アシェリィの弱点
《カオスネスト》第一階層攻略成功の噂は瞬く間に広がった。普段から人気のあるエリーナとアシェリィもすごいが、リュートにも黄色い声と、なぜか野太い声が聞こえる。
前例のない一年生での《カオスネスト》攻略。
それは大きな反響を起こすきっかけとなった。
おかげさまで三人とももみくちゃだ。
「お三方おひさー」
「会長……なんなんだ、この乱痴気騒ぎ」
後ろに副会長異のダラスと数人の役員を引きつれた、ライラ・トゥルー・アトレーが現れた。
座っている姿しか見ていないリュートは、意外に背の高いライラに驚いていた。
「新入生が前人未到の《カオスネスト》攻略に乗り出しているんだ、僕でなくたってこれくらい沸き立つよ」
「そういうもんですか?」
「そういうものだ」
占い師は人に道を示す職業ゆえ、リュート自身が野次馬になることは少ない。こうして注目されるのも、また騒ぎ立てる気持ちもよくわからないのだ。
「フン……」
「おや、ダラス副会長。気に喰わないかい?」
「い、いえそんなことは……」
疑心の強いダラスは、しかし会長には逆らわないようだった。従順な犬そのものの様でリュートは軽く吹き出した。
「なんだ?」
「うん? 濁ったオーラを漂わせながら、思ってもないことを吐く口が面白くてな」
「……このクソガキ」
凄まじい憎悪の籠った睨みが向けられる。煽った方も煽った方だが、ダラスの感情メーターは完全に耐えるべき閾値を越えてしまっていた。
「ダ・ラ・ス」
「……」
そのダラスも会長には素直だった。いや、視線だけは最後まで、リュートたちを睨みつけていたけれども。
(結果を示して黙らせる。不本意だがそれが占い師としての俺のやり方だ。覚悟してもらおうか、ダラス副会長)
野心という制御不能の獣が、リュートの中でうずき始めた。
大図書館に集まったダンジョン攻略組三人。
ここでも注目されているが、場の空気も相まって閑寂さを崩さない程度には落ち着いていた。
今は《カオスネスト》第二階層について意見のすり合わせをしているところだ。
「第二階層、本来なら二年の後半で攻略を始めるのが例年らしいが……」
「私たちはそれを入学後数週間で突破しなければならないんですね」
「それどんな無理ゲーなのよ!」
「まあ、言っても仕方ねえだろ」
憤慨し始めたアシェリィをなだめつつ、話を進める。
「問題は《カオスネスト》のモンスターが強くなっていること、か……」
「二・三年生の間でも噂みたいね、攻略できねーって声をちらほら聴くわ」
「ふうむ、俺の《オーラシー》も怪物のオーラが強まっているのを感じているが……」
リュートは顎に指を添えて、背もたれに体を預けた。
(ダンジョンコアの異常なのか……?)
学者でないリュートに決定的な考察ができようもない。
「ともかく、潜ってみないことには具体案も出てきません」
「そう、だな」
パーティ内でうじうじ戸惑っていても、攻略ははかどらない。単純明快な答えだが、エリーナの提案は採用されるだけの魅力を持っていた。
「一時間後だ、それまで解散」
それだけで、リーダーの意味をくみ取ったパーティは動き出した。
エリーナとアシェリィが離れ、久方ぶりに一人の時間というものを手に入れた気分すらする。占いの時間も一人だが、学院で一人というケースは、本当の意味で久しい。
広場まで歩くと、多数の学生の姿があった。
「ふむ……気分でも変えるか――」
リュートはいつでも持ち合わせている風呂敷を広げ、ドカッと座った。
周りの学院生が不思議がって野次馬になるのに時間はかからなかった。そこで待ってましたと宣伝が始まる。
「さあさあ、リュート・オズの《オズのオーラ占い》の臨時開業だ! 俺に占ってほしい奴は並びな! 今なら安くしとくぜー!」
名前が売れた今ならではのできること。それはさらなる売名行為だ。とんだちゃっかりものである。幸いダンジョン攻略の話は尾鰭までついて広がっているらしく、広場はあっという間ににぎわいを見せた。
比率的に女の子が多い。やはり、女子は占いに興味津々ということだろう。
「押さない押さない、きちんと見るから!」
そうはいっても時間は限られている。一人に数分は掛かることを考えると、皆必死にリュートの前に出ようとする。
「あんたの得意なことは――」
「へー、そんなことやったことないけど、やってみるね! ありがとう!」
秒針が進むたび、小銭が鳴るなど夢にも思わなかった。
同年代の人間からこんなに感謝の言葉を浴びることも、今までなかった。占いが
楽しいだなんて思うことも。
リュート・オズにとっての幸せは、確実にこの一時間という、短い時間の中に凝縮されていた。
楽しい時間ほど早く終わってしまうものだ。
それをチャイムの後に知った。
行列を作っていた生徒たちは、名残惜しそうに去っていく。
リュートは心地よい疲れを感じ、しょぼしょぼする目元を擦った。またクマが酷くなっているかもしれないが、それさえ気にならない。
「もしもし、占ってくれませんか?」
「悪いな、臨時開業はもう……ってエリーか」
「私もいるわよ」
エリーナの後ろからアシェリィが顔を出した。
一時間たって戻ってきたのだ。
二人とも、微笑ましそうにリュートを見つめている。
「つい夢中になっちまったよ……はあー、切り替えなきゃな」
「でも、リュートさん可愛かったよね!」
「あ、あれは子供っぽいっていうのよ! まあ、あんなふうに笑うのね」
「俺だって普通に笑うぞ、ほら」
そう言いながら、自然なつもりで笑ってみた。
「全然違いますー!」
「ホント、二重人格なんじゃない?」
「そこまで言うか」
占っているときのことはよく覚えていないが、二人から見たら隙だらけだったようだ。
気恥ずかしさからリュートが視線外すと、エリーナとアシェリィはもっと弄ってくるのだった。
*
《オーラシー》の魔術師率いる攻略組三人は、《カオスネスト》第二層の攻略に取り掛かっている。
第二層のメインターゲットは、骨の戦士スケルトン、竜人とも呼ばれるリザードマン、それにあちこちに罠を張る天性の狩人ウェブスパイダー、そして試練の間に控える階層の主。
「代り映えしないわね」
「そう見えるのが羨ましいぜ」
「ふ、ふ~ん、こんなに一層とあんまり変わらないじゃない」
松明片手に岩肌をたどる一行。
リュートは邪悪さの強まるダンジョン第二層を《オーラシー》で見通す。あたかも熱源探知のような役割を果たすその瞳で、ダンジョンに漂う空気を一瞥する。
(怪物の数もそうだが、オーラが一階層とは比較になっていないな……)
攻略に支障をきたさなければいいが、と懸念を強くする一方で、アシェリィは暢気に先を促している。その襟首をひっつかむ。
「きゃあ!?」
急に触られて顔を真っ赤にしたアシェリィが、涙目で振り返った。
「いや。そこ、使い捨てられたウェブスパイダーの巣があるぞ」
「へ?」
よく見ると、真っ白な糸目が獲物を待ち構えている。
アシェリィは顔を青くしてリュートに抱き着く。
「あ、あっ、ああ……」
「なんだ腰が抜けたのか、ていうか」
抱き着かれているおかげで女子の柔らかさがダイレクトに伝わっているのだ。それと隣のエリーナから殺気にも等しい嫉妬の視線が突き刺さる。
「エ、エリー? オーラが濁ってるぞ?」
「え~、気のせいですよ、オーラだけに」
「エ、エリーは冗談がうまいな、ははは」
絶対冗談じゃない。目が笑っていなかった。
ようやく離れたアシェリィが、こっそりと教えてくれる。
「エリー、かなり嫉妬深いからね」
「それを早く言ってくれ、そして、離れてくれ」
何はともあれ攻略の再開だ。
軍用学生靴のヒールがカツカツと洞窟内に響き渡る。
「二人ともストップ」
「「?」」
「上を見てくれ」
松明持ちのアシェリィが、上に明かりを向ける。
無数のウェブスパイダーが巣を張り巡らせ、あたかも群れのように生活を共にしていた。
その手の人にとっては卒倒ものだろう。もっとも、その人種はリュートのすぐそばに一人、松明を持って立っているわけで。
赤色のオーラも悲しいほどに沈黙してしまっている。
「立ったまま気絶しやがった」
「これは、アーシェ抜きで攻略したほうが良いかもですね」
本人もお荷物になることは避けたいと思うはずだ。しかし、一階層では失態を見せてしまい、スライムの王攻略時も見ていただけのアーシェが素直に頷くかどうか。
「この調子だと無理にでも休んでもらうしかないか」
「昔から、虫とか爬虫類とかお化けとか苦手な子ですから……」
「それでよく二層目に付いてきたもんだ」
二階層攻略はお休みさせるべきだ。口説き文句の一つでも考えなければなるまい。
ひとまず来た道を引き返すリュートたちだった。
「はっ!」
「お、気づいたがっ!」
保健室の綺麗なシーツの上で覚醒したアーシェは、のぞき込むリュートにヘッドバットを極めた。
「うおおおおおお……」
「くああああああ……」
「何しているんですか二人とも」
両者ダウンでワンラウンド終えたところで、一呼吸おく。
「アーシェ、無理せずに二階層は私たちに任せてくれないかな?」
「……納得いかないのよ、私だけ何もしないのが」
二つのサイドアップがひょこんと揺れる。アシェリィもダンジョン攻略に参加している実感が欲しいのかもしれない。
そこで、リュートは柏手をひとつ打った。
「アーシェは十分仕事をしてるよ」
「松明を持ってることだけでしょ……」
「違う。いいかアーシェ、魔力を思う存分使える人間が一人いてくれるっていうのは、十分安心につながるんだ」
これは本心からの言葉だ。だからこそ、今回アシェリィを連れていけないというのは辛い。
「けどそれよりも、今こんなダンジョンなんかでアーシェを失うほうが、俺は怖い」
他人をこれほど気にかけるのは初めてだった。だからこそ、リュートは素直に言葉を告げられる。
「私も、二階層でアーシェをかばいながら戦うのは厳しいかもしれないの。ね? わかってくれないかな」
「……」
「アーシェ」
念を押されたことで、アシェリィはしぶしぶ首を縦に振った。
が、そのオーラは受け入れていないのを表すように、灰色がかっていた。
アシェリィを置いて保健室から出て、エリーナと別れる。
(これは保険をかけておくべきか)
リュートはなんとはなしに職員室のドアをノックする。中からは、やけに間延びした声が歓迎の一声を返してくるのだった。
「本当に、アーシェが納得してくれたと思いますか?」
「いいや、全然」
「ですよね」
第二階層のリザードマンを始末した後、エリーナがなやましげに呟く。
「だから、あの人に教育をお願いした」
「あの人……?」
「そ……あのおっかな~い、な」
リュートが苦笑いする。
その頃、マギア王立学院の訓練棟では。
「あの、パステル先生……いきなりどうなされたんですか?」
アシェリィは膝を笑わせていた。
大鎌魔装具を携えて、不吉な笑みを浮かべるロリ教師を見れば、学院生徒なら誰もが一歩引くことだろう。
「なあに、ちょっとした取引があってね。リュート君が一時間も私に時間をくれるっていうから~、その分アシェリィちゃんに特別補習を受けさせてほしい~ってねえ」
パステルにとってはどう転んでも楽しい対人戦が待っている。おかげで先ほどからにやにやは止まっていない。あどけない少女の顔で快楽殺人者のような行動をとるから恐ろしい。
「じゃ、始めようか~」
「え、ちょっと……」
「問答無用~」
どこにそんな筋力があるという速度で接近するパステル。童女に間違われてもおかしくない躰で大鎌を振るう。
その内刃がアシェリィの首元に吸い込まれ、
「は~い、これでめでたく一回し・ぼ・う」
柔肌に触れる寸前、ぴたりと止まる。
「ひえっ……」
一回、女教師は確かにそう言った。薄皮一枚すら傷つけない精度で、この殺陣モドキを一時間繰り返すつもりなのだ。
(この人狂ってる!)
「戦いの最中に目を閉じないの~」
これで教師が罷り通るなんておかしいと思いながらも、現実からは逃げられない。
大鎌を肩に構えるパステルは、やれやれとでも言いたげだ。
「アシェリィちゃんはダンジョンを舐めすぎている、天然のダンジョンに潜れば一分も持たないだろう。リュート君がナイトだとしてもね」
それを骨の髄までわからせてあげる~、というパステルの狂笑とアシェリィの切実な悲鳴。
訓練棟の管理人は後に、今日一日で一年分の悲鳴を聞いたとノイローゼ気味に言ったという。