第2章 第6話 ある彼の軌跡01、消え行く者たちへ
もう少しで彼らはここへ辿り着く。その前に少し話をしましょう。
アワーグラッセル。彼はここをそう名付けた。
彼に自由を許し、野に降ろしたのはこの私。
私は彼に、こう尋ねました。「何か、やりたい事でも?」と。
彼はこう答えました。「どんな物でも作れる、生産職とか」と。
認めてしまった物事を変更も出来なければ、制約を後付けすることは叶わない。このような貴局を生み出す切っ掛けを生み出したのは、間違いなくこの私。
生まれたばかりのこちらの世界は、実に不安定な赤ん坊のようでした。
大地の造形も、海の底も、時の流れも、生命の循環も全て。
それらを大幅に変更。劇的に造り替えてしまったのは、やはり彼の仕業。
けれどそれらは粗だらけ。虫喰いのような穴が出来ていました。
所々の粗を手直しをする為、私自身も地に降り、幾つかの身体を借りて世界を巡る。
勇者が生まれる村の住人。
魔族の村の詩人。
子供たちを騙し、やがて返り討ちに会う行商人。
賢人の里の小鳥。
酒に溺れ、肝を壊して人知れず死んだ剣士の男。
竜の谷に住む、竜族の隣人。
盗賊に毒殺された、名も無き魔術師。
腕は確かなのに、人間に騙され最後には命を落とした偏屈な土人。
騎士を夢見る、貧しい農夫。
貴族の元に生まれ、自堕落な生活をする引き籠もり。
白き翼を持つ、唯一無二の天人。
個体それぞれが人生を生きている間に、数日若しくは数刻だけ間借りして目的を果たす。
そして、私自身の運命を大きく変えてしまった、身体弱い孤児院の娘。
彼女の身体は、本来なら茜の魂に宛がう予定でしたが、本人が要らないと言うので空きとなってしまいました。
「お兄ちゃんに会えないなら、私は何もしません」そう宣言されて。
困り果てた私は、自分の魂の一部を削り、別体として娘の身体に結合させました。
過ちであったのは認めましょう。
「過ち、なのかね?」
「怒らないで、あなた」
「怒ってはいないが」
過ち、ではなく想定外でした。役目を終えた彼女の魂を、再び私の中へと戻した瞬間に。
流れ込んで来た、想いや感情、経験。人を愛する、気持ち。
決定的に私に欠けていたもの。それが、愛。人を愛し、子を愛し育む、生命の源。
賢人の男を愛し、結婚し、子を望んだが叶わなかった。強い悔恨の想いも同時に。
「寂しき想いか。済まなかった」
「最後には許したのです。謝らないでください」
彼の話をしましょう。異世界へと帰った彼らのお話を。
イメージをしていた生産系で無双は、想像以上に難しかったし出来なかった。
女神様から最初に貰った身体は、屈強な土人。ドワーフだ。
最初に貰ったは語弊があるか。転移当初は、後々に他の身体へ転移出来るとは知らなかったんだし。
異世界にやって来て、だいたい1ヶ月くらいが経った。
日々鍛錬の毎日。この世界にはレベルの概念は無いらしい。
このドワーフ、鍛冶師ピエドロさんの腕は優秀そのもの。やればやるほど、重ねれば重ねるほど上達の振れ幅は天井知らず。屈強な身体でハンマーを振り下ろすのにも苦労はない。
俺は小さいながらも、独自の工房と鍛冶場を持っていた。
毎日毎日日が暮れるまで、程度の悪い砂鉄や鋳鉄を打ち抜いた。
ここはドワーフだけが住む集落。ここが異世界のどの辺で、他にどんな生き物が居るのだとかは全く解らない。乏しい情報。集落の中だけでは集まらない。
集落に取引をしに来る人間種と話たくとも、誰も真面に取り合わない。
完全に見下しているのは、彼らの目を見れば明らか。
この世界の文字はさっぱり読めない。話だけは出来るのが唯一の救い。
集落の中に、長も含めて文字を読める者は居ない。ドワーフ族は知能が低かった。
人間が嫌いなはずなのに、頼まれると断れないお人好しな気性。それ自体は悪くないと思う。人間に騙されているとは、微塵も考えていないのだから。ある意味幸せな性格。
俺だけは理解していた。集落全体が、人間のカモにされていると。
鍛錬を積みながら、チャンスを窺っていた。人間の商人たちから情報を得るチャンスを。
定期的に、優秀な武具を打てる仲間が1人、また1人と王都に連れて行かれるらしい。集落を出たら最後、二度と戻らぬ彼らがどうなったのかは誰も知らない。
「○○は今、王都の工房で元気に頑張っている」そんな言葉を誰もが信じ切って。
あんたらは馬鹿か。使い潰されてるに決まってるのに。
ある日、先輩の1人が王都に招かれる事になった。俺は長に提案した。
「商人さんを招いて、彼の門出を祝いましょう」
「おお、ピエドロよ。それは良い考えだ」
ドワーフは酒が大好きで酒豪。そこだけはイメージ通りで少し笑ってしまった。
いい人たちばかりだった。文字さえ習得出来れば、騙される事もないのに。
各家家から秘蔵の酒樽を持ち合わせ、捌いた川魚や猪を塩で炙った物を肴にして。
ドワーフの酒造りの腕は確からしく、人間の商人2人がただで飲めると喜んで引っ掛かってくれた。今度はこっちが釣る番だ。
元世界ではお酒は余り強くなかったが、このピエドロの身体はどれだけ飲んでも酔わず、尚且つ美味しいとさえ感じた。葡萄酒に蒸留酒。果実を漬け込んだ果実酒。
どれも冗談抜きで美味い。鍛冶でなくともこちらで商売が成り立つ位。
上機嫌だった俺たちを、泥酔した商人たちが地獄の底へと突き落とした。
ゲロ混じりで、汚らしい言葉の数々を、思い返すのも反吐が出るので割愛する。
総合するとこんな具合だ。
頭の悪いドワーフは、上質な武具と酒を造るしか能が無い製造器。
製造器は餌さえ与えていれば、タダ同然で働く奴隷。
この広い世界にドワーフ種は、このゴミ溜めだけになった。
王国の牢屋に入れたゴミも虫の息。代わりの者が必要。
豚のように増やしたいが、何故か増えない。家畜以下。
途中から聞くのが馬鹿らしくなってしまった。
激しい怒りに震えて周りを見渡す。怒っているのは、どうやら俺1人だけ。
長も他の皆も、ただ震えて啜り泣いているだけ。誰も拳を振り上げない。怒りに任せて戦おうともしない。そんなに太い手足を持っているのに。人間よりも丈夫な身体を持っているのに。
復讐なぞ微塵も考えていない彼らを見て、俺も怒りを収めた。
冷静になり、泣き濡れる長に提案した。
「彼ではなく、俺を王都に行かせてください。王都に行った仲間を救います」
「おお、ピエドロよ。全てはお前に任せよう」
皆おいおい泣いていたのに、もう笑っている。俺はそんな純粋な彼らが好きだった。
ドワーフには性別が無い。ある日突然に、何処かの洞窟の奧底で生まれるという。
俺には無い概念。否定する権利は誰にも無い。否定しようも無い。これがこの世界の道理ならと受け入れる。同時に、このドワーフ種は絶滅が決定されていると知る。
翌朝。居心地が良かった集落を旅立った。最後に見た彼らの笑顔と、何かを期待する目が忘れられない。
商人たちが用意していた、窓も無い荷馬車に押し込められて。
鍛冶場と粗末な御座だけが用意された、底冷えする牢獄。それが俺の居場所。
外に出る事も許されず、只管に武具を打つ毎日。
数ヶ月が過ぎただろう。時間の感覚は乏しい。
小さな檻窓から日の光と風が僅かに入る。日指があって多少の雨なら入らない。嵐の日には見事に浸水した。
味のしない粗末な食事。種類も解らない芋類が主。集落で飲んだあの日の酒が恋しい。
とれだけ食べても排泄はしない。生殖器や排泄器官が無いのだから当然と言えば当然。
摂取した栄養は口から入って何処へ消えるのか。謎すぎる。
経験を重ねると、用意される金属が上質な物へとランクアップして行った。
鋳鉄から鋳鉄、鋳鉄から鉄鉱石、鉄鉱石から鋼鉄。鋼鉄は過去に先人たちが精製した物や、使えなくなった中古武装を溶かし直した物。
何ヶ月でも何年でも造り続けよう。俺が倒れれば、また別の誰かが連れて来られる。
泥酔商人が話したように、先人たちはもうこの世に居ない。殺されたのだ。
ここがどの大陸で、どんな名前の国なのかさえ一切の情報は入らない。
女神様が何故このドワーフの身体を用意したのかは解らない。
「貴方の望みを叶えましょう」この苦難の先で得られる報酬の話だ。
こんな牢獄で、いったい何を為せと?答える者は誰も居ない。
何でも造れる職種を選んだだけなのに。本当に造りたい物は武具ではないのに。
「選択、失敗したかな・・・」
「なんだ?今日は失敗か?珍しいな」
食事の配膳係兼看守の警備兵の男だ。名前は知らない。
最近になって漸く話をしてくれるようになった。
長話は余り出来ない。他の看守に見られたら咎められるらしい。
貴重な情報を得るチャンス。下手は打てない。
「いやご所望の剣は出来てるよ。持ってきな」
「おぉおぉ、これはまた素晴らしい出来だな。騎士には成れなかったおれでも解る」
何が解るんだか。
「ところで今年は、何年だ?」
「ねん?何だそれは。美味いのか?」
年が・・・、無い?だと・・・。どうなってんだ。集落のドワーフが時間に無頓着なのは解る。人間社会に時間の概念が無いのは、理解し難い。名称が違うのか?
平静を装い。「集落で造っていた葡萄酒の名だよ」と誤魔化した。
「おー酒かぁ。ドワーフの酒。おれも一度は飲んでみてぇなぁ」
「飲めばいいじゃないか」
「あんなもん、稀少過ぎて高くて平民には手が出ねぇっての」
稀少?集落にはまだ山程在ったのに。それくらい高級品なのか。
「いつか飲めるといいな」
「ま・・・いつか、な」
看守は出来上がった剣を持って、気まずそうな顔で出て行った。
気にはなったが、これ以上は聞けないようだ。
突然ですが、答え合わせの時間です。
本編は暫くお休みでーす。