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第2章 第8話 ある彼の軌跡03、過去の夢と現実と

 貰ったフードを頭から被り、数ヶ月を過ごしたであろう牢屋を出た。

 後ろ髪は引かれるが、振り返らない。

 外に出れば凶悪な人間たちが居るのだから。気を引き締めて行かないと。

 牢とするには見窄らしい内装。牢があった場所から狭い通路を辿った先の部屋。

 崩れそうな椅子と机と便所だけ。洗面台すら無いとは。看守や監視のほうが囚人ではないかと勘がう。

 机の上には溶け切った蝋が、小さな器の上に波模様を象る。

 反対側のドアノブに手を掛けた。

 人の気配は感じなかったが、慎重に扉を開いた。

 急な光に目が眩んだ。外には、警備の兵士が誰も居なかった。

 看守が入って来たのだから鍵は掛かっていなかった。

 なんだよ・・・、全然逃げられたじゃん。

 ドワーフの境遇が窺える。種族全体が蔑まれているのだ。どうせ監視しなくても俺たちは逃げやしないし、犯行もしないと。心優しいだけなのに。

 スラムのようなボロ屋が並んだ場所からは離れている。

 ここは町外れの丘。何か動きがあれば、誰からも見放題だな。

 風景を見渡す。スラムを抜けた先には、石積みの壁を備えた住宅地。

 更に先には夢の国にありそうな西洋城。見栄っ張りで傲慢な人間たちの建物らしい。

 スラムから何人か、重そうな鎧をカタカタ言わせた兵士が走って来ていた。

 走った事はないけど走ってみるか。反対側に向かって。

 丘を下ると、身の丈3倍程度の外壁らしき物体が並んでいた。壊すか乗り越えるか。

 壊すっしょ。でっかいハンマーあるんだし。

 一部を崩して足場を築き、外の様子を確認しよう。

 BOXから出した専用ハンマーで、ドスンと一叩き。

 「あ・・・」メッチャ壊れた。

 攻撃力が凄いのか、外壁の素材が柔いのか。括弧付きで笑ってしまいそう。

 都の外に飛び出すと、整備されていない獣道と木々が立ち茂る場所に出た。

 太陽はほぼ真上。傾きを見ながら方角を見極めよう。

 俺は鍛冶師。壊した物は即行直します。無償で無料で、何て良いドワーフ。

 壊した破片を軽く積み上げて、パスンと一叩き。

 「あへ?」即行直った!!

 叩いた周辺だけ、唐突に盛り上がった構造物に。身の丈10倍近い。壁ってよりも小山だな。

 質量・・・何処へ?材質まで壊す前より硬くなっているような。

 まいっか。これで追手も暫くは来ない。

 外壁沿いに行けば、追手の皆さんとこんにちは!するし。ここは林さん一択。

 獣道は歩まずに、深い茂みの中を進み、このデカい身体を隠した。

 暫く進むと、少し開けた場所に出たので小休止。近場の木に実っていた小ぶりな林檎っぽい果実をもいで食べてみた。

 酸っぱくて渋いけど、久し振りの食事だし有り難く頂きます。

 離れた場所に、野ウサギが見えたので残った芯を幾つか投げて遊んだ。

 ぶつける?そんな物騒な。ウサギの前に落として食べるかどうかを見てただけ。

 警戒しながらも、近付いてカリカリ食べ始める姿は何ともほのぼのした。

 ちゃんと平和な部分もあるんだねぇ。

 動物の世界は弱肉強食が摂理。弱い獣には強い肉食の何かが寄って来る。

 俺はそれを待っていた。

 ある日出会った、森のクマさん。グリズリーよりもヒグマに近い外観。

 グルルと唸り、鋭い黄色い牙を剥き出し涎がタラタラ滴り落ちて。円らな瞳は血走っている。

 怖いっす。リアルガチで怖えっす。抑制が利いているのか震えはしないけど。

 クマの餌の認定が降りた様子です。光栄です。恐縮です!

 戦闘能力を試す相手。もう少し、弱い相手を探せば良かったと。後悔してももう遅かと。熊だけに?

 どうして無謀なテストをするのかと言えば。

 人間と喧嘩する前に、自分の力量を知らねばならぬと思った訳で。

 集落に戻れたとしても、人間たちには場所が割れている。仲間のドワーフたちを、人間から守れるのかどうか、その力があるのかどうかを知る為に。

 武器は使わない。純粋な身体能力を試す。

 突進してくるクマは早い。相撲を取ろうと構えていたが、俺の手前で大ジャンプして飛びかかって来た。

 身を屈めて懐に潜り込み、下からその巨体を突き上げる。

 天然パイルドライバーに持ち込めるかと思いきや、俺の後方で綺麗に着地して即反転。

 流石は地上最強種の一角。巨体に似合わず身軽で軽快。

 警戒感を強め、唸りながら一定の距離を保って回っている。逃がしてはくれなさそう。

 見つめ合って数分後、地を蹴って撥ねて低空突進。スピードを上げて、太い腕を振り上げ爪攻撃に切り替えてきた。

 狩られる訳には行かない。咄嗟に振り下ろされた手首を取って、一本背負いたかった。片腕を取った途端に反対側からも爪が飛んで来た。

 掴んだ腕を放して、腹を蹴って距離を離した。爪爪来たら噛み付きでしょ。

 クマの連撃が空を切った。獣を人間と同じに扱ってはいけないぜ。

 付き、離れ、離れては接近して。戦意を失うまで只管繰り返した。この失うまでが長かった。

 正確な時間は計れないが、日が傾いてクマや木々の影がこちらに伸びた。

 やはり、集落は反対方向に在るようだ。

 都を迂回して反対側に出なければ。

 クマとの長期戦は日没まで続いた。こちらはお試しなので殺す積もりは更々無い。

 自分の身体の動きも掴めた。これなら充分に戦える。

 俺は全く疲れていないのに、クマは息も絶え絶え。最後には泣きそうな顔をして、背中を晒して森の中に消えて行った。二度と俺には会いたくないだろう。

 見上げる空には綺麗な満月が見えた。月は1つで、造形も大きさも元世界に似ている。

 違うのは、満天の星空。ミルキーな白波まで見える。日本でも昔は・・・知らんけど。

 休憩序でに堪能に満足した後で、南に向かって歩き出した。

 寝てもいいけど、夜行動物にしゃぶられたくはない。

 戦闘能力の後は、体力測定。徹夜で歩いたらどうなるのかを試す。

 人間が整備した道か、町や村、都の端壁。それらのどれかを発見するまで。出来れば都は見たくない。それ、戻ってるよな。

 歩く、歩く、歩く。疲れない。何処までも続く、森の中。かなり開けた場所に出て、歩くのを止め背の高い木に登った。

 先客の梟が、迷惑そうに飛び去った後、日の出を待つ事にした。

 木枝が揺れ擦れる音や夜行鳥の鳴き声を聞きながら、じっと待っていると・・・ねむなるわ!

 朝日が昇る位置を確かめないと方向性が掴めない。

 顔を両手でバシバシ叩いて意識を奮い立たせた。でも痛くなーい。頑丈だなぁこの身体。

 軽くストレッチをして暇をつぶ・・・せないわな。

 空間周囲を散策して木の実を探してみた。

 暗くてよく解りませんでした!夜目が欲しい。

 しばし妄想内でシュミレート。

 ハンマーの能力吸収を試す。何か夜行性の動物を狩る。夜目をゲット。

 朝日が昇る。日光を凝視する。

 目が、目がぁぁぁ。却下だ。お目目が潰れるイメージしか湧かない。妄想終わり。

 妄想を止めた頃。不意に横から何かが飛びかかって来た。

 薄い月明かりに照らし出されたその姿は。

 縞模様のタイガー。成体のサラ馬並に大きなドラ猫。でっかい。

 昼間に熊で夜中に虎とは。おっかないおっかない。

 一匹だけかと思えば、追加の一匹が後ろに現れた。

 戦う気もないので、結局朝まで広場を回り回って鬼ごっこをして遊び倒した。

 疲れなーい。何コレ。俺たちって寝溜めが出来るの?ドワーフ奥が深い。

 牢屋で散々寝倒したからなぁ。

 朝日が昇り出した頃。2匹の虎は完全にダウンしてグッタリしていた。

 目の前でお尻を振り振りしても、起き上がって来ない。

 すごすごと森へ帰る大猫を見送りながら、太陽の位置を確認した。

 広場を起点にして8時の方向。やや南西寄りに歩いて来たのか。まあまあ悪くない。

 山でもあればハイキングして、一帯を眺望出来るんだが。残念にも周囲に山の景色は見当たらなかった。

 夜には見えなかった数種の木の実を味わいながら、看守君お手製の地図を眺めた。

 渋い!渋い柿のような実にヒットして思わず顔を顰めてしまった。

 涙に滲んだ目を擦り、視線を地図に戻す。

 「あれぇ・・・」

 あやふやだったはずの地図の記載が鮮明に変化していた。地図が勝手に進化した?

 もしか俺の頭が良くなった?どっちだ。

 書いてある文字は変わらず読めない。都の円が湾曲して形状を変え、書いてあった木の本数が増え、南方の森の先の川状の線や山のような傘マークも追加された。

 非常に興味深い。

 やたら渋かった実と同じ系統の物を率先して食べてみた。

 モリモリムシャムシャ。渋みに堪えて種までかじっ・・・ペッ。種は無理っす。

 地図は更に形状を変化させた。ベースの紙の大きさは変わらない。されども記載内容は精度を増して行く。

 木々は更に増えて森だと解る。都から伸びる線が増え、その線に分けられた対岸にも木々が並んだ。線から分岐した細線で結ばれた先に、×印は少し北へ移動。

 都から見て東南東の位置。

 現在地が都の南の森だとすると、北東に向かって人工街道に乗れば×に辿り着ける。

 但し現在が南側のどの辺なのかは解らない。

 凝視すること数分。黒い点が南の森に現れた。都の西に小さい1点と、南西にやや大きめの1点。直感して、今居る場所のような気がした。

 加えて端の分岐から南東の地に、菱形のマークが追加された。都の大きさに比べると小型。

 人の村か町と見た。ドワーフが行き成り現れたら、驚かれるか通報される。

 行かないほうが得策と判断した。


 あそこで人間の町へ向かっていたら、結果は変わっていただろうか。

 茜と暮らすマンションのベランダから、ガスと都市の町明かりで何も見えない夜空を見上げながら異世界の景色を思い返していた。

 手にはワイングラス。スーパーで購入した安物。

 思い出せる範囲で、ドワーフ集落で飲んだ赤ワインの味を頭に浮かべる。

 二度と飲めない、豊潤で濃厚で柔らかで。まるでドワーフたちの温厚な性格でも現わしてるかのような優しい味わい。

 集落を出る前日に飲んだワイン。もっと、味わえば良かったと。

 室内に戻り、二重窓を締める。厚手の遮光カーテンも締め切った。

 裏家業は帰還8ヶ月目でパッタリと止めた。

 悪人とは言え現実世界で人を殺し過ぎた。これでは何処から情報が漏れても可笑しくはない状況。

 1人だけ、優秀な捜査官が俺と茜の周辺を嗅ぎ回り始めたのもある。

 最悪俺はいい。捕まって死刑でも構わない。

 茜や家族に向けられる、世間からの非難と中傷、報復が心配だった。

 報復に関しては、茜は問題は無い。俺と同等の力を持っているから、回避は容易。

 彼女は最近大通り沿いのコンビニでバイトを始めた。

 旦那の給料だけで暮らすのに、世間への体面が悪いから。体裁を保つだけのバイトを。

 俺自身の月収入は歩合でもとても良い。年間で働けば、内定を貰っていた中小企業のリーマンよりも遙かに稼げる。伊達に成績優秀者ではないぞ。

 うっかり木製の柱と間違えて大きな鉄筋柱を軽々と持ち上げてしまった時は、焦った焦った。

 重機が不要の怪力だなんて、そりゃ人間じゃなくなる。目撃者が居なくて良かった。

 茜が居るのは歩いて行ける近所。バイトが終わるまではまだ時間があった。

 簡単な煮物を弱火で炊き、キッチンテーブルの椅子に腰を下ろした。

 「アイテムBOX」

 帰還当初は小さくて気付かなかった。中身が空っぽなのもあったし。

 しかし最近になって、中身の存在に気付いた。小さな小部屋の片隅で佇む白い羽根。

 ドワーフ時代の牢屋と重なる。

 キッチンの火を止めて、羽根を取り出してパイン材製のテーブルの中央に置いた。

 「女神さんよ・・・、どうすりゃいいんだ」

 異世界の女神様は与えるばかりで答えも正解も示さない。何時だって今だって。

 俺は戻りたくはない。あっちには片割れが居るんだ。同一魂がいつまでも同じ世界に居てはいけない。

 茜は戻りたがっている。女神は、彼女を寄越せと言っている。

 異世界には干渉出来ないんじゃなかったのかよ。こんな身体になって今更な話だけどさ。

 「ただいまー」茜が期限切れのスイーツを手土産に帰って来た。

 帰宅時間になっていたのも、鍵を開ける音にも気付かずに考え込んでいた。

 「お帰り、茜。話があるから、手洗ったら座ってくれ」

 「ふーん」お土産を冷蔵庫に入れながら、素っ気なく応えた。

 洗面所で手洗いうがいを終えて、対面の椅子に座った。

 「羽根だね。懐かしい」

 テーブルに置いた羽根を見ても茜は驚いていなかった。

 「異次元と、異世界を繋ぐ、架け橋。らしい」

 「最近なんか悩んでると思ったら、これだったか。羽根は、一枚だけ?」

 「ああ、一枚だけ。最近BOX見たら入ってた。驚かないのか?」

 「別に。・・・もしかして、あの時の記憶戻ったの、自分だけだと思ってる?」

 「茜も・・・なのか」

 「コレを要求して、女神様と大喧嘩したじゃない?私の為に。私を帰すだけでいいからって」

 「記憶力、いいな。俺は所々削られて、支離滅裂状態だよ」

 「だって、剛と2人きりで旅が出来たのって。結局あの期間だけだったじゃない?私にとっては切り離せないし、忘れたくない記憶だもん。女神様は与えるし取り上げるけど、最後にはちゃんと返してくれる。剛にもいつか返してくれるよ」

 「だと、いいな。茜、使うか?羽根」

 「うん、ご飯とプリン食べ終わったら」

 「んな、軽いなぁ。片道かもしんないのに。さっきまで悩んでた俺の立場が」

 「バーカ。ホントに解らないの?記憶無いの?」

 席を立って俺の背後に回り込み、背中から抱き締めてくれた。

 「なん、だっけ?」

 「女神様言ってたよ、あの時。コレだけは渡せない。コレだけは、・・・ってさ」

 「そっか・・・。記憶ねぇわ、それ」

 安心したら、急激に腹が減ってきた。でもその前に。

 反転して茜の胸の甘い匂いを、胸一杯に吸い込んだ。

 「子供か。・・・もうちょい大人になってくれると嬉しんだけど?」

 「ん。頑張る」

 「私も頑張るから。・・・今度は。今度こそ、離れてなんてやらないんだから」

 その日。日付を跨ぐ直前に、純白の羽根を使って茜は異世界に旅立った。

 意識を失った彼女の身体をベッドに寝かせ、キッチンに戻り瓶に残った温いワインを、グラスに注ぎ入れ煽った。1人切りの祝杯を捧げる。

 「良い旅を。それから、心善きドワーフたちに。献杯!」

 流れる涙と共に、一息に飲み干した。

用意した物はすぐに使います。


次話は最大級にグロくします。

苦手な方は飛ばして下さい。

話は繋がりませんが、欠損は最小限に留めるつもりですので

仮に飛ばしても大丈夫なように。

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