へと行っても上手く行くとは到底思えない。

 さて、どうしたものか・・・。

 時間の表示は見えても、マップではないので地図は見えない。

 ここが東寄りであれば師匠の小屋を目指すべきか、服を調達しに町へ盗みに入るか、熊や虎を狩って自主作成を目指すか。悩みどころだ。そもそも居たっけな、動物て。

 「とりあえず、服を何とかしよう」

 「宛てはあるのか?」

 「さぁ?あっちの林に行けば、何かしら動物が居そうな気がする」

 気がすると言うより、居て欲しい希望。


 ホーーーン。高い獣の遠吠え。

 近場の林へと突入した直後に、狼タイプの魔物に囲まれた。その数、12匹。

 内の一体が体躯が大きく、先頭に立っている。あいつがリーダーに間違いない。

 「女性陣、後方で待機。狩りなら先ず男の仕事だ」

 「頑張って、服を」

 「奴らの肉は食えるだろうか」

 「さっきの遠吠えで仲間呼んでたりしない?」

 「枯れ木でも探そう」

 4人とも身を寄せ合って、思い思いの言葉で応援に回っていた。応援、でいいの?

 「おれがあのリーダーを狩る。危ないと思ったら一旦退くこと」

 「生まれ変わったこの身体。何処までやれるのか、試す相手には丁度良い」

 「折角陸まで生き残れたんだ。簡単に死ねるかよ」

 シーパスに続いて、仲間の檄が飛んだ。シーパス以外は名前が無いそうで、呼んでやりたいが如何とも。

 「誰も死ぬなよ。全部、女神の思い通りになると思うなよ!!」

 武器は人数分足りている。鉈に湾曲剣。余った分で俺とシーパスが2刀流。

 狼たちがこちらの出方を様子見している。

 狙いが後方の女性陣であるのは明白。自衛しながらではこちらも派手に動けない。

 シーパスに一目を送り、俺が先陣を切って群れに突入した。

 狼リーダーは退かなかった。幸いにも対決姿勢を取り身構えてくれた。

 鋭い牙での噛み付き攻撃。

 態と腕を差し出して、噛み付かせた。身体中の鱗の強度をこいつで試す。

 ガキンと言う反発音と共に浮かぶ、狼の?マークと、俺の笑み。勝ったのは俺の鱗。相手の牙は粉々に砕けた。

 鳴かれる前に、ガラ空きの首筋に剣の刃先を走らせた。海中でも解っていたが、切れ味が半端ないぜ。

 涙目で崩れ落ちたリーダーを筆頭に、近場の2頭の首を撥ね飛ばした。

 逃亡姿勢を見せた残りの狼たちをシーパスと仲間の一人が追い打ちを掛け、俺は後ろを振り返って狼たちの残党を探した。やはり。

 「キャーーー」

 「私はきっと美味しくないぞ」

 「魚だし。肉じゃないし」

 「逆に食らってやるわ」

 取り囲まれた女性陣。内1名逞しい人居るけど、一様に怯えていた。と思う。

 飛び掛かって来た狼たちを、ほぼ一刀で葬っていたのは言うまでもないな。

 周囲の後続を残りの男たちで駆逐して回っていた。海での連携が上手く保たれている。

 僥倖僥倖。

 弱肉強食の世界とはいえ、奪ってしまった命には変わりなく。余さず喰らおう。

 林の中の開けた場所で、狼たちの亡骸を寄せ集め、女子たちが集めてきた枯れ枝で火を起こした。

 人型になっても生肉食えば進化するんだろうか。お腹壊して衰弱しても始まらないので、毛皮と肉と臓物を捌いて分ける。

 何たって海では排泄し放題。陸地では同じ事は出来ない。文明的な人としてはね。

 太い枝を火の回りに組み上げ、肉を乗せて焼いて行く。

 剥いだ毛皮は丁寧に雪で洗い、内側を表にして一夜干し。流石にヌメった物を即行で着ようとは思わない。

 焼けた肉を小枝に刺して皆で頬張った。

 「器用だな。勉強になるぞ」

 褒められているのか、小馬鹿にされているのか解らないので、曖昧な苦笑いで応えた。

 「明日には着る物は出来る。で、あんたらこれからどうする?海渡って南にでも向かうか?」

 船など無くても半漁なら海渡は楽勝。問題なのは行き場が無い事。

 「スケカンはどうするのだ、これから」

 「さぁて、今はまだ人とは言えない姿だしな。嫁さんと人間の仲間捜しつつ、合流したいが何処に居るかも、何処へ行けばいいかも解らん。もうちょい人間らしくなれたら、人の町でも行って情報収集したいとは思ってる」

 突き出た前顎。でっかいギョロ目。額の角。潰れた鼻孔。人間でも猿とも呼べない身体。青白い皮膚と覆い尽くす強靱な鱗。尻の尾っぽと連なる背鰭。

 「目標があるのだな。我らには・・・、帰るべきが場所がない」

 人としての転生を望んでいたが、現状では魔族に戻っただけ。死のうと殺されようと、転生出来る保証はない。想像どおりに女神様が助けてくれるのを信じるしかない。

 神頼みねぇ・・・。こればっかしは魔神に頼む訳にも行かないし。居るのか居ないのかも解らない魔神より、最寄りの女神様。程度に適当な理由。どうせどっかから見てるんだろ?

 俺の元の身体ってどうなってるん?まだ時の狭間で保管されているのかな。

 女神からの試練はクリア出来ている気がするんだが、何の沙汰もないのを見ると、まだこれで終わりじゃないのかも。終わりじゃないのかぁ・・・。

 「うだうだ考えてても始まらないな。取り敢えず一緒に行くか?」

 見渡した一同はウンウンと頷いていた。名前が無い・・・、非常に不便だ。

 「交代で寝る前に、シーパス以外の名前を決めたい。不満ある人居る?自分で考えるも良し。一晩考えるも良し」

 「下位であった我らには、名付けは不要であった。私はたまたま村長の役割を得て、上位の者に名付けられたが。皆はどうする?」

 「強きあんたに付けて貰えるなら願ったりだ。異論はない」

 他のみんなも同じ反応だった。もうすぐ生まれるであろう我が子を名付ける前に、7人分もの名前を考えなくてはならぬとは。言いだしといて少々後悔。

 我が子のほうは女の子なら決めている。男の子だったら決まっていない。どっちにしろクレネと要相談だしな。彼女のほうも何か考えているかも知れないし。早く会いたいなぁ。

 全投げとは思ってなかったので、暫く時間を貰う。

 体格と性別の差はあるが、皆同じベースの魚顔なので顔の個性は薄い。

 俺と同様に、今の身体に執着が無くとも、余りに適当では可哀想。

 自分を除き、シーパスに次いで強い男。シモンヌ。

 残りの2人の男を。ロスアラモ、ロスゴラモと名付け(兄弟ではない)てみた。

 4人の女性。

 最も男勝りな人。ナギサ。堂々としてもう前を隠そうともしていない。羞恥心は何処へ?

 4人中、一番内気な子。シオサ。主に胸の部分を必死に腕で隠そうと苦心している。普通の反応だけど、下は大丈夫なの?

 結構冷静そうな子。サザナ。干している毛皮をチラチラと気にしている。もう少しの辛抱です。

 女の子にしては食いしん坊な人。ミチル。魔物肉を半生で食べちゃってるよ。お腹壊さないようにね。食中毒起こしても薬はないよ。

 皆満足そうにしている。ホッと一息付いていると。

 「スケカンよ。私は?」シーパスが擦り寄って来た。は?

 「お前、名前あるじゃん」

 「それはそうだが、私も折角生まれ変わったのに前のままと言うのも味気なくてな。お前のように元の身体が残っている訳でもないし」

 「あーもー面倒くせぇ。ちょっと考えるから待ってろ」

 シーパス。彼の上司はどんな由来で名付けたのだろう。今では知る由もない話。

 「パラソル、でどうだ」

 「悪くはない響きだが、意味は?」

 「傘って意味さ。どんな雨からも皆を守り、どんな風にも折れないようなって」

 「雨か・・・。我らへの皮肉か何かか?」

 怒るでも笑うでもない、複雑な表情。

 「素直に受け取れ。黒い雨にも負けないで欲しいって言う、おれの願いでもある。いずれ居なくなるおれを除いたら、この一団のリーダーはパラソル以外に居ないだろ?」

 「自然な流れか。確かにこの人数で派を築き、争っても何の意味も持たなぬからな。この命ある限りは、皆を守ると誓おう」

 おぉ宣言は凄く立派だが、隠していない男のシンボルも大変立派に揺れてるぞ。

 あのナギサさんでさえ、頬をピンク色にして目を逸らしている。


 食事と名付けを終えて、雪を集めて小型の釜倉を4つ拵えた。

 冷気には強い身体とはいえ、本格的に吹雪いてしまったら翌朝には俺たちの冷凍マグロが完成してしまう。

 魔物の血の臭いに、新たな獣が寄って来ないとも限らない。

 班を2つにして、交代で仮眠を取った。

 用意した釜に、それぞれペアで入室。

 パラソルとナギサ・・・。

 シモンヌとシオサ・・・。

 アラモとサザナ・・・。

 ゴラモとミチル・・・。

 何も言うまい。何も言うまいて!別に俺はラブラブなカプセルホテル拵えた積もりなかったんですけど(怒)

 風に溶けるような甘美な響きに耳を塞ぎながら、俺はせっせと自分1人用の釜を追加して造ったとさ。

 寂しい。色々な面で。なぜか涙は出ないけど、人知れず心で泣いた。


 翌朝。特別襲撃も無く、無事に日の出を迎え、再び火を起こして魔物肉を焼き、朝食を皆で食べた。出来たての毛皮を纏い、自然発生したカップル同士で仲良く座って頬張っていた。

 「昨夜はお楽しみでしたね!」

 「スケカン。なぜ怒っている?」

 「なぜ!?怒ってねぇーし!おれだって嫁さんいるし!」

 俺の怒りも何処吹く風で。何に怒っているのか解らないので、すっぱりと切替え登る太陽の方角を見ながら、冷静に方位を探った。

 位置的にここは大陸西側の南海岸線付近だと解った。

 「少し距離はあるが、こっから大陸東端に在った俺の師匠の小屋を目指そうと思う」

 「異論なぞ無いが、その小屋には師匠とやらが居るのか?我らは迎えられるのだろうか」

 「安心しろ。今は誰も使ってないはずだ。師匠は去年亡くなってる。知らない奴が居たら全力で排除する。交渉出来ればするけど、この身体じゃ真面な話が出来るとは思えない」

 人間は臆病だからな。各所の港町も避けて行かねば、余計な争いが起きる。

 カップルたちを見回す。鼻の凹みが出っ張り、下顎が少し引っ込んだ。横に避けていた唇も、朱色の肉を付けて動物的に変化している。

 俺もと期待して、腕の鱗を手鏡代わりに確認してみた。

 見なければ良かった・・・。何をして彼らが進化したのかは、確認不要だろ!

 全く変化が無かった訳ではないが、他の皆の変化度合いよりはかなり劣る。

 いいもん。個性だもん。早く人間の身体に戻って、嫁さんたちに会いたい。


 狼タイプを捕食したからか、陸上移動も軽快そのもの。

 とは言え以前の身体のように、徒歩で半日大陸横断は不可能。テレポートの有り難みが身に染みるぜ。

 落ち着いて、日中で抜けられる移動距離を測定しよう。

 火照った身体を休め休め、雪解け水で喉を潤し、夜中に襲って来た熊のようなビッグベアーを返り討ちにし、真夜中の声たちに悶々として。

 壁薄いってか、壁に穴空いてるっての!いっそ埋めてやろうかな・・・。

 小屋まで辿り着いたのは、丸5日を要した。

 マスフランゼル大陸の短い夏のお陰か、強烈に吹雪く事無く。道中で行商や人間たちとも出会す事も無かった。

 人間たちは一斉に漁に出掛けているに違いない。

 遠目に見た農園や畑には、何かの青い実が咲いていた。果物か野菜食べたいねぇ。

 小屋は無事だろうか。到着後に菜園を手入れしても今季の収穫は間に合いそうにない。

 師匠が貯めていたヘソクリを借りてでも、人里で購入したい。

 肉類一辺倒では、正しい進化は望めないと思うので、何とかビタミンを。

 地下の倉庫にはまだ下級ポーションが残っていたはずだから、そいつを売ってもいい。

 何もかも、小屋が無事で在る事を祈る。


 遠目に小屋を捕らえた。最後に見に来てからどれ位振りだろう。懐かしい面影。

 建物は未だに健在。あれ?菜園も手入れされている。収穫間近の青いトマトが見えた。

 人が住んでいるのかぁ。

 他の者を離れた場所に待たせて、単独で小屋に接近した。

 今の住人がいい人だったら、最悪譲って撤収せねば。

 「そこの魔物!止まれ!」

 おぉそうか。住人の顔には見覚えがある。これまた懐かしい。

 「よぉ、ダリエ君。元気?」

 「ど、どうして僕の名を。怪しい奴め!それ以上近付くな!」

 ダリエ君は既に抜刀している。やっべぇ。あれは確かガーディアンだったか、あれを俺たちの鱗で防げるとは到底思えない。

 「解った。解ったから。落ち着いて話を」

 「ここの守りを任されました。何人も害悪は近付けさせない。我は守り手。ガーディアン・フォース。幾百の魔手。アーム・ウィップ!」

 足元の地面から生えた物は、何と触手!?エグい、えげつない。一瞬で足を取られた。

 千切れなくはなさそうだが、これでは何の情報も掴めず逃げるだけとなってしまう。

 「降参。降参だ。帰るから、一つだけ聞かせてくれ」

 「何だ?言ってみろ」

 「賢人のクレネさんは、今何処に居るの?子供は生まれた?」

 「・・・どうして、姐さんの事を・・・。おま・・・いや、貴方は」

 「スケカンだよ。訳あって、魔族に憑依中の。おれ青いだろ?見えない?」

 「本当にスケカンさん、なんですか?確かに貴方は青いですけど、後ろの8人は真っ赤に見えます」

 「触手を外してくれ。話は通じる。小屋は元々師匠の物だ。空いてたら休ませて貰おうと思ってたけど、ダリエたちが使ってるなら問題無い。おれたちは去るが、せめてクレネが今何処に居るのか教えてくれ。小屋からは気配がしないから、別の場所だろ?」

 「クレネさんは・・・。クレネの姐さんは、お嬢さんを産んで直ぐに・・・」

 身体が震える。触手で掴まれているからではない。ダリエの言葉を、身体が拒絶している。

 「クレネが、なんだって?」

 「・・・亡くなりました・・・。2週間前に」

 子供が生まれた喜びよりも何よりも。俺の意識は、闇に飲まれて吹き飛んだ。


 なぁ、これで何度目だよ。クソッ垂れ女神。

 俺の細やかな幸せを潰すのが、そんなにも楽しいのかよ。

 どうして俺を、こんな腐った世界に呼んだんだ。

 壊そう・・・。何もかも・・・。壊してやるよ、お前の望んだ世界など。

間が空いてしまったのは、御免なさい。

人の生き死にを描くのは、思ったよりも精神的にキツくて。

リアルの胃は痛いけど、物語には希望が残されています。


次回、ご都合主義のパレードが始まります。

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