第2章 第7話 ある彼の軌跡02、想い出の牢獄
数週間が過ぎたと思う。武具を打つ以外何もしていない。
看守の男も何かを警戒して無駄話はしなくなった。不味い事でも聞いてしまった感がある。
久々の来客。小窓から小鳥が舞い込んで来た。
元世界でも集落でも見た事がない、青い羽根の綺麗な鳥だった。
雀のような鳴き声。チュンチュン楽しげに、俺の周りを飛んだり撥ねたり。
会話は出来ないが、久し振りに他の生き物に触れられて気分が良かった。
今日は良い物が打てそうな気がした。
「喜べ、やっと許可が降りたぞ。上質な魔鉱石だ。この国の王に認められる良い機会。逃すなよ、ドワーフ」
いつも配膳してくれる男ではない。何度も聞かされた言葉でウンザリする。
「認められれば、ここを出られるのか?」
叶った試しはないが、一応聞いてみる。
「さぁな。それは上が決める事」案の定な答え。
魔鉱石?イメージ的には魔物から取れる物。倒すと稀に手に入るとか。
手に取ると赤紫の淡い光を放つ、不可思議な魔鉱石。まるで、俺に答えているかのよう。
「見られていると集中出来ない。時が経ったら来るといい」
これは本当の話で、人間が近くに居ると良い物が打てない。
「チッ・・・、まぁ精々頑張れよ」なぜに舌打ち?
係の男の足音が遠退くのを確認してから、炉に火を入れた。
青い小鳥が小窓の端でこちらを見ていた。人間でないなら大丈夫だろう。
鉄が打てる温度になった。もう少しだけ上乗せし、炉は頃合い。
まずは何を打つべきか。何も出来なかったでは、今後の体面に影響してしまう。
初手は、そうだな。何でも打ち込める、鎚を造ろう。
魔鉱石を炉に翳して数分、真っ赤な金属反応を見せた。これなら大丈夫そうだ。
鉄のハンマーで鉄以上の硬度を出す。理には適っていないが、俺は何でも造れるスミス。
ここまで鍛えた腕に懸け、鍛冶師としての本分を発揮した。
前々から何かを隠せる場所が欲しかった。
大きな魔鉱石を砕き、ほんの一部の欠片で適当なナイフを作成した。これの仕上げは後回しでいい。残りの半分でハンマーを仕立てた。
何物でも打てる鎚。メギョンギルド。
心を込めて、残りの鉱石で造り上げた物は。
ロックド・ソール・チェイン・ザ・アイテムボックス。
魂に直接繋いだ、俺専用の道具箱。これでやっと、造りたい物が造れる。
形は無く、色も無い。けどそこにBOXは存在した。成功だ。
試しにナイフや鉄のハンマーを出し入れしてみた。望み通りの出来映えと使用感。
何でも造れるは嘘ではなかった。
鉄のハンマーで、ナイフをそれなりに仕上げた。
人間にくれてやるのはこの程度で充分。悪戯と仕返し。
「たったのこれだけか?」
数時間後に取りに来た男が男が青い顔で抜かしていた。
「初めて扱う石だからな。少し失敗した。残りは灰になってしまってな」
「何も無いよりはマシか・・・」
ブツブツ言いながらも、ナイフを抱えて去って行く。
数日後、2度目の機会がやってきた。前回よりも大粒の石。造れる物が元の大きさに比例するとでも思ったのだろう。馬鹿な奴らだ。
今日も青い鳥がやって来た。楽しそうに作業を眺めている。今日も良い物が打てそうだ。
前回よりも少しだけ温度を下げた。大物を打ち上げるのには高温過ぎたから。
世界を渡り、希望を繋ぐ。ホープアクス。
並の人間には扱えない程の大きなバトルアクス、黒い戦斧が出来上がった。
満足満足。最適な温度が見つかった。
「またこれっぽっち・・・」
「前よりは上手く行ったぞ。使えるのは芯の部分だけだったな」
残り僅かで造った、ショートソード(切れ味鋭いペーパーナイフ)擬きをお持ち帰り。
3度目の機会。今日も小鳥はやって来た。
今回は最初から2つに割れた魔鉱石。そろそろ、ちょっとは良い物を渡さないと次が無くなってしまいそうだから、ちょっとは頑張ろう。
石は2つあるので、適度な対の双剣を造った。
大きく残した石を打つ。
全てを見通す、道標。ホークアイズメイス。
棍と持ち手部は出来たが、両者を繋ぐ鎖が難しい。次の課題にしよう。目標が出来た。
4度目は、前の双剣が大変好評だったらしく。大きな鉱石が3つも貰えた。
「時間が欲しい。また明日来るといい」
1つで課題の鎖を試行錯誤の末に作成。後の1つで。
守るべき者、守る者に従う。ガーディアン。
上々の出来だ。立派な騎士に相応しい銀色の剣が出来た。
残り1つで。
持つ者の生気を奪い、垂れ流す。パージ。
見た目だけはガーディアンに近い。中身は悪意しかない。誰が持つんだか。
残った鉱石はBOXに安置した。中のコレクションが増えて行く。それだけが今の楽しみ。
「恐ろしい剣が出来てしまった。柄は握らないほうがいい」
パージを引き渡した。ザマァ。喜んでる喜んでる。馬鹿みたいに。まぁ馬鹿なんだけど。
所詮は人間。
俺の思いとは裏腹に、パージは王様に超好評だったらしく。
5度目には、大粒12個と大盤振る舞い。
「この国の在庫全部だそうだ。前のよりも良い物頼むぞ。出来が良ければ、外に出してやってもいいだとのお達しだ」
やっと聞こえた新しい変化の言葉。集落に帰りたいな。
「時間が掛かる。2日後に来るといい」
流行る気持ちを抑え込んで、頭を冷やして案を練る。
何事も、何度でも所有者の元に舞い戻る。リバース。
初めての杖。この世界に魔術や魔法があれば絶対に役に立つ。
縛られる事も、縛る事もない。チェイン。
5つの短剣を造ってみた。どう使うかは使用者次第。
人々の願いを集め、全てを断ち切る刃。アルテマ。
白銀の長剣。想いに応える剣か・・・。我ながら深いな。
時を操る橋立。偽り無き魂の元へ。リヴィジョン。
銀色の長剣。時を操るか。本当に出来たらすげぇよ。
いつもは大人しい小鳥が何やら騒いでいる。そんな日もあるのだろう。
終焉を告げる物。集いし3錫。クリアポメロン。
青白い三つ叉の矛を造ってみた。精強な長槍。すでに人が持つべき物じゃない。
断罪する雷。揺るがぬ正義の名を借りて。エクスキャリバー。
アルテマと似ている白銀の長剣。勇者が居たら、きっと世界を救う助けとなるに違いない。
魂をも喰らう、悪しき牙。ソールイーター。
おーすげぇの出来た。刀身から全部が黒い。魔王っぽいのが持つ剣だな。
大鉱石は後3つ。ポメロスに3つも消費してしまった。
騒いでいた小鳥が、何かを諦めたように大人しくなった。今日の俺は止まらないぜ。
ソールイーターの鞘でも造ろう。格好いいのがいいねぇ。
引き延ばしてイーターに被せながら打ち込み開始。芯が強いので苦も無く出来た。
在りし日の夕焼け。茜色の鞘。
茜色かぁ。懐かしいな。元世界で元気でやっているだろうか。すっぱり忘れて新しい彼氏でも出来ただろうか。一目でいいから会いたい。謝りたい。絶対に不可能だけど。
BOX内の在庫の石で、剣の鞘を色にそれぞれ合わせて作成した。
杖や鎖棍や斧や槍は剥き出しで構わない。剣に鞘が無いと格好悪い。そんな理由で。
武装ばかりでは芸がないよな。たまには武器以外でも。
異次元と異世界を繋ぐ架け橋。天使の羽根。
「え・・・」
純白の羽根が出来上がった。出来てしまった・・・。
俺が願ったからなのか?願いながら、打ったから?異世界を、繋ぐ架け橋。
これを使えば、帰れるのかも知れない。帰れないまでも、一目見るだけでも。
嬉しくなって持ち上げた。日の光に翳そうと、立ち上がり小窓に近付いた。
ピィィィという鳴き声と共に、小鳥が目の前を通過して窓から出て行った。
驚き目を奪われ、手元に目を戻すと白い羽根は何処にも無かった。無くなっていた。
窓には背は届かない。外の様子も、世界も知らない。
羽根は小鳥に持ち去られてしまった。小さな友達だと思ってたのに、裏切られた気分。
仲間の羽根とかと勘違いした?
まぁいいや。出来るとは思えないが、またゆっくり造ればいいかと思い直し、炉の前の座椅子に腰を下ろした。
最後の1つを手に取り向い合う。
そろそろ自分用の武器でも造ろう。戦闘に向いているとも思えないが、パワーだけなら人間よりも優れているはずなので、力任せの武器でいい。
鎚は鍛冶師の命だから、武器としては使用しない。プライドって奴だな。
復讐の鉄槌。能力吸収機能搭載。リベンジャー。
紺色の大槌。いいねいいね。いいの出来たぜ。肌の色とも合っている。
能力吸収ってのも何だか物騒な気もするが、俺らしいっちゃ俺らしい。
火を落とし、暫く考えた挙げ句。ポメロス以外をBOXに収納して、人が現れるまで眠る事にした。何だか疲れたし、石は全部使ってしまった。
この槍で、何とか平和的にここから出してくれないかな・・・。
久し振りに深く眠り、俺は少しだけ元世界の夢を見た。
「ピエドロ・・・、本当に彼があの。我が友だと?」
「そうです。もう、隠す必要は無くなりました」
「もし、は好きではないが。もしも、私が彼を止めていなければ、世界は」
「私も含めて、滅びていたでしょう。滅んだ末に、新たな神が生まれていたでしょう」
「ドワーフか。成る程、だからあそこまで」
「彼は人間を恨んだ。その切っ掛けも能力も、この私が与えてしまった物。私には責任がありました」
「それで君は、私と彼に執着したのだな」
「1つの理由であり、彼に対する謝罪でもある。別の道には彼が本当に望んだ者を用意していたのに、導いてあげられなかった。未熟な世界を生み出した私も、また未熟。白き羽根が危険だと早計して、その後を見届けませんでした。彼が道を踏み外す瞬間に私は、何も」
「何も?君は良くやったよ。随分な遠回りだったがね」
「神を、この私を泣かせる気ですか」
「そうだとも。神であろうと、何者であろうと。愛する妻には代わりない」
女神は男の胸に縋り、涙を隠すように顔を埋めた。
「見せましょう。彼の辿る軌跡を」
「見るとも。友の歩んだ足跡を」
重い話が続きます。
幾つかの理由を解放し、また広げる。
そして、彼女への切符をご用意~