リベンジ、スライムの王!
大図書館に舞い戻った三人は、パステルを送り出して一息ついていた。
「お前を守り切れなかったのは、完全に俺の作戦漏れのせいだ。済まなかった」
「ううん、私こそ動けなかったもん。私にだって責任はあるよ」
ただいま絶賛反省中。
「二人とも、私は気にしてないから……」
そういうアシェリィの膝はまだ生まれたての小鹿のようだ。
もう数時間は経っている。恐怖が抜けきっていない証拠だった。
「無理するな、お前が一番怖い目にあったんだから」
リュートは小刻みに震える手をキュッと握った。
「……っ」
「次は俺とエリーで、必ずアーシェを……」
まっすぐ見つめると、アシェリィのオーラが和らぎ、ピンク色の混じった穏やかなものに変わっていく。
相手が心から他者を赦しているときにしか見られないオーラだ。
「……あの、リュートさん」
「んん?」
気のせいかエリーナの瞳が冷たい。
「いつからアーシェって呼んでるんですか?」
「あ、それは私も聞きたいわね。なんでいつの間にかエリーって呼んでるのかしらね?」
「え、その……」
内心、自らのミスを毒づいても遅い。
リュートは二人の美少女に挟まれ、乾いた笑いしか出せなかった。
彼女も出来たことがないのに、二股がばれた男のような気分だ。
「は、ははは……ほぼほぼ同時期ぐらい?」
頭を掻きながら答える。
「はあ~……」
「そんな感じかなって思ったわ……」
可憐な少女がため息を吐くとどうして絵になるのだろう。
そんなどうでもいい考えをもったリュートをよそに、二人は「それより……」とお互いを睨む。
「抜け駆けしようとしましたね、アーシェ」
「何のことかしら、エリー」
虎と龍のにらみ合い。
激しく火花を散らす虹と紅のオーラがリュートの目の前で鍔ぜりあう。
(う~ん、修羅場の予感)
占い師としての勘が、果てしない面倒ごとの到来を告げていた。
二人はその後、取っ組み合いにこそならなかったが、空が茜色になりかけるまで言い争い……
「ま、言い合っても無駄よね」
「そうですね、結局共有してしまえば同じですから」
と、お互いに落としどころを見つけ、口論を打ち止めた。
(え、俺はそういう立ち位置になるの?)
代わりにリュートが二人の財産のような立場になったわけだが。
「俺の人権は?」
そういうと二人はにこっと微笑むだけだった。多くの表現を耳にしてきたが、これほど表情が雄弁に語っていたのは、おそらく初めての経験だった。
(……軽い気持ちで女の子と仲良くなるのはやめよう)
今更過ぎる教訓を胸に刻むリュートだった。
それから一週間、《カオスネスト》第一階層のスライムの王、アネモ二ースライムのトラウマ解消を兼ね、休暇としていた。もちろん訓練は休んでいない。
授業は特別免除されているため、ダンジョン攻略の方にかかりきりだ。
「さて、今日から攻略を再開しようと思う」
学生服に身を包む三人は、再び《カオスネスト》の前に立っていた。
黒い洞穴が、リュートの黒い瞳に吸い込まれるように映る。
(もう失敗はしない)
「攻略、開始だ」
《カオスネスト》攻略二回目、始動。
前回と同じく、スライムとゴブリンが中心になって襲い来る。
ただ違和感がある。
「前回より、強い?」
「私も少し感じますね……」
「そうなの?」
戦ってないアシェリィは感じにくいのだろう。だが、リュートたちは明確に感じていた。
しかし、その時々のダンジョンの調子があるのだろうと片付けた。
順調に順路を進んでいき、再度試練の関門にたどり着くまで、前回のタイムを半分以上短縮した。
これは油断が消えたことと慣れが大きい。
「お待ちかねのスライムの王様だ。エリー、アーシェ、準備は?」
「今度は不覚を取りません」
「あんな醜態は二度と見せないわ」
二人とも良い気合の入り方だ。これならば、スライムの王にだって後れを取ることはないだろう。
ぎいいいい、とさび付いた金属音を立て、関門が開かれる。
「ぷじゅうううううう」
門の先、通路を守護するのは復活したアネモ二ースライム。
毒々しい赤紫の肉体を左右に揺らし、リュートたちを待っていた。
「リベンジに来たぜ」
先陣をリュートが駆けだした。
「四肢に漲るは力、ブースト」
身体強化魔法が掛かった瞬間、動きが爆発的に加速する。
動きは達人の域にまで昇華し、スライムの触手如きでは掠ることも許されない。
「本気で相手をしてやるよ、粘液野郎……エリー!」
エリーナは頷き、初級魔法による援護を開始。
「氷精集い、凍てつけ、アイシクルオーラ」
今回は、そもそもアシェリィに参加をさせない方針で行く。
だから、リュートは手札の一つ切った。
(俺は、どこかで二人を仲間と思い切れていなかった……その慢心をスライム如きに見透かされた)
手にはめられたグローブから冷気が迸り、白い靄が取り巻く。
「ぷじゅう」
「お前のオーラは、全部お見通しなんだよ」
スライムの王は触手攻撃を繰り返す。
だが、全てを見通す《オーラシー》の瞳と、それを繰る《オーラシー》の魔術師には無駄なこと。
どす黒いオーラの薄い場所、意識の薄い場所がありありと反映されている。
リュートはそこを狙い撃って、手刀を放つ。
「はあああああ!」
高速機動しながら触手を狙う。
本来なら腐食攻撃の前に仕留められてしまうが、今のリュートは両手を冷気で武装していた。
いわば、氷雪の刃を持った武人。
スライムの触手が凍り付き、手刀で脆く折られる。
耳障りな悲鳴が、試練の関門に響いた。
「ぴぎぎぎぎぎ」
「エリー」
「雷精集い、我が敵を裁け」
エリーナは安全な中距離で魔法を詠唱していた。
魔力の高まりを感じたのか、スライムの王は反応を示した。
「おせえよ」
不敵に笑うリュート。
「サンダーボルト!」
試練の間を、雷鳴が照らした。
紫電はまっすぐスライムに向かい、ど真ん中を貫いた。途端、動きが鈍るアネモ二ースライム。
そこでリュートが動く。
「邪魔だ」
オーラの薄い触手を切り落とす。解剖実験のように氷の手刀で切り離す。
「次はでっぷりとした躰」
彫刻を造っていくように、丁寧に、正確に、かつ迅速に削り取られていくスライム王のボディ。その作業は淡々と進む。
アネモ二―スライムの体は、解体されるのを待っていたかのように、どんどん分解されていく。
そして見えた、中核を担うスライムの核。サンダーボルトで傷ついたそれは、修復が始まっていた。
リュートには分かる、この核が黒いオーラを生み出していると。
トドメの手刀が核に突き刺さり、霜を走らせた。
「お前ら怪物のオーラは濁りすぎている、目障りだ」
冷気が核を覆いきったとき、勝敗は決した。
《カオスネスト》第一階層、スライムの王、アネモ二ースライム撃破。
「やりましたね!」
曇りのない笑みを浮かべて駆けよるエリーナ。それは第一階層を突破したことへの喜びからだろう。
「私出番なかった……」
反対に、戦力温存されているアシェリィは手持無沙汰を隠そうともしない。
「それだけ上手く行ってるってことだ、それに主役は最後に活躍するのがセオリーだろ」
「ふっふーん、リュートにしてはいいこと言うじゃない」
「一言余計だ」
リュートはむすっとしながらアネモ二―スライムの消えた後を見る。
スライム族を表す水滴の紋章が描かれた、札が落ちている。
「こいつがあれば今度から二階層からチャレンジできるのか」
なるほど便利だ。リュートはそれをポケットにしまい込み、先へ進む。後ろには二人分の足音が続く。
スライムの王が守り続けていたであろう門に手をかけると、両開きの扉が自動で開く。
その先はさらに深い闇が広がっていた。
ごくりと生唾を飲んだのは誰か。
「あと二層か……」
その呟きは虚空に吸い込まれていった。




