表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/130

第2章 第6話 ある彼の軌跡01、消え行く者たちへ

 もう少しで彼らはここへ辿り着く。その前に少し話をしましょう。

 アワーグラッセル。彼はここをそう名付けた。

 彼に自由を許し、野に降ろしたのはこの私。

 私は彼に、こう尋ねました。「何か、やりたい事でも?」と。

 彼はこう答えました。「どんな物でも作れる、生産職とか」と。

 認めてしまった物事を変更も出来なければ、制約を後付けすることは叶わない。このような貴局を生み出す切っ掛けを生み出したのは、間違いなくこの私。

 生まれたばかりのこちらの世界は、実に不安定な赤ん坊のようでした。

 大地の造形も、海の底も、時の流れも、生命の循環も全て。

 それらを大幅に変更。劇的に造り替えてしまったのは、やはり彼の仕業。

 けれどそれらは粗だらけ。虫喰いのような穴が出来ていました。

 所々の粗を手直しをする為、私自身も地に降り、幾つかの身体を借りて世界を巡る。

 勇者が生まれる村の住人。

 魔族の村の詩人。

 子供たちを騙し、やがて返り討ちに会う行商人。

 賢人の里の小鳥。

 酒に溺れ、肝を壊して人知れず死んだ剣士の男。

 竜の谷に住む、竜族の隣人。

 盗賊に毒殺された、名も無き魔術師。

 腕は確かなのに、人間に騙され最後には命を落とした偏屈な土人。

 騎士を夢見る、貧しい農夫。

 貴族の元に生まれ、自堕落な生活をする引き籠もり。

 白き翼を持つ、唯一無二の天人。

 個体それぞれが人生を生きている間に、数日若しくは数刻だけ間借りして目的を果たす。

 そして、私自身の運命を大きく変えてしまった、身体弱い孤児院の娘。

 彼女の身体は、本来なら茜の魂に宛がう予定でしたが、本人が要らないと言うので空きとなってしまいました。

 「お兄ちゃんに会えないなら、私は何もしません」そう宣言されて。

 困り果てた私は、自分の魂の一部を削り、別体として娘の身体に結合させました。

 過ちであったのは認めましょう。

 「過ち、なのかね?」

 「怒らないで、あなた」

 「怒ってはいないが」

 過ち、ではなく想定外でした。役目を終えた彼女の魂を、再び私の中へと戻した瞬間に。

 流れ込んで来た、想いや感情、経験。人を愛する、気持ち。

 決定的に私に欠けていたもの。それが、愛。人を愛し、子を愛し育む、生命の源。

 賢人の男を愛し、結婚し、子を望んだが叶わなかった。強い悔恨の想いも同時に。

 「寂しき想いか。済まなかった」

 「最後には許したのです。謝らないでください」

 彼の話をしましょう。異世界へと帰った彼らのお話を。


 イメージをしていた生産系で無双は、想像以上に難しかったし出来なかった。

 女神様から最初に貰った身体は、屈強な土人。ドワーフだ。

 最初に貰ったは語弊があるか。転移当初は、後々に他の身体へ転移出来るとは知らなかったんだし。

 異世界にやって来て、だいたい1ヶ月くらいが経った。

 日々鍛錬の毎日。この世界にはレベルの概念は無いらしい。

 このドワーフ、鍛冶師ピエドロさんの腕は優秀そのもの。やればやるほど、重ねれば重ねるほど上達の振れ幅は天井知らず。屈強な身体でハンマーを振り下ろすのにも苦労はない。

 俺は小さいながらも、独自の工房と鍛冶場を持っていた。

 毎日毎日日が暮れるまで、程度の悪い砂鉄や鋳鉄を打ち抜いた。

 ここはドワーフだけが住む集落。ここが異世界のどの辺で、他にどんな生き物が居るのだとかは全く解らない。乏しい情報。集落の中だけでは集まらない。

 集落に取引をしに来る人間種と話たくとも、誰も真面に取り合わない。

 完全に見下しているのは、彼らの目を見れば明らか。

 この世界の文字はさっぱり読めない。話だけは出来るのが唯一の救い。

 集落の中に、長も含めて文字を読める者は居ない。ドワーフ族は知能が低かった。

 人間が嫌いなはずなのに、頼まれると断れないお人好しな気性。それ自体は悪くないと思う。人間に騙されているとは、微塵も考えていないのだから。ある意味幸せな性格。

 俺だけは理解していた。集落全体が、人間のカモにされていると。

 鍛錬を積みながら、チャンスを窺っていた。人間の商人たちから情報を得るチャンスを。

 定期的に、優秀な武具を打てる仲間が1人、また1人と王都に連れて行かれるらしい。集落を出たら最後、二度と戻らぬ彼らがどうなったのかは誰も知らない。

 「○○は今、王都の工房で元気に頑張っている」そんな言葉を誰もが信じ切って。

 あんたらは馬鹿か。使い潰されてるに決まってるのに。

 ある日、先輩の1人が王都に招かれる事になった。俺は長に提案した。

 「商人さんを招いて、彼の門出を祝いましょう」

 「おお、ピエドロよ。それは良い考えだ」

 ドワーフは酒が大好きで酒豪。そこだけはイメージ通りで少し笑ってしまった。

 いい人たちばかりだった。文字さえ習得出来れば、騙される事もないのに。

 各家家から秘蔵の酒樽を持ち合わせ、捌いた川魚や猪を塩で炙った物を肴にして。

 ドワーフの酒造りの腕は確からしく、人間の商人2人がただで飲めると喜んで引っ掛かってくれた。今度はこっちが釣る番だ。

 元世界ではお酒は余り強くなかったが、このピエドロの身体はどれだけ飲んでも酔わず、尚且つ美味しいとさえ感じた。葡萄酒に蒸留酒。果実を漬け込んだ果実酒。

 どれも冗談抜きで美味い。鍛冶でなくともこちらで商売が成り立つ位。

 上機嫌だった俺たちを、泥酔した商人たちが地獄の底へと突き落とした。

 ゲロ混じりで、汚らしい言葉の数々を、思い返すのも反吐が出るので割愛する。

 総合するとこんな具合だ。

 頭の悪いドワーフは、上質な武具と酒を造るしか能が無い製造器。

 製造器は餌さえ与えていれば、タダ同然で働く奴隷。

 この広い世界にドワーフ種は、このゴミ溜めだけになった。

 王国の牢屋に入れたゴミも虫の息。代わりの者が必要。

 豚のように増やしたいが、何故か増えない。家畜以下。

 途中から聞くのが馬鹿らしくなってしまった。

 激しい怒りに震えて周りを見渡す。怒っているのは、どうやら俺1人だけ。

 長も他の皆も、ただ震えて啜り泣いているだけ。誰も拳を振り上げない。怒りに任せて戦おうともしない。そんなに太い手足を持っているのに。人間よりも丈夫な身体を持っているのに。

 復讐なぞ微塵も考えていない彼らを見て、俺も怒りを収めた。

 冷静になり、泣き濡れる長に提案した。

 「彼ではなく、俺を王都に行かせてください。王都に行った仲間を救います」

 「おお、ピエドロよ。全てはお前に任せよう」

 皆おいおい泣いていたのに、もう笑っている。俺はそんな純粋な彼らが好きだった。

 ドワーフには性別が無い。ある日突然に、何処かの洞窟の奧底で生まれるという。

 俺には無い概念。否定する権利は誰にも無い。否定しようも無い。これがこの世界の道理ならと受け入れる。同時に、このドワーフ種は絶滅が決定されていると知る。

 翌朝。居心地が良かった集落を旅立った。最後に見た彼らの笑顔と、何かを期待する目が忘れられない。

 商人たちが用意していた、窓も無い荷馬車に押し込められて。


 鍛冶場と粗末な御座だけが用意された、底冷えする牢獄。それが俺の居場所。

 外に出る事も許されず、只管に武具を打つ毎日。

 数ヶ月が過ぎただろう。時間の感覚は乏しい。

 小さな檻窓から日の光と風が僅かに入る。日指があって多少の雨なら入らない。嵐の日には見事に浸水した。

 味のしない粗末な食事。種類も解らない芋類が主。集落で飲んだあの日の酒が恋しい。

 とれだけ食べても排泄はしない。生殖器や排泄器官が無いのだから当然と言えば当然。

 摂取した栄養は口から入って何処へ消えるのか。謎すぎる。

 経験を重ねると、用意される金属が上質な物へとランクアップして行った。

 鋳鉄から鋳鉄、鋳鉄から鉄鉱石、鉄鉱石から鋼鉄。鋼鉄は過去に先人たちが精製した物や、使えなくなった中古武装を溶かし直した物。

 何ヶ月でも何年でも造り続けよう。俺が倒れれば、また別の誰かが連れて来られる。

 泥酔商人が話したように、先人たちはもうこの世に居ない。殺されたのだ。

 ここがどの大陸で、どんな名前の国なのかさえ一切の情報は入らない。

 女神様が何故このドワーフの身体を用意したのかは解らない。

 「貴方の望みを叶えましょう」この苦難の先で得られる報酬の話だ。

 こんな牢獄で、いったい何を為せと?答える者は誰も居ない。

 何でも造れる職種を選んだだけなのに。本当に造りたい物は武具ではないのに。

 「選択、失敗したかな・・・」

 「なんだ?今日は失敗か?珍しいな」

 食事の配膳係兼看守の警備兵の男だ。名前は知らない。

 最近になって漸く話をしてくれるようになった。

 長話は余り出来ない。他の看守に見られたら咎められるらしい。

 貴重な情報を得るチャンス。下手は打てない。

 「いやご所望の剣は出来てるよ。持ってきな」

 「おぉおぉ、これはまた素晴らしい出来だな。騎士には成れなかったおれでも解る」

 何が解るんだか。

 「ところで今年は、何年だ?」

 「ねん?何だそれは。美味いのか?」

 年が・・・、無い?だと・・・。どうなってんだ。集落のドワーフが時間に無頓着なのは解る。人間社会に時間の概念が無いのは、理解し難い。名称が違うのか?

 平静を装い。「集落で造っていた葡萄酒の名だよ」と誤魔化した。

 「おー酒かぁ。ドワーフの酒。おれも一度は飲んでみてぇなぁ」

 「飲めばいいじゃないか」

 「あんなもん、稀少過ぎて高くて平民には手が出ねぇっての」

 稀少?集落にはまだ山程在ったのに。それくらい高級品なのか。

 「いつか飲めるといいな」

 「ま・・・いつか、な」

 看守は出来上がった剣を持って、気まずそうな顔で出て行った。

 気にはなったが、これ以上は聞けないようだ。

突然ですが、答え合わせの時間です。


本編は暫くお休みでーす。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ