白骨の王
「なんてことだ……僕としたことが」
マギア王立学院・学院会会長のライラ・トゥルー・アトレーは訓練棟へと急いでいた。
それもこれも《カオスネスト》の異常が判明したことと、
「ダラスの奴……見ないと思ったらダンジョン内で権限を行使しやがって……」
もともと暴走気味なところがあったとはいえ、幹部教師と学院会会長・副会長しか使えないダンジョン操作権利を使うとは、予想していなかったのだ。
操作権利は使うと魔装具を通じて分かるようになっている。朝にウィップの魔装具が振動した時は肝を冷やした。
一体何がそのレベルまでダラスを追い込んだのか、それも当てはついている。
ライラが今、訓練等に続く廊下を早足で進んでいるのは、そのことを相談しに行くためでもあった。
学院最強の近接魔法師にして、最凶に人格破綻したロリ教師に。
訓練棟の自動ドアを待つのももどかしく、ライラは凛と声を張り上げた。
「パステル先生! 折り入ってご相談……が。なんですかこの惨状は」
第一訓練棟のグラウンドには、鎌で斬りつけた無数の跡が。
「あ~、学院会の会長ちゃんじゃな~い。私、今アシェリィちゃんの特訓をしてあげてたの~」
「特訓? これがですか?」
「そうよお?」
足元でぜえぜえと荒い息をするアシェリィ。
鎌の柄で突くのはいかがなものだろうか。
「誰もが叫びをあげたくなる地獄のような戦場でも、一週間は生き抜けるようにしてあげてるんだからさあ~、感謝してほしいよぉ」
「う、う、う……」
仰向けのアシェリィのうめき声。
それを、極上の演奏を聴いているように耳を傾けるパステル。
「だいぶ歪んでますね……って、それは一度置いておいてください」
ライラは仕切り直して、こほんと咳払い。
「ご相談があります」
「君のその急いている様子から見るに時間はなさそうだねえ~」
パステルのじっとりとした紫瞳。
やはりこの人は苦手だ。人生経験値が上手……というよりも、一人間の個性として、この教師はイカれているから。
「話が早くて助かります。そうですね、移動しながら話すとしましょうか」
「ふぁあ?」
目の覚めたアシェリィは、状況も分からずアホっぽい声を出す。
「さあ、早く行くよぉ、仮弟子アシェリィちゃん」
「ぎゃああああ!」
再開一番に飛び込んだのは、凶悪に歪んだ快楽主義者の笑み。パステルはトラブルの匂いに聡かった。特に、巻き込まれる系のトラブルは大好物。
悲鳴をお共に引きづられるアシェリィ。
ライラは移動しながら口を開いた。時間がないのだろう。
「単刀直入に報告します。《カオスネスト》内で許可なくダンジョン操作権利が行使されました」
「へえ……」
「……?」
パステルはそれだけでなにが起きているのか予想がついたらしい。
その隣を歩く仮弟子アシェリィは、話の要点を見極められていないようだ。
「使用したのは、学院会副会長のダラス」
「だろうね~、そして」
「はい、お察しの通りです……使用されたのはリュート・オズとエリーナ・アルべーヌ・テレンス。はっきり言いましょう、彼らは《カオスネスト》二階層・試練の関門に転移させられました」
「え?」
さあっとアシェリィの血の気が引いていく。代わりに、廊下の石材の冷たさが這い上がってくるようだった。
「ん~、それなら君が権利を使えば、解決じゃないのかな?」
「それが使えないから緊急事態なんです」
あなたも察しているでしょう、と言いたげなライラの眼差しに、パステルが降参のポーズをした。
「そうだねえ、で、それを私にどうしろとぉ?」
パステルは期待のこもる問いで返した。口の端のよだれくらい拭いていれば、もう少し教師然として見られただろう。
戦いの中で喜びを見つける、生粋の戦闘人種。
理解しやすい、単純な思考の持ち主ゆえに、半面扱いにくくもある。回りくどさひとつとってもそうだ。
「もうお分かりでしょうに……ついてきて、いただけますね?」
「ふふ~、いいよお。付き合ってあげるう。ほら、仮弟子アシェリィちゃん、とっとと向かうよお?」
戦闘欲求が乾きすぎて潤いを求めているパステルは、大鎌の柄でアシェリィの背を小突く。
「ほらほらあ、楽しいダンジョン攻略のはじまりだよぉ」
「ちょ、パステル先生、走りますから! だから小突くのをやめてええええ! もう鎌は嫌ああああ!」
「本当に大丈夫なんだろうか……」
自分から頼んでおいて失礼なのは承知だが、すこし気が緩みすぎなのではと思わずにはいられないライラだった。
*
単位が足りないと泣く学生も黙る《カオスネスト》に取り残されたリュートとエリーナ。
試練の関門に転送されてしまった二人の前に、紫のローブと豪奢な錫杖を携えた白骨の巨人がいた。
シャンと涼やかに鳴る錫杖。カカカと打ち鳴らされる顎の骨。
デッドリーワイトは、リュートの身の丈三人分の視点から侵入者を見下ろしている。
「生者!」
錫杖がダンジョンの床を突くと、薄い膜が一枚、二枚と展開される。怪物には呪文詠唱というものが存在しないらしい。
「アンチマテリアルシールド……アンチマジックシールドまで……」
虹色のオーラは盛り下がり、エリーナの勢いが削がれているのが分かる。
物理的な攻撃と魔法の両面において防御バリアを張られては、そんな反応も頷ける。きっと他の学生も、この守護者に辛酸を舐めさせられてきたのだろう。
ただ一人、《オーラシー》の魔術師を除いて。
「なんてこたねえ、ありゃただのカーテンだ」
バリアといえども、元を辿れば魔法に違いは無い。
オーラと密接に関係する魔力が使われている時点で、リュートにはボロボロの中古カーテンか、穴だらけの網にしか見えない。
「破いちまえば同じだぜっ」
頼もしい言葉の後に、体に身体強化魔法をかけ、飛び出すリュート。
湧き出る灰色のオーラを手刀と脚部に集中させ、一点突破の戦術でいくつもりだった。。
シャンと、また鈴の音が鳴った。
「カカッ」
デッドリーワイトが厭らしく笑ったように見えた。
リュートの踏み出そうとしている場所に黒のオーラが集中している――。
しまったと思ったときには直下の床が隆起を始め、岩柱が屹立。直撃だけは避けるために、クロスアームで防御するも天井に叩きつけられる。
「っ……がぁ、はっ。っこの程度……!」
「援護を!」
肺から空気が抜け、喘いでいるところに風弾が飛んできた。エリーナのゲイルシュートだ。
リュートを圧迫していた岩柱は、暴風弾によって砕かれる。拘束から開放され、ちょうどいい足場となった岩柱を台にして後ろに大きく跳躍。
「大丈夫でしたか!?」
「おう、おかげさまでな。ナイスフォローだったぜ!」
腕の痛みも強化魔法のおかげで大したものではない。
「いえいえ、それにしても……敵は動かないですね」
デッドリーワイトは余裕綽々といったふうに、リュートたちが攻めてくるのを待っているようだ。どうせミスでも誘っているのだろう。
「ああ、攻略情報以上に魔法のスペシャリストみたいだ……せめてもう一人、いや」
リュートがアシェリィを訓練に送り出したのだ。今になってアシェリィの火力が欲しいと思うのは虫のいい話だろう。
「やるしかねえよな……!」
「私も、全力でデッドリーワイトを惹きつけます!」
「そう、だな。なら援護の合図は俺が出す、いけるか?」
その問いに、エリーナは自信を持って頷く。
「よし……俺たちでやろう。他の誰でもない、俺とエリー……それに」
この場にあの紅のオーラがないのを寂しく思う。
ならば。
今一度気合を入れ、リュートは詠唱を紡ぐ。
「炎静集い、燃え盛れ、ボルカニックオーラ」
双拳に燈る炎は、元気に跳ねる少女を思わせるように激しい。
リュートがボルカニックオーラを使ったのを見て、エリーナは微笑みながら頷いた。これでようやく三人(、、)揃った、とでも言いたげな表情だ。
「リベンジだ、骸骨野郎……!」
再度、リュートが攻勢に出る。折れた岩柱を踏み台に、デッドリーワイトの上を取ろうとする。
そして、髑髏は笑う。空に身動きのできない獲物がいると。
「カカ、生者!」
埋葬に思い出でもあるのだろうか。デッドリーワイトが杖を突けば、床はそれに応えるように岩柱を生み出す。
狙い通りだった。
リュートの鋭い檄が飛ぶ。
「――いけっ!」
「はいっ!」
呪文の詠唱なしで放たれたゲイルシュートが、岩柱の先端を砕く。
そこにリュートは着地し、またも大ジャンプする。巨白骨の王との距は大きく縮まったが、まだ届かないのだ。
「カッ!」
リュートとの距離感に焦った怪物は、さらに岩柱をと錫杖を振り上げる。その鈴の音に追随するように、リュートの視界を塞ぐ柱の面。
「もういっちょ!」
無詠唱のゲイルシュートが、岩柱を踏み台としてちょうどいい高さに加工する。リュートはまた跳んだ。
しかしながら、まだ両者を分かつ二種のシールドバリアが、実質的な彼我の距離を遠めていた。と、自身の魔法に絶対の自信を持つデッドリーワイトは考えているだろう。
その証拠に、デッドリーワイトはまた魔法を放とうとしている。攻撃されることは思考の範疇に入っていないのだ。
その余裕ぶった思い上がりを叩き直す。
宙で吠える。
「おおおおお!」
リュートは空中で上半身を捻り、全力で炎の手刀を繰り出した。
魔力の、オーラの綻びを解く一撃。
ガラスが砕け散るような破砕音を鳴らし、手刀はシールドを貫く。威力の減衰は多少あろうが、《オーラシー》がその差を埋めてくれる。
「カカカッ」
デッドリーワイトの不快そうな声が、ひっきりなしに聞こえる。バリアにへばりついたリュートが気に食わないのだろう。
だが、自分の張ったバリアが悲鳴を上げ始めたところで、ようやく骨の王は危機感を感じ取る。
しかし、気づくのが遅すぎた。
もう片方の炎を纏った手刀が熱線となって駆けた。
灯した炎の勢いは増し、亀裂の隙間に突き刺さる。王を守るためのシールドの傷がさらに開いていく。
「う、おおお!」
リュートは腕を両開きにしてバリアを引き裂いた。
敵は錫杖を今まさに振り下そうとしている。これで邪魔者を始末できる。嬉しそうに上下の顎骨が打ち付けられた。
「……なんだ、お前も笑うのか?」
リュートもまた、一仕事終えて笑みを浮かべた。
支えを失い、自然落下しようとする体はどうぞ狙ってくださいと言わんばかり。だが、リュートは一人じゃない。
「させません……!」
「カッ……」
無防備となった骨の王は、横っ面に雷電をくらい悶絶する。
怒りの矛先が、その攻撃を放ったエリーナに向けられた。
「余所見すんじゃねえ」
落下し行く身体を無理矢理立て直し、拳を力の限り握った。
握った端から、紅蓮の炎が迸る。
「こいつは!」
「カッ……?」
目の前にあるのは巨大な頬骨。
そこへ目掛け、全力で拳を振り抜いた。
「アーシェの分!」
骨が砕ける鈍い感触がリュートの腕に伝わる。
とんでもない衝撃を受けたデッドリーワイトは、王冠を頭から落として体勢を崩す。
リュートもまた反動で後ろに飛ぶ。後ろにあるのは砕かれたはずの岩柱。そこを足場に再度、盛大に跳躍した。
倒れたデッドリーワイトの顔面にのしかかり、マウントを取った。
ボルカニックオーラを完全解除したリュートは、身体強化魔法を拳に一極集中させる。
「こいつは、俺の苛立ちの分だ!」
オーラの扱いを極めた一撃は、岩すら木っ端みじんにして見せる。
その破壊拳が骨の王の眉間に打ち込まれた。
「カ……カ、カ」
まさか脳があるわけではないだろうが、デッドリーワイトが頭蓋に重大なダメージを追ったのは確かだ。瀕死の状態だ。
しかし、決定打にはならない。
相手は不死の一族。粉微塵にでもしなければ、倒したと言い切れない。
「……屍の躰で生者を想うのは、辛いことでしょう」
エリーナが前に進み出る。
「私も辛かったです」
膝を折り、指を組む。その姿は聖女と評しても許される。
「でも、私には手を差し伸べて、言葉をくれた人がいた。今は、私が手を差し伸べるときなんですね……」
「エリー……」
エリーナの言葉が、哀れな骨の王に届いたかどうかは分からない。
桜色の唇が、祝詞の如く詠唱を紡ぐ。
偉大なる光精よ、
集い給え、
洗い清め給え、
彼の者に祝福の光を。
詠う少女は、ただただ美しい。
リュートは思わず見惚れていた。
「セイクリッドリターン」
対アンデットに特化した中級光系魔法。
それは、不死者へ向けた魂の救済。荒ぶる魂への鎮魂歌。
デッドリーワイトの頭上に特大の魔法陣が描かれる。
注ぐ光は死者を冥土に導く。
「アア……ぁ」
骨の王は、ただそれを受け入れていた。
骨身が蒸発していく。無に還っていく。正しき輪廻の理に。
やだて、その巨躯は完全に消失し、錫杖とローブ、そして殴り飛ばされた時に転がった王冠が残された。
その装飾品たちも、しばらくして土塊へと変わってしまった。後には第二階層の紋章が残ったが、今はダラスのせいで使えまい。
紋章は拾うだけにとどめた。
「さて」
リュートは労いの言葉をかけようと、エリーナに寄っていく。
「お疲れ、エリー」
疲労困憊の様子だったが、エリーナは微笑んでいた。
その精神力は多分に評価されるべきだ。そして、ただ一人にそれを認めてもらいたくて、少女は必死に戦い抜いた。
「リュートさん……私、頑張りまし……た」
「おっと!」
「すぅ……すぅ……」
よろめいたエリーナを、抱擁で受け止めると寝息が聞こえた。魔力の使い過ぎで昏睡してしまったらしい。
思わず苦笑する。
「ああ、良くできました……」
頭を優しく撫で、リュートはエリーナを壁際に寝かせる。そのままでは疲れが取れないだろうから、自分の太腿の上に乗せて休息をとらせる形だった。
「俺も……限界かな」
リュートもあちこちにダメージを受けている。肉体の節々が活動を止める様に呼び掛けているのが分かる。
意識がダンジョンの闇に溶けていく。深く潜っていく。
二人のチャレンジャーは、混沌の巣でひとときの休息を噛みしめる。
《カオスネスト》第二階層、試練の関門、巨白骨の王デッドリーワイト撃破。