第2章 第4話 目指す者と決断する者たち
足りない。時間もない。こっから転移や乗っ取りをしているような時間はない。
強引に陸地に乗り上げて、死にかけの元気な人なんて居る訳がない!
今はまだシーパスたちと海の底。離脱者はいない。我が道を歩み出した者が何人か居て。
残った合計数、俺を含め20人。
20人分の死にかけた・・・居る訳ねぇだろそんなに!
海の底で俺たちは燻っていた。進化が止まった。イカさんを食いまくっても、進化も強化もされずに停滞している。
現在の深度、1500m。かなり周りは明るくなってきた。地上の光が届いている。
限りなく薄いけど。
マグロっぽい何かを捕食した。今のベースがカジキだったのを忘れて。
ほとんど変化無し。微妙に早く泳げる。気がする。
路線を変えて、エビっぽい甲殻類を補食した。
またも微妙に鱗が固くなった。気がする。艶は出たな。魚に色気は要らんだろ!
どうぞ~、私を食べて~。
食われてどうする。
悩む。地上に出るには・・・、両生類の肺呼吸が必要になる。
他の海の生き物ですぐに海上に出ても生きられる者。答えは海亀。
捕食したいが、見当たらない。こんな深海には居ない。
両生類は海面付近に居るだろう。
ほ乳類。イルカ、クジラ。心苦しい。受けた恩は仇では返さない。
すっ飛ばして、人魚。そもそも居るのかよ!半漁さんは居たけどな。
人魚さん食べるなんて・・・、鬼畜だ。後味悪い。断固拒否する。
「スケカンよ。何故上がらない?上を目指しているのだろう?」
「シーパス。身体の変化感じてないのか?急いではいるが、自滅は勘弁だ」
「いや、身体はどんどん軽くなっているような気がするが?」
「ネックは圧力だ。おれたちは水圧の急激な変化に対応出来る能力はまだ取ってない。急に上に行ったら、小さな脳みそと内臓が漏れなく破裂ないし、機能停止する。生きた屍になりたいならおれは止めないが?」
「ふむ。転移はもうしないのか?」
今の耐久性能なら、下に行くには問題ないが上はあかん。
「またやり直すような時間は無いな。出来るとも思えん」
「出来ない?」
「知能だよ。ここまでは低知能な土竜や魚だったから出来た。相手の知能が上がれば上がる程に、難易度も上昇する。身体的能力だけでは難しい。盡力も魔力も無い状態で、果たして強者に勝てるのか?」
「今のままでは、身体を慣らしながら上に行くしかないようだな。知能か・・・」
シーパスが何かを考えている。
「人間か、魔族を食らえば手に入る。と思ってるだろ」
「だとしたら、我らを止めるか?スケカン」
「いや、そんな権利誰にもねぇよ。敢えて希望を言うなら、して欲しくはないな」
「優しさか?それとも、カルマとやらを気にしているのか?」
「さぁな。どうだろう。人間には人間の正義があり、法がある。魔族には魔族の正義があり、掟がある。魚や動物にはそれぞれの世界があり、本能がある。神様でもねぇおれが、身勝手に線引きなんか出来ない。してはいけない。希望は希望だよ。あんたらの命を、滅多無闇に奪ったこのおれが。今更あんたらに何を言えるんだ?言えるのは。人や嘗ての同胞は殺さないで欲しいって言う、希望だけさ」
女神様が、この道を辿らせたのには必ず理由がある。正解はまだ見えない。
この状態が正解かどうかも実に怪しいが。
「やはりそれは、優しさ、ではないかと私は思うぞ。考えはした・・・。したが確かに、後味が悪そうだ。この考えはな」
「だろ」
「ここに集う我らは。延いては私も、次に生まれるなら人間とならんとする者ばかり。生まれ直す前から食らっていては、また碌でもない死に方をするのだろう」
皮肉だなぁ、彼らなりの。笑えないやつだ。
「いいのか?本当に、おれなんかで。あんたらの生涯を奪った、このおれで」
「それこそが、今更だな。皆よ!」
意志を伝えられない者。伝えられる者。言葉に出来る者。出来ない者。
喋れなければ身体で表わせばいい。
伝わらないなら、踊ればいい。踊れなければ、視ればいい。
ここに残る他の皆が、意志たちが。俺の前で踊る。泳ぎ回りながら、舞い踊る。視ている。
俺の、俺だけが抱く妄想。
許されてはいない。試されている。この卑怯な、紛い物の俺の言動を。しっかりと見定めて。
「行こう。見果てぬ夢も、潰えた希望も。全部、全部背負って。行くぞ!地上へ」
根拠?笑わせるな。全部。全てが今更だ。
全ての者を救え。あの日、妹の魂から伝えられたのは。偽り含めて、ここに至る。
「果てよう。元より我らは彷徨う魂の成れの果て。お前が導く、その果てで」
彼らは謳う。俺たちは唄う。紛い物の、協奏曲を。
気の早い浮上を開始した。下には戻らない。
深度、1300m。そこで待ち構えていた者は。
海洋生物、最強の呼び声高い、白黒の。鯱の姿。
神々しい。全ての本能を具現化したような。偽り無き、強者。海の魂の姿。
「散開!おれの姿を焼き付けろ。見定めていろ!」
「死ぬなよ。我らの、道標」
「死んだら終わりだ。何時だって。今だって」
鯱の大口が開かれた。俺には突出した牙と、預かり貰った2本の鉈。
この小さな口では抗えない。この小さな意志では引き裂けない。
身体の倍数。勝率。態々計るのも馬鹿馬鹿しいぜ。
開かれた大口に、俺は迷わず飛び込んだ。
引き裂かれる前に。食い千切られる、その前に。鯱の喉奥へと飛び込んだ。
尾尻に奥歯が食い込んだ。構わない。
鯱の食道に食い込み、更に進んだ。
強力な胃酸に身体中が焼かれる。構わない。
酸の海を泳ぐ。はだかる内壁を破り続けた。回して薙いで傷付けた。
彼か彼女かには恨みは何も無い。在るのはただの、海洋の真実。
内蔵を突き破り、臓物を引き連れて。俺は横腹から外へと飛び出した。
食われまいと、殺されてなるものかと。鯱は暴れていた。
仲間たちが、思い思いに刺し貫いた。
数十分。戦い、蹂躙は続いた。食われる者と、食らう者。違いは、それだけ。
「終わったのか・・・」動かなくなった鯱を眺めた。
硬い骨まで残さずに、全てを平らげた。
訪れた変化は。闘争本能。地上へと続く切符は、まだ手に入らない。
初めて仲間を失った。3人。残りは17人。
悲しみの代わりに、俺たちは仲間の屍を喰らう。変化はない。それでいい。
彼らの魂を、共に連れて行く為に。皆で食べた。
深度、1000m。そこの岩場に巨大な栄螺が居た。
牙は通らない。分厚い外側の殻に体当たりを繰り返す。
堪らず芯を覗かせた所に鉈を振るう。
数時間。果てた栄螺の胴体を引き摺り出して、食らった。
更に仲間を失った。5人。残りは12人。再び仲間の残骸を啜った。
宿主。込められる願いは何だろう。
少しずつ。少しずつ、腕は伸び、首が形成され。足鰭が生えた。小さな変化を重ねた。
深度、750m。周囲は明るかったり暗かったりを繰り返している。時の流れが早い。
間に合うのだろうか。不安を胸に進み行く。
ウツボ。軟体の蛇のようで蛇ではない。狡猾に岩場に隠れ、擬態して得物が目の前を行き過ぎるのを、じっと待っていた。
仲間を1人失った。ウツボの擬態に気付かなかった。残りは11人。
絶命前に、ウツボの身体を岩場から道連れにし。俺たちは、食らった。食らい続けた。
荒ぶる本能のままに。弱肉強食の世界で。
スケカン殿を探す旅。
航海に出て半年が過ぎた。クレネさんのお腹も目に見えて大きくなった。
気丈にも剣を振るい、矢を放つ。到底死ぬようには見えない。何の覚悟が彼女をそうさせるのか。私にも、そこまでの覚悟はあるのだろうか。
手に持つこの聖剣は、今も変わらず輝いている。しかし何も答えてはくれない。
私に付けられた道化は、7つ目が倒された時点で消えてしまった。残ったのは真勇者。
親友は言う。
「どちらでも良いではないですか。誰が何を為すべきか。誰が何を決めるのですか?道は自分たちで決める物でしょう?グリー」
そうね。そうだわ。私たちが行く道は、己で決めて突き進む道。
半ばで倒れても。道端の石ころに成ってでも。一度進むと決めたなら。
私を支配していた闇が解けた。もう微塵も迷わない。女神様の意志も関係ない。
自分の手で、足で、友の力を借りて、仲間を信じて。
悩み続けた船酔いは、いい加減に慣れた。
クレネさんの口吻を頂いてから。剣術だけでなく、身体の順応性も上がったようで。
マスフランゼル。初めて自らの意志で渡った最初の大陸。ここで私たちは先生と出会い、導かれた。掛け替えのない1週間の思い出。
白き魔王を倒し、別れて以来2度目の上陸。感慨深いが、懐かしんでも居られない。
強力な魔物が北の山嶺周辺に沸いていた。
魔神の影。ご丁寧に痛み入る。
敢えて。私は聖剣を納め、ゴラ様を鞘から引き抜いた。
「行きましょう。クレネさんは下がってください!露払いは、私たちの仕事です」
「なら、遠慮なく休ませて貰うわ。頑張ってね」
「漸くの出番かえ?と思えば、何じゃ偽物か」残念そうな意志が返ってきた。
「相手にとって不足無し、ですよ。ゴラ様」ウィートが笑顔で慰める。
元々魔剣であるゴラ様を持つのに相応しい者。最初ウィートではないかと相談の結果持たせてみたが、急激に体調を崩してしまい。それ以来、私か子供たちの誰かが持つようにしている。クレネさんはお腹の子に影響があってはいけないので控えてもらった。
鞘に納めてさえいれば誰でも装備は出来たが、柄を握って扱える者は限られた。
子供たちも大きく成長はしているが、単に母である剣を無闇に振り回すだけ。
故に私が持っている。以前、スケカン殿は剣所有の話をしてくれた。どうして私が扱えるのかは不明で、誰も説明が出来ない。クレネさんでも解らない。恐らくスケカン殿なら。
魔神の影は、こちらが近付くまでは動かなかった。
この地に居た白き魔王とは違う気配。魔王の根城であった洞窟があるのは別の場所。
影だけあって全身が暗黒い霧に覆われ、芯の全貌が見通せない。大きくもあり小さくもある。小さくもあり大きくもある。不確かな存在。それが3体。
「影が3体ねぇ。ありゃ影じゃねぇよ。魔神が3体も居たんじゃ、世界が滅びるっての」
ユードが嘆いている。全く私も同意見。
「奉る尊の大に、名を借りて」私が詠唱を開始する。
「賢人の名の元に、闇夜を照さん」横に立つウィートが続ける。
「「賢人流奥の手、散の陣。桜華照双」」
今はまだ昼間。昨日までの吹雪も止み、快晴の空。冷たい風に漂う粒子が光を浴びて、煌めき輝いた。
淡い光の粒が、2人の前に集まり、細い糸となり、束となる。
束は2つに綺麗に別れて、魔剣と聖剣に纏った。
上段に構え、振り放たれた淡白い光は、両翼に立つ魔神の影を穿ち、後ろの雪景色と同化して溶けて見えなくなった。
闇が払われ、中央に立つ影も含めて3つの正体が露わとなった。
「これが、魔神の姿・・・」誰からとも呟かれる言葉。
仮結いの魔神。
一つは黒い光沢のある玉のようであり、全身に棘の生えた物体。
一つは青い光沢を称えた四角い枠。その身体の中央には大穴が空いて、反対側の景色が見える。
一つは何かの顔。深紅の造形。中央位からするに、あれが魔神の頭部だと思われる。口も目も閉じて、眠っているようにも見える。
誰も見たことがない物体。誰も知らない顔が静かに並んでいる。
それぞれの個体が大きい。大きさで言えば各物が魔王化したロメイル並。20mは余裕で超えている。
「クレネさん。ご存じですか?」
「いいえ。こんな物は見たことも、里の伝承にも無いでしょうね。ゴラは?」
「解らぬのぉ。感覚的には、以前感じた魔神の気配とは全く異質な物に感じるぞ」
ゴラ様が会ったと話す魔神とは違う者なのか。
「母上様~、あれと戦うの?」長男坊が頭部を指差した。
「待てい!先走るではない。下手を打って喰われたいのか!」
止まる子供たち。自制が芽生えていて良かった。
だからと言って、このままでは進展はない。目的地はこの先だとクレネさんは言っている。
私たちのマップでは何も表示されない更地。
何かが在る。何も無ければ影など沸いて来ない。
「問おう。汝らが、我に抗う者たちか」
「お前なんぞに用はないな」クレネさん・・・、こちらとしては用事はないですけど。
「・・・問おう。汝らが。わ」
「姐さんが用は無いって言ってます。お引き取りを!」
久々の陸上戦で元気一杯のダリエ君。話が進まないよ。
「今日は帰ろう。町まで戻ってウィートの作るお鍋が食べたいし」
クレネさんの正直者!帰っても良いのですか!?魔神の影を放置しても良いのですか!
「腕によりを掛けて拵えますわ、お姉様」ウィートも喜んでいる。
「戦わないのですか?」
「どうして?」
「どうしてって。魔剣も持ってない偽物を、頑張って倒しても意味ないじゃない?疲れるだけでメリットが何も無いわ。あの先には何かが在る。これで確証を得られた」
メ、メリットですと!
完全に戦意を無くしたクレネさんが背を向けて山を下りて行く。
続くウィートが。「お鍋、カニ鍋ですよー」美味しそ!いや違う違う。
私とガレース以外は皆が連れられてしまった。ガレースの手が肩にそっと置かれた。
「私、間違っているの?」
「諦めよう。これも、スケカンさんの性にして」
そうよ!私は間違っていない。全部、いつまで経っても帰って来ないスケカン殿が悪いんだ!
私たちも急ぎ足で追い掛ける。今夜はカニ鍋なら、のんびりしていると瞬きで消えてしまう。
爆食旺盛な子供が6人も居ては、足1本食べられるかどうか・・・。
「今日こそは勝ち取りましょう!ガレース」
「が、頑張ろうね」
「私は何時になったら食べられるのかえ?ハァ・・・ツヨシや、何処でもたついておるか!」
ゴラ様の怒りは当然です。
「スケカン殿が帰って来たら、たっぷりとご馳走して貰いましょう」
ゴラ様が鞘の中でシクシクと泣いていた。
「・・・我は・・・」
連なる白き山嶺の中腹で、佇む黒赤青の幻が3つ揺れていた。
動けぬ場所で、冷たい風だけ受けて揺れていた。
「え?え?どして!?どーして!?どうしてこうなるの!ねぇあなた!」
「落ち着きなさい。仮にも女神だと言うのに。性根が漏れてしまっているぞ」
目の前で安置されている抜け殻の男を、今にも蹴り潰さんとする女神。それを羽交い締めにして止める銀髪の男が1人。
「どうして帰るのよーーー」
「諦めなさい。ガレストイ君の言の通り。皆スケカン君に毒されてしまっているのだと。君もね」
「認めません!私もだなどと!こうなれば、あの内の1つを彼に押し付けます。責任は彼に押し付けます!この私が決めました」
「押し付ける・・・。決まっては外はないが。スケカン君は大丈夫なのかね」
「知りません!私だってお鍋食べてみたいのに!!!」
「・・・八つ当たりではないか・・・」
引っ張りますよー。メチャメチャ引っ張りますよー。
だって・・・あと3年分も・・・