第2章 第9話 ある彼の軌跡04、魔神たれ流々に
地図を見ながら、1日の移動距離を考察。
空間ポイント2点が、都の左側。様子見で警戒しながら歩いて進んだので、距離にして10kmと仮定。人間を避ける為に森を進んで行くのは必須。
急いで走れば数倍の距離が稼げる。都を迂回するルートを辿り、概算距離を出す。
5日から1週間。一番気を使うのは、都から伸びる街道を跨ぐ時。人との遭遇率が格段に高まる。人間側の総数や戦力も解らない状況での接触は避けたい。
ドワーフの認知度にも疑問が残る。看守君は態々フードを用意した。そこに理由がある。
急がば回れと言う言葉が頭に浮かぶ。
のんびりする積もりはないが、下手に慌てて急いて捕まっては逃げ出した意味がない。
川まで下って水分補給もしたい。釣れれば川魚も食べられる。
一旦西に寄って川を見て見よう。
集めた木の実を囓りながら、早歩き程度で歩き出した。
この時の俺にはまだ余裕があった。冷静の物事を分析しようとする意識もあった。
俺が逃げ出した事で起こる惨劇が、同胞たちが待つ我が集落を飲み込もうとしているのも知らずに。
1日を費やして川へと辿り着いた。想像していたよりも遙かに太い運河。
流れは緩やかなものの、上流に都が在る性か色は土泥色で汚く。人間が下水でも垂れ流しているに違いない。
食欲は湧かなかった。隔壁された平坦な岩場を見つけて火を起こす。
大きな岩から削り出した器を3つ造り、一つには小石を敷き詰め川水を濾過。一つは火に掛けて濾過水を煮沸。一つは運搬用。
煮沸の間に水筒ならぬ水器を造った。
濾過と煮沸を繰り返し、洗浄度を増して行く。出す場所が無い身体でお腹を壊したら大変だ。この作業時間を惜しむ訳には行かない。
お風呂まで用意するのは贅沢な話。
煮沸用の器を素手で持っても熱くない。皮が強固に発達していて、鍛冶作業でも手袋要らずで非常に重宝した。
水器でぬるま湯まで冷ました水を飲み、乾いていた喉を潤した。
体力、素早さ、俊敏性、耐久性、耐熱性。どれもこれも人間より遙かに優れている。種族柄知能は若干低いようだが、ちょっとは頭の良い俺が居れば集落を発展させる事も可能。暮らし向きまで変える必要はない。人間社会での地位を向上させる程度で充分。
器一杯に水を溜め終わり、蓋を付けてBOX内に安置した。中で溢れる心配もない。運搬に非常に便利。製造した武具や木の実の一部も、置いた時の場所から一切動いてないので安心。
不思議な原理をボーッと考えながら、火を消して川から離れた。
進路は決定した。都の迂回ルートを進み主街道に出たら後は直進あるのみ。
3日目の夜まではとても順調だった。時々昼寝を入れて距離的には余り稼げていないのが現状。
太い木の上で睡眠をしっかり取った4日目の朝。
あいつは突然やって来た。
「おい、そこの魔物。降りてこい」魔物?魔物って誰だよ。
人間に見つかったのかと、下を覗くと2足歩行のブタ野郎がこちらを見ていた。決して悪口ではない。実際に見た目、顔だけ豚だったから。こちらを指す手指も3本だし。
魔物ってお前のほうだろと思いつつ、無視して日課の日の出具合を確認した。
進路方向は悪くない。
のっそりと木から下りて、言葉を話す不思議な豚の横を素通りした。降りろと言われただけだしさ。ここが彼の寝床だったなら謝るけど。
「待てドワーフ。お前、見るからに強そうだな。我が輩の配下にしてやっても良いぞ」
「勧誘お断り」どうして好き好んで豚の下に就く奴が居るんだよ。
ちょっと気合いを入れて走った。豚が進路に回り込んで来た。
「ま、待て!」
割と気合いを入れて走った。再び豚が回り込んで来た。
「ま、待つんだ!」
かなり気合いを入れ直し走った。息を切らせて回り込んで来た。
「ま、待って、くれ」
なかなかの執念を感じた。俺のスピードに追い着けるとは、魔物って凄いな。
「暇ではないが、話を聞こう」
彼の話を要約するとこう。
ここから南に行った所に豚種が静かに暮らしていた小さな国が在った。地図を見せたが、地図外の下を指差していた。
彼の国は人間に滅ぼされた。知能の低い者たちから順番に捕らえられ、殺され焼かれて、最後には食われてしまった。人間の業。可哀想に。
俺たちも動物の命を頂いていたが、人間社会のように過剰な殺生はしていない。生きて行けるだけの必要限度に留めて、畜産まではしていなかった。
彼はその国を治めていた王族の生き残り。最後の1人だと話した。
国を滅ぼした人間の国に復讐がしたいらしい。地図上の都を指差した。
「我が輩には武器が無い。私でも扱える武器を造ってくれないかと、ドワーフを探していた」
「同情はするが、共に人間と戦うには抵抗があるな。武具を打つにしても材料が無い」
「抵抗?異な事を口にする奴だ。お前の村も、人間に滅ぼされたと言うのに」
な!?なに、を?俺は混乱して何も応えられなかった。
「材料はある。ここに、先代の王の魂が」
懐から取り出された大きな石は、若干色合こそ違うが先日まで人間が渡してきた、魔鉱石に酷似していた。あの赤紫色の不思議な魔鉱石は。
「魔鉱石・・・」
「憎き人間共はこれをそう呼ぶ。これは我々魔族が体内に稀に保有する命の魔石。上位の魔族になれば保有率も高く。我らの種では先代の王だけが持っていた」
話の意味は解る。魔鉱石、魔石は魔族の魂の器だと。なら、俺は誰の魂を打たされて・・・。
「俺の村が、滅ぼされた?」
「私も、始めにそこの×印の場所に在ると言うドワーフの村を訪ねてみた。しかし村の中には誰も居なかった。私の祖国と同じように所々に焼かれて」
そこまで聞いて、俺は走り出していた。彼の制止を振り切って。
丸3日間、走り続け懐かしい集落に辿り着いた。
途中の主街道で行商の馬車とすれ違ったが、余裕の無い俺は全て無視をした。
疎らに黒ずむ畔道。踏み荒らされた畑。激しい戦闘の痕跡。
無惨に崩れた家家。地下蔵まで全部掘り返されていた。納められていた物が全て奪われて。
醸造中の酒樽も何もかも。
抵抗した誰かの手足。胴体と首は揃わない。
淡い紺色だった肌の色が真っ黒に変色していた。
血の臭いはしない。蛆虫も沸いてはいない。
俺たちは土人。生物ではないドワーフ。
長の家が在った場所に走った。
弔われる事なく、無惨に放置された遺体。彼の胸は粗い刃物で斬り開かれ、大口を空けて天を仰いでいた。
魔石を・・・抜き取る為に。
見開かれていた瞳を閉じ、藻掻いた腕を身体の横に正した。
いつの間にか、雨が降って来ていた。遮る物のない場所で、雨は優しげに降り注いだ。
燻っていた火種に当り、集落の至る所で爆ぜた音を立てる。
作物が根刮ぎ奪われた畑に、大きな穴を掘った。
俺たちがいったい何をした?
穴を深く掘り進む。多少の水溜りは出来たが、すぐに柔らかな大地が吸い取ってくれた。
静かに暮らしていただけなのに。
充分な大きさの穴を掘り終え、長の遺体から順に拾い集められるだけ安置した。
誰かに危害を加えたのか?誰か人間を殺したのか?
盛り土をそっと上から投げ掛けた。
優しくて温厚で、悪口を言われただけで泣いてしまうような。
土を掛け終えて、最後に折れ曲げられた鍬の柄を突き立てた。
思い浮べる皆の笑顔。楽しかったあの日の夜を。
あんまりだ。これではあんまりじゃないか。
罪無き人々を虐殺出来る権利が誰にあると言う。
俺が牢屋で打たされていたのは、彼らの魂。
「あ・・・ぁ、あぁ、アーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
降りしきる天に向かい、大声で泣いた。
「答えろよ!クソ女神。これが、こんなものが。お前が望んだものか!!」
遠くで、何処かで聞いた気がする鳥の鳴き声がした。
誰も、何も答えない。問いに答える者は、ここにはもう居ない。
何が神か。こんなふざけた世界なら、ぶっ壊しても文句無いだろ?
邪魔だ!感情抑制が邪魔だ!人間が邪魔だ!!!
怒りで思考の全てを塗り潰す。既に誰の声も届かない。
天に両拳を突き上げた。
「ウォワァーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
憤怒。身体の節々関節から赤黒い炎が滲み出て、燃え盛る。全身が熱い。
貰った看守のフードも焼き切れて、燃え尽き灰となり消えた。
「ま、魔神だ。魔神様だ。我らが、神よ」
豚が漸く追い付いて、後ろで跪いていた。
「魔神?知らねぇな。豚、お前の名は何だ?」
「ル、ルシファーと申します」
「良い名だが惜しい。お前は今日、この時からブシファーと名乗れ。そして俺の為に働け」
「仰せのままに。して、このブシファーは如何様に?」
「お前に剣をくれてやる。共に行き、あの醜い人間の国を滅ぼすぞ」
ブシファーが持つ先代の魔石を受け取り、掌の上で溶かし、打つ。
全ての罪を問い質す、不屈の刃。エクスキューショナー。吸収自動進化機能搭載。
見た目が悪い、小さな髑髏が柄の先端部に付いてしまったが、その機能を考えれば致し方ない。
「ハハッ!確かに賜りました。この剣を持って、貴方様の配下となりましょう。魔神様の御名をお聞かせて下さい」
「ピ・・・、いや、我が名はサタヲ。サタンではない。これで、こんな物では終わらさぬぞ、人間共め!!」
俺は終焉を告げる者ではなく、終わらせない者になる。故に「ン」の一つ前とした。
「魔神、サタヲ様。私には憑依と従属と言う特技が御座います。是非ともお役立て下さい」
ブシファーはエクスで自分の左腕を肘から切り落とし、滴る血飛沫と共に差し出した。
「中々に面白い奴だ。返しに簡単には死ねぬ身体に、俺が造り変えてやる」
腕を受け取り骨まで砕いて飲み込む。
BOXからメギドを取り出して、ブシファーの傷口に当てた。
前よりも強固な腕が生える。
「有り難き幸せ。全ては魔神様の御心のままに」
「神か・・・。俺が魔神なら、貴様は魔王だ。第1番目のな」
「魔王、ブシファー。拝命に。これから、仲間を増やすのですね?」
「あのゴミ溜めの国以外は、まだ滅ぼしはしない。たっぷりと時間を掛けて、この世の地獄を見せてやる」
こうして俺とブシファーは、名も知らぬ都へと旅立った。
奴らにくれてやった武具も取り返す。何一つくれてやるものか。俺たちの魂の欠片たちを。
リベンジャー。これでいい。これでなくてはならない。
牢屋で既に受け取っていた、俺たちの復讐の大槌。
汚らしい人間の、矮小な夢や希望も何もかもを。叩き潰そう。
集落から伸びた細い道を進み、主街道を堂々と歩む。
出会った行商の一団を叩いた。
数人の護衛兵の頭蓋を砕いて見せただけで、逃げ惑う男たち。
荷台に乗せられた女子供を放り出して。
逃げ出した男たちをブシファーが残らず2つに斬り捌いた。
迷わず受け取れ。俺や彼の仲間にそうしたように。これは報い。
泣き叫ぶ耳障りな悲鳴を聞きながら、荷台諸共地面に平伏させた。
流れる血がしみ出した地面。溢れ出る臓物。鼻に付く生臭い臭気。
何も感じない。やはり人間のほうがゴミ屑。これから滅ぼすのは単なるゴミ溜め。
繋がれていた荷馬たちは手綱と枷を外して野に放った。馬には何も罪は無い。
罪があるのは、何時もの粗大ゴミ。
外壁に到着するまでに計3つの商隊を掃除した。
異常に気付いた番兵が数人、何か汚い言葉を吐いて走って来た。
一振りで起きた風で全員を上空に巻き上げ、降りた所をブシファーが斬り飛ばす。
外壁まで到着後、近い壁から粉砕しては内側方向に造り直した。
上方向にも壁を立て替え、都に封を施す。
固く閉ざされた外門を眺め、叩き直して封をした。誰1人、逃さない。
外壁を1周するのに半日を掛けた。
裏手の門から何人か逃げ出していたので、ブシファーに追わせる。
「手早くしないと終わってしまうぞ」
「おぉそれはいけない。急ぎ掃除を終わらせるとしましょう」
合計6カ所の垂れ流し下水路に栓をして、上水路を拡張した。
後はブシファーの帰りを待つのみ。
人間の兵士は案の定、特殊な能力は持っていなかった。ただし、人間を殺した性で人の文字が読めるようになった。
BOXの中で看守の地図を開いた。
ゼルゲン王国、王都ククルシュ。と書かれていた。
紙の端には。「どうか、人間を恨まないで欲しい。我が友よ」と添えられて。
「全てが、遅い。我が友よ」
これはこいつらの罪。お前の仇も兼ねている。
少し間を置いてブシファーが帰って来た頃に、外壁の外側から地面を叩いて壁よりも高い見晴し台を造った。
「手強いゴミでも居たのか?」
「いえいえ。試しにゴミ同士の殺し合いをさせておりまして。何か隠れてはいないかと」
「ほう。面白い能力だ。俺も後で試すとしよう」
台から都の内部を見下ろした。
水が王城以外を満たしていた。
木片や草花と数多くのゴミが、ぷかぷかと背中を見せて浮かんでいた。
犬猫などの動物たちには悪い事をした。
着衣が少ない者はスラム方面のゴミ。豪華な装飾をしているゴミは貴族たち。
「私は泳ぎが余り得意ではないですが。これでは同胞たちの武具が何処にあるのか」
「いいや心配は要らん。感じる同胞の魂は、全て城から感じる。強欲な王が集めて手放さなかったのだろう」
「苦労が無くて良いですな。では、薄汚い城へ参りますか?」
まだ水面から屋根部が出ている各所から、弓矢が飛んで来た。
鎚を振るって風で流した。威力を失えば単なる棒きれ。
「あれらが没するまで待ち、上流の水路を塞いでからだ。川の流れは元に戻したい」
「ゴミ共は、何でも自分の物にしないと気が済まない生き物なのですな」
王城以外の建物が水没した頃合いを見て、予定通りに水路部を造り替えに向かった。
人間がねじ曲げた自然の流れを戻す。運河は勢いを取り戻し、僅かに流れが速まった。
人の欲深さは留まる事を知らない。
見晴し台まで戻ろうとした、その時。
ピュィーーーと言う鳴き声と共に、青い羽根の小鳥が上空から舞い降りた。
「鳥・・・ですか?」
「ブシファー。逃げろ、早く」
「あんな鳥如きが、何の」
「あれがただの鳥だったならな。早くしろ!後は解るな?お前の復讐を果たせ」
俺たちの真上を一度だけ旋回し、身を反転させた後。
「させません!デス・ペナルティー」
鳥でもなく、人間でもなく、純白の両翼を背にした、天使の姿。身体の造形は人間の少女にも見える。
真っ白なワンピースの袖から伸びる指先が、次の行動を躊躇うブシファーを差した途端。
「うぐぁぁぁ」
太い首を抑えて苦しみだした。
「残念です。貴方にも、神罰を」
「その前に、一つだけ答えろ女神。俺たちは死んでも良くて、人間だけが許されない理由を。今すぐに答えろ!!!」
心の中に燻る情念を再点火し、爆発させた。
「その問いの答えはありません。少し、頭を冷やしなさい。ブレイク・ウォール」
直近の外壁の中央に皹が入った。亀裂から水が漏れ出し、中からの水圧に耐えきれず、広範囲に壁は崩壊した。ゴミと共に濁流が押し寄せた。
「答えは、ないだと・・・。ハハッ、ハハハハハハ・・・」
汚物を内包した濁流に呑み込まれる寸前まで笑い続けた。
これが喜劇でなくて、何が喜劇か。馬鹿にしやがって。
「BOXの中身は、全て没収します」
「抜かせ女神。万物に平等でない時点で、お前は女神失格。名前は確か、アフロディーテだったな。お前は今日から、「オ」フロディーテにしてやる。半端な神にお似合いの名だ」
「な!!!改名など、許されるはずが・・・。そんな、嘘!?」
気が動転している隙に、俺たちは濁流の流れに乗って運河に入った。
「絶対に手放すな!いつかまた会おう、ブシファー」
「御意に。その時、心待ちにしておりますとも」
運河の激流には逆らえず、強制冷却された俺の意識も、そこで途絶えた。
他の物はいい。リベンジャーだけは、絶対に誰にも渡さない。
これは、俺たちの揺るぎない魂。
批判や反発は多々あると思いますがこうなりました。
薄く書く事は出来ますが、
それだと元世界に戻った2人とのミスマッチが起きるので
削除はしない方針です。