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アネモニースライム


 一番好きな童話があった。そのお伽噺は勇者と戦士と魔法師が力を合わせて魔の王を打ち倒すというものだった。

 決戦の舞台で、魔法師は伝説の魔法を唱える。

「至高なる精霊よ、集い給え、魔を滅し、邪を祓い、頂に坐する愚者を貫け、革新は常に我とあり、大志は砕けぬ、其は打ち払う者なり、イノベートエクセキューション」

 上級魔法の六節詠唱をも超える八節詠唱の古代級魔法。

 偉大なる魔法師の一撃は、魔の王をすさまじく弱体化させ、戦士が懐までの道を切り開き、勇者が聖剣でとどめを刺す。

 魔の王は打倒され、世界に平和が戻る。

 なんとスマートで憧れる物語だろう。


「……ううん」

 なめらかなシルクのシーツの上で、エリーナは目を覚ました。

 全身が倦怠感に包まれている。きっと昨日訓練場で、魔力を使い過ぎたせいだ。

 その時、ノックの音が呼んだ。

「お嬢様、お目覚めでしょうか」

「ええ、ありがとう。自分で行くから、朝食は持ってこなくてもいいわ」

「……かしこまりました」

 メイドからしたらなんとも世話のし甲斐がない貴族令嬢なのだろう。ただ、幼いころから《運命力》に振り回されてきたエリーナは、他人に迷惑をかけまいと自立できるよう成長してきた。それを悪いことだとはこれっぽっちも思わない。

「お父様、おはようございます」

「おはよう。疲れているようだな、大丈夫かい?」

 大食堂では、既にエリーナの父が食事をとっていた。

「実は……」

 今までのいきさつを話すと、父親は腕を組んだ。

「友人二人と共に《カオスネスト》の攻略か……またお前は」

「お父様……何度も言うように、私は《運命力》などというものは信じません」

「まあ、お前のやることには何も口は出さないさ。ただ、ダンジョンは死の危険が伴う場所だ、気を付けることに損はない」

 しかし……好きにやってみることも貴族としていい経験になるだろう、そう締めくくって食堂は普段通りの空気を取り戻すのだった。

(しかし、噂に聞く《オーラシー》の魔術師が、まさかエリーの同級とは)

 エリーナの父は、目覚めのコーヒーを啜った。



 マギア王立学院は、傾斜のある町を見下ろせる場所にある。その坂道をリュートは登っていた。

「かったりい」

 昨日はしばらく占い家業を停止するための宣伝を兼ねて夜遅くまで働いていた。そのツケが回ってきているのだ。

 ひと際クマが酷いが、本人はもはや気にしなくなっていた。

「リュートさん、おはようございます!」

「おう、エリー。意外と登校は遅いんだな」

「えへへ、実は……」

 エリーナが顔を赤くして何かを言おうとしたが、それは別の元気な声に遮られた。

「おーい、二人ともー! おっはよー!」

「いってえ! 少しは加減してくれよ」

 赤く燃え盛るようなオーラのアシェリィに背中を叩かれる。服を脱いだら紅葉マークが良く目立ちそうだった。

「何言ってんのよ、今日から実践でしょ! ダンジョンダンジョン!」

 その無鉄砲なほどの元気はいずこから湧いてくるのか。

 オーラに探っても分からないだろう疑問が、リュートをワクワクさせた。

「アーシェ、タイミング悪い……」

「へ、どうしたのエリー?」

「なんでもなーい」

 それから、朝のホームルームが終わるまでエリーナはつんけんしていた。


  リュート、エリーナ、アシェリィの三名はダンジョン攻略という大義名分を得た。おかげで、公然と授業をさぼり、ダンジョン《カオスネスト》の入り口に佇んでいた。

 うわ、暗いとつぶやきを漏らしたのは、深淵を覗き込んだアシェリィだ。

「荷物は最小限にしておく。幸いダンジョンの中では、一切の生理現象は起こらないからな。俺たちは魔力切れと……命を落とさないよう注意すればそれでいい」

 わざと厳しめに言うと、美少女二人は身を固くして頷いた。

「じゃあ、行こう」

 松明に火を灯し、一行は出発した。

 暗く、深く、何物をも飲みこもうとする混沌の中へと。


《カオスネスト》は地下一階から三階の全三層から成り立っている。

 その第一層は、スライムやゴブリンなどの低級な怪物たちでひしめく初級エリア。

 ただしきちんと教育を終えた二年生から始める基準で。

「ふん」

 リュートは遭遇したゴブリンの頭を打ち砕く。

 醜いクシャクシャの顔をした緑の子鬼妖精は、そのまま塵となって消えた。ダンジョンを構成する要素に還ったのだ。

「凄い……!」

 そんなリュートを尊敬のまなざしで見つめるのがエリーナだった。

「ええ、凄いわね。グローブ付きとはいえ、私はあんな怪物には触れたくないわ……」

「そこなの、アーシェ?」

 ダンジョン攻略初心者にありがちな怯みは、リュートには存在しない。なぜなら、相手と自分のオーラを比較、戦える相手と判断しているから。

 一対一なら負けなしと言っていいだろう。

「言っとくけど、ザラトーラ先生の方が百倍怖いぞ」

 リュートはあの恐怖を忘れない。いきなり路地裏で鎌を構えていたザラトーラの姿を、そのにやけ面を。あれは天性の戦闘異常者であり、まさに死神だ。

 《オーラシー》の魔術師と呼ばれて以来、命の危機を感じた瞬間だった。

「ふつうに優しいと思うけど?」

「そうだよね」

「はは、勘違いもいいところだ……」

 知らない二人は首をかしげるだけだった。

「ん、ストップ」

 その合図は、敵を確認した時のものだ。

(真っ黒なオーラ、怪物が三匹か……)

「魔法を頼む」

 一言で意図を読み取ったエリーナは、杖の魔装具をかかげ、魔法の詠唱を始めた。同時にリュートも詠唱を開始。

「「炎精集い、敵を穿て――」」

 最後の魔法名を溜め、発動を遅らせ、

「「「ぷぎゅる」」」

「「フレアシュート」」

 進行方向曲がり角から現れたスライムを狙い撃つ。

 甲高い悲鳴を残して、スライムが溶けていく。

打撃でも砕け散るスライムだが、即殺、必殺するのなら炎魔法等で仕留めるのがセオリーだ。

 息の合ったコンビネーションに二人はハイタッチを交わす。

「ナイス」

「もう恋人みたいですね!」

「そ、そうか?」

 発想が飛躍しているが、流石にそれは比喩に留まるレベルだろう。

 しかし、オーラは冗談を言っているようには見えなかった。

(……気のせい、だよな?)

 ダンジョン攻略中に余計な気を回したくないリュートは、そこで思考を打ち切った。

「暇!」

「仕方ねえだろ、そういう役回りなんだから」

「そうだけど~」

 こちらの御姫様はご不満をため込んでいるようだ。

「気を抜くと死に繋がるんだ、気は引き締めておけよ」

 念のため、もう一度喝を入れ直すリュートだった。

 その後の攻略は順調と言ってよかった。学年中でも成績優秀者のエリーナと《オーラシー》の力で次々と怪物の弱点やトラップを見破るリュート。

 一階層はそれこそ小手調べのような感覚だった。

 そして、ついに訪れるは、第二階層に続く試練の関門。

「まさか、一日で来ようとは思わなかったな……」

 言い方は悪いが、拍子抜けだ。おそらくリュート一人でも切り抜けられる難度。

「いいじゃない、さっさとクリアしちゃお!」

 今回は様子見できたのだ。突破できずとも、引き返せばいい。

 リュートたちは、そんな軽い気持ちで扉を開いた。中は松明が置かれているのかそれなりの明るさがあった。


 待ち構えたる者は、スライムの王。


 毒々しい赤紫の体液と腐食臭。不定形の球体から細い触手が伸び、床に落ちては揮発する液体。


「……情報通り、アネモ二ースライムが奥の通路を守護しているな」

「うっ」

「不気味です……」

 その形容に、アシェリィは吐き気を催してるようだった。エリーナは顔色こそ悪いが、予想に反して平静だ。

「ぷじゅー」

 くぐもった音が部屋に木霊する頃には、三人はスライムの王と相対していた。

「エリー!」

「はい!」

 まずは牽制のフレアシュート。

咄嗟に愛称で使ってしまったが、伝達速度が段違いなので渋ることはできなかった。

炎弾はスライムの王に着弾したものの、触手を数本吹き飛ばしただけ。それもすぐに再生しているようだった。

(おいおい、難易度が違い過ぎないか?)

 スライムの王から発せられる邪気とも呼べるオーラは強大過ぎた。

二年生でもこいつを相手にするのはリスクが高いのでは、と考えを巡らせるリュート。

 しかし、この間から出るには、どちらにしろダメージを与える必要があるだろう。

「エリー、中距離魔法戦主軸に切り替える! 二人でアシェリィを援護しつつ、攪乱!」

「了解です!」

 その隙にアシェリィが大火力のフレアシュートを連発して相手を倒す。

 これが作戦概要だった。

「ぷじゅー!」

 何本もの毒々しい触手を躱し、魔法を放つ。

 スライムは動きが鈍いのが種族特徴であり、スライムの王も例外ではない。しかし、触手だけはある程度の速度を保っている。逃げ切るのは苦労するだろう。

(あいつは腐食毒を持つスライム……近接戦闘は自殺に等しい)

 攻略情報とオーラから読み取った情報を混ぜ込んで、対策を練っていく。

 と、そこに特大のフレアシュートが放たれる。

スライムの体の三分の一が消し飛んだ。

「いいぞ、アーシェ!」

「う、うん!」

 こちらも愛称で呼んでしまったが、もう気にしてはいられない。

「ぷっじゅー!」

 スライムの王は誰が一番危険か判断したのだろう。

 決して早くはないが、無視できない速度でアシェリィへと向かう。

「ひっ」

「不味い……!」

 怪物が迫る恐怖に、アシェリィが耐えられるわけもなく、怯んでしまう。

 脳裏に死の一文字が過る。

「じゅああああああ」

「「アーシェッ」」

 小さな体は、怪物に飲み込まれようとしていた。

「助けっ」

「んー、ダメだなあ、いくら優秀でも油断しちゃお終いだ」

――ゲイルストーム。

 一陣の旋風と共に鎌型魔装具が飛来。

スライムの王の体は、バラバラに寸断され、引き裂かれ、ダンジョンの肥やしと消えた。

 硬質の床に突き刺さるのは、突風を纏う死神の鎌。

「やあ、リュート君。君らしくない怠慢だねえ?」

 にやけながら非難を送るのは、授業を行っているはずの女教師、パステル・ザラトーラだった。

 パステルがダンジョンに潜ったわけはこうだった。

 試験を受ける三人がどんな風に立ち回るか、興味本位で講義をすっぽかしてついてきた。すると、あまりにもサクサクと進んでいったため、これは油断が生じると確信に至ったらしい。

 案の定、アシェリィが死にかけたため、教師としてピンチを救った……。

「正直舐めてかかってたでしょ~、この戦力なら第一階層くらい楽勝だって~」

 身の丈ほどある鎌型魔装具が凪がれる。

帰り道に出会うゴブリンもスライムも等しく真っ二つにされていく。

 三人は苦言を黙って受け入れるしかない。

「私はね~、これでも怒ってるんだよ~」

パステルは基本的に鎌の魔装具に風系初級魔法を纏って戦う、魔法戦士タイプだ。戦闘経験値も豊富であり、怪物だろうと人間だろうと、容赦なく刃を振るえる処刑人。

「キミ達みたいな未来の原石、もとい私のターゲットがむやみに自殺しようとすることにね~」

「自分が戦いたいがためかよ!?」

 それからパステルはきょとんとして「そうだよ」と笑顔で答えた。

 あどけない子供を演じられる容姿。だが、中身は人格破綻者。

 パステルの闇の深さはこの《カオスネスト》並だ。下手に覗こうとすれば地獄を見ることになる。

 リュートが《オーラシー》で深層を除くのを拒否する、数少ない相手と言ってよかった。

「でも、先生のおかげで助かりました」

「私なんてまだ足が震えてるよ」

「にゃははあ~、その恩は一つの貸しさ。学院卒業の時にコレで返してもらうとするよ」

 鎌の内刃がギラリと光る。

 女教師は想像しただけで絶頂しそうになったのか、ぶるりと躰を震わせた。

「ホント、おっかねえ教師がいたもんだぜ。あと涎は拭けよ、センセ」

 苦笑しながらも、安堵が滲む。

 《カオスネスト》第一層攻略一日目は、こうして大敗に終わった。


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